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第三章 偽りの聖女
第三話 光の裏の影
しおりを挟む王都の空が、祝祭の光に包まれていた。
聖女ミリアの“祝福の儀”が頂点を迎え、民は熱狂に酔いしれている。
黄金の花びらが降り注ぎ、鐘の音が高らかに鳴り響く。
だがその光景を、黒衣の女は冷ややかに見下ろしていた。
――セレーナ・ヴァン・ルクレティア。
かつて断罪された悪女、いまや“黒薔薇の主”。
「……美しいわね。虚構ほど、人の心を酔わせるものはない」
その声に、隣のディランが苦笑を浮かべる。
「まるで劇の最終幕のようです。聖女は頂点に立ち、民は拍手喝采。けれどその舞台の下では、装置を動かす歯車が悲鳴を上げている」
「ええ。そろそろ、歯車が一つ――外れるころ」
その瞬間、遠くで爆ぜるような音がした。
聖堂の高塔の上、光の紋章が揺らぎ、まばゆい光が一瞬にして歪んだ。
歓声が悲鳴に変わる。
輝きの裏に隠された魔導管が露わになり、聖女の足元の石床から黒い煙が上がった。
「な、何が……!?」
ミリアがうろたえる。
司祭たちが必死に封印を施そうとするが、魔力の暴走は止まらない。
光が砕け、粉々になった魔石が降り注ぐ。
「奇跡が……壊れていく……?」
誰かが呟いた。
その言葉を皮切りに、民衆のざわめきは一気に恐慌へと変わる。
セレーナは静かに扇を開き、その光景を見届けた。
「舞台の照明が落ちれば、観客は現実を知るの。――虚構の幕が、ようやく下りるわ」
その頃、王宮の玉座の間では、王太子エドワードが報告を受けていた。
「聖堂が――崩壊した!?」
「はい、殿下。光の装置が暴走し、民は“奇跡は偽りだった”と……!」
エドワードの顔から血の気が引く。
あの日、彼が署名した契約書。
“黒薔薇交易社”から仕入れた魔石の納品書。
それが今、暴露の証となって彼を追い詰めていた。
「……まさか、彼女が……」
頭をよぎるのは、かつての婚約者。
最後に見た彼女の冷たい微笑。
その夜、王都の裏通り――。
セレーナは黒薔薇の館のテラスに立ち、揺らめく炎を眺めていた。
遠くで聖堂の尖塔が崩れ落ちる。
鐘の音はもはや祝福ではなく、弔鐘のように響いていた。
「民は、奇跡を信じていたわ。けれど奇跡を演じる者が偽りを選んだとき、光は自らを呪うの」
ディランが尋ねる。
「……それでも、主様は哀れみを感じますか?」
「哀れみ?違うわ」
セレーナは淡く笑う。
「これは“再演”。あの舞踏会で終わったはずの劇を、もう一度、正しい脚本で上演しているだけ」
そのとき、部屋の扉を叩く音。
ローレンが急ぎ足で入ってくる。
「主様、王太子殿下が動きました。聖女を守るため、王家の衛兵を総動員しています。――そして、“黒薔薇”の名を罪状に掲げました」
セレーナの瞳がわずかに細められる。
「罪状、ね。ならば私は――悪女として、最後まで踊るだけ」
扇をひらりと翻し、夜風が髪を揺らす。
月光に照らされたその横顔は、かつて王太子が愛した淑女ではなく、復讐の舞台を支配する黒衣の女王そのものだった。
「次の幕を上げましょう、ディラン。――“虚構の崩壊”を、完璧に演出するのよ」
夜空を裂くように、遠くの聖堂が完全に崩れ落ちた。
その光の残滓が消えるとき、王国の“信仰”は静かに息を引き取った。
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