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幸福な新生活スタート
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人生で何度目かのエデンとの新生活が始まり、俺の心は躍っていた。物理的でも彼女が俺の手の内にいる事が嬉しい。
時に行ってきますのキスをスルーされたとしても、どこか心に余裕がある。
「いや、時にじゃないか」
常時、だが、俺がエデンに触れられないのはさておき、彼女がもう誰のものにもならない事実にちょっと安堵している自分がいた。
こんな穏やかな日々を送れるなら、別に肉体的繋がりなんかわざわざ強要する事もないか。
俺は公用車の後部座席から、手を繋いで歩くカップルを眺め、彼らのふとした日常を羨んだ。
「全部捨てて、エデンとあんな風に平凡に生きられたら──」
「ぜっったい、やめて下さい」
運転中の杵塚が耳ざとく俺の呟きを拾い、腹の底から抗議してきた。
「貴方にはご家庭があるんですから、ヤサカさんやご子息を顧みて下さい」
バックミラーから杵塚に睨まれ、俺は再度窓の外に視線を移す。
「望んだ家庭じゃない」
「今の生活を手に入れる為に献上品になったんでしょう?」
「そうだよ、今の、エデンとの生活を手に入れる為にね」
「ヤサカ王女が可哀想じゃないですか」
と言った杵塚は『あと』と控え目に『……エデンさんと』と付け足した。
こっちが本音か。
「どうだか。あれはあれでマサムネとよろしくやってたんだ、強かなもんだよ」
俺は自分の事を棚に置いて呆れたていで背凭れにふんぞり返る。そしてチクリと蛇足までしてやる。
「今度エデンを逃がしたら、俺は初めて素手で人を殺すかもしれないね」
「……」
一瞬、車体が僅かにブレ、ミラー越しに見る杵塚のこめかみに汗が滴るのが見えた。
動揺してるな。
かつてエデンが城の敷地から外へ脱走した件に関して『誰か』が手引きした事は明らかだったが、俺はそれを不問にしていた。
「冗談だよ。ただ、エデンが手元に戻ってきていなかったら……どうだったかな」
杵塚がエデンに同情して肩入れしているのは誰が見ても明らかだ。ただ前回はそれが俺の都合の良くない方向へ行ってしまったものの、裏を返せば、彼は他の使用人達と違って絶対にエデンを傷付けたりぞんざいに扱ったりしないだろうというもの。それに俺自身も、敵の多いこの城内で心を許せるのは杵塚だけで、その拠り所を失いたくないという気持ちも強かった。しかしそれも、二度目は無い。失いたくないからこそ、釘は強めに打っておく。
「……どうしてエデンさんを解放してあげないんですか?」
控え目だが責める様に言われた。
「逆に聞きたい、お前の大事な物は何だ?」
「家族です」
杵塚は迷いなく即答する。
「じゃあその家族を簡単に手放すか?」
「でも束縛したり囲ったりはしません。それがもし恋人や想い人であっても」
「ああ、そう。俺が異常だと?」
別に拗ねた訳じゃないが、俺はドアに頬杖を着いて窓の外を眺めた。
自分でも自分が異常だと解っている。どうせ水掛論になるんだ。
「いえ、そこまでは……ただ少し、いきすぎているかなと……どうしてエデンさんを不幸にするんですか?」
杵塚はだいぶ言葉に気をつけていたが、遠回しでも俺を諌めようという確固たる意志を感じた。
「今は俺がエデンを不幸にしている様に見えるかもしれないけど、もし最終的にエデンが俺を選んだら、それらは全て覆ると思わないか?」
「エデンさんが、貴方を……?」
まあ、信じられないだろうね。俺はこれまでエデンにとんでもなく酷い仕打ちをしてきたんだ、杵塚にそう思われても仕方が無い。身から出た錆か。
でも事実──
「選ぶよ、必ずね」
ゴクリ。
杵塚の喉が鳴った。
「願望だって強く望めば叶ったりするだろ?」
俺が張り詰めた空気を払拭する様にバックミラーに笑いかけると、杵塚はウィンカーも出さずに直前の角を右折した。
「道を間違えたね」
「っあ、すいません」
杵塚は慌てて迂回路を探して左右をキョロキョロする。
「いいよ、どうせ寄り道したかったし」
道を間違えてるのは俺自身か。
寄り道を終え、俺が道中手に入れた鰻重を持って部屋に戻ったのは夜7時頃だった。
「ただいま」
勿論、手厚い出迎えや返答がこないのは重々承知だ。しかし意外な事に、今日ばかりは玄関ドアの向こうにエデンが立っていて意表を突かれた。
「え、どうしたの?今から散歩?」
まさかエデンが俺を出迎えなんてあり得ない。
てっきり俺は、出掛けようとしているエデンと玄関で鉢合わせしたものと思っていた。
「散歩?なんで?」
「いや、出掛けるのかなって」
「出掛けない」
そこでエデンが気まずそうに目を泳がせた。
え、まさか──
「出迎えてくれたの?」
そのまさかか、エデンは背を向けて『おかえり』と言ってリビングへと戻って行った。
「え、なんで?」
嬉しいは嬉しいが、いかんせん俺の日頃の行いが悪いが故に目の前の事象が信じられない。
なんか変な物でも食べたか?
