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家族の呪縛
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氷朱鷺に奉仕する事で私は春臣への面会を許された。監視付きで10分、たったそれっぽっちだけの約束だったけれど、それ以上を望めばそれ以上の見返りを求められるかもしれないと、私はそれで手を打った。
監視役の屈強なボディーガードに連れられ、春臣の病室まで院内を歩いていると『妻が今更何の用だ?』という視線をあちこちから浴びる。それ程、私の見舞いは出遅れに出遅れていた。
いい、気にしない。やっと春臣に会えるんだもの、人目や氷朱鷺への奉仕の事なんて屁でもない。
それでも、昨夜の氷朱鷺の感触が気持ち悪くて、私はここに来るまでに何度となく手を洗った。
「きっかり10分で出て来て下さい」
ボディーガードに腕時計を見せつけられ、私は黙って頷くと春臣の病室のドアをノックする。
当然だけど返事は無い。
春臣に意識が無いのは解っていたけれど、ドア越しから聞こえる生命維持装置と思われる機器の電子音だけが私の耳に届き、今になって春臣の現状を見るのが怖くなる。
私は春臣の妻だ。どんな状態でも春臣を受け止める。絶対に泣いちゃ駄目だ。
そう心に決め、ドアを開けると、沢山の機器と管で繋がれた春臣が透明のカーテン越しにベッドに横たわっているのが見え、私は恐る恐る近寄ってカーテンに手を伸ばした。
「はーい、今はまだカーテンの向こうに入らないで下さいねー」
後ろから女性看護師に止められ、私は伸ばした手を引っ込める。
「奥様ですよね?手指の消毒はしました?」
女性看護師はキビキビと計器類の記録を確認し、書類に数字を書き連ねていく。
「は──」
『い』と返事をする間も与えぬままその看護師はテキパキ動き回り、つらつらと事務的な言葉を発していく。
「山は越えましたけど、まだ免疫が戻らないので暫くはこのカーテンを越えないで下さいねー。あと勝手に窓を開けて換気したり、迂闊に動き回って機器のコードに足を引っ掛けないで下さい」
「は──」
『い』と言いかけたところで看護師が私の目の前スレスレを通り過ぎ、忙しいアピール全開で仕事をこなしていく。
「あぁ、すいません、そこちょっと邪魔なんで、もう少し壁側に下がっててくれます?」
「すみません」
「患者さんの負担になるんでお見舞いは早めに切り上げて下さいね」
忙しくてピリついているのか、それとも単に私の事が嫌いなのか、又はその両方なのか、この看護師に良い印象は無かった。
多分向こうも、今更ノコノコ王妃がやって来て何の用、と思っているのだろう。でも確かにそう思われても仕方がない。これがリアルな世論なんだし。
ただほんの少しでいいから春臣と2人きりになりたいのだが、私は部屋の片隅で遠巻きにカーテン越しのボヤけた春臣を見守る事しか出来ない。
もどかしい。
これじゃあ春臣の顔の判別もつかない。
話し掛けたり、手を握ったり、そんな事も出来ないなんて。
私がヤキモキしながら手を揉んでいると、看護師はその様子を横目でチラッと確認したうえであっさりカーテンの向こう側に入って行った。
気のせいか、まるで勝ち誇った様にカーテンを越えて行ったけれど、あれは見間違いだったんだろうか。彼女を羨む気持ちが私にその様に見せただけ?
「おはようございまーす!沢田です。春臣さん、今日も良いお天気ですよー」
沢田と名乗る看護師は私と話したトーンとはまるで違った黄色い声で春臣に語りかけた。サバサバ女子が男の前でだけ猫撫で声を発するあの感じに近い。
いやいや、色眼鏡で見るのは良くない。いくら冷たくあしらわれたからって、それは見舞いが遅くなった私が悪いし、それまでこの沢田さんが春臣を看ていてくれたんだから寧ろ感謝しないと。
嫌だな、色々あって不安定になっているからか彼女にいわれの無い嫉妬をしてしまった。
例え自分が不幸に見舞われても嫌な女にはなりたくない。
「顔色が少し良くなりましたね~体温も落ち着いてきてます。この調子で頑張りましょうね」
「……」
春臣からの反応は無いけれど、当たり前に声がけしている彼女が羨ましい。私と、彼ら2人を隔てる透明のカーテンが分厚い壁の様に感じる。チラチラ壁の掛時計を確認する度、まるでタイムスリップしたかの如く時の経過を痛感させられる。
10分なんて瞬く間に終わってしまう。一目だけでも春臣をクリアに見たい。意識は無くとも自分の耳元でその呼吸を確認したい。遠く懐かしい感じもする春臣の匂いを嗅ぎたい。一方通行でもいいからどうか春臣に語りかけたい。
気持ちばかり先走って無意識に前に前に体が揺れる。
「あのっ!」
制限時間が残り5分をきったところで私はついぞ痺れを切らした。
「5分で帰るんで、5分だけ2人にして下さい」
思わぬ申し出に沢田さんは目を剥いて嫌な顔をしたが、私が『お願いします!』と畳み掛ける様に潔く頭を下げるとノック式のボールペンをカチカチ言わせながらも退室してくれた。
やっと2人きりになれた。
ホッと安堵する間もなく私は出来る限りで春臣に接近する。
「春臣っ、春臣っ」
感極まって呼び捨てにしてしまった……
夫婦なんだし、まあ、いいか。
透明なカーテン越しに目を凝らすと、春臣の顔には擦りむいた様な痕がチラホラ。本当はもっと血生臭く出血して腫れ上がっていたに違いない。そんな時にそばにいてやれず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
カーテン越しに手を伸ばし春臣の手に触れると、間接的ではあるがじんわり彼の体温を感じる。
生きてる。
ここでやっと本当の意味で春臣の生存を確認した様な気がした。
「春臣、エデンです。ええと……妻のエデンです」
言っててちょっと恥ずかしくなる。
照れ臭いけど、でも、夫に、妻が来たと認識してほしかった。
「遅くなってすみません。でも凄く会いたかった」
きっと私の声は届いてないとは思うけれど、どうしても伝えたい事が山程あった。
「とても心配しました。今もそうですけど、なんとか元気になってほしいです。それと間接的ではあるけれど、私のせいです。すみません」
氷朱鷺のしでかした事は私の責任でもある。
私がカーテンごと春臣の手を握ると、ナイロン製のペタペタゴワゴワした感触と春臣のゴツゴツした手の骨感が伝わってきた。
「私、この手が好きです」
全てを包み込むような、あらゆるものから守ってくれそうなこの頼り甲斐のある手が好きだった。だけど今は、私がこの手を守りたい。
「いつか、夫婦で手を繋いでツツジでも見に行きましょう」
「なんでツツジ?」
後ろから『ハハッ』と鼻で笑われ振り返ると、出入り口に立つ氷朱鷺と目が合った。
「熟年夫婦じゃん」
「関係無いでしょ、なんで来たの?」
私は敵を相手に話す様に威嚇気味で話した。
「公務が早く終わってね……なんて、早く切り上げたんだけど。エデンが逃げないか心配で迎えに来た」
「逃げる?私は春臣の妻、王妃だよ?それにあんなにゴツいお目付け役まで付けておいて、どうやって逃げるって?」
「それもそうか。でもエデンて昔俺を助けた時にあんなデカい奴をやっつけただろ?しかも数人。更に言うと俺の側近に見逃してもらった過去もあるし……まあ、どっちにしろ逃げられない様に春臣を人質にしてる訳だけど」
「あぁ、そう」
私が知らん顔して両手で春臣の手を握っていると、氷朱鷺がツカツカやって来て2人の手を振り払った。
「時間だよ、帰ろう」
氷朱鷺は名前通り、氷の様な冷たい表情をしている。
「離れたくない」
出来ることなら春臣のいる病室で生活したい。
「じゃあもっと、それ相応の過激な奉仕をしてもらわな──」
「止めてっ!!」
私は咄嗟に氷朱鷺の口を塞いだ。
「心配しなくても、お義兄さんの耳には届かないよ」
口を塞ぐ私の手に氷朱鷺の生温い吐息がかかり、昨夜の彼の絶頂時の息遣いを思い出す。
私は何をしているのだろう……
「それでもここでは言わないで」
