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調教師の終わりと、始まり

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 どうして氷朱鷺を殺せなかったのだろう?

 国定公園からの帰り道、献上の準備中、ずっと考えていた。
 弟を殺した氷朱鷺は当たり前に憎い。それはもう殺したい程に。なのに殺らなかった、或いは殺れなかったのは、まだ氷朱鷺に対して情けがあるから?

 解らない。

 自分を殺せと言う氷朱鷺をこのまま楽にしてやるのも癪だったし、どうせ殺すなら奴の人生の絶頂に殺してやろうと思ったのも事実だ。

 でも私は確かに迷っていた。

 それは3つの選択肢で、だ。1つは、今すぐ氷朱鷺を殺す。2つ目は、人生の絶頂で氷朱鷺を殺す。そして3つ目は、それらとは真逆の『生かして償わせる』という事。万里本人も『氷朱鷺を責めないで』と言っていたし、多分、万里は氷朱鷺の死を望んでいない。結局私は2つ目と3つ目の選択肢を同時に選んだように思う。つまり氷朱鷺に猶予を与えたようで、実のところ自分が保留にしたかっただけなのだ。前回殺れなかったのと今回殺れなかったのとでは大きく意味が違うのに出来なかった、つまりはそういう事だ。
「自分がこんなに優柔不断だったとは思わなかった」
 私は無意識にそう呟いていた。
 万里を失い、氷朱鷺を殺さなかったが為に後悔した筈なのに……
 でも私は、過去に氷朱鷺を殺していても後悔の念に苛まれて苦しんでいたと思う。何が正解かは解らないけれど、とにかく今は、目の前の男が早く献上されて離れていってしまえばいいと願っている。
 ついこの間までは氷朱鷺との別れを惜しんでいたのに、人生とは解らないものだ。
「さっき俺を殺さなかった事を後悔してるって事?」
 ダイニングテーブルで調教師と献上品である最後の晩餐をとりながら、氷朱鷺がオムレツを食べる手を止めて尋ねてきた。
「そう」
 私は一口も手をつけていない自身のオムレツに、手にしていたスプーンを突き刺す。
「でもエデンは俺を殺したいと思う一方で、最後の晩餐に思い出の納豆オムレツを作ってくれた」
 と氷朱鷺は脆い笑顔で控え目にこちらを見た。
 なんなの、そんな儚い笑い方をして、まるで飼い主に虐待された犬が怯えてご機嫌を伺っているみたいじゃない。
 腹立たしいのに、こちらが悪い事をしているような気分になる。
「冷蔵庫に卵と納豆くらいしか無かったから。そろそろここでの生活もおしまいだと思って食材を調整してたからね」
 本当は冷蔵庫の中にはまだ数週間暮らせるだけの食材が残っていた。そもそも氷朱鷺を献上した後も、私は調教師としての後処理や部屋の片付け等で暫くはここに残る。私がこんな風に嘯いてしまうのは、私の中にまだ氷朱鷺への情けがあると思われたくないからだ。
「そう、だよね」
 万里を陥れたくせに一丁前に傷付いた顔をするなんて、図々しいにも程がある。
「もう二度と作る事はないから」
「寂しいな……僕はこれが好きだったんだけど」
『僕』だって?
 氷朱鷺は無自覚にそう言ったのだろうが、私には、彼が『子供返り』ならぬ『献上品返り』をしているようで胸が苦しくなった。
 氷朱鷺が直接万里に手を下した訳ではない。でも間接的に万里を死に至らしめた。なのにどうして私は氷朱鷺に同情心を持ってしまうのだろう。理屈じゃないのは解るけど、そんな自分の感情にすら苛立ちを覚える。
「じゃあ私のもあげる。食べたら身支度を整えて。上階に行く」
 私は氷朱鷺の目の前にオムレツの皿を差し出すとすっくと立ち上がり、彼に背を向けて台所で洗い物を始める。
「エデン」
 そう言うと氷朱鷺は私の後を追って台所へと入り、背後に立った。いつもなら、ここで彼は後ろから私に覆い被さって話をする。