不審に思いながらリビングへ行くと、テーブルの上にダイカットメモで折られた家が数個──
「ちょちょちょちょちょっ、ちょっと待って!」
一瞬で、ブワッと、それこそブワッと全身に汗をかいた。それこそ嫌な汗だ。
「何?」
エデンは鰻に餌をやりながら平時の顔でこちらを振り返る。
え、いや、何って……
「お前……」
待て待て、嘘だろ、まさか……
「お前?」
「カザン、なのか?」
俺は固唾を大きく飲んで尋ねた。
「……………………」
なんだよ、この間は──
本当にカザンなのか?
「鰻」
「鰻?」
?がポツリと呟き、俺が手にしていた鰻重の袋に視線を送る。
「え、あぁ、鰻重をね、買ってきたんだ。どうせその鰻はまだ食べないだろうし、鰻ならやわらかくてエデンも食べやすいかと思って」
って、エデンだよな?
エデンであってくれと願わずにはいられない。
「ウナジローを見ながら鰻重を?」
「俺なりの皮肉だよ。それに精もつくし……ってウナジロー?」
?は黙って頷いた。鰻だけに。
なんかカザンっぽい。
「名前なんかつけたら食べづらいでしょ?」
「……」
なんだ、歯切れが悪いな。それに何か、何とは言えないがソワソワしている様に見える。こう、視線が泳ぐというか。
「それで、お前はカザンなの?」
「ウナ……」
ウナ?
なんだ、その自信無さげな『ウナ』は──
カザンはもっと強かで自信に満ち溢れていたじゃないか。
それともなにか、これもまたカザンの演技なのか?
散々騙されてきた?身としては何が本当で何が偽りか見極めが大変だ。
「ウナ、食べよう」
?はそう言うが、全然カザンの天真爛漫さが出ていない。いや、出せていない、と言った方が適切だろう。やっぱりこいつはエデンだ。何の風の吹き回しかわからないが、エデンが訳あってカザンを演じているようだ。
健気というか、なんかぎこちなくて可愛い。
「今日の鰻重は、王室御用達の店のなんだよ」
いや、しかし、まあ、これがカザンであろうとなかろうと、これは交渉のチャンスなんじゃないか?
千載一遇のね。
普段つれない態度のエデンを改めさせるにはちょうどいい機会かもしれない。
それにだ、目的は不明だが暫しエデンの目論見に乗ってやるのも一興。
「鰻好き?」
「ウッ、ウナ……」
可愛い。
照れ臭そうで、堪らない。
2人で鰻を見ながら並んで鰻重を食べ、俺が食後すぐにシャワーを浴びようとすると、カザンモドキのエデンがソワソワとリビングを一周した後、脱衣所に入る俺の後を追って来た。
「ん?」
俺が振り返って小首を傾げるとエデンの旋毛がビクンと揺れる。
「たまには背中を流すよ」
へぇ。
「昔みたいに?」
「昔みた……いや、別に」
俺がカマをかけるとエデンの旋毛は再度揺れた。
「カザンに背中を流してもらった記憶はないけど?」
「……」
なるほどね、なるほどなるほど。
俺は薄々エデンの企みに気付いていたが、この一連の行動で何となく全容は把握した。
「流してくれるならやってもらおうかな」
一旦エデンの自作自演はスルーするとして、俺は順次服を脱いでいく。その過程で上半身裸になるとエデンは俺に背を向けた。
やれやれ、背中を流すって割にこれじゃあ先が思いやられるな。というか、子供まで作っておいて未だに男の半裸に慣れないとかウブだな。
「献上の儀で俺とヤサカの濡れ場を見てたくせに、恥ずかしいの?」
「恥ずかしいんじゃない、見たくないだけ」