「じゃあ大人しく一緒に帰る?」
氷朱鷺に笑顔で頭を撫でられ、私は黙って頷いた。
「エデンが良い子でいてくれたら、今度はもっと長く面会させてあげるよ」
「……分かった」
こうして私は春臣との愛の巣に氷朱鷺と帰宅し、彼に面会する為に毎晩自分の手や、口まで汚した。
私は背徳と自己嫌悪で精神が擦り切れ、油断してバルコニーなんかに立つとそのまま飛び降りてしまいそうになる、そんな日々を送りつつも、毎日氷朱鷺の送迎で春臣の見舞いに来れる事にささやかな幸せを感じていた。
私が病室に入ると、決まって沢田さんが春臣にベタベタと接してはマウントをとってきたが、それも担当医師が毎回諌め、彼女を連れ出してくれた。
病室に春臣と2人きり、日がな一日を送り、氷朱鷺が公務を終えると私を連れて帰る、そんなシステムが何となく根付いている。夜には氷朱鷺が私を後ろから抱き締め、そんな時には事務的に風俗嬢の真似事をして──
最近はソーセージが嫌いになった。
でも良い事もあって、春臣と私を隔てる透明のカーテンが撤去され、一般の病室にある様な布のカーテンに変わり、私は直接春臣に話し掛けられる様になると人が変わったみたいによく喋った。多分返答が無い分、2人分話しているのだと思う。
「今日はさ、ウナジローが飛び跳ねて水槽から出ちゃって、掴み取りするのが大変だったんですよ。ほら、なんかヌルヌルするからドジョウすくいみたいになってしまって、やっと捕まえました。あれって強く掴もうとすると逆に逃げて行くんですよね。今は脂が乗って凄い美味しそうに成長したんで、目覚めたら一緒に食べましょう」
『約束です』そう言って私は今日もまた春臣と指切りした。
するといつも反応の無い春臣の小指が僅かに私の小指を握り返してくれた。
「えっ!春臣っ!?」
気のせいか、或いは単なる反射反応か、どちらかは解らなかったが、私には大きな一歩に思えて歓喜した。
「脳への刺激が功を奏したのかな?」
日頃から私はそんな事を心掛け、春臣の五感に訴え掛ける様なギミックを仕掛けていて、季節の花々の香りを嗅がせてみたり、イヤホンでゴリゴリのパンクから癒しのクラシックまで多種多様な音楽を聴かせたり、桃の香りがするローションで毎日手足のマッサージをしたりと、手を変え品を変え様々な方法で彼の脳を刺激していた。
いつか必ず目を覚ますと信じて──
「ちょっとお医者さんに報告して来ますす」
私はスキップでもしそうな勢いで病室を出ると、嬉々として医者に先刻の事を報告し、10分程度で病室に戻った。するとそこに氷朱鷺の後ろ姿があり、春臣へと繋がる点滴の管に触れているのが見えた。
「何してるのっ!!」
私が咄嗟に怒鳴ると氷朱鷺はすぐに管から手を離し、振り返って『じゃあ帰ろっか』と私に手を差し出した。
「今、何してたの?」
まさか点滴の管に空気でも入れて春臣を殺そうとしてたんじゃあ……
不安が頭をよぎる。
氷朱鷺にとって春臣の回復は公私共に喜ばしく無い事だ、彼を暗殺しようとしても何ら不思議は無い。
「別に何も。点滴の管に空気を入れて春臣を殺そうなんて恐ろしい事をしようとしてた訳じゃないよ」
氷朱鷺は私の懸念を読んだかの様に冗談めかして言った。
「本当に?」
私が慎重に尋ねると、氷朱鷺は『本当だってば』と言って宣誓する様に右手を翳した。
「そう……」
とは言え春臣に意識が戻れば権力基、氷朱鷺と春臣のパワーバランスも180度変わる。そうなれば氷朱鷺はもう私に手出し出来なくなる訳で、それを氷朱鷺が黙って見過ごすだろうか?
春臣を暗殺しようとしたであろうこの男が。
春臣に回復の兆しが見え始めている事は氷朱鷺には黙っておこう。医者にも堅く口止めしておかなければ。
疑念を持ちながらもその日はそのまま氷朱鷺と病院を出て駐車場へと向かう。そんな所に──
「おうっ!」
前を歩いていた氷朱鷺の進路を遮る様にスキンヘッドの大男が親しげに話しかけてきた。
「久しぶりだな、ええと、今は白井氷朱鷺か?」
「人違いです」
そう言った氷朱鷺は背中越しでも解るくらい動揺していた。
「誰?」
私が後ろからひょっこり顔を出すとそれを氷朱鷺が背中でガードする。
なんで?見られたくないのか?
「知らない人だから、行こう」
氷朱鷺が私の手を握り、その男を押し退ける形で強引に車まで連れて行くが、男もまたしつこく付き纏ってくる。
「おいおい、まさか実の父親の顔を忘れたって言うんじゃねーだろうなぁ?」
氷朱鷺が開けかけた車の助手席ドアをその男が押し戻した。
実の父親?
氷朱鷺が邪魔でよく見えないけれど、このスキンヘッドの厳つい男が彼の父親?
「忘れたも何も、俺と母は昔、父親の方から捨てられた。だから俺に父親はいない」
基本、氷朱鷺は私以外の人間と話す時は大概ロウテンションだ。しかし今はそれとはまた別なテンションというか、一言で言うとダークだ。
「だったら血の繋がった親戚でもいいや、ちょっと金貸してくんねーか?」
「その為にわざわざこんな所で待ち伏せを?見下げたもんだ。祖父の家業はどうしたんです?」
「俺が漁師を?まさか、傭兵をしてた俺がそんな退屈な仕事をするか」
傭兵?
今は長らく休戦中だから傭兵稼業は仕事が無いのだろう。
それにしても似てない親子だ。美丈夫とも言える氷朱鷺の美貌は100%母親から遺伝したものらしい。この厳つい男とは上背からスキンヘッドから首にはいった蛇のタトゥーからまるで違……
蛇のタトゥー?
氷朱鷺の後頭部の影からチラッと見えたそれは、かつてあの半地下で見たそれそのもの。
そうだ、あの獣の様な目、思い出した。覚えてる。
こいつはあの半地下で私とカザンを凌辱した男だ。
息が止まった。
「息、がっ……」
息が息が息が息が、息が出来ない。喉が締まって息が出来ない。動悸がして耳鳴りも酷い。
私は車に手を着いて前屈みになる。
「エデン、大丈夫、大丈夫だから」
氷朱鷺が私を心配して背中を撫でてくれたが、私は一向に呼吸困難のままヒューヒューと喉を鳴らして僅かばかりの酸素を取り込むのみ。それを見た男は──
「おいおい大丈夫かよ、病院行った方がいいんじゃねーか?」
笑いながらそう言った。
どうか私に気付かないで、パニックになりながらそんな風に思っていたが、私の危惧は徒労に終わった様だ。
当然か、こいつは自分が犯してきたであろう数多の被害者達の顔なんかいちいち覚えていない真の悪党なのだ。サバゲーが好きで、人を撃ちたくて流しの傭兵をしていたであろう狂人が罪悪感なんか持ち合わせている筈が無いんだ。
カザンがどんな地獄を味わい、苦しんで死んでいったか、考えるよしも無いだろう。
「ヒュー……ヒュー……」
怖い。
大人になった今なら一発狙撃すればこいつを殺せるのに、カザンを失った今、ダイレクトにトラウマの衝撃を食らい、震えて氷朱鷺にしがみつくしか出来なかった。
情けない。
カザンがいないと私はこんなにも弱いのか。
「エデン、大丈夫だから、ゆっくり、こっちに」
私は氷朱鷺に支えられ反対側の後部座席から車に乗る。
「ハァ……ハァ……」
男とドア一枚隔てやっと少しばかり酸素を取り込めたが、私は恐怖でシートに身を伏せ早くこの場から離れたいと切に願った。外からは言い合いの声が聞こえてきて、話の決着がつく前に氷朱鷺が運転席に乗り込むと手荒な手つきでギアをドライブに入れ、チッと舌打ちをした。
多分、想像だけれど、男が車に詰め寄って進路妨害をしているのだろう。
早く、早くこの場から離れたい。
「エデン、ごめんね、大丈夫だから。俺がエデンを守るから」
氷朱鷺が私を落ち着かせる為に穏やかにそう言ったかと思うと、彼は車を急発進させ『何か』を巻き込む様な鈍い音をたてて車体の片側が大きく持ち上がった。
「え?」
車が『何か』に乗り上げたと同時に、私はその『何か』があの男ではないかと瞬時に察する。
「氷朱鷺……?」
私が顔を上げると氷朱鷺は真っ直ぐ前を見たままハンドルを握っていた。
「氷朱鷺、今、自分のお父さんを──」
「あれは父親じゃないよ。捕まっていないだけの犯罪者だったんだ」
「でも……」
金を無心に来たくらいでここまでやる?
