悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

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第二章 追放令嬢の反撃

第一話 辺境の商会

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 ルオネの街を覆う朝霧は、まるで王都からの目隠しのようだった。

 この街では、貴族の名も家の誇りも意味をなさない。価値を決めるのは、金と情報、そして力のみ。

 セレーナは、石畳を踏みしめながら静かに歩く。
 黒衣のフードの下に隠された紅の瞳が、商人たちの駆け引きを冷静に観察していた。

「主様、こちらです」

 ユリウスが先導する先、古びた商会の扉が軋む。

 看板には「黒薔薇交易社」と刻まれていたが、その実体を知る者はごくわずか。

 この街の地下市場を牛耳る、裏の商会《ノクターン》の本拠である。

 扉の奥には、帳簿を片手に笑う男――ディランが待っていた。

「おや、主様。王都の風は冷たかったでしょう?今度は地下の空気でも吸って、毒を抜くおつもりで?」

「ふふ、相変わらず皮肉がお好きね」

 セレーナは微笑を浮かべ、机の上の資料を手に取る。
 積み上げられた文書の中には、王都の物資流通、聖堂への寄付金、そして――ミリアの名が記された寄進台帳。

「これは……」

「ええ、“聖女の奇跡”を支える資金の流れです。王家の財務局ではなく、聖堂を通じて民間から集められています。――つまり、王国の外の勢力が裏で動いている」

 セレーナの眉がわずかに動いた。

「民の信仰を利用して、王家に影響を及ぼすつもりね。……まるで傀儡劇だわ」

「そして、傀儡を操る糸を辿れば――“ルクス教団”に繋がります」

 ディランの言葉に、セレーナはゆっくりと息を吐く。

「古代信仰の残党……“光こそ絶対”を掲げる狂信者たちね。まさか、王家がそんな連中の手に踊らされているなんて」

 彼女の声は静かだったが、瞳の奥では冷たい炎が燃えていた。

 ――これは、ただの復讐では終わらない。
 王国そのものの腐敗を、舞台の中央に晒し出す必要がある。

 ディランが帳簿を閉じ、軽く笑った。

「それで、主様。次の手は?」

「資金の流れを断つわ」

 セレーナの指が、ひとつの地点を地図上に示す。

「王都南部の交易路《アリアス街道》。聖堂への献金金貨は、必ずあそこを通る。《ノクターン》の商人たちに連絡を。輸送経路を掌握しなさい。……誰にも悟られぬように」

「かしこまりました」

 ユリウスが一礼し、部屋を出る。

 扉が閉まる音が響くと、残されたのはセレーナとディランの二人だけだった。

「しかし、本当に王都に戻られなくてよろしいのですか?“悪女”の名は今や民の唾棄だきの的ですよ」

 セレーナは微かに笑った。

「名誉など、もう要らないわ。――けれど、“信頼”を失った彼らがどれほど脆いかは、私が一番よく知っている」

 その声には、哀しみと決意が入り混じる。
 彼女にとっての反撃は、怒りのままに剣を振るうものではない。
 正義を装った虚構を、静かに食い破ること。
 それこそが“黒薔薇の主”のやり方だった。

 窓の外では、曇天の雲が重く垂れ込めている。
 やがてその雲の切れ間から、一筋の光が差した。
 セレーナはそれを見つめながら、低く呟いた。

「民は、光を信じて疑わない。ならば――私は闇から真実を照らしてみせる」

 その言葉は、まるで誓いのように響いた。
 黒薔薇の花弁が机の上で揺れ、ひとひらの影を落とす。

 ――悪女の反撃が、今始まった。




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