 近付かれただけでも嫌気がするってのに。
「エデン、献上される前に話を──」
「聞きたくないし、聞かない!!」
 氷朱鷺の、躊躇いがちに伸ばされた両腕を避け、私はシンクにあった包丁を氷朱鷺の喉に向ける。その距離数センチ、小手先で彼を殺す事が出来た。
「ごめん。このまま先に進むのは良くないと思っただけなんだ。ちゃんと話しておきたくて」
 氷朱鷺は一瞬瞳孔を拡げたが、諦めにも似た平静で両手を上げる。
「どうせここまでの関係なんだから話し合いなんか必要ない」
「エデンは、俺が早く献上されればいいと思ってる?」
「思ってる」
「はは……即答だね。でも、そうだよね。俺は万里の仇だもんね」
 氷朱鷺の、哀憐に満ちた顔がムカつく。私が刺せないのも解ってるくせに。
「本当は顔も見たくないのに、ごめんね」
「だったらどいて」
「うん、でもエデン、俺を殺す時はちゃんと俺の顔を見て殺ってね」
「……」
 そんな事をしたら殺せなくなるかもしれない。氷朱鷺はそれを解って言っているのだろうか?
「時間が無いから急いで。私は手伝わないから、シャワーが終わったら自分で着て」
「うん」
 私がソファーに掛けてあった黒のディレクターズスーツを指差すと、氷朱鷺はシャワー後に黙ってそれに袖を通した。
 子供かと思っていたが、こうしてスーツを着て髪を後ろに撫で付けると一人前の紳士に見える。美少年がただの美しい青年になったようだ。氷朱鷺は手足が長くて程よく筋肉が着いているのでスーツ姿もスタイリッシュで色気がある。調教師としては誇らしく思えるのだろうけど、今の私には何の感銘も無い。きっと万里の事さえ無ければ手放しで献上の日を歓び、祝い、大腕を振って氷朱鷺を送り出せたのに、何もかもが口惜しい。
 そして互いに黙々と夜伽の準備を進め、夜も深まった頃に2人で上階へと赴いた。
 道中、私達の間に会話は無かったが、上階で案内人に案内されて献上の儀式が行われる部屋の前まで来ると、隣に並んだ氷朱鷺が急に口を開いた。
「調教師は献上品と王女の逢瀬を見届けるのが仕事だけど、その、なるべく見ないでほしい」
「恥ずかしいの?」
 堂々としていて恥ずかしがっている、という感じではなさそうだけど。
「いや、それより、好きな人にこんなとこ見られたくない」
「そんな話、聞きたくない」
 この期に及んで、呆れた。今の私が最も聞きたくない泣き言だ。
「分かってる」
「ちゃんとやれるの?」
「自信ない。薬くれる?」
 献上品が献上の儀式で緊張して立たない可能性を危惧し、調教師にはバイアグラが支給されており、私はポケットから出したそれを差し出された氷朱鷺の手に乗せ、持って来たミネラルウォーターのボトルを渡す。
「効くまでタイムラグがあるけど」
「前戯に時間かけるから大丈夫」
 そう言って氷朱鷺はバイアグラをミネラルウォーターで流し込んだ。
「はぁ、憂鬱だ」
 氷朱鷺が大きくため息をつき、ミネラルウォーターのボトルを私に返す。
「こっちのセリフ」
 私もため息をつき、ゴテゴテした装飾のドアをノックした。
 中から甲高い『どうぞ』という返事がして、私はドアを開け、氷朱鷺を伴って入室する。
「多摩川エデンです。失礼します。白井氷朱鷺を連れて来ました」
 広々とした室内にはスケスケの天蓋が付いたキングサイズのベッドだけが鎮座しており、薄明かりの中、天蓋の向こうに王女の影が見えた。
 私は講習で習った通りその場で片膝を着き、頭を垂れる。
 氷朱鷺は私に言われた通り、先の天蓋の前に立ち、そこで私と同じような姿勢をとった。
「待ってた。入って」
「はい。失礼します」
 王女に誘われるまま、氷朱鷺が天蓋の向こうへ入って行き、私は手順通りに太腿に仕込んでいたナイフを手にしてそのまま待機する。
 氷朱鷺が王女に対して狼藉を働いたり粗相をしたら、私はこのナイフで彼を殺さなければならない。