もしかしたら相手は死──
そこまで考えると事の重大さにゾクッとして手が震えた。
「捕まっていないだけの強姦魔で、人殺し。ごめん、エデン、気付いてたんだ。あれがエデンに何をしたか。だから殺す気ではねた」
「え……」
でもそれを踏まえても、私の為に自分の父親を殺そうとするなんて行き過ぎてる。
「そんな……」
解らない。私の大事な物を奪うのに、私の為に自身の肉親まで手にかけるなんて。
「エデン、いつか、憎い相手を生きたまま豚の餌に出来るかどうかの話をしたね?」
「……」
「あいつがそれだよ。ただ実際に豚の餌に出来なくて残念だったけど」
そうして氷朱鷺はなんて事のないように笑ったが、ハンドルを握る手が震えているのが見え、私はサイコパスな彼にも僅かに人間らしさが残っていたのだと思った。
「死んだんかもしれないのに……」
「そうだね。でも死んでくれって思ってたし、エデンもかつてそう思ってたでしょ?」
「思ってたけど、いざ、実際にあんな場面に遭遇したら……」
いくら憎んでいても、自分の息子に殺される人生は哀れだと思う。それに自分が乗っていた車が男を轢き殺したかもしれないと思うと後味が悪い。
「エデン、罪悪感を感じる事は無いよ。憎い相手を死ねって思うのは悪い事じゃない。死んでくれて良かったとか、せいせいしたって思っていいんだ。自分の悪意を受け入れていいんだよ……って、俺が言うなって話だけど」
自分の悪意を受け入れる?
人を恨むのは良くないとか、復讐は復讐しか呼ばないとか言うのは世の常だけど、その逆行をいく言葉で励まされたのは初めてで少しだけ胸が楽になった。氷朱鷺に救われた錯覚さえ感じる。
「でも氷朱鷺が捕まるんじゃあ……」
「驚いた、心配してくれるの?」
「だって……」
氷朱鷺を憎んでいたのに、仇が仇を討ったこの状況で私は完全に彼に肩入れしていた。
「心配ないよ、身内のゴタゴタ程度なら揉み消せるさ」
「程度って、殺人容疑がかかるのに?」
「そもそも王室関係者に戦犯なんていたら困るだけだろ?」
「そうだけど……」
私にとって氷朱鷺が捕まる事は願ったり叶ったりなのにどういう感情か本気で彼が心配だった。
「ちょっと気分転換に遠回りして行こっか?」
気分転換?
軽いな。でも氷朱鷺なりの気遣いなのかも。
「じゃあお墓に寄ってほしい」
「墓?多摩川家の?」
「うん。ずっと行きたかったから、お願い」
そこから私の実家に程近い墓地公園へとやって来た。ここは海岸が一望出来る小規模で錆びれた墓地だったが、その分、誰にも気兼ねする事なく静かに墓参りが出来た。途中、花屋で買ってきた花束を手に、端の方にある朽ちかけた十字架の前に立つとしゃがんでそれを手向ける。
「やっぱり、誰も整備してないな」
十字架の周りも潮風で枯れた草花が散らかり地面に埋められた石碑の文字が読めない程だった。
家の崩壊家族が墓の管理までしている訳がないか。
わかり切った事だった。
私は残念な気持ちを胸にため息をつきながらその枯れ草を掻き分ける。
「ここにはエデンの……ご先祖が?」
氷朱鷺が躊躇いがちに尋ねた。
「そう。知ってると思うけど、ここには万里も赤ちゃんも入っていないよ」
「……」
私の後ろで氷朱鷺がどんな顔をしているのか見なくてもわかる。
「でも、これを埋めたくてここに来た」
私が『これ』と言って取り出したのは臍の緒が入った桐の箱だ。
「臍の緒?じゃあスコップか何か──」
「いい」
そう言って私が近くにあった石で十字架の根元を掘り出すと氷朱鷺が慌ててそれを止めようとする。
「エデン、手が汚れるよ!」
「後で洗うからいい」
「でも……」
「別にそんなに深くなくていいんだ」
私は氷朱鷺の制止を振り切り一心不乱に地面を掘り進めると、30センチ程掘った所で臍の緒を桐の箱ごと埋めた。
ポンポンと高めに盛った土を手で押さえつけ、私は一つの心の区切りを感じる。
「どうか、生まれ変わったらまた私の所に来てね」
合掌し目を閉じると、夢に出てきた女の子の顔が頭に浮かんだ。
可愛い子だ。
「本当はもう一人、供養したかったんだけど」
目を開けるとそこに女の子の姿は無く、さっきから見ていた朽ち果てた十字架が寂しそうに立っているだけだった。
「万里の事?」
私は首を横に振った。
「え、でも、他に──」
「氷朱鷺のお父さんとの子──」
「ごめんっ!!」
後ろから急に力強く抱き締められ、私は背骨が折れるかと思った。
「子供の責任は親にあるけど、親の責任は子供に無いよ」
この件に関して氷朱鷺は何も悪くない。「でも俺は……」
「私は氷朱鷺のお父さんに酷い事をされたけど、私もまたその時の子にもっと酷い事をした。しかもそれをカザンが出現するまで故意に忘れていたなんてさ、業だよね。重い十字架を背負わなきゃ」
「エデン、俺が言いたいのは全部だよ!」
「全部?」
「そう、全部。全部、ごめん」
『全部』という二文字に集約出来る程氷朱鷺の罪は軽かったか?
