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第三章 偽りの聖女
第二話 仕組まれた奇跡
しおりを挟む王都の聖堂、その地下には誰も知らぬ小部屋があった。
壁一面に刻まれた光の紋章と、無数の魔石を繋ぐ魔導管。
そこでは、白衣の司祭たちが静かに手を動かしていた。
「増幅率は上々だ。これで“聖女の祝福”はさらに強く見えるだろう」
「王太子殿下も、これで民の支持を確実に得られますな」
魔石が淡く光る。その輝きの奥では、誰も“真実”を語らない。
――すべては、仕組まれた奇跡。
光は人の手で作られ、信仰は金で支えられる。
同じ夜、黒薔薇交易社・王都支部の屋根裏部屋。
密偵《灰猫》のローレンが、盗み出した図面を広げた。
「主様、聖堂の地下構造は予想以上に複雑です。ですが、この“光の導管”の仕組みを見れば、奇跡が偽装であることは明らかです」
通信盤の向こうで、セレーナが短く息を吐く。
「……やはり、そうだったのね」
図面には、聖堂地下から王家の研究塔へと続く一本の細い魔導線。
そこに記された印章は、“王家直属の錬金師団”。
「つまり――王太子自身が、この奇跡の仕掛けを知っていたということ」
「ええ。知らぬはずがありません。殿下の署名入りの資金許可証が見つかりました」
セレーナは静かに瞳を閉じた。
心の奥で、微かな痛みがよぎる。
愛した人が、自ら虚構を選んだ。
その事実が、怒りよりも深く、胸を締め付けた。
「……いいわ。ならば、彼自身の口で真実を語らせましょう」
ローレンが驚いたように声を上げる。
「殿下に、直接……ですか?」
「ええ。“聖女の舞台”を壊すのは、聴衆のざわめきではなく――主役の失言が一番美しいの」
セレーナの唇が微かに歪む。
「ローレン、例の計画を進めなさい。“黒薔薇”名義で新しい寄進金を用意するの。聖堂に流れ込めば、彼らは必ず食いつく」
「承知しました」
通信が途切れたあと、セレーナは机の上の古いペンダントを見つめた。
それはかつて、エドワードが彼女に贈ったもの。
青い宝石の中に、淡い光が宿る。
「あなたが信じた“光”は、誰のためのものだったの……?」
呟きながら、彼女はそっとペンダントを閉じた。
その仕草に、もう未練はなかった。
――翌日。
聖堂では次の“祝福の儀”が行われていた。
だがその最中、信徒の一人が突然叫ぶ。
「待ってください!この魔石、聖堂のものでしょうか?“黒薔薇交易社”の印が……!」
ざわめきが広がる。
群衆が互いに顔を見合わせ、聖堂の空気が揺らぐ。
壇上のミリアは一瞬、動きを止めた。
「……黒薔薇?」
彼女の背後、祭壇の影で司祭たちが焦りの声を上げる。
「まさか、印が表に出るとは……!」
「隠蔽が間に合わなかったのか!?」
その混乱の中、ミリアは無理に微笑みを取り戻す。
「ご心配なく。黒薔薇の印は、かつての商会が寄進した古い石です。神の奇跡とは関係ありません」
その言葉に、民は一瞬安堵の息を吐いた。
だが、信じ切るにはわずかに迷いが残る。
――それで十分だった。
その夜、黒薔薇交易社・辺境支部にて。
セレーナは報告を受け、静かに頷いた。
「小さな亀裂が入ったわね。信仰は完全であるほど脆い。一度疑念を抱けば、光は自らを焼き尽くす」
ディランが笑う。
「見事な演出です、主様。まるで舞台劇のように」
「舞台よ、ディラン。そして私は――その脚本家」
セレーナは夜空を見上げる。
星々の光が、まるで偽りの奇跡のように冷たく瞬いた。
「次の幕は、“光の裏の影”。彼女の輝きが最も強くなるとき――崩壊の音が鳴り響くわ」
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