この口振り、やっぱり正真正銘どっからどう見てもエデンじゃないか。カザンはエデンを演じるのが上手かったけど、エデンは嘘がつけない質だから簡単にボロを出す。
「見たくないのに背中を流すの?」
「……」
だんまりか。
「エデン、もう正直に言ったらどうなの?」
「……」
エデンは背を向けたまま拳を握り締め、小刻みに肩を震わせている。
恐怖で慄いているのか、はたまた武者震いか。
「俺は楽しかったけど、こんなまどろっこしい茶番に何の意味があるの?」
「……分かった」
エデンは何の切り替えか肩から力を抜いた。
「氷朱鷺に頼みがある」
エデンが決意を固めた様にズバッと言った。
「何?」
俺は何となく察しはついていたが先を促す。
「春臣に会わせて」
やっぱり。
「会ってどうするの?動かない人間を見て何が楽しいのさ」
「そっくりそのままお前にその言葉を返したいね」
「そうだったね。同じ事か」
俺は軽く喉元で笑った。
「目を覚まさないのは解ってる。でも、せめて、身の回りの世話くらいはさせてほしい」
「そんなもの、病院のスタッフがこぞってやってるだろうし、その人達の仕事を奪おうっての?」
「私は春臣の妻だよ?」
エデンがこうして改めて直談判してくるのは想定内だった。
「まあ、どうしてもって言うなら、許可してあげてもいいけど」
俺がわざとらしくそう言ってエデンの両肩を掴んでこちらを向かせると、彼女は挑戦的な目でこちらを見上げる。
「それなりの見返──」
「分かってる」
エデンは俺の先の言葉を聞きたくなかったかの如く遮った。
「話が早くて助かるよ」
エデンは自身の身を売る代償として春臣への面会を許可してもらおうというのだ。
へぇ、そこまでして春臣に会いたいんだ、ほんと、小賢しい。
多少の引っ掛かりはあるが相手は再起不能の植物状態だ、これでエデンが従順になるのなら少しくらい寛容になっても良いだろう。
これでエデンが手に入るなら──
そう思って、俺はそのつもりでエデンの輪郭に手を這わせ、その華奢な耳たぶを指先で愛撫し、そのままキスしようと顔を寄せると速攻で彼女は顔を背けた。
往生際が悪いな。
「キスはしない」
「なんで?これからもっとエグい事をしようってのに、好きな人以外とはキスしたくないって幻想でも持ってる訳?」
エデンは理想主義者ではないが身持ちが堅い、それをここで発動するとは──
「キスもしないし、お前とは体の関係も持たない」
ちょっと待て。
「は?ふざけてるの?」
何の為の交渉だったのか?
ここにきておあずけとは、今更引き返せない。
「手でする」
「却下。せめて口じゃない?」
今、直ぐに繋がれないまでも、段階を踏んで最終的にエデンと一つになれればいいか、とも思うが、俺にも欲がある。
「気持ち悪い」
顔っ!
エデンに死ぬ程嫌な顔をされ、俺のハートは結構な傷を負う。
「交渉する気あるの?」
「噛み切られてもいいならする」
なるほど、確かにこれがエデンの交渉か。
「分かった、今はそれで我慢するよ、今はね」
少しずつ、少しずつ、段階を踏めばいつかエデンも陥落する。今はまだ、これで我慢だ。
「じゃあ、脱いだら椅子に座って。体を流して、後ろからする」
結構な強さでエデンから胸板を押され、俺は彼女から突き放された様な感覚を味わう。
「俺だけ裸?それにエデンの体も触らせてくれないの?」
「触られたくない。性的な事は好きじゃない」
杉山さんは?
