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第一章 断罪の舞踏会
第三話 「舞台は整いましたわ」
しおりを挟む王都を離れて三日。
セレーナの馬車は、荒れ果てた街道を抜け、辺境の都市《ルオネ》へと入った。
王都から遠く離れたその街は、かつて鉱業で栄え、今は商人と傭兵が行き交う闇の市場として知られている。
彼女の“第二の顔”――黒薔薇の主としての活動拠点は、ここにあった。
馬車が止まると、ユリウスが扉を開け、恭しく頭を下げる。
「お帰りなさいませ、セレーナ様」
「……ええ、ただいま。随分と懐かしいわね、この空気」
風に混じる鉄と香の匂い。
遠くで響く商人たちの掛け声と、鍛冶屋の槌音。
それは王都の舞踏会の華やかさとは正反対の、生の息吹だった。
彼女が扉をくぐると、暗がりの中から数人の影が膝をついた。
その先頭に立つ青年が、唇に皮肉げな笑みを浮かべる。
「おや、久しぶりですね。地上の“舞台”は楽しめましたか、我らが黒薔薇の主」
「……ええ、最悪の脚本だったわ。だが、おかげで観客の心は完全に掌握できた」
セレーナの声は静かに、しかし刃のように鋭い。
青年――《ノクターン》の参謀ディラン・ハートレイは肩をすくめる。
「なるほど、“悪女”の汚名を被って王都を去る。完璧な幕引きですね。……で、次の幕は?」
セレーナは黒薔薇のブローチを外し、机の上に置いた。
その中心には、ルビーのような紅が光る。
「――『真実』を演じる番よ。虚構の聖女の奇跡、その裏を暴くための脚本を用意してちょうだい」
「了解しました、主様。情報網《鴉の群れ》を再起動します」
ユリウスが黙って頷き、ディランが手早く暗号書を広げる。
彼らの間に流れる空気は、かつて王都では決して味わえなかったもの――
信頼と忠誠、そして“同罪の絆”だった。
セレーナは椅子に腰を下ろし、指先で頬杖をついた。
その瞳には、赤い炎が静かに宿っている。
「王太子殿下と“聖女”の婚約式は一ヶ月後。それまでに、彼女の“奇跡”が偽りである証拠を掴むわ」
「殿下を直接狙いますか?」
ディランが問う。
セレーナはわずかに微笑んだ。
「いいえ。彼はまだ“王国の顔”として利用できる。――崩すのは、聖女の信仰と民の心。王国そのものを支える“幻想”よ」
その声音には、氷のような冷徹さと、どこか哀しい響きが同居していた。
彼女にとって復讐は快楽ではない。
誇りを奪われた令嬢の、正義の舞台にすぎないのだ。
やがて室内の灯が消え、蝋燭の炎がひとつ灯される。
その小さな光が、黒薔薇の花弁を赤く染めた。
「主様、これを」
ユリウスが差し出したのは、一枚の報告書。
そこにはこう記されていた。
《王太子の夜会にて、“聖女”の光の発動は禁術紋と一致。背後に古代宗教団《ルクス教団》の影あり。》
セレーナの指が一瞬止まる。
そして小さく、微笑が形を結んだ。
「……やはり、そう来たのね。舞台の脚本家はわたくし一人ではないようだわ」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
黒衣が風をはらみ、花弁のように揺れた。
その瞳には、もはや“断罪された令嬢”の影はない。
代わりに映っているのは、全てを見通す策士の眼。
「――いいでしょう。聖女ミリア・アーベル、そしてエドワード殿下。あなた方が選んだこの舞台、最後まで付き合って差し上げますわ」
赤い蝋燭の炎が揺れ、黒薔薇の影が壁に踊る。
その中心で、セレーナはそっと呟いた。
「――舞台は整いましたわ」
静寂が満ちる中、その言葉が夜を裂く鐘の音のように響き渡った。
そして、悪役令嬢の復讐劇は本格的に幕を上げる。
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