「別に、どんな不幸があって人を恨んだとしても、結局は自分が幸せになる責任を果たせなかった自己責任でもあるんだ。人はそれぞれ生まれながらに自分が幸せになる為の責任を背負わされるんだから。それがただ、人によってハンディキャップがあったり無かったり差があるだけ。そう、それだけ。それだけなんだよ。だからお前も自分が幸せになる為に尽力したんだろ?それによって迷惑しちゃったけどさ。こんな風に考えたら自分の中でだいぶ納得出来たんだ」
私は私で自分が幸せになる為に氷朱鷺と戦う。
「じゃあ俺の事恨んでないの?」
「恨んでるは恨んでる。考え方を変えただけ」
死ぬ程恨んでる。自分を不幸だなんて思っていないだけ。
「そっか……」
氷朱鷺は私の首元で残念そうに呟いた。
「あの子を産んでいたら私は氷朱鷺の母親になってたのかな。氷朱鷺にとっては弟だった訳だし」
「え、ぁ、ぅーん……」
「随分と歯切れの悪い相槌だね?」
「だってエデンの事を手に入れたいって思う判明、手に入るなら性的な事は無ければ無くてもこだわらない、って思う判明、それでいて家族になって親子として~っていうのは嫌で、家族になるならちゃんと異性として伴侶になりたくって」
「一択?」
「一択」
言い切ったな。
「あぁ、そう」
親戚で妥協、て訳にはいかないのか。
「今は親戚だけど」
「親戚以上でも以下でも無いからね」
親戚関係ですらゾッとするけど。
「まだわからないじゃないか。人生は何が起こるかわからないよ。たまたま拾ったガキが献上品になって、王配に選ばれて逆に調教師を自分の献上品にしたり、そっから今は何故か親戚になってて、いつか伴侶に昇格するかもじゃん?」
「昇進みたいに言うな」
「夢見たっていいだろ?」
お前はそれを実行に移そうと全力で来るじゃないか。
「その夢は現実にならな──」
「何やってるっ!!」
『い』と言おうとして聞いた様な男の怒号が邪魔をした。
『え?』と思って氷朱鷺を引き剥がして振り返ると、そこに自分の父親が口をへの字にして仁王立ちしていた。
「お父さん」
「自分の夫が大変な時に若い男と何やってるんだ!!」
「え、これは別に──」
確かに、言われてみれば父の言う通りそんな風に見えなくもない状況だろう。そのせいで弁解しようにも全て言い訳っぽくなる。
「こんな所を誰かに見られたら家はおしまいだ!!」
『家は』か、なるほど。死産が発表された娘の心配よりも先に家の保身のが大事なのか。わかってたけど、最近は色々重なってこういった家族の『何気無い会話』が胸に響く。
「じゃあ、エデンと縁を切って自由にやればいいんじゃあないですか?どうせ親子の情なんかこれっぽっちも無いんでしょう?」
「黙れ!間男が、家の問題に口出しするな!」
氷朱鷺が火に油を注ぎ、父が激昂した。
「家の問題ね、問題だらけですもんね、そっちが」
「氷朱鷺」
私は氷朱鷺を窘め、冷めた気持ちで父親と向き合う。
「家族が大変な時に、やっと地元に帰って来たと思ったら、こんな人気の無い所で不倫とは──」
「家族が大変って?」
私が知らぬ間にミクや母に何かあったんだろうか。
こんな場面でも家族の事は当たり前に心配だった。
「家が差し押さえられそうなんだよ!」
父は金欠の焦りからか泣き声混じりに私を怒鳴りつける。
こんな父親の姿を見て、私は家族ながらにみっともないなと客観的に思った。
「差し押さえって、毎月仕送りしてるのに?」
黙ってさえいれば働かずとも家族3人普通に暮らせるくらいの金は振り込まれている筈だ。
「王家に嫁いだならもっと払える筈だろ!?」
なるほど、使い込んで首が回らないのか。
いくら金を渡しても『もっともっと』とせびってきてまるできりが無い。搾取されるばかりで私は一体何の為に金を渡し、何の為に存在しているのだろう?
家族にとって私とは?
「酒とギャンブルに?」
「酒くらいいいだろ!!そ、それにあれは投資だ!!」
痛いところをつかれ、父は大いに言い淀んだ。
家族にとって私とは、単なる金づる?
「ミクとお母さんは?」
「ミクと母さんは金を持って出て行った」
「出て行った?どうして?」
「それは、その──」
父がバツが悪そうに目を泳がせたのを氷朱鷺は見逃さなかった。
「酒とギャンブルのせいで?それに飲んで暴力を振るったりとか──」
「違うっ!それにあれは投資だ!」
「だったら女か」
「っ!!」
合点がいった様に氷朱鷺が手を打つと、父は顔を真っ赤にして息を詰めた。
ご明答。
「やっぱり。金は酒とギャンブルと女に消えたんでしょう?人様の事を言えた立場じゃないですよね?」
「うるさい!とにかく早急に金が必要なんだよ!」
なりふり構っていられなくなった父は右手を差し出しながら私に迫る。
タイプは違えど氷朱鷺の父親と重なるものがあるなあ。
「……お父さん、孫娘の事はテレビか何かで耳に入ってますよね?」
今は金の話なんかしたくない。それを父親なら少しでも察してくれればいいのに。家族なら、血が繋がっているなら嘘でも『大変だったな』とか『大丈夫か?』の一言くらい言ってくれても罰は当たらないんじゃないだろうか?
なのに父は──
「お前はとんだ親不孝者だよ、せっかくの王家の血を引く子供を台無しにしてこんな若い男と……流れた子供もそいつの子供だったんじゃないかっ!?」
あんまりじゃないか。
あんまりだ。娘としての私も悲しいけれど、自分の孫の事をそんな風に言うなんてあんまりじゃないか。なんで家族なのに家族を思いやれないのか、死んでいったあの子がかわいそうだ。
この人にはきっと何を言っても、何を期待しても無駄なんだ。
自分の中で何かが壊れた気がした。そしてふと先刻の、氷朱鷺に轢かれた彼の父親の事を思い出した。
「エデン、エデンが望むならこいつも撥ねてやろうか?」
見かねた氷朱鷺が私と父親の間に割って入ってきたが、私は彼の服の裾を引っ張って自分が前へ出る。
「いや、いいよ、氷朱鷺。お父さん、これまで本当にすみませんでした。全て私が悪かったんです」
そうして私は父に頭を下げた。
「は?」
父は私の突然の謝罪に呆気にとられている。
「家が破綻したのも、ミクやお母さんが出て行ったのも、お父さんに愛人が出来たのも、全て私のせいです」
「何を──」
「私は愛情もお金も、毒は無いのに毒になるって知らなかったんです。そのせいで家族がバラバラになった」
父から金をせびられるのも、欲しかった言葉を貰えなかったのも、全ては私が招いた結果だ。私はずっと愛とお金という名の毒を家族に注ぎ続けてきたのだ。
そろそろ決着をつける時がきた。
「お父さん、お金はもう渡しません」
「はぁっ!?」
当然、父は納得がいく筈もなく驚愕した。
「エデン、お前、何言ってるんだ、金が無かったら俺は野垂れ死ぬんだぞ!?お前、長女で、育てて貰った恩もあるくせに親の面倒をみないって言うのかっ!?お前────────────」
私は父から罵詈雑言、沢山非難されたけれど、後半はまるで耳に入らなくて凄くどうでも良かった。
「お父さん、お父さんは亡くなった孫娘をこれっぽっちも悼んだりしなかったじゃないですか。気がかりだったのは孫娘の死によってその後の王家の財産が自分の所まで流れてくるのかどうか、そんなくだらない事だけ。だったら私もお父さんが野垂れ死んだって悲しむ必要なんかないじゃないですか」
こんな風に父を罵倒したところでただ虚しいだけかと思っていたけれど、長年胸にあったとっかかりが解けていくようで悪い気はしなかった。
そうか、家族だからって無理して愛する事はないんだ。家族が間違っていたらちゃんとそれを正していいんだ。血が繋がっているからといって見放してはいけないなんて事はないんだ。人として軽蔑してもいいんだ。嫌なら背負わなくていいんだ。
死ねばいいのに──
──なんて、そこまでは思わないけれど、ここで家族関係に終止符を打つ覚悟は出来た。
「さようなら、お父さん。私はもう王家に籍がありますから貴方の娘じゃないです」
そこからまた父におびただしい量の暴言を吐かれたけれど、氷朱鷺が彼を追い払ってくれてその場はなんとか収まった。
「エデン、よく頑張ったね」
