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第三章 偽りの聖女
第一話 聖女の祝福
しおりを挟む王都エルディア。
聖堂広場に響く鐘の音が、まるで祝祭のように空を満たしていた。
白金の衣をまとった少女――“聖女”ミリアが壇上に立ち、民衆の前で手をかざす。
「我が神の御名において――病める者に祝福を」
淡い光が広場を包む。
集まった人々が次々と膝をつき、涙を流す。
その光の中で、ミリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「……これが、奇跡か」
最前列に立つ王太子エドワードが、恍惚としたように呟いた。
彼の瞳は完全にミリアに向けられている。
かつて隣に立っていた令嬢――セレーナの影は、もうどこにもない。
「ええ、殿下。これこそ、神が与えた光です」
ミリアは柔らかく微笑み、エドワードの手を取った。
その仕草に、群衆から歓声が上がる。
民は光に酔い、王は愛に溺れる。
だが、その舞台の裏には、静かに動く“糸”があった。
――黒薔薇交易社・王都支部。
祭典の熱気が届かぬ地下の一室で、ディランが報告書を広げる。
「主様。“祝福の儀”で使われた光石、すべて我々が掴んでいたルートのものです。しかし、その中に奇妙な反応を示す石がありました」
通信盤の向こう、辺境のセレーナが目を細める。
「奇妙な反応?」
「はい。魔力を人工的に増幅する薬剤が混入されています。つまり、“奇跡”は仕組まれた幻――光の濃度を操作した“演出”です」
セレーナの唇に、薄い笑みが浮かんだ。
「……思った通りね。彼女の奇跡は神ではなく、人の手によるもの。ならば――暴くべきはその“脚本家”」
彼女は椅子から立ち上がり、窓の外の曇天を見上げた。
その瞳は、遠く王都の聖堂を見透かすように冷ややかだった。
「ミリア。あなたが奪ったのは愛だけではない。人々の信仰を、真実を――そして、私の名誉を」
ディランの声が続く。
「主様、さらに報告が。聖堂に出入りしている“ルクス教団”の司祭の中に、王太子側近の名がありました」
「……エドワードまで、教団に操られているということね」
セレーナの微笑が深くなる。
「いいわ。ならば――彼を“王”として完全に仕立て上げたその手で、彼の玉座を崩してみせましょう」
彼女は机に置かれた黒薔薇を手に取り、花弁を指先で弄ぶ。
「ディラン、次の幕を。“聖女の祝福”に潜む欺瞞を、民自身の口から囁かせなさい。小さな疑念こそ、信仰を腐らせる毒よ」
「御意。既に《ヴェール》の密偵たちが動き始めています。まもなく、民の間に“聖女の奇跡は偽物”という噂が流れるでしょう」
通信が切れる。
セレーナは深く息を吐き、微かに笑った。
「愛と信仰――どちらも、脆くて儚い。けれど、人がそれを信じる限り、私はその幻想を壊し続ける」
その声は、どこか寂しげでありながら、確かな力を帯びていた。
黒薔薇の花弁が指先から零れ落ち、床に散る。
――そして、王都の夜。
光り輝く聖堂の塔の下で、ミリアは静かに笑っていた。
「ねぇ、エドワード様。あの女、まだどこかで息をしているのかしら?」
「もう関係ない。彼女は王都を去った。君こそが、私の唯一の光だ」
その言葉に、ミリアの微笑みがさらに深くなる。
だが、その背後の影の中――ひとひらの黒薔薇が、風に乗って舞い込んでいた。
それに気づいた瞬間、彼女の瞳がわずかに揺れる。
「……“黒薔薇”。」
闇の香りが、祝福の夜に混ざり始める。
偽りの光が、静かに崩れゆく前兆のように――。
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