 そうしたら、迷わず氷朱鷺を殺る自分への口実になるのに。

 私は心のどこかで氷朱鷺が失態を犯す事を望んでいた。
「髪を撫で付けてきたのね。スーツも、凄く似合ってる」
「馬子にも衣装ですか?」
 氷朱鷺の甘い声がする。
 私以外にもそんな甘い声を出すんだ。私以外には冷たい人間だと思っていただけに驚きだ。
「そんなんじゃない。いつもと違って大人っぽいからドキドキする」
「王女も、和装が良く似合ってます。ほら、俺もドキドキしてます」
「やだ、ほんとだ。緊張してるのね」
「してます。凄く」
 特に聞きたくもなかったが、耳に入ってくる一連の会話を聞いていると、演技か本性かは知らないが、氷朱鷺は結構なプレイボーイっぷりだと思った。こうして他の女性とのやり取りを聞いていると、氷朱鷺の、私への接し方も演技だったのではないかと思わされる。
 そう言えば氷朱鷺が演じたかぐや姫は名演技だったな。
 どういう感情か、少なからず私は騙されたような冷ややかな気持ちになった。
「そうそう、決まりだから、調教師側の天蓋を開けるね」
 そんなセリフが聞こえたかと思うと、ベッドの足元側の天蓋に王女の手が掛けられたのが見えた。
 うわ、直接2人の逢瀬を見るのは気まずい。
 私は自分がお目付け役である事も忘れ、咄嗟に下を向く。
「や、それはやめて下さい」
「私も恥ずかしいけど、これは決まりだから」
「せっかくですから、2人だけの空間にしませんか?第三者がいる事は忘れて、2人だけで愛し合うんです」
 邪魔者の私としても、是非ともそうしてほしい。教え子の濡れ場なんか、見るのも聞くのも想像するのも嫌なものだ。
「うん、まあ、氷朱鷺がそう言うなら、そうする!」
 王女は渋々というより割とノリノリでそう答えた。
 この人は好きな男に影響されるタイプの人なのか。氷朱鷺にゾッコンなのが窺える。
 あいつの上辺だけを見て、中身なんかは二の次なんだろう。
「じゃあ……」
 氷朱鷺のシルエットが王女の方へ乗り出し、天蓋の切れ目から彼の横顔が垣間見えた。そしてその完璧なまでのEラインが王女の横顔に近付き、重なり合おうとした所で、氷朱鷺が片手で天蓋の切れ目を閉じた。
 私の視線を気にしているのか。
 後はもう、片膝を着いたまま、身動ぐ彼らの影を眺め、声にならない吐息のような喘ぎ声を聞きながら、早く時間が過ぎる事だけを願っていた。
 私は退屈と苦痛で手にしていたナイフを何度も太腿で磨く。
 これの出番はまだ先だな。
 氷朱鷺は順調に儀式を進め、事はクライマックスへと入る。ベッドが軋む断続的な音が早いテンポへと変わり、2人の荒い呼吸が獣じみてきた。
 激しいな。ここに窓があったらきっとガタガタ振動してた。氷朱鷺はこんな風に女を抱くのか。一切指南をしてこなかったから目からウロコ(?)だ。別に知りたくもなかったけど。単純な好奇心だけど、やっぱり男は好きでもない女相手でも全然やれるんだな。
 氷朱鷺は直前に薬を服用していたけれど、薬が無くても王女を抱けるのか、素朴な疑問でもある。
 まあまあ、これが終われば晴れて氷朱鷺から開放されるんだ、気にしたものでもない。
 とにかく早く終わればいいのに。
 早くいけ。
 私がしらけた気持ちでナイフを弄んでいると、氷朱鷺が今日一切なげに息を飲み、そして──

「ぁっ、エデ──」

「ヒッ──」
 私はサーッと血の気が引き、思わず飛び出しそうになった悲鳴を飲み込……みきれず両手で押さえた口元から多少変な声が漏れた。
 マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!
 今の、王女に聞かれたか?
 絶対に絶頂間際『エデン』と言いかけただろ。
 こんなもの、一般女性相手でも、そんな時に他の女の名前を口にしたら失礼千万、刺されるレベルだ。そう、確実に滅多刺しに遭う。運が悪ければ刺殺された後にバラバラに解体されてシチューの具材にされる。それが今の相手は一国の王女ときた。もし今のが王女の耳に届いていたなら、シチューの具材なんて生易しいものでは済まされない。ソーセージだ。しかも執行人は氷朱鷺の責任者、つまり調教師の私だ。そんなエグい事、絶対の絶対にしたくない。
 私はすっかり、氷朱鷺の失態を望んでいた事も忘れて心臓をバクバクさせていた。
「ハァハァハァ……エデン」
 天蓋の向こうに見える氷朱鷺の影が大きく肩を上下させながら私に話し掛けてくる。
 ドキドキ……
 なんだってこんな時に。
「王女は途中で失神したから大丈夫」
「ハァーーーーーーーーーーーーーッ」
 私は肺の空気を全て吐ききり、脱力して床に突っ伏した。
 なんなの、ほんとに……
 身がもたない。
「お前、死にたいの?」
「俺はエデンとしてるつもりでやってたから、偽りではあるけど幸せの絶頂だったよ。だからそんな時にエデンに処断してもらえるなら本望だよ。ただ、今は夢から醒めて賢者タイムだけど」
「ああ、そう、王女に聞かれてなくて残念だったよ。じゃあ、終わったんなら私は帰るから」
 私はとっとと立ち上がって氷朱鷺に背を向けた。
「待って」
「何?気を失ってる王女相手に2回戦でもするつもり?」
 振り返ると、氷朱鷺が天蓋を開けてこちらを見上げている。
 パンツくらい履けよ。
 一仕事終えた氷朱鷺の股間のアレもそうだが、乱れて湿っぽくなった髪や、程良く隆起した胸板を汗が滴り、妙に艶めかしくて私は目のやり場に困って前を向く。
 天蓋で仕切られていたせいか実感がなかったが、私はついさっきまで教え子の情事を見張っていたんだなと、やっと認識した。
 小さい頃は小さくてテロっとしていて可愛かったのに、男の子はこうも変貌するのか。びっくり、まるで獣だ。
「しないよ。ただ、エデンは俺が他の人を抱くのを見て何も感じなかった?」
「何が?」
「嫉妬、とか」
「ない。他人の濡れ場なんて初めてだったけど、無だよ」
 そう言われてみると、さっきは身内の秘事を見せつけられているようで苦痛は苦痛だったが、王女に対する嫉妬は無かった、と、思う。
「じゃあ、氷朱鷺は自分を好きだと言ったのに他の女にも欲情するんだ、とかは?」
 それは思った。思ったけれど、私は認めるのが癪で首を横に振った。
「ない。それに薬を飲んだでしょ?」
「そう、薬を飲んだ。薬がなければエデン以外の女は抱けなかったんだ」
「なんでそんな言い訳みたいな事を言うの?私には関係の無い事だ」
「本当に?俺はエデンが杉山と一緒にいるだけで気が狂いそうだった」
「既に狂ってるよ。それに杉山、さんね」
「エデン、エデンは自分で気がついていないだけで俺がいないと駄目になってる」
「何を言い出すかと思ったら、自分で気が付かないのに他人に解る筈ないでしょ。自意識過剰じゃない?」
「そうかな?自信はある方だけど」
 これだから美少年は、皆が皆、自分に恋すると思っているんだから。
「何にせよ、これでお前とはお別れ。せいせいする、が本音だよ、残念だったね」
 美少年慣れしている私に、美少年攻撃など効かない。
 私がヒラヒラと後ろ手に手を振り退室しようとすると、ドアを閉める瞬間、氷朱鷺が私の背中に何かを言ったが、ドアが閉まる音で掻き消された。
 聞いたところで私には関係無い。
 氷朱鷺がどこで誰とやろうと、金や権力を手に入れて子宝に恵まれて幸せに暮らそうと、きっと彼から離れてしまえば何の関係も無い事だ。氷朱鷺から遠く離れて幸せに暮らせば、私は奴を殺めずに済む。氷朱鷺を殺す事に躊躇っている今なら、まだ引き返せる。
 私には杉山さんがいる。
 帰ろう、杉山さんの元へ。

