悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

文字の大きさ
9 / 16
第三章 偽りの聖女

第三話 光の裏の影

しおりを挟む

 王都の空が、祝祭の光に包まれていた。
 聖女ミリアの“祝福の儀”が頂点を迎え、民は熱狂に酔いしれている。
 黄金の花びらが降り注ぎ、鐘の音が高らかに鳴り響く。

 だがその光景を、黒衣の女は冷ややかに見下ろしていた。
 ――セレーナ・ヴァン・ルクレティア。

 かつて断罪された悪女、いまや“黒薔薇の主”。

「……美しいわね。虚構ほど、人の心を酔わせるものはない」

 その声に、隣のディランが苦笑を浮かべる。

「まるで劇の最終幕のようです。聖女は頂点に立ち、民は拍手喝采。けれどその舞台の下では、装置を動かす歯車が悲鳴を上げている」

「ええ。そろそろ、歯車が一つ――外れるころ」

 その瞬間、遠くで爆ぜるような音がした。
 聖堂の高塔の上、光の紋章が揺らぎ、まばゆい光が一瞬にして歪んだ。

 歓声が悲鳴に変わる。
 輝きの裏に隠された魔導管が露わになり、聖女の足元の石床から黒い煙が上がった。

「な、何が……!?」

 ミリアがうろたえる。
 司祭たちが必死に封印を施そうとするが、魔力の暴走は止まらない。
 光が砕け、粉々になった魔石が降り注ぐ。

「奇跡が……壊れていく……?」

 誰かが呟いた。
 その言葉を皮切りに、民衆のざわめきは一気に恐慌へと変わる。

 セレーナは静かに扇を開き、その光景を見届けた。

「舞台の照明が落ちれば、観客は現実を知るの。――虚構の幕が、ようやく下りるわ」


 その頃、王宮の玉座の間では、王太子エドワードが報告を受けていた。

「聖堂が――崩壊した!?」

「はい、殿下。光の装置が暴走し、民は“奇跡は偽りだった”と……!」

 エドワードの顔から血の気が引く。
 あの日、彼が署名した契約書。
 “黒薔薇交易社”から仕入れた魔石の納品書。
 それが今、暴露の証となって彼を追い詰めていた。

「……まさか、彼女が……」

 頭をよぎるのは、かつての婚約者。
 最後に見た彼女の冷たい微笑。


 その夜、王都の裏通り――。
 セレーナは黒薔薇の館のテラスに立ち、揺らめく炎を眺めていた。
 遠くで聖堂の尖塔が崩れ落ちる。
 鐘の音はもはや祝福ではなく、弔鐘のように響いていた。

「民は、奇跡を信じていたわ。けれど奇跡を演じる者が偽りを選んだとき、光は自らを呪うの」

 ディランが尋ねる。

「……それでも、主様は哀れみを感じますか?」

「哀れみ?違うわ」

 セレーナは淡く笑う。

「これは“再演”。あの舞踏会で終わったはずの劇を、もう一度、正しい脚本で上演しているだけ」

 そのとき、部屋の扉を叩く音。
 ローレンが急ぎ足で入ってくる。

「主様、王太子殿下が動きました。聖女を守るため、王家の衛兵を総動員しています。――そして、“黒薔薇”の名を罪状に掲げました」

 セレーナの瞳がわずかに細められる。

「罪状、ね。ならば私は――悪女として、最後まで踊るだけ」

 扇をひらりと翻し、夜風が髪を揺らす。
 月光に照らされたその横顔は、かつて王太子が愛した淑女ではなく、復讐の舞台を支配する黒衣の女王そのものだった。

「次の幕を上げましょう、ディラン。――“虚構の崩壊”を、完璧に演出するのよ」

 夜空を裂くように、遠くの聖堂が完全に崩れ落ちた。
 その光の残滓が消えるとき、王国の“信仰”は静かに息を引き取った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
 約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。  彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。 「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」  婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは? 1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて? うーん……おバカさんなのかしら? 婚約破棄の正当な理由はあるのですか? 1話完結です。 定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

蔑まされた没落貴族家の悪役令嬢ですが、この舞台の主役は私がやらせていただきます!

あぷりこっと
恋愛
「君の嫉妬深さにはもう辟易しているんだ」 婚約者のハイベルクにそう告げられた瞬間、レーウは確信した。 ――計画通り。 何も知らない侯爵令嬢ランダ。王国最強と謳われた騎士団長ハイベルク。彼がその双剣を振るう相手を間違えた時、破滅のカウントダウンは始まった。 世間がレーウを嫉妬に狂った没落家の伯爵令嬢と蔑んでいる間、彼女は自警団と共に貴族院の秘密を暴き敵の逃げ場を奪い続けていた。 格安警備会社へのすり替え、配電盤の掌握、そして夜視の魔導具。 感情を切り捨て毒となった令嬢が公爵邸舞踏会を、社会的抹殺の舞台へと変える。 「不運と踊る?……いいえ。私に踊らされていたのだと、地獄で気づきなさい!!」 ※ヒロインの活躍が凛々しいので応援してください♪

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

処理中です...