父の姿が見えなくなったと同時に真正面から氷朱鷺に抱き締められた。
「なんで……子供扱いなの」
父と対談している間は至極冷静でいられたのに、こうして氷朱鷺から頭をポンポンされると張り詰めていた糸が切れたみたいに泣きそうになる。
嫌だな、鼻の奥がツーンとして顎が震える。
「別に子供扱いしてないよ。同士みたいな気持ちではあるけど」
『同士』確かにそうかも。私達は似たもの同士ではある。多分、今、この世で互いを理解出来るのは互いしかいないだろう。いくら夫の春臣といえど、私達にしか傷は舐め合えなかった。
それでも立場上、氷朱鷺に寄りかかる訳にはいかない。意地もあった。
「人妻にベタベタ馴れ馴れしくしないで」
私は涙が出る前に氷朱鷺を突き飛ばした。
「人妻かあ」
残念そうに言うけど、こいつは一国の王の妻に手を出す事の重大さを理解していない。
「帰ろう」
「うん」
翌朝、特に氷朱鷺の父親の件は騒がれずニュースにもなっていなかったようだが、逆にあんな轢き逃げ事件が全く公にならなかったのは何かしらの圧力があったと考えられた。
病院までの送迎中、氷朱鷺からは何の報告も無かったし。
いつも通り。全てはいつも通りだったが、一つだけ、昨夜の性サービスは氷朱鷺の方から免除された。勿論、私は大いにホッとしたけれど、氷朱鷺は多分、父親と同じに思われるのが嫌だったんだと思う。それもまた今更なのだけれど。どうでもいい。
それから何も無い夜を何日も過ごし、それでも私は春臣の見舞いに行かせてもらっていて、未だ意識が戻らぬものの自発呼吸が出来るまでに回復した彼から生命維持装置が外され、車椅子での外出が許可された。当然、病院の敷地内の公園までだけど、意識の無い春臣にとっては大冒険の様に感じられる。
「何事も脳への刺激だ。病室だけじゃ代わり映えしないから外へ色々感じに行こう」
こうして私は春臣を車椅子の背凭れに縛り付け✕(括り付け◯)院外へ出ると公園の遊具が並んだ脇にある木陰のベンチに腰掛ける。
「貴方にはちょっと肌寒いかも」
車椅子を押して汗ばんだ私には心地の良い風も、涼しい顔をして寝ている春臣には少し肌寒かったかもしれないと、私は春臣に着せた上着の前合わせを閉じ、膝掛けを胸の当たりまで上げてやる。
「木漏れ日が気持ち良いですね」
勿論、返答は無いが、私は春臣のキャップを周囲の様子が見えやすい様に調整した。
目は閉じてるんだけどね。
それでも新緑の青臭い匂いとか、風で葉っぱ同士が擦れてカサカサ鳴る小気味良い音とか、頬を撫でる程良く冷たい風だったりとかを彼に体感させる事が出来て、ヒーヒー言いながら公園の砂地を車椅子を押してここまで来れて良かったと思った。
「なんか、こんな穏やかな夫婦水入らずも良いですね」
病室に居ると度々沢田さんがやって来て2人の間を邪魔されるのだ。8割は業務と関係の無い、単なる私へのやっかみで、春臣を独占しようとするもの。それでよく担当医から注意を受けていたが春臣の容体が回復するにつれてそれも酷くなってきていた。
因みに春臣の回復を悟られぬよう氷朱鷺が迎えに来た際にはあらかじめ私は病院の玄関でそれを待ち、氷朱鷺には春臣どころか担当医にすら会わせないよう配慮している。しかしいくら担当医を口止めしていたとしてもいつかはバレる。何とか春臣の意識が戻るまで秘密は固持したい。その為にも春臣には早く元気になってほしい。
「それに私も、貴方からの返答が無くて寂しいですし。変ですよね、今まで生きるのに必死でずっと他人に興味が無くて、しかもかりそめに婚姻関係を結んだ貴方の考えてる事が知りたいなんて、色々あって自分自身てやつを切り離して生きてきた筈なのに、私も人間だったんですね」
そう言えば──
「ちゃんと伝えてましたっけ?」
私は貴方が好きだって事を──
「目覚めたら教えてあげます」
そうして暫く2人で平和な日中を過ごし、小腹が空いたところで鰻の蒲焼きの香ばしい匂いが鼻腔を擽ってきた。
「そうそう、公園の裏手に鰻屋さんがあるんですよ。入った事は無いですけど、病院に来る度に高そうな鰻屋さんだなってずっと見てたんです。ちょこっとだけ見に行きましょう!」
鰻の蒲焼きの匂いが良い刺激になるかと思い、私は公園裏の薄暗い林から鰻屋の脇まで春臣の乗った車椅子をヒーヒー言いながら押した。
「はぁはぁはぁ……砂地からの芝生は車椅子がめり込んでほんとにハードですね」
芝生が少し荒れたのは後で修正しよう。
「あぁ、でも、ここってちょうど鰻屋さんの排気ダクトのとこだから蒲焼きの匂いがダイレクトにきますね」
フェンスを挟んだ鰻屋の排気ダクトからは時々煙が排出され甘辛ダレの食を唆る香りが私の鼻から胃までを刺激する。
「お腹すきましたね。早く一緒に鰻が食べれるまでになりたいですね」
そうして暫し美味しそうな香りを堪能し『ちょっと貧乏くさかったかな』なんて笑いながらその場を離れようとした時、鰻屋の戸が開く音がして店の影から客の男が電話をしながら出て来た。
「ヤバい、変な所を見られる」
私はその客の男に気付かれぬよう車椅子のハンドルを握り静かにそれを押そうとしてはたと気付く。
「え?」
あの人──
杉山さんじゃない?
監視役の屈強なボディーガードに連れられ、春臣の病室まで院内を歩いていると『妻が今更何の用だ?』という視線をあちこちから浴びる。それ程、私の見舞いは出遅れに出遅れていた。
いい、気にしない。やっと春臣に会えるんだもの、人目や氷朱鷺への奉仕の事なんて屁でもない。
それでも、昨夜の氷朱鷺の感触が気持ち悪くて、私はここに来るまでに何度となく手を洗った。
「きっかり10分で出て来て下さい」
ボディーガードに腕時計を見せつけられ、私は黙って頷くと春臣の病室のドアをノックする。
当然だけど返事は無い。
春臣に意識が無いのは解っていたけれど、ドア越しから聞こえる生命維持装置と思われる機器の電子音だけが私の耳に届き、今になって春臣の現状を見るのが怖くなる。
私は春臣の妻だ。どんな状態でも春臣を受け止める。絶対に泣いちゃ駄目だ。
そう心に決め、ドアを開けると、沢山の機器と管で繋がれた春臣が透明のカーテン越しにベッドに横たわっているのが見え、私は恐る恐る近寄ってカーテンに手を伸ばした。
「はーい、今はまだカーテンの向こうに入らないで下さいねー」
後ろから女性看護師に止められ、私は伸ばした手を引っ込める。
「奥様ですよね?手指の消毒はしました?」
女性看護師はキビキビと計器類の記録を確認し、書類に数字を書き連ねていく。
「は──」
『い』と返事をする間も与えぬままその看護師はテキパキ動き回り、つらつらと事務的な言葉を発していく。
「山は越えましたけど、まだ免疫が戻らないので暫くはこのカーテンを越えないで下さいねー。あと勝手に窓を開けて換気したり、迂闊に動き回って機器のコードに足を引っ掛けないで下さい」
「は──」
『い』と言いかけたところで看護師が私の目の前スレスレを通り過ぎ、忙しいアピール全開で仕事をこなしていく。
「あぁ、すいません、そこちょっと邪魔なんで、もう少し壁側に下がっててくれます?」
「すみません」
「患者さんの負担になるんでお見舞いは早めに切り上げて下さいね」
忙しくてピリついているのか、それとも単に私の事が嫌いなのか、又はその両方なのか、この看護師に良い印象は無かった。
多分向こうも、今更ノコノコ王妃がやって来て何の用、と思っているのだろう。でも確かにそう思われても仕方がない。これがリアルな世論なんだし。
ただほんの少しでいいから春臣と2人きりになりたいのだが、私は部屋の片隅で遠巻きにカーテン越しのボヤけた春臣を見守る事しか出来ない。
もどかしい。
これじゃあ春臣の顔の判別もつかない。
話し掛けたり、手を握ったり、そんな事も出来ないなんて。
私がヤキモキしながら手を揉んでいると、看護師はその様子を横目でチラッと確認したうえであっさりカーテンの向こう側に入って行った。
気のせいか、まるで勝ち誇った様にカーテンを越えて行ったけれど、あれは見間違いだったんだろうか。彼女を羨む気持ちが私にその様に見せただけ?
