王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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万里の気持ち

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「何やってるのっ!!」

 私が再度氷朱鷺の前に立ちはだかろうとした時、突如後方から菖蒲の怒号がし、一同、動きを止めた。
 振り返ると、そこに乗り捨てられた菖蒲の車と菖蒲が。そして普段大人しい筈の菖蒲が目を吊り上げ、呆気にとられていた氷朱鷺の銃を取り上げる。
「なんで銃なんか。それにどうしてここに氷朱鷺が?正当な理由も無しに献上品を外へ連れ出すのは規則違反のはずだけど、エデン、氷朱鷺の外出許可は取ってあるの?」
 菖蒲は取り上げた銃を氷朱鷺に向け、私はあせあせとすかさずその間に割って入った。
「菖蒲、これには訳があって──」
「許可なんか取ってないよ。氷朱鷺が勝手に脱走してきたうえに、エデンから銃を奪ってこちらに発砲するところだった」
 杉山さんはやれやれとため息をつき、後ろから氷朱鷺の肩を両手でポンッと叩く。
「杉山さんっ!!」
 私は杉山さんを睨みつけるも、彼は飄々とした様子で肩を竦めた。
 彼の証言が全て真実なだけに、うまい弁解が思いつかない。それに輪を掛けて菖蒲は生真面目なマニュアル人間だ、情に流されて法を犯したりするような事はしないだろう。
「エデン、もし脱走が本当なら……解ってるでしょう?」
 菖蒲が上目遣いで私に釘を打つも、氷朱鷺の命の事を考えると折れる訳にはいかなかった。
「解ってる。でも今回は本当に、私が申告漏れしただけで、氷朱鷺は脱走なんかしてない」
「検問があるんだから、申告漏れなんてあり得る訳がないじゃない。それに仮にそうだとして、氷朱鷺どころか貴方も裁かれる事になるんだよ?」
 確かに、苦しい言い訳だった。でも他に良い言い訳なんて思いつかなかったし、自分の事なんて考えている暇も無かった。
 詰んだ。
 でもどんな事があろうとも、私は氷朱鷺を見放したくはない。
「菖蒲、お願い、氷朱鷺は大事な家族なの。貴方にも柳がいるんだから分かるでしょ?」
 言い訳が駄目なら、情に訴えるしかないと思った。
「エデン、気持ちは解るけど、これは貴方が処分されるか、氷朱鷺が処分されるかのどっちかなのよ?」
「私の事はいい。なんとかする」
 私は何の躊躇いもなく、そのように口から出た。
 ──なんとかはならないだろうけど。
「エデン、俺が勝手にやった事だから、俺が処分を受ける」
「氷朱鷺、大丈夫だから、私がなんとかするから」
 私は、菖蒲の前へ一歩踏み出した氷朱鷺を真正面から押さえ、彼を思い留まらせようとするも、もみ合いになる。
「エデン……」
 これを見た菖蒲は良心の呵責に悩まされたのか哀憐の表情をもってこちらを眺めていた。
「エデン、私は──」
「お前達、ここで何をやっている!?」
 菖蒲が折れかけた時、城からやって来た黒塗りのセダンが『ビッ、ビッ』と短くクラクションを鳴らしてその窓から男が厳つい顔を覗かせ、結局、私と氷朱鷺は城へ連行され、裁きを受ける事となる。


 私と氷朱鷺は、法廷、と言うよりは会議室に近い場所でお固そうな関係者達に取り囲まれ、あれやこれやと尋問された。私は一貫して己の申告漏れを主張したが、例の如く氷朱鷺は自身の非を認め、杉山さんはありのままを話した。そして意外だったのは菖蒲だ。菖蒲は私の訴えに加勢してくれたが、審議は氷朱鷺の不利に働いた。
『資産家の杉山氏が言うのだから間違いない。調教師は脱走した献上品に情があるから庇っているだけだろう』
『白井氷朱鷺は献上品としては一級品であるが、脱走ともなれば王家に背を向けた事になる。城のセキュリティに関わる機密を持って勝手に外へ出たのだ、当然、処断が適当だろう』
 私は氷朱鷺の無実を懸命に訴えかけたが、審議委員会は『これは慣例であり、例外は無い。即刻、処断だ』の一点張りで氷朱鷺の処断を前提にどんどん話を進めていった。

