悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

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第二章 追放令嬢の反撃

第二話 眠れる密偵網

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 月が昇る。
 辺境の夜は冷たく、霧が地面を這うように広がっていた。

 黒薔薇交易社の地下室には、灯火の代わりに無数の魔晶石が淡く光を放っている。
 その中央で、セレーナは一枚の古びた通信盤を指先で撫でた。

「……三年ぶりね。再び“糸”を繋ぐ日が来るなんて」

 通信盤の表面に刻まれた魔法陣が、微かに脈打つ。
 やがて、かすれた声が響いた。

『黒薔薇の主よ。あなたの声を、久方ぶりに聞く』

 その声の主――“灰鷹”の異名を持つ密偵長ガイル。

 かつてセレーナが王太子の婚約者であった頃、彼女の影として王宮の裏情報を掌握していた男だ。

「状況を聞かせて」

 セレーナの声は静かで、しかし氷のように鋭かった。

『王都では、聖女ミリアが民の間で奇跡を行い、信仰が膨れ上がっている。王太子エドワードは彼女を“真の救い”と讃え、貴族派の粛清を進めている』

「……やはり、教団の影が深く入り込んでいるわね」

『その通りです。聖堂の裏では“光の紋章”を持つ司祭たちが暗躍しています。王家の権威を光の奇跡で覆い隠し、民の心を掌握する……危険な構図ですな』

「ええ。だからこそ、あなたたちの目が必要なの」

 セレーナは通信盤の上に紅い封蝋の文書を置いた。

「今夜をもって、密偵網《ヴェール》を再稼働させます。各地の連絡員へ指示を。商会の取引記録と照合して、聖堂への物資供給源を突き止めなさい」

『承知。……しかし、王都の目は厳しい。あの方――ディラン殿にも危険が及ぶやもしれません』

 セレーナは唇に微笑を浮かべた。

「危険を恐れていては、舞台は開かないわ。“黒薔薇”の香りは、闇でこそ最も強く香るものよ」

 通信が途切れると、室内に静寂が戻った。

 ユリウスが控えめに歩み寄り、低く頭を下げる。

「主様、各地の密偵たちに暗号文を送信いたしました。三日もすれば、最初の報告が届くでしょう」

「ご苦労さま。……それと、ディランには一時的に商会の表業務を任せるわ」

「というと?」

「裏の動きを悟られないためよ。私はただの“追放令嬢”として表に立つ。そうすれば、誰も黒薔薇の主と結びつけはしない」

 ユリウスは短く息を呑み、深く頷いた。

「……主様は、本当に何手も先を読まれる」

「ええ。それが“舞台監督”の役目ですもの」

 セレーナの笑みは、月光を受けてわずかに妖しく輝いた。

 そのとき、扉を叩く音が響いた。
 現れたのは、薄汚れた外套の少女――密偵《小鳥》のリサだった。

「報告します!王都の聖堂倉庫で、不審な金貨の箱が発見されました!」

「金貨?」

「はい。全て同じ刻印が……“黒薔薇”の紋章です!」

 一瞬、空気が凍る。
 セレーナは立ち上がり、机の上の地図を見下ろした。

「……面白いわね。誰かが私の名を使って、聖女を支援している――偽りの“黒薔薇”の主、というわけ」

 リサが青ざめた声を出す。

「ど、どうなさいますか?」

 セレーナは微笑んだ。その笑みには怒りよりも、むしろ愉悦が滲んでいた。

「放っておきなさい。“偽物”は、真実の光を浴びたときにこそ、最も美しく壊れるものだから」

 彼女の指が机上の黒薔薇を撫でた。
 その花弁から一滴の露がこぼれ、地図に染みを作る。
 まるで、それが血のように。

「――次の幕を開けましょう。眠っていた密偵たちの目が、ようやく夜を見つめ始めたのだから」

 月が、雲の合間から覗く。
 光と闇の境目で、彼女の瞳は静かに輝いていた。




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