 その日、氷朱鷺は正式に王女の王配となった。

 直後、私の口座に有り余る程の報酬が入り、その全てを実家へ送った。
「せっかくの一攫千金を実家にあげちゃうなんてさ、エデンは欲が無いね。だって少年兵の時も全額渡してたんだろ?」
 そう言って杉山さんが笑った。
 彼は私と一緒に杉山邸へと引っ越す為、朝から私の部屋の片付けを手伝ってくれていて、丁度今、カーテンの取り外し作業が終わって脚立から降りたところだ。
「仕方ないんです。私は長女ですし、実家には多額の借金がありましたから」
「関係無いよ。親が作った借金は親の物で親の責任だ。法的には子供は借金も存続するけど、そんなものは机上の空論さ。いかに生活が苦しくても、幼い女の子を戦場に送り出すなんて、親のする事とは思えない」
 杉山さんはくるくるとカーテンを両腕で巻き、それをごみ袋に押し込める。
 豪邸で沢山の使用人を雇っている杉山さんがカーテンの取り外しをしてくれているなんて、何だか恐れ多い。それでも、テキパキ不用品を片付けていく杉山さんは水を得た魚のように活き活きして見えた。
「いえ、納得の上でしたから」
 私は私であちこちを雑巾で拭いてはバケツでその雑巾を洗う。
「借金なんて、どうせ父親のギャンブルなんだろ?」
「まあ、両親共です。ギャンブルとお酒が好きで、結局2人共肝臓を壊して働けなくなって、でも幼い兄弟を養わないといけないから割と率先して働きに出たんです」
 こんな家の恥、わざわざ誰かに話した事はなかったが、杉山さんにだけは自然と話せた。
「ドラ息子の俺とは大違いだ」
 杉山さんはごみ袋を束ねるとそれを玄関に持って行ってくれた。
 ボンボンのドラ息子はゴミ出しなんかしませんて。
 彼は玄関から戻ると、今度は私の隣に並んで床拭きを始める。
「杉山さんだって、お金持ちなのに調教師として働いていたじゃないですか」
「そんなの、万里に頼まれたのもあるけど、本心では、エデンと離れたくなかったってだけだよ。どお、ストーカー?怖い?」
 杉山さんは冗談めかして言って私の脇腹を肘でツンツンした。
「ストーカーですけど怖くはないです」
「ぁっ……認めちゃうんだ」
 この人は私が否定してくれるとでも思っていたのだろうか?
 杉山さんにはこれまでの実績があるからなぁ……
「真実ですから。でも杉山さんが好きだから怖くないです。杉山さんはストーカーだけど優しいですから」
「え、凄い複雑」
「まあ、両思いって事で、幸せなんです。それなら杉山さんのストーカーも無効ですよね?」
「や、あー……」
 杉山さんは雑巾を触った手で無意識に口元を押えている。
 雑菌とか、温室育ちの御曹司は大丈夫なのかな?
 ──とか、どうでもいい心配をしてみる。
「なんですか?」
 そもそもその『うわぁ』という微妙なリアクションは何なのか?
「凄い好き。抱っこしてチューしていい?」
 杉山さんは手を止めて私の方に首を傾げた。
 なんで抱っこ?
 犬か。
「駄目です。やめて下さい」
 いや、杉山さんとは恋人同士にはなれたけど、まだそんな、フランクに抱きついたりチュッチュッしたりとかは恥ずかしくて出来ない。それに雑巾を触った雑菌とか、雑菌とか、雑菌が……
「なんで?」
 杉山さんは私に断られたのにもかかわらずゆとりのある笑顔で聞き返してきた。
 普通、誘いを断られたらちょっと引かないか?
「杉山さんて、こういうの断られた事ないんですか?」
「ない。どうかした?」
 即答。
「いえ、別に。とにかく、今はお互いに手が汚れてるので駄目です」
 私は特に汚れてもいない箇所をゴシゴシと肘を立てて擦った。
 モテ男が憎い。
「じゃあ、後で手を洗ってからの楽しみにするよ」
「……」
 そうやって予告されると意識してしまう。
 あれ、私は今まで杉山さんにどんな風に接してきたっけ?
 どんな風に話し、何を話題にしていた?
 視線はどこに向けていたっけ?
 今はなんでか杉山さんの顔が見れない。
 好きな人といると何もしていないのにどうしてこんなに恥ずかしくなるのだろう?
「ああ、それとエデン」
 杉山さんの顔は見れないけれど、恐らく彼はいつも通りの菩薩顔だ。
 モテ男が憎い。
「は、はい」
 声がうわずった。今ので動揺がバレたかもしれない。
 私が固まってドキドキしていると、杉山さんは私の耳に口を寄せ──

「手の爪もちゃんと切るよ」

 ──と言った。
「え?」
 私は熱くなった耳を真っ赤にして杉山さんの方を向いた。
 私はふと、調教師の講習で『献上の際に女性のデリケートな部分に触れるのだから献上品にはきちんと爪を切らせるように』と言われていたのを思い出す。
 あれは性行為のマナー講習での一幕だった筈。

 ん?

 あれは性行為のマナー……
「す、杉山さんは、長年妹みたいに思っていた人間をいきなりそんな性的な目で見れるんですか?」
 長年良いお兄さんだと思っていた杉山さんと、献上の儀で目の当たりにしたあんな事をするのかと思ったら、私にはそれなりの覚悟が必要で尻込みしてしまう。
「見てる」
 杉山さんに真っ直ぐ見つめられ、私はその熱い視線に耐え兼ねて反対側に大きく首を回した。
 なんか、今にも抱き締めてきそうな雰囲気を醸し出してた!!
 ジゴロ怖っ!!
「フフ、冗談だよ。一割冗談」
 杉山さんは砕けたように笑い、緊張した私の肩をさすった。
 いや、ほぼ本気。
「でもさ、男なんてそんなもんだよ。姉のように慕っていた女性を性的な目で見る事も珍しくない」
 急に杉山さんの声が真面目なトーンに変わり、それによって私の緊張も解ける。
「氷朱鷺の事ですか?」
 さっきのは暗にそれを示唆している発言だった。
「そうだよ。そうだろ?」
「まあ、そうですね。結果、そうでした」
「これに懲りたら俺以外の男に馴れ馴れしくしない事」
『解った?』と杉山さんから子供に言い聞かせるみたいな言われ方をしたが、氷朱鷺で失敗している手前、私は素直に頷く。
「エデンには、ゆくゆくは俺の奥さんになってもらう予定だから、これ以上俺に心配をかけるなよ?」
 杉山さんは私の頬に触れようとしたが、己の手の汚れを思い出し、直前で思い留まる。
 自分で拒絶しておいてなんだが、ちょっと焦れる。
 恥ずかしいけれど、私は着実に杉山さんに触られたいと思っている。
「はい」
 杉山さんに雑巾がけなんてさせるんじゃなかった、なんてね。
「約束」
「約束します。杉山さんも、浮気しないで下さいね」
「俺はエデンには一途なんだよ」
 そう言って笑った杉山さんは、実はこれまでにも色んな女性に同じセリフを言ってきたのかもしれない。でも私は、彼を信じて、彼と共に一生を過ごしたいと思った。
 だから今度、杉山さんが手の爪を切った時には──


 そして氷朱鷺が王配に決まってから一週間後、早朝、私が部屋の片付けをしている所にスーツ姿の彼が供も付けずにやって来た。最後の挨拶というやつだろう。
「邪魔した?」
 玄関のドアを開けるなり、氷朱鷺はあざとく小首を傾げて微笑んだ。王配になったからか、氷朱鷺の些細な仕草ややわらかな表情に余裕のようなものを感じる。
「別に」
 余裕が無くなったのは自分の方かもしれない。私は王配相手にニコリとも出来なかった。
「入ってもいい?」
 氷朱鷺が玄関のフレームに両手を着いて尋ねてきた。ドアも閉められないし、逃げ出しも出来ない。
 入る気満々じゃないか。
 氷朱鷺は、王配である自分の要望を私が断われない事を知っている。
「どうぞ。でもドアは閉めないで、下さい」
 一応、態度は悪いが形式的には敬語を使った。氷朱鷺はついこの間までは教え子で、主従関係の従に属した訳だが、今はその関係性は完全に逆転して向こうが主の側に立っている。というか、普通に王室ファミリーの氷朱鷺には頭を下げなければならない。これが大人の柔軟性というやつだ。
「警戒してる?どうせ開け放したところで、俺がエデンを襲っても皆見てみぬふりだ。誰も助けちゃくれないよ」
 氷朱鷺はそれを証明するように人差し指で2、3度私の胸板をトントンとノックした。
 勝手に人の胸を触るなんて、自分の権威を誇示してるのか?
 馬鹿馬鹿しい。
「逆ですよ、私が貴方を襲わない為の保険です」
「ハハ、面白いね、エデン。そして敬語さえ使えばなんでも許されると思ったら大間違いだからね。第三者のいる前では気をつけて。俺が良しとしても、周りが良しとしない」
「どうも、今、お茶をお持ちします」
 私はわざと話を遮り、お茶を淹れにキッチンへと入る。これ以上体を触られたくなかった。
「いい、いい、そんなに気を遣わないで。ほんとは敬語を使われるのも距離を感じるから嫌なんだ」
 とかなんとか言いながら、氷朱鷺は玄関のドアを閉めてリビングのソファーに座る。
 全然言うこと聞かないじゃん。
「そうですか、ほんとは私も使いたくないんですけど」
 憎々しい。お茶に雑巾の絞り汁でも入れてやりたい。
 ──そうは思っても、私は真面目に熱々の緑茶を用意した。
「冷たいな」
 私が緑茶を差し出すと、氷朱鷺はそれに一口だけ手を付ける。
「熱いですよ」
「あっつ!」
 氷朱鷺は緑茶を口に含むなり、苦々しい顔をして湯呑みをテーブルに戻す。
 ざまあ、だ。
「警告したのに」
「舌を火傷した」
 氷朱鷺は口内を冷ます為にシューシュー言いながら空気を取り込んでいる。
「今、氷を持って来てあげます」
 まったく世話が焼ける。なんで私が仇の火傷を心配して世話してやらなきゃならないのか。
 私は自分にうんざりしながらもキッチンの冷凍庫から氷を一粒摘み、それを氷朱鷺の鼻先に突き出した。
「王配に手掴みなんだ……」
 氷朱鷺がドン引きするので、私はつんとして手を引っ込めようとすると、その手を彼に掴まれた。氷が指先の熱で溶かされ、氷朱鷺の膝に雫が一粒垂れる。
「嫌ならやりませんよ」
「貰うよ」
 氷朱鷺は中腰だった私を挑発的な目で下から見上げ、そのままねっとりと指ごと氷を頬張った。彼に食べられた指先はその熱くてネロネロとした肉壁に触れ、思わず腰の辺りがゾクッとして指を引っこ抜く。
 いや、なんてことするんだよ。
「冷たくて心地いい」
 氷朱鷺はバリボリと豪快に氷を咀嚼し、そのままソファーに横になった。
「本当は、正式に支給された物以外口にしちゃ駄目なんだ。例え育ての親でも、王配になったからには暗殺される可能性があるからね。だからこの氷かエデンの指先に毒が仕込まれてたら死んでたよ」
「唐突過ぎて仕込んでる暇がなかったんです」
「ハハ、相変わらずだね。エデンだけは忖度無しだ。ここはいい。何も変わらない。目覚めた時に目に入る味気無い天井とか、適度な硬さの味気無いソファーとか、味気無くて素っ気ないエデンとか、凄く良い」
 氷朱鷺は頭の下に両手を挟み、ボンヤリと天井を眺める。
「たった一週間でホームシックですか?」
 一般庶民がいきなり王配になったのだ、氷朱鷺はその環境の変化に大きなストレスを感じたに違いない。生活もそうだけど、周りの態度も激変しただろうし、まるで杜子春だ。そこらへんは可哀想だなとは思う。
「ホームシックか、成程、そうかも。王配になった今の贅沢な暮らしよりも、ここでの生活の方がずっと楽しかった。何より、エデンがいてくれたから。今は何をしていても味気無い。ここが無くなるなんて、帰る場所を失ったみたいで寂しい」
 氷朱鷺は笑いながら遠い昔を懐かしむように目を細めた。
「じきに慣れますよ」
 こんな氷朱鷺を見ていると、万里が亡くなる前の平和だった日々を思い出す。確かにあの頃は毎日がひたすらに楽しかった。具体的に何が、という事はないけれど、氷朱鷺とは、本当の家族と暮らしているみたいに、そう、幸せだった。幸福な家庭とはさもこんな感じなのだろうと、彼は思わせてくれた。

 ……それももう、過去の話だけど。

「エデン、膝枕してくれないかな?」
 氷朱鷺がワクワクした感じでこちらに期待の眼差しを向けてきた。
 自分の立場を解ってるのか?
「しませんよ」
 可哀想だけれど氷朱鷺とはもう関わらないと決めたのだ、いくら王配様の要望と言えど、殺されないだけマシと思ってほしい。
「さすが、味気無い。でもエデンのそんなところも好きだよ」
「……」
 氷朱鷺は私から憎まれている自覚はあるのだろうか?
 呆れて物も言えない。
「ごめん、困らせたね。俺は王女の王配で、弟の仇なのにね」
「別に、好意に応える気がないから困ってない、です。それにもうお前──貴方とは会う事もないですし」
 そう思ったら少しは気が晴れた。
「人生の最高潮に俺を殺してくれるんじゃなかったの?」
「見逃してやるって言ってるんです。これを期に全てを忘れてなかった事にしてあげます。だからもうお前──貴方を思い出す事も無い」
「酷い嫌われようだ。さすがの俺でも傷つくよ。ストーカーってね、相手に嫌われる事は厭わないけど、無関心でいられる事には耐えられないんだってね。今の俺はそんな心境だよ。でもエデン、貴方は何か大きな思い違いをしてるようだけど?俺はここに別れの挨拶をしに来た訳じゃない」
「は?だったら何をしに来たんですか?」
 里帰りでもしに来たか?

「エデンを迎えに来た」

 ん?
「どっかに出かける気ですか?」
「あはっ、違うよ」
 氷朱鷺は笑って軽く腹を押さえた。
「エデン、貴方を俺の愛人として迎えに来た」
「はぁっ⁉」
 氷朱鷺が起き上がり、プロポーズでもするみたいに片膝を着いて私の手を取るのを見て、悪い冗談かと思った。
「何を馬鹿な──」
「って言っても、形式的な段取りを踏まないといけないから、正確には、一度献上品になってもらう」
 いやいや、冗談であれ!
 聞けば聞く程目眩がしてきた。
 一体、どこから突っ込めばいいんだ?
 突っ込みどころ満載じゃないか。
「新婚ホヤホヤのマスオさんがいきなり愛人なんか作ったら王女に愛想尽かされるでしょ」
 間隔をあけたら許されるって事でもないけど、例え王室公認の愛人制度があるにしても、新婚早々王配がいきなり愛人を囲うとか如何なものかと思いますけどねー!
「王女には、俺の調教師が家族に褒賞金を巻き上げられて行き場を失ってしまったから、愛人っていう体で面倒をみたいと頼んである。そもそも王室なんて、王室には愛人ありきと言われるくらい愛人文化が根付いてるからそれを逆手に取って、これを受け入れてくれれば他に献上品や愛人は作らないと約束した。でも体裁的には新婚でいきなり愛人を作るのは世間の印象が悪いから、愛人契約を結ぶまでの期間、エデンを献上品として拘束しようって訳」
 妙に核心をついた口実をたてるじゃないか。
 私は氷朱鷺の根回しの良さに舌を巻いた。
「勝手に約束しないで下さい。てか私はハタチ越えてるから献上品の規約に反します」
 私が氷朱鷺の手を振りほどくと、彼は困った表情で俄に笑っている。
「献上品の規約なんて、結局は献上品を受取る側の好みだからね。俺はエデンが何歳でも受け入れるよ」
「全力で断る」
 相手は単なる我儘ボーイではなく、権威のある王配なのだ、話の雲行きが怪しい以上、私は毅然とした態度を貫く他ない。
「残念、エデンに断る権利は無いよ。もう決まった事だから。俺が特別に用意した後宮に入ってもらう。そこで暫くは献上品として王室の事や愛人としての振舞いについて勉強してもらう。まあ、エデンは元調教師だから復習って事になるけど、ちゃんと夜伽の事も勉強しておくんだよ」
 と言って氷朱鷺はいたずらっぽくクスリと笑い、立ち上がって私の頬を撫でた。
「だったら調教師は?私が献上品なら、その調教師に夜の指南をしてもらう事になりますけど?」
 それでもいいのかと、私がこれでもかと強気な態度に出ると、氷朱鷺はその想定内であったであろう質問に意気揚々と答える。
「杉山さんが適任じゃないかって思うんだ」
「え?」
 これは意外だった。
 だって氷朱鷺は杉山さんと私が近付くだけで不機嫌になるのに、際どい夜の指南をさせる相手に彼を選ぶなんて想像もしていなかった。
「そりゃあ、エデンと杉山さんが同じ部屋で過ごすのは容認できないけど、杉山さんが調教師で、エデンがその献上品である以上、あの人はエデンに手が出せないだろ?それに俺の物に手が届きそうで届かず、指を咥えて見てる資産家ってのも見ものだからね。初夜に俺の物でエデンのあすこから血が流れるのを見せつけたらどんな顔をするか、楽しみだよ」
 そんな事を言いながら白い歯を覗かせて笑う氷朱鷺は、本当の意味でサイコパスなのだと思う。
 成程ね、そういう事なら合点がいく。サイコパスの考えそうな事だ。嫌悪しかない。
「いかれてる。どうかしてるよ」
 私は顔を顰め、声を低くして嫌悪感を全面に押し出した。
「怒らないでよ。俺だって、エデンの全てをあの人に見られるのは我慢ならないんだ。でも王室と取引のある資産家ってのは厄介でさ。王ならまだしも、たかが王配の俺にはそんな事でマウントをとって諦めさせるしかないんだ。今の俺はまだ虎の威を借る狐にすらなれてないからね。パワーバランスでは資産家の方が上さ」
 氷朱鷺はうんざりしながらそう語った。
「杉山さんが資産家じゃなかったら殺しでもしてたんでしょう?」
 私は単なる戯言のつもりで尋ねた。