──とは思ったが、それでエデンの口から『お前とは違う』なんて言われるのが癪で俺は口をつぐんだ。
「でも──」
俺はそれでも物足りなくて不満を口にしようとすると、エデンがぼそっと──
「お前は私を好きだと言うけど、私の心を無視するならそれは愛じゃない」
──と言っているのが耳に入り、ほんの少しだけ、忘れていた罪悪感がチラッと呼び起こされた。
「愛の形は様々だよ」
「早く終わらせたいから早く脱いで」
「俺、そんな早くないよ」
「いいから」
さっきより強く胸板を突かれ、俺はようやく下も脱ぎ、風呂場の椅子に腰掛けた。
時に行ってきますのキスをスルーされたとしても、どこか心に余裕がある。
「いや、時にじゃないか」
常時、だが、俺がエデンに触れられないのはさておき、彼女がもう誰のものにもならない事実にちょっと安堵している自分がいた。
こんな穏やかな日々を送れるなら、別に肉体的繋がりなんかわざわざ強要する事もないか。
俺は公用車の後部座席から、手を繋いで歩くカップルを眺め、彼らのふとした日常を羨んだ。
「全部捨てて、エデンとあんな風に平凡に生きられたら──」
「ぜっったい、やめて下さい」
運転中の杵塚が耳ざとく俺の呟きを拾い、腹の底から抗議してきた。
「貴方にはご家庭があるんですから、ヤサカさんやご子息を顧みて下さい」
バックミラーから杵塚に睨まれ、俺は再度窓の外に視線を移す。
「望んだ家庭じゃない」
「今の生活を手に入れる為に献上品になったんでしょう?」
「そうだよ、今の、エデンとの生活を手に入れる為にね」
「ヤサカ王女が可哀想じゃないですか」
と言った杵塚は『あと』と控え目に『……エデンさんと』と付け足した。
こっちが本音か。
「どうだか。あれはあれでマサムネとよろしくやってたんだ、強かなもんだよ」
俺は自分の事を棚に置いて呆れたていで背凭れにふんぞり返る。そしてチクリと蛇足までしてやる。
「今度エデンを逃がしたら、俺は初めて素手で人を殺すかもしれないね」
「……」
一瞬、車体が僅かにブレ、ミラー越しに見る杵塚のこめかみに汗が滴るのが見えた。
動揺してるな。
かつてエデンが城の敷地から外へ脱走した件に関して『誰か』が手引きした事は明らかだったが、俺はそれを不問にしていた。
「冗談だよ。ただ、エデンが手元に戻ってきていなかったら……どうだったかな」
杵塚がエデンに同情して肩入れしているのは誰が見ても明らかだ。ただ前回はそれが俺の都合の良くない方向へ行ってしまったものの、裏を返せば、彼は他の使用人達と違って絶対にエデンを傷付けたりぞんざいに扱ったりしないだろうというもの。それに俺自身も、敵の多いこの城内で心を許せるのは杵塚だけで、その拠り所を失いたくないという気持ちも強かった。しかしそれも、二度目は無い。失いたくないからこそ、釘は強めに打っておく。
「……どうしてエデンさんを解放してあげないんですか?」
控え目だが責める様に言われた。
「逆に聞きたい、お前の大事な物は何だ?」
「家族です」
杵塚は迷いなく即答する。
「じゃあその家族を簡単に手放すか?」
「でも束縛したり囲ったりはしません。それがもし恋人や想い人であっても」
「ああ、そう。俺が異常だと?」
別に拗ねた訳じゃないが、俺はドアに頬杖を着いて窓の外を眺めた。
自分でも自分が異常だと解っている。どうせ水掛論になるんだ。
「いえ、そこまでは……ただ少し、いきすぎているかなと……どうしてエデンさんを不幸にするんですか?」
杵塚はだいぶ言葉に気をつけていたが、遠回しでも俺を諌めようという確固たる意志を感じた。
「今は俺がエデンを不幸にしている様に見えるかもしれないけど、もし最終的にエデンが俺を選んだら、それらは全て覆ると思わないか?」
「エデンさんが、貴方を……?」
まあ、信じられないだろうね。俺はこれまでエデンにとんでもなく酷い仕打ちをしてきたんだ、杵塚にそう思われても仕方が無い。身から出た錆か。
でも事実──
「選ぶよ、必ずね」
ゴクリ。
杵塚の喉が鳴った。
「願望だって強く望めば叶ったりするだろ?」
俺が張り詰めた空気を払拭する様にバックミラーに笑いかけると、杵塚はウィンカーも出さずに直前の角を右折した。
「道を間違えたね」
「っあ、すいません」
杵塚は慌てて迂回路を探して左右をキョロキョロする。
「いいよ、どうせ寄り道したかったし」
道を間違えてるのは俺自身か。
寄り道を終え、俺が道中手に入れた鰻重を持って部屋に戻ったのは夜7時頃だった。
「ただいま」
勿論、手厚い出迎えや返答がこないのは重々承知だ。しかし意外な事に、今日ばかりは玄関ドアの向こうにエデンが立っていて意表を突かれた。
「え、どうしたの?今から散歩?」
まさかエデンが俺を出迎えなんてあり得ない。
てっきり俺は、出掛けようとしているエデンと玄関で鉢合わせしたものと思っていた。
「散歩?なんで?」
「いや、出掛けるのかなって」
「出掛けない」
そこでエデンが気まずそうに目を泳がせた。
え、まさか──
「出迎えてくれたの?」
そのまさかか、エデンは背を向けて『おかえり』と言ってリビングへと戻って行った。
「え、なんで?」
嬉しいは嬉しいが、いかんせん俺の日頃の行いが悪いが故に目の前の事象が信じられない。
なんか変な物でも食べたか?