 それはそれは、まるで献上品を物のように……

 それでも私が諦めずに審議委員達に食い下がっていると、当初私に銃を渡した老紳士(審議委員の1人)が口を開く。
『処断の決定に異論はありませんが、王室に献上する演劇の日にちももう無い。代役を立てる時間もありませんので、処断は少し先延ばしにしてはどうでしょうか?』
 この老紳士の権威というのはどこまで通用しているのかは定かでは無いが、鶴の一声とでも言うべき早さでその場は『処罰保留』で閉廷した。
 処罰保留は寧ろ蛇の生殺しのようでもあったが、氷朱鷺は『これはチャンスだ』と何の根拠か静かな闘志を燃やしていた。
「エデン」
 閉廷の際、部屋に戻ろうとする私の腕を杉山さんが捕まえた。
「杉山さん?」
 彼とは法廷で争った(?)が、一歩法廷を出ると、私にとってはやはりお世話になったハンサムなお兄さんな訳で、私はいつも通りの調子で振り返る。そもそも、彼を恨んでも仕方がない。
「エデン、氷朱鷺の処断は決定したが、あの時氷朱鷺を撃たなかった事、後で必ず後悔する事になるぞ」
 杉山さんはただ、その予言めいた忠告だけを残し、すぐに私を解放して先に行ってしまった。彼の目はいつになく真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
「いいや、絶対に後悔したりしない。する訳がない」
 何故なら、氷朱鷺はもはや私の肉親の1人なのだから。私が氷朱鷺を信用し、守ってやらなければ、誰が彼を守ってあげられるというのだろうか?
 誰が何と言おうと、私が氷朱鷺をなんとかしよう。
「エデン、氷朱鷺がどうかしたの?」
 すぐ先の曲がり角から万里が顔を覗かせ、仔犬みたいな潤んだ瞳で躊躇いがちに尋ねてきた。万里は、急に法廷へと呼び出された氷朱鷺の事を心配し、こっそりこのフロアまでやって来たようだ。
「ちょっと行き違いがあってね、真偽を問われているんだよ」
 まさか氷朱鷺が演劇公演後に処断されるとは、彼を慕う万里にはとても告げられなかった。
「行き違い?噂では、氷朱鷺が脱走したって聞いたんだけど?」
 万里は捨てられた仔犬よろしく『クゥーン』と鼻でも鳴らしそうな顔をして、私達の横をすり抜けて行った氷朱鷺の横顔を見上げていた。
 なんか……不祥事を起こしたアイドルをそれでも信じて見守っている熱烈ファン、ていう顔をしている。
「?」
「エデン、氷朱鷺はほんとに脱走したのっ?!」
「違う違う、結果論で脱走って事にされてるけど、氷朱鷺はただ、私を心配して追いかけて来ただけ」
 万里があまりに真剣に詰めてきて、私はその勢いに圧倒された。
「ほんとに?ここが嫌だったとかじゃないの?」
「嫌なら私を追いかけて来ないよ」
「そもそも氷朱鷺はどうしてエデンを追い掛けて行ったの?お弁当でも届けに?」
「おかしな話、氷朱鷺は私が杉山さんと出掛けるのが心配で堪らなかったみたい」
「なんで?」
「えっ、なんでって、そりゃあ──」
 私は氷朱鷺本人ではないから彼の本心なんて解らない。恐らく、子供の嫉妬だろうとは思うけれど。
「親を独り占めしたい子供の心境なんじゃないかな?」
 そんな事を言ってみて、意外と万里は氷朱鷺に嫉妬したりしないんだなと思った。甘ったれの万里ですら、氷朱鷺みたいに私を追い掛けて来なかったし、氷朱鷺は少し特殊なのか。
「親?氷朱鷺はエデンの事を親みたいに思ってるって事?」
