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パーティ会場の煌びやかな照明がやけにまぶしい。
まるで私にスポットライトを当てているかのように感じてしまうのは、きっと被害妄想のせいでしょう。
「アデル様、こちらにいらしたのですね」
背後から声をかけられて、私は杯を持ったまま振り返る。
そこにはいつも冷静沈着なギルバート・リースの姿があった。
彼はため息まじりに続ける。
「アルト様が、あなたに話があるそうです」
「別にいいですわ。話したくないですもの」
そう言って顔をそむけると、ギルバートがやや困った顔をした。
「逃げるのですか?」
「私が逃げているように見えますの?」
グラスを軽く傾けて中身を飲み干す。
周囲では豪華な衣装に身を包んだ貴族たちが談笑をしているけれど、そのほとんどが私をちらちらと盗み見るばかり。
「あら、悪役令嬢が飲みすぎて醜態を晒すんじゃないかと思っているみたいですわね」
冗談めかしてつぶやけば、ギルバートは複雑そうな表情をした。
「あなたが本当は心優しい人だと、皆気づけばいいんですが」
「おやめになって。そんなこと信じる人はいませんもの」
片眉を上げて笑ってみせる。
悪役令嬢の仮面は、やはりこうでなくては。
そんなことを考えていると、不意に人垣が割れて、アルト・ランペルージ公爵家嫡男がこちらへまっすぐ歩いてきた。
黒い髪をきっちりとセットし、凛々しい顔立ちの貴公子。
それなのに、私の胸はまったく高鳴らない。
むしろ面倒なことになる予感しかしない。
「アデル、きみと話がしたい」
鋭い視線を向けてくる彼の言葉には、微かな怒りがにじんでいた。
私はわざと肩をすくめてみせる。
「どうぞお好きに」
「あまりにもあなたの振る舞いはひどい。これ以上は見過ごせない」
「何を根拠にそんなことをおっしゃっているのかしら。私、何か失礼でもしました?」
わざと涼しい顔をすれば、アルトは苦々しそうに眉をひそめる。
「パーティのたびに誰かしらを挑発し、まるで悪役そのもののように立ち振る舞う。あなたはわかっているのか?」
「ええ、私のことを悪役令嬢と呼ぶ人たちの望むように演じてあげているのですもの。何か問題でも?」
「それが問題だと言っている」
彼はぐっと息を呑むようにして、周囲の目を気にする素振りを見せる。
どうやら私たちの口論を面白がって見ている連中が多いらしい。
悪趣味なことですこと。
アルトはしばらく言葉を探していたが、やがて決断したようにきっぱりと口を開く。
「婚約は解消させてもらう」
その言葉を聞いて会場が一瞬静まる。
空気が張り詰める感覚が伝わってくる。
ギルバートが心配そうにこちらを見やるが、私は杯を置いてから、ゆっくりとアルトを見つめ返した。
「そう。よろしいのではなくて?」
まさか反論や取り乱しがあると思っていたのか、アルトは少し驚いた顔をした。
「反対はしないのか?」
「私がそんなにあなたに執着していると思って? 私のほうこそ好都合ですわ」
その一言に、さらに周囲がどよめく。
まさか婚約破棄にあっさり同意するとは思っていなかったようで、あちこちからひそひそと声が聞こえる。
「悪役令嬢もついに終わりね」とか「やっぱり見捨てられたのね」とか、愉快な噂ばかり。
いいじゃない、私がいなくなれば皆が幸せになるならそれで。
それでも、胸の奥が少しだけちくりと痛む。
長年、形式だけとはいえ婚約者という立場にあった相手から真正面で絶縁を突きつけられるのだから、多少は傷つくものだ。
だけど、ここで悲壮感を漂わせたところで私の評判が上がるわけではない。
それならばもう一層、見事に「悪役」でいてあげましょう。
そう思って、私は口元に笑みを浮かべる。
「ではこうしましょう。負け犬の遠吠えは、これくらいにしておきますわ」
そう宣言すると、私は躊躇なくドレスの裾を翻し、堂々と会場を後にした。
廊下に出ても、まだ胸の奥がざわついている。
けれど、ここで深く考えていると、周囲の人々に「残念そうな悪役令嬢」の姿を見せることになる。
それだけは願い下げ。
だから私は踵を鳴らしてひたすら歩く。
すると、途中で後ろから追いかけてくる足音がする。