「おはようございまーす!沢田です。春臣さん、今日も良いお天気ですよー」
沢田と名乗る看護師は私と話したトーンとはまるで違った黄色い声で春臣に語りかけた。サバサバ女子が男の前でだけ猫撫で声を発するあの感じに近い。
いやいや、色眼鏡で見るのは良くない。いくら冷たくあしらわれたからって、それは見舞いが遅くなった私が悪いし、それまでこの沢田さんが春臣を看ていてくれたんだから寧ろ感謝しないと。
嫌だな、色々あって不安定になっているからか彼女にいわれの無い嫉妬をしてしまった。
例え自分が不幸に見舞われても嫌な女にはなりたくない。
「顔色が少し良くなりましたね~体温も落ち着いてきてます。この調子で頑張りましょうね」
「……」
春臣からの反応は無いけれど、当たり前に声がけしている彼女が羨ましい。私と、彼ら2人を隔てる透明のカーテンが分厚い壁の様に感じる。チラチラ壁の掛時計を確認する度、まるでタイムスリップしたかの如く時の経過を痛感させられる。
10分なんて瞬く間に終わってしまう。一目だけでも春臣をクリアに見たい。意識は無くとも自分の耳元でその呼吸を確認したい。遠く懐かしい感じもする春臣の匂いを嗅ぎたい。一方通行でもいいからどうか春臣に語りかけたい。
気持ちばかり先走って無意識に前に前に体が揺れる。
「あのっ!」
制限時間が残り5分をきったところで私はついぞ痺れを切らした。
「5分で帰るんで、5分だけ2人にして下さい」
思わぬ申し出に沢田さんは目を剥いて嫌な顔をしたが、私が『お願いします!』と畳み掛ける様に潔く頭を下げるとノック式のボールペンをカチカチ言わせながらも退室してくれた。
やっと2人きりになれた。
ホッと安堵する間もなく私は出来る限りで春臣に接近する。
「春臣っ、春臣っ」
感極まって呼び捨てにしてしまった……
夫婦なんだし、まあ、いいか。
透明なカーテン越しに目を凝らすと、春臣の顔には擦りむいた様な痕がチラホラ。本当はもっと血生臭く出血して腫れ上がっていたに違いない。そんな時にそばにいてやれず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
カーテン越しに手を伸ばし春臣の手に触れると、間接的ではあるがじんわり彼の体温を感じる。
生きてる。
ここでやっと本当の意味で春臣の生存を確認した様な気がした。
「春臣、エデンです。ええと……妻のエデンです」
言っててちょっと恥ずかしくなる。
照れ臭いけど、でも、夫に、妻が来たと認識してほしかった。
「遅くなってすみません。でも凄く会いたかった」
きっと私の声は届いてないとは思うけれど、どうしても伝えたい事が山程あった。
「とても心配しました。今もそうですけど、なんとか元気になってほしいです。それと間接的ではあるけれど、私のせいです。すみません」
氷朱鷺のしでかした事は私の責任でもある。
私がカーテンごと春臣の手を握ると、ナイロン製のペタペタゴワゴワした感触と春臣のゴツゴツした手の骨感が伝わってきた。
「私、この手が好きです」
全てを包み込むような、あらゆるものから守ってくれそうなこの頼り甲斐のある手が好きだった。だけど今は、私がこの手を守りたい。
「いつか、夫婦で手を繋いでツツジでも見に行きましょう」
「なんでツツジ?」
後ろから『ハハッ』と鼻で笑われ振り返ると、出入り口に立つ氷朱鷺と目が合った。
「熟年夫婦じゃん」
「関係無いでしょ、なんで来たの?」
私は敵を相手に話す様に威嚇気味で話した。
「公務が早く終わってね……なんて、早く切り上げたんだけど。エデンが逃げないか心配で迎えに来た」
「逃げる?私は春臣の妻、王妃だよ?それにあんなにゴツいお目付け役まで付けておいて、どうやって逃げるって?」
「それもそうか。でもエデンて昔俺を助けた時にあんなデカい奴をやっつけただろ?しかも数人。更に言うと俺の側近に見逃してもらった過去もあるし……まあ、どっちにしろ逃げられない様に春臣を人質にしてる訳だけど」
「あぁ、そう」
私が知らん顔して両手で春臣の手を握っていると、氷朱鷺がツカツカやって来て2人の手を振り払った。
「時間だよ、帰ろう」
氷朱鷺は名前通り、氷の様な冷たい表情をしている。
「離れたくない」
出来ることなら春臣のいる病室で生活したい。
「じゃあもっと、それ相応の過激な奉仕をしてもらわな──」
「止めてっ!!」
私は咄嗟に氷朱鷺の口を塞いだ。
「心配しなくても、お義兄さんの耳には届かないよ」
口を塞ぐ私の手に氷朱鷺の生温い吐息がかかり、昨夜の彼の絶頂時の息遣いを思い出す。
私は何をしているのだろう……
「それでもここでは言わないで」
「じゃあ大人しく一緒に帰る?」
氷朱鷺に笑顔で頭を撫でられ、私は黙って頷いた。
「エデンが良い子でいてくれたら、今度はもっと長く面会させてあげるよ」
「……分かった」
こうして私は春臣との愛の巣に氷朱鷺と帰宅し、彼に面会する為に毎晩自分の手や、口まで汚した。
私は背徳と自己嫌悪で精神が擦り切れ、油断してバルコニーなんかに立つとそのまま飛び降りてしまいそうになる、そんな日々を送りつつも、毎日氷朱鷺の送迎で春臣の見舞いに来れる事にささやかな幸せを感じていた。
私が病室に入ると、決まって沢田さんが春臣にベタベタと接してはマウントをとってきたが、それも担当医師が毎回諌め、彼女を連れ出してくれた。
病室に春臣と2人きり、日がな一日を送り、氷朱鷺が公務を終えると私を連れて帰る、そんなシステムが何となく根付いている。夜には氷朱鷺が私を後ろから抱き締め、そんな時には事務的に風俗嬢の真似事をして──
最近はソーセージが嫌いになった。
でも良い事もあって、春臣と私を隔てる透明のカーテンが撤去され、一般の病室にある様な布のカーテンに変わり、私は直接春臣に話し掛けられる様になると人が変わったみたいによく喋った。多分返答が無い分、2人分話しているのだと思う。
「今日はさ、ウナジローが飛び跳ねて水槽から出ちゃって、掴み取りするのが大変だったんですよ。ほら、なんかヌルヌルするからドジョウすくいみたいになってしまって、やっと捕まえました。あれって強く掴もうとすると逆に逃げて行くんですよね。今は脂が乗って凄い美味しそうに成長したんで、目覚めたら一緒に食べましょう」
『約束です』そう言って私は今日もまた春臣と指切りした。
するといつも反応の無い春臣の小指が僅かに私の小指を握り返してくれた。
「えっ!春臣っ!?」
気のせいか、或いは単なる反射反応か、どちらかは解らなかったが、私には大きな一歩に思えて歓喜した。
「脳への刺激が功を奏したのかな?」
日頃から私はそんな事を心掛け、春臣の五感に訴え掛ける様なギミックを仕掛けていて、季節の花々の香りを嗅がせてみたり、イヤホンでゴリゴリのパンクから癒しのクラシックまで多種多様な音楽を聴かせたり、桃の香りがするローションで毎日手足のマッサージをしたりと、手を変え品を変え様々な方法で彼の脳を刺激していた。
いつか必ず目を覚ますと信じて──
「ちょっとお医者さんに報告して来ますす」
私はスキップでもしそうな勢いで病室を出ると、嬉々として医者に先刻の事を報告し、10分程度で病室に戻った。するとそこに氷朱鷺の後ろ姿があり、春臣へと繋がる点滴の管に触れているのが見えた。
「何してるのっ!!」
私が咄嗟に怒鳴ると氷朱鷺はすぐに管から手を離し、振り返って『じゃあ帰ろっか』と私に手を差し出した。
「今、何してたの?」
まさか点滴の管に空気でも入れて春臣を殺そうとしてたんじゃあ……
不安が頭をよぎる。
氷朱鷺にとって春臣の回復は公私共に喜ばしく無い事だ、彼を暗殺しようとしても何ら不思議は無い。
「別に何も。点滴の管に空気を入れて春臣を殺そうなんて恐ろしい事をしようとしてた訳じゃないよ」
氷朱鷺は私の懸念を読んだかの様に冗談めかして言った。
「本当に?」
私が慎重に尋ねると、氷朱鷺は『本当だってば』と言って宣誓する様に右手を翳した。
「そう……」
とは言え春臣に意識が戻れば権力基、氷朱鷺と春臣のパワーバランスも180度変わる。そうなれば氷朱鷺はもう私に手出し出来なくなる訳で、それを氷朱鷺が黙って見過ごすだろうか?