 万里がズイと下から私の顔に顔を寄せ、私はその熱意にちょっと引き気味になる。
「多分」
「多分?」
「多分」
 ──だよね?
 自分でも確信はないけれど、万里に睨まれ、脅される形で何ら確証の無い返事をしてしまった。
 別にどうでもいいけど。
「それだけで命懸けでエデンを追い掛けたりする?エデンと杉山さんが外出をしただけなのに?今生の別れなら分かるけど、また後で顔を合わせるのに?大袈裟過ぎない?」
 なんか、万里が物事をこんなに深堀するなんて、あまり深く考えない彼にしては大変珍しい。
「さあね、それは氷朱鷺に聞くしかないよ」
「氷朱鷺は、僕には何も教えてくれないよ」
 そう言って万里は下げんを向いて唇を噛み締めた。
「?」
 珍しくセンチメンタルだな。
「氷朱鷺、エデンと杉山さんが車内で2人きりになるのが許せなかったんじゃないかな?」
「うーん……」
 確かに氷朱鷺はそれっぽい反応をしていた気もする。けれど仮にそうだとして、だからと言って、何故、万里がそれに対して思い詰めた顔をしているのか?
「氷朱鷺はもしかして……」
 万里が右手親指の爪を噛みだし、私はそれをやんわりと止める。
「万里」
 爪噛みなんて、幼い頃の癖が未だに抜けきっていないのか?
 万里は幼い頃、思い通りにいかない事があると度々そうして右手親指の爪を噛んでいたのだ。
「ねぇ、エデン、エデンは氷朱鷺の事……どう思ってる?」
 怖いもの見たさというか、おっかなびっくりするみたいに万里が尋ねてきて、今日はこの子、変だな、なんて思った。
「万里と同じように、弟として大事に思ってるよ」
「弟?」
「うん」
「ほんとにそれだけ?」
 上目遣いで縋るように聞かれ、私は、よく解らないけれど弟可愛さに彼の望むように返事をしてやろうと思った。
「それだけって、それ以上な事なんてないでしょ?」
「異性として愛してる、とか?」
「また藪から棒に。そんな訳ない」
 どうして万里は、そんな、思春期の女子みたいに私へ探りを入れてくるのだろう?
 元々万里は氷朱鷺と違って感受性の豊かな子だったが、飽きっぽくて根性が無いたちなのにここまで何かに固執するのは変だなと思った。
 確かに、最近の万里は氷朱鷺の後を追っている節があったけれど、弟がここまであの氷朱鷺に懐くなんて想定外だ。実際、氷朱鷺には人を惹き付ける魅力があるにはあるが、あの性格故、高嶺の花とか近寄りがたい孤高の存在として周りから距離をおかれているのも事実。陽キャと陰キャの変な取り合わせは違和感しか無い。
「エデンは今でも氷朱鷺に実地の指南とかしてないんでしょ?」
「してないしてない」
『まさか』と私は胸の前で両手を振る。
 弟にこんな事を聞かれるなんて、ハズッ!!
 ちょっとゾッとした。
「これからも?」
「これからもしないし、するつもりもないから」
「氷朱鷺が望んでも?」
「氷朱鷺が望んでも」
「絶対だよ。約束して」
「約束する」
 私が神に誓うように右手を胸の前に掲げると、万里は安心したように詰めていた息を思い切り吐き出した。
「良かった」
 私は、万里が納得してくれたのならそれで良かったと思った。
 やはり、姉が同じ歳の子とチョメチョメするのは弟として嫌悪されるようだ。

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