まるで私にスポットライトを当てているかのように感じてしまうのは、きっと被害妄想のせいでしょう。
「アデル様、こちらにいらしたのですね」
背後から声をかけられて、私は杯を持ったまま振り返る。
そこにはいつも冷静沈着なギルバート・リースの姿があった。
彼はため息まじりに続ける。
「アルト様が、あなたに話があるそうです」
「別にいいですわ。話したくないですもの」
そう言って顔をそむけると、ギルバートがやや困った顔をした。
「逃げるのですか?」
「私が逃げているように見えますの?」
グラスを軽く傾けて中身を飲み干す。
周囲では豪華な衣装に身を包んだ貴族たちが談笑をしているけれど、そのほとんどが私をちらちらと盗み見るばかり。
「あら、悪役令嬢が飲みすぎて醜態を晒すんじゃないかと思っているみたいですわね」
冗談めかしてつぶやけば、ギルバートは複雑そうな表情をした。
「あなたが本当は心優しい人だと、皆気づけばいいんですが」
「おやめになって。そんなこと信じる人はいませんもの」
片眉を上げて笑ってみせる。
悪役令嬢の仮面は、やはりこうでなくては。
そんなことを考えていると、不意に人垣が割れて、アルト・ランペルージ公爵家嫡男がこちらへまっすぐ歩いてきた。
黒い髪をきっちりとセットし、凛々しい顔立ちの貴公子。
それなのに、私の胸はまったく高鳴らない。
むしろ面倒なことになる予感しかしない。
「アデル、きみと話がしたい」
鋭い視線を向けてくる彼の言葉には、微かな怒りがにじんでいた。
私はわざと肩をすくめてみせる。
「どうぞお好きに」
「あまりにもあなたの振る舞いはひどい。これ以上は見過ごせない」
「何を根拠にそんなことをおっしゃっているのかしら。私、何か失礼でもしました?」
わざと涼しい顔をすれば、アルトは苦々しそうに眉をひそめる。
「パーティのたびに誰かしらを挑発し、まるで悪役そのもののように立ち振る舞う。あなたはわかっているのか?」
「ええ、私のことを悪役令嬢と呼ぶ人たちの望むように演じてあげているのですもの。何か問題でも?」
「それが問題だと言っている」
彼はぐっと息を呑むようにして、周囲の目を気にする素振りを見せる。
どうやら私たちの口論を面白がって見ている連中が多いらしい。
悪趣味なことですこと。
アルトはしばらく言葉を探していたが、やがて決断したようにきっぱりと口を開く。
「婚約は解消させてもらう」
その言葉を聞いて会場が一瞬静まる。
空気が張り詰める感覚が伝わってくる。
ギルバートが心配そうにこちらを見やるが、私は杯を置いてから、ゆっくりとアルトを見つめ返した。
「そう。よろしいのではなくて?」
まさか反論や取り乱しがあると思っていたのか、アルトは少し驚いた顔をした。
「反対はしないのか?」
「私がそんなにあなたに執着していると思って? 私のほうこそ好都合ですわ」
その一言に、さらに周囲がどよめく。
まさか婚約破棄にあっさり同意するとは思っていなかったようで、あちこちからひそひそと声が聞こえる。
「悪役令嬢もついに終わりね」とか「やっぱり見捨てられたのね」とか、愉快な噂ばかり。
いいじゃない、私がいなくなれば皆が幸せになるならそれで。
それでも、胸の奥が少しだけちくりと痛む。
長年、形式だけとはいえ婚約者という立場にあった相手から真正面で絶縁を突きつけられるのだから、多少は傷つくものだ。
だけど、ここで悲壮感を漂わせたところで私の評判が上がるわけではない。
それならばもう一層、見事に「悪役」でいてあげましょう。
そう思って、私は口元に笑みを浮かべる。
「ではこうしましょう。負け犬の遠吠えは、これくらいにしておきますわ」
そう宣言すると、私は躊躇なくドレスの裾を翻し、堂々と会場を後にした。
廊下に出ても、まだ胸の奥がざわついている。
けれど、ここで深く考えていると、周囲の人々に「残念そうな悪役令嬢」の姿を見せることになる。
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すると、途中で後ろから追いかけてくる足音がする。
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