春臣を暗殺しようとしたであろうこの男が。
春臣に回復の兆しが見え始めている事は氷朱鷺には黙っておこう。医者にも堅く口止めしておかなければ。
疑念を持ちながらもその日はそのまま氷朱鷺と病院を出て駐車場へと向かう。そんな所に──
「おうっ!」
前を歩いていた氷朱鷺の進路を遮る様にスキンヘッドの大男が親しげに話しかけてきた。
「久しぶりだな、ええと、今は白井氷朱鷺か?」
「人違いです」
そう言った氷朱鷺は背中越しでも解るくらい動揺していた。
「誰?」
私が後ろからひょっこり顔を出すとそれを氷朱鷺が背中でガードする。
なんで?見られたくないのか?
「知らない人だから、行こう」
氷朱鷺が私の手を握り、その男を押し退ける形で強引に車まで連れて行くが、男もまたしつこく付き纏ってくる。
「おいおい、まさか実の父親の顔を忘れたって言うんじゃねーだろうなぁ?」
氷朱鷺が開けかけた車の助手席ドアをその男が押し戻した。
実の父親?
氷朱鷺が邪魔でよく見えないけれど、このスキンヘッドの厳つい男が彼の父親?
「忘れたも何も、俺と母は昔、父親の方から捨てられた。だから俺に父親はいない」
基本、氷朱鷺は私以外の人間と話す時は大概ロウテンションだ。しかし今はそれとはまた別なテンションというか、一言で言うとダークだ。
「だったら血の繋がった親戚でもいいや、ちょっと金貸してくんねーか?」
「その為にわざわざこんな所で待ち伏せを?見下げたもんだ。祖父の家業はどうしたんです?」
「俺が漁師を?まさか、傭兵をしてた俺がそんな退屈な仕事をするか」
傭兵?
今は長らく休戦中だから傭兵稼業は仕事が無いのだろう。
それにしても似てない親子だ。美丈夫とも言える氷朱鷺の美貌は100%母親から遺伝したものらしい。この厳つい男とは上背からスキンヘッドから首にはいった蛇のタトゥーからまるで違……
蛇のタトゥー?
氷朱鷺の後頭部の影からチラッと見えたそれは、かつてあの半地下で見たそれそのもの。
そうだ、あの獣の様な目、思い出した。覚えてる。
こいつはあの半地下で私とカザンを凌辱した男だ。
息が止まった。
「息、がっ……」
息が息が息が息が、息が出来ない。喉が締まって息が出来ない。動悸がして耳鳴りも酷い。
私は車に手を着いて前屈みになる。
「エデン、大丈夫、大丈夫だから」
氷朱鷺が私を心配して背中を撫でてくれたが、私は一向に呼吸困難のままヒューヒューと喉を鳴らして僅かばかりの酸素を取り込むのみ。それを見た男は──
「おいおい大丈夫かよ、病院行った方がいいんじゃねーか?」
笑いながらそう言った。
どうか私に気付かないで、パニックになりながらそんな風に思っていたが、私の危惧は徒労に終わった様だ。
当然か、こいつは自分が犯してきたであろう数多の被害者達の顔なんかいちいち覚えていない真の悪党なのだ。サバゲーが好きで、人を撃ちたくて流しの傭兵をしていたであろう狂人が罪悪感なんか持ち合わせている筈が無いんだ。
カザンがどんな地獄を味わい、苦しんで死んでいったか、考えるよしも無いだろう。
「ヒュー……ヒュー……」
怖い。
大人になった今なら一発狙撃すればこいつを殺せるのに、カザンを失った今、ダイレクトにトラウマの衝撃を食らい、震えて氷朱鷺にしがみつくしか出来なかった。
情けない。
カザンがいないと私はこんなにも弱いのか。
「エデン、大丈夫だから、ゆっくり、こっちに」
私は氷朱鷺に支えられ反対側の後部座席から車に乗る。
「ハァ……ハァ……」
男とドア一枚隔てやっと少しばかり酸素を取り込めたが、私は恐怖でシートに身を伏せ早くこの場から離れたいと切に願った。外からは言い合いの声が聞こえてきて、話の決着がつく前に氷朱鷺が運転席に乗り込むと手荒な手つきでギアをドライブに入れ、チッと舌打ちをした。
多分、想像だけれど、男が車に詰め寄って進路妨害をしているのだろう。
早く、早くこの場から離れたい。
「エデン、ごめんね、大丈夫だから。俺がエデンを守るから」
氷朱鷺が私を落ち着かせる為に穏やかにそう言ったかと思うと、彼は車を急発進させ『何か』を巻き込む様な鈍い音をたてて車体の片側が大きく持ち上がった。
「え?」
車が『何か』に乗り上げたと同時に、私はその『何か』があの男ではないかと瞬時に察する。
「氷朱鷺……?」
私が顔を上げると氷朱鷺は真っ直ぐ前を見たままハンドルを握っていた。
「氷朱鷺、今、自分のお父さんを──」
「あれは父親じゃないよ。捕まっていないだけの犯罪者だったんだ」
「でも……」
金を無心に来たくらいでここまでやる?
もしかしたら相手は死──
そこまで考えると事の重大さにゾクッとして手が震えた。
「捕まっていないだけの強姦魔で、人殺し。ごめん、エデン、気付いてたんだ。あれがエデンに何をしたか。だから殺す気ではねた」
「え……」
でもそれを踏まえても、私の為に自分の父親を殺そうとするなんて行き過ぎてる。
「そんな……」
解らない。私の大事な物を奪うのに、私の為に自身の肉親まで手にかけるなんて。
「エデン、いつか、憎い相手を生きたまま豚の餌に出来るかどうかの話をしたね?」
「……」
「あいつがそれだよ。ただ実際に豚の餌に出来なくて残念だったけど」
そうして氷朱鷺はなんて事のないように笑ったが、ハンドルを握る手が震えているのが見え、私はサイコパスな彼にも僅かに人間らしさが残っていたのだと思った。
「死んだんかもしれないのに……」
「そうだね。でも死んでくれって思ってたし、エデンもかつてそう思ってたでしょ?」
「思ってたけど、いざ、実際にあんな場面に遭遇したら……」
いくら憎んでいても、自分の息子に殺される人生は哀れだと思う。それに自分が乗っていた車が男を轢き殺したかもしれないと思うと後味が悪い。
「エデン、罪悪感を感じる事は無いよ。憎い相手を死ねって思うのは悪い事じゃない。死んでくれて良かったとか、せいせいしたって思っていいんだ。自分の悪意を受け入れていいんだよ……って、俺が言うなって話だけど」
自分の悪意を受け入れる?
