悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

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第四章 虚構の崩壊

第三話 王家の破滅

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 黎明。
 王都ルオネの空を、赤く染めたのは朝日ではなく、燃え上がる炎だった。

 群衆は王宮へと押し寄せ、門前では兵と民とが入り乱れている。
 怒号、悲鳴、鉄の衝突音。
 民の手に握られるのは剣ではなく、燃えた松明と破かれた聖典の頁。

 ――その混乱の中心に、“真実の書”が掲げられていた。
 それはもう、ひとりの令嬢の復讐の象徴ではなく、王国の崩壊を告げる“証書”だった。

 玉座の間。
 王太子エドワードは鎧をまとい、剣を握り締めていた。
 周囲の廷臣たちは次々と逃げ出し、王の姿もすでにない。
 王家はもはや“王家”ではなかった。

「……セレーナ。おまえはどこまでこの国を壊すつもりだ」

 独り言のような呟きが、広い間に響く。
 彼は剣を床に突き立て、その刃に映る自分の顔を見つめた。
 そこには、かつての誇りも慈悲もなかった。


 その頃、黒薔薇の館。
 セレーナは静かに報告を受けていた。

「主様、討伐軍が出発しました。しかし民の反乱と衝突して進軍が滞っています」

 ローレンの声は熱を帯びていた。

「そう。――舞台の照明は、すべて落ちたわね」

 セレーナは椅子から立ち上がり、黒衣の外套を羽織った。

「これより最終幕。“悪女”として、舞台に立ちましょう」

 ディランが進み出る。

「……主様、本当に行くおつもりですか?王都は戦場です」

「ええ。けれど、結末を見届けるのは脚本家の役目でしょう?」

 微笑むその表情は、冷たくも美しかった。

 黒薔薇の印を掲げた馬車が夜明けの街を駆け抜ける。
 群衆はその姿を見てざわめき、誰もが“彼女”の名を口にした。

 ――“悪女セレーナ”、復讐の亡霊。

 王宮の扉が開かれたとき、彼女は静かに降り立った。
 破壊された廊下、崩れ落ちる天蓋、血の跡。
 その中を、まるで舞踏会のように優雅な足取りで進んでいく。

「久しいな、セレーナ」

 声の主は、剣を手にしたエドワードだった。
 鎧は傷だらけで、瞳は疲弊している。

「あなたの“断罪”以来ね、殿下」

 セレーナは微笑を浮かべた。

「そのときは、あなたが舞台の主役だった。でも今日は違う――私の舞台よ」

 エドワードの剣先がわずかに震える。

「なぜだ、セレーナ。お前ほどの知恵があれば、王国を救うこともできたはずだ!」

「救う?あの王国を?民を欺き、虚構で統べた“劇場国家”を?私はただ、真実を照らしただけよ」

「お前は……愛を知らぬのか……!」

 エドワードの声が掠れる。

 セレーナはゆっくりと近づき、彼の剣の先に指を添えた。

 冷たい金属の感触。
 微笑のまま、彼女は囁く。

「愛を知っていたからこそ、壊したの。偽りの愛に縋るより、誇りと共に生きる方を選んだのよ」

 その瞬間、外から轟音が響いた。
 門が破られ、民衆が王宮になだれ込む。
 エドワードは顔を歪め、剣を落とす。

「……終わりか」

「ええ、終幕よ」

 セレーナは振り返らずに歩き出した。
 崩れ落ちる玉座の背後で、王太子の声がかすかに聞こえた。

「……セレーナ、もし……もしもう一度……」

 その言葉の先を、轟く炎がかき消した。

 玉座の冠が床に転がり、火の粉が舞う。
 黒薔薇の花弁がひとひら、炎に包まれて散った。

 セレーナは外へ出る。
 赤く染まる空の下で、彼女は一瞬だけ足を止めた。

「――これで、王国は幕を閉じた」

 その声は風に溶け、静寂の中へと消えていった。




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