不審に思いながらリビングへ行くと、テーブルの上にダイカットメモで折られた家が数個──
「ちょちょちょちょちょっ、ちょっと待って!」
一瞬で、ブワッと、それこそブワッと全身に汗をかいた。それこそ嫌な汗だ。
「何?」
エデンは鰻に餌をやりながら平時の顔でこちらを振り返る。
え、いや、何って……
「お前……」
待て待て、嘘だろ、まさか……
「お前?」
「カザン、なのか?」
俺は固唾を大きく飲んで尋ねた。
「……………………」
なんだよ、この間は──
本当にカザンなのか?
「鰻」
「鰻?」
?がポツリと呟き、俺が手にしていた鰻重の袋に視線を送る。
「え、あぁ、鰻重をね、買ってきたんだ。どうせその鰻はまだ食べないだろうし、鰻ならやわらかくてエデンも食べやすいかと思って」
って、エデンだよな?
エデンであってくれと願わずにはいられない。
「ウナジローを見ながら鰻重を?」
「俺なりの皮肉だよ。それに精もつくし……ってウナジロー?」
?は黙って頷いた。鰻だけに。
なんかカザンっぽい。
「名前なんかつけたら食べづらいでしょ?」
「……」
なんだ、歯切れが悪いな。それに何か、何とは言えないがソワソワしている様に見える。こう、視線が泳ぐというか。
「それで、お前はカザンなの?」
「ウナ……」
ウナ?
なんだ、その自信無さげな『ウナ』は──
カザンはもっと強かで自信に満ち溢れていたじゃないか。
それともなにか、これもまたカザンの演技なのか?
散々騙されてきた?身としては何が本当で何が偽りか見極めが大変だ。
「ウナ、食べよう」
?はそう言うが、全然カザンの天真爛漫さが出ていない。いや、出せていない、と言った方が適切だろう。やっぱりこいつはエデンだ。何の風の吹き回しかわからないが、エデンが訳あってカザンを演じているようだ。
健気というか、なんかぎこちなくて可愛い。
「今日の鰻重は、王室御用達の店のなんだよ」
いや、しかし、まあ、これがカザンであろうとなかろうと、これは交渉のチャンスなんじゃないか?
千載一遇のね。
普段つれない態度のエデンを改めさせるにはちょうどいい機会かもしれない。
それにだ、目的は不明だが暫しエデンの目論見に乗ってやるのも一興。
「鰻好き?」
「ウッ、ウナ……」
可愛い。
照れ臭そうで、堪らない。
2人で鰻を見ながら並んで鰻重を食べ、俺が食後すぐにシャワーを浴びようとすると、カザンモドキのエデンがソワソワとリビングを一周した後、脱衣所に入る俺の後を追って来た。
「ん?」
俺が振り返って小首を傾げるとエデンの旋毛がビクンと揺れる。
「たまには背中を流すよ」
へぇ。
「昔みたいに?」
「昔みた……いや、別に」
俺がカマをかけるとエデンの旋毛は再度揺れた。
「カザンに背中を流してもらった記憶はないけど?」
「……」
なるほどね、なるほどなるほど。
俺は薄々エデンの企みに気付いていたが、この一連の行動で何となく全容は把握した。
「流してくれるならやってもらおうかな」
一旦エデンの自作自演はスルーするとして、俺は順次服を脱いでいく。その過程で上半身裸になるとエデンは俺に背を向けた。
やれやれ、背中を流すって割にこれじゃあ先が思いやられるな。というか、子供まで作っておいて未だに男の半裸に慣れないとかウブだな。
「献上の儀で俺とヤサカの濡れ場を見てたくせに、恥ずかしいの?」
「恥ずかしいんじゃない、見たくないだけ」
この口振り、やっぱり正真正銘どっからどう見てもエデンじゃないか。カザンはエデンを演じるのが上手かったけど、エデンは嘘がつけない質だから簡単にボロを出す。
「見たくないのに背中を流すの?」
「……」
だんまりか。
「エデン、もう正直に言ったらどうなの?」
「……」
エデンは背を向けたまま拳を握り締め、小刻みに肩を震わせている。