人を恨むのは良くないとか、復讐は復讐しか呼ばないとか言うのは世の常だけど、その逆行をいく言葉で励まされたのは初めてで少しだけ胸が楽になった。氷朱鷺に救われた錯覚さえ感じる。
「でも氷朱鷺が捕まるんじゃあ……」
「驚いた、心配してくれるの?」
「だって……」
氷朱鷺を憎んでいたのに、仇が仇を討ったこの状況で私は完全に彼に肩入れしていた。
「心配ないよ、身内のゴタゴタ程度なら揉み消せるさ」
「程度って、殺人容疑がかかるのに?」
「そもそも王室関係者に戦犯なんていたら困るだけだろ?」
「そうだけど……」
私にとって氷朱鷺が捕まる事は願ったり叶ったりなのにどういう感情か本気で彼が心配だった。
「ちょっと気分転換に遠回りして行こっか?」
気分転換?
軽いな。でも氷朱鷺なりの気遣いなのかも。
「じゃあお墓に寄ってほしい」
「墓?多摩川家の?」
「うん。ずっと行きたかったから、お願い」
そこから私の実家に程近い墓地公園へとやって来た。ここは海岸が一望出来る小規模で錆びれた墓地だったが、その分、誰にも気兼ねする事なく静かに墓参りが出来た。途中、花屋で買ってきた花束を手に、端の方にある朽ちかけた十字架の前に立つとしゃがんでそれを手向ける。
「やっぱり、誰も整備してないな」
十字架の周りも潮風で枯れた草花が散らかり地面に埋められた石碑の文字が読めない程だった。
家の崩壊家族が墓の管理までしている訳がないか。
わかり切った事だった。
私は残念な気持ちを胸にため息をつきながらその枯れ草を掻き分ける。
「ここにはエデンの……ご先祖が?」
氷朱鷺が躊躇いがちに尋ねた。
「そう。知ってると思うけど、ここには万里も赤ちゃんも入っていないよ」
「……」
私の後ろで氷朱鷺がどんな顔をしているのか見なくてもわかる。
「でも、これを埋めたくてここに来た」
私が『これ』と言って取り出したのは臍の緒が入った桐の箱だ。
「臍の緒?じゃあスコップか何か──」
「いい」
そう言って私が近くにあった石で十字架の根元を掘り出すと氷朱鷺が慌ててそれを止めようとする。
「エデン、手が汚れるよ!」
「後で洗うからいい」
「でも……」
「別にそんなに深くなくていいんだ」
私は氷朱鷺の制止を振り切り一心不乱に地面を掘り進めると、30センチ程掘った所で臍の緒を桐の箱ごと埋めた。
ポンポンと高めに盛った土を手で押さえつけ、私は一つの心の区切りを感じる。
「どうか、生まれ変わったらまた私の所に来てね」
合掌し目を閉じると、夢に出てきた女の子の顔が頭に浮かんだ。
可愛い子だ。
「本当はもう一人、供養したかったんだけど」
目を開けるとそこに女の子の姿は無く、さっきから見ていた朽ち果てた十字架が寂しそうに立っているだけだった。
「万里の事?」
私は首を横に振った。
「え、でも、他に──」
「氷朱鷺のお父さんとの子──」
「ごめんっ!!」
後ろから急に力強く抱き締められ、私は背骨が折れるかと思った。
「子供の責任は親にあるけど、親の責任は子供に無いよ」
この件に関して氷朱鷺は何も悪くない。「でも俺は……」
「私は氷朱鷺のお父さんに酷い事をされたけど、私もまたその時の子にもっと酷い事をした。しかもそれをカザンが出現するまで故意に忘れていたなんてさ、業だよね。重い十字架を背負わなきゃ」
「エデン、俺が言いたいのは全部だよ!」
「全部?」
「そう、全部。全部、ごめん」
『全部』という二文字に集約出来る程氷朱鷺の罪は軽かったか?
「別に、どんな不幸があって人を恨んだとしても、結局は自分が幸せになる責任を果たせなかった自己責任でもあるんだ。人はそれぞれ生まれながらに自分が幸せになる為の責任を背負わされるんだから。それがただ、人によってハンディキャップがあったり無かったり差があるだけ。そう、それだけ。それだけなんだよ。だからお前も自分が幸せになる為に尽力したんだろ?それによって迷惑しちゃったけどさ。こんな風に考えたら自分の中でだいぶ納得出来たんだ」
私は私で自分が幸せになる為に氷朱鷺と戦う。
「じゃあ俺の事恨んでないの?」
「恨んでるは恨んでる。考え方を変えただけ」
死ぬ程恨んでる。自分を不幸だなんて思っていないだけ。
「そっか……」
氷朱鷺は私の首元で残念そうに呟いた。
「あの子を産んでいたら私は氷朱鷺の母親になってたのかな。氷朱鷺にとっては弟だった訳だし」
「え、ぁ、ぅーん……」
「随分と歯切れの悪い相槌だね?」
「だってエデンの事を手に入れたいって思う判明、手に入るなら性的な事は無ければ無くてもこだわらない、って思う判明、それでいて家族になって親子として~っていうのは嫌で、家族になるならちゃんと異性として伴侶になりたくって」
「一択?」
「一択」
言い切ったな。
「あぁ、そう」
親戚で妥協、て訳にはいかないのか。
「今は親戚だけど」
「親戚以上でも以下でも無いからね」
親戚関係ですらゾッとするけど。
「まだわからないじゃないか。人生は何が起こるかわからないよ。たまたま拾ったガキが献上品になって、王配に選ばれて逆に調教師を自分の献上品にしたり、そっから今は何故か親戚になってて、いつか伴侶に昇格するかもじゃん?」
「昇進みたいに言うな」
「夢見たっていいだろ?」
お前はそれを実行に移そうと全力で来るじゃないか。
「その夢は現実にならな──」
「何やってるっ!!」
『い』と言おうとして聞いた様な男の怒号が邪魔をした。
『え?』と思って氷朱鷺を引き剥がして振り返ると、そこに自分の父親が口をへの字にして仁王立ちしていた。
「お父さん」
「自分の夫が大変な時に若い男と何やってるんだ!!」
「え、これは別に──」
確かに、言われてみれば父の言う通りそんな風に見えなくもない状況だろう。そのせいで弁解しようにも全て言い訳っぽくなる。
「こんな所を誰かに見られたら家はおしまいだ!!」
『家は』か、なるほど。死産が発表された娘の心配よりも先に家の保身のが大事なのか。わかってたけど、最近は色々重なってこういった家族の『何気無い会話』が胸に響く。
「じゃあ、エデンと縁を切って自由にやればいいんじゃあないですか?どうせ親子の情なんかこれっぽっちも無いんでしょう?」
「黙れ!間男が、家の問題に口出しするな!」
氷朱鷺が火に油を注ぎ、父が激昂した。
「家の問題ね、問題だらけですもんね、そっちが」
「氷朱鷺」
私は氷朱鷺を窘め、冷めた気持ちで父親と向き合う。
「家族が大変な時に、やっと地元に帰って来たと思ったら、こんな人気の無い所で不倫とは──」
「家族が大変って?」
私が知らぬ間にミクや母に何かあったんだろうか。
こんな場面でも家族の事は当たり前に心配だった。
「家が差し押さえられそうなんだよ!」
父は金欠の焦りからか泣き声混じりに私を怒鳴りつける。
こんな父親の姿を見て、私は家族ながらにみっともないなと客観的に思った。
「差し押さえって、毎月仕送りしてるのに?」
黙ってさえいれば働かずとも家族3人普通に暮らせるくらいの金は振り込まれている筈だ。
「王家に嫁いだならもっと払える筈だろ!?」
なるほど、使い込んで首が回らないのか。
いくら金を渡しても『もっともっと』とせびってきてまるできりが無い。搾取されるばかりで私は一体何の為に金を渡し、何の為に存在しているのだろう?
家族にとって私とは?
「酒とギャンブルに?」
「酒くらいいいだろ!!そ、それにあれは投資だ!!」
痛いところをつかれ、父は大いに言い淀んだ。
家族にとって私とは、単なる金づる?
「ミクとお母さんは?」
「ミクと母さんは金を持って出て行った」
「出て行った?どうして?」
「それは