「そうだね。とっくに殺してたよ」

 でも氷朱鷺は戯言のつもりなどはなからなかった。
 多分、今の言葉は心底本音だ。
「い、行きたくない」
 今の私のセリフも本音だけれど、私が献上品の件を断って杉山さんと一緒になったら、いくら氷朱鷺が資産家の杉山さん相手に手出し出来ないとしても、なんだかとりとめもなく怖い。氷朱鷺から目を離すのは危ない気もするけど、でも、彼に付いて行くのも違う気がする。そもそも杉山さんを裏切る事になるし、私自身もこれ以上弟の仇のそばにいたくない。

 これ以上誰かを殺したくない。

「もう決まった事だから」
『ね?』と氷朱鷺がこちらを覗き込み、手を差し出してきたが、私はその手を取る気にならなかった。
「殺されたくなかったら、もう私に関わらないで」
「そんな事を言って、エデンはただ俺を殺したくないだけなんだろ?」
「……」
 見抜かれている。
「エデンは俺と違って情の深い人間だから、解るよ。それにエデンは自分で気が付いていないだけで、俺の事を愛してるからね」
 いや、さすがにそれは違うだろ。ストーカー理論じゃないか。
「とにかく、私はここを出て行きます」
「駄目だ。俺はエデンにお願いしてるんじゃない、命令してるんだ。何があろうと連れて行く」
 私が後ろに後ずさると、すかさず氷朱鷺に距離を詰められ腕を掴まれた。
「離せ!!嫌だ、行きたくない!!」
 氷朱鷺に力で敵わない事は既に立証済みだ。私は散歩を嫌がる犬みたいに体重をかけて彼の腕から逃れようとする。
 このまま連れて行かれたら終わりだ。氷朱鷺の事だから逃げられないように私の足にGPSでも着けて四六時中監視するに違いない。
「とんでもない暴れ馬だな、これはかなりの調教が必要だ。俺に鞭で打たれても文句は言えないよ?」
 氷朱鷺の方も、今、私に逃げれたら二度と捕まえられないという不安があるのか段々手付きが手荒になってくる。
「調教師は杉山さんで、氷朱鷺じゃないでしょ!」
「なんだ、受け入れてんじゃん」
 氷朱鷺が息をきらしながらニヤッと笑った。
 どちらも必死の攻防戦だ。
「違う!!」
「俺は調教師じゃないけどエデンの主になるんだ、愛人の躾くらい主もやるさ」
「私が氷朱鷺の愛人とか、笑える。舌噛んで死んだ方がマシ」
 私は氷朱鷺に部屋の奥まで追い詰められていたが、ここぞとばかりに強気に笑った。
「エデン、俺を怒らせないでよ。自分でも自分を抑えられないんだから」
 一瞬、氷朱鷺の瞳に深い闇を感じ、私が動きを止めると、その瞬間を見逃さなかった氷朱鷺に壁まで追い詰められてしまう。
「壁に手を着け」
「嫌だ」
 私が拒絶すると、氷朱鷺は強引に私の体をひっくり返し、突き飛ばして壁に手を着かせた。更に後ろから片手で壁に押し付けられ、私が壁に額を着けると、シュルシュルと氷朱鷺のネクタイが外される音がしてあっという間にそれで猿轡を噛まされた。
「うーっ!!うーっ!!」
 私が言葉にならない慟哭をあげて猛抗議をすると、氷朱鷺はそれを無視して今度は自身のベルトで私の両手首を縛り上げる。
「ハァー……さて」
 氷朱鷺は私をもう一度ひっくり返して対面させ、仕切り直すように自身の腰に手をやる。
「うーっ!うーっ!」
『何すんだ!!』と言ったつもりだ。
「じゃあ行こうか」
 そう言って氷朱鷺は壁にへばり付いた私をヒョイと肩に担ぎ、るんるんで私を後宮という愛の巣へと運んだ。
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