恐怖で慄いているのか、はたまた武者震いか。
「俺は楽しかったけど、こんなまどろっこしい茶番に何の意味があるの?」
「……分かった」
エデンは何の切り替えか肩から力を抜いた。
「氷朱鷺に頼みがある」
エデンが決意を固めた様にズバッと言った。
「何?」
俺は何となく察しはついていたが先を促す。
「春臣に会わせて」
やっぱり。
「会ってどうするの?動かない人間を見て何が楽しいのさ」
「そっくりそのままお前にその言葉を返したいね」
「そうだったね。同じ事か」
俺は軽く喉元で笑った。
「目を覚まさないのは解ってる。でも、せめて、身の回りの世話くらいはさせてほしい」
「そんなもの、病院のスタッフがこぞってやってるだろうし、その人達の仕事を奪おうっての?」
「私は春臣の妻だよ?」
エデンがこうして改めて直談判してくるのは想定内だった。
「まあ、どうしてもって言うなら、許可してあげてもいいけど」
俺がわざとらしくそう言ってエデンの両肩を掴んでこちらを向かせると、彼女は挑戦的な目でこちらを見上げる。
「それなりの見返──」
「分かってる」
エデンは俺の先の言葉を聞きたくなかったかの如く遮った。
「話が早くて助かるよ」
エデンは自身の身を売る代償として春臣への面会を許可してもらおうというのだ。
へぇ、そこまでして春臣に会いたいんだ、ほんと、小賢しい。
多少の引っ掛かりはあるが相手は再起不能の植物状態だ、これでエデンが従順になるのなら少しくらい寛容になっても良いだろう。
これでエデンが手に入るなら──
そう思って、俺はそのつもりでエデンの輪郭に手を這わせ、その華奢な耳たぶを指先で愛撫し、そのままキスしようと顔を寄せると速攻で彼女は顔を背けた。
往生際が悪いな。
「キスはしない」
「なんで?これからもっとエグい事をしようってのに、好きな人以外とはキスしたくないって幻想でも持ってる訳?」
エデンは理想主義者ではないが身持ちが堅い、それをここで発動するとは──
「キスもしないし、お前とは体の関係も持たない」
ちょっと待て。
「は?ふざけてるの?」
何の為の交渉だったのか?
ここにきておあずけとは、今更引き返せない。
「手でする」
「却下。せめて口じゃない?」
今、直ぐに繋がれないまでも、段階を踏んで最終的にエデンと一つになれればいいか、とも思うが、俺にも欲がある。
「気持ち悪い」
顔っ!
エデンに死ぬ程嫌な顔をされ、俺のハートは結構な傷を負う。
「交渉する気あるの?」
「噛み切られてもいいならする」
なるほど、確かにこれがエデンの交渉か。
「分かった、今はそれで我慢するよ、今はね」
少しずつ、少しずつ、段階を踏めばいつかエデンも陥落する。今はまだ、これで我慢だ。
「じゃあ、脱いだら椅子に座って。体を流して、後ろからする」
結構な強さでエデンから胸板を押され、俺は彼女から突き放された様な感覚を味わう。
「俺だけ裸?それにエデンの体も触らせてくれないの?」
「触られたくない。性的な事は好きじゃない」
杉山さんは?
──とは思ったが、それでエデンの口から『お前とは違う』なんて言われるのが癪で俺は口をつぐんだ。
「でも──」
俺はそれでも物足りなくて不満を口にしようとすると、エデンがぼそっと──
「お前は私を好きだと言うけど、私の心を無視するならそれは愛じゃない」
──と言っているのが耳に入り、ほんの少しだけ、忘れていた罪悪感がチラッと呼び起こされた。
「愛の形は様々だよ」
「早く終わらせたいから早く脱いで」
「俺、そんな早くないよ」
「いいから」
さっきより強く胸板を突かれ、俺はようやく下も脱ぎ、風呂場の椅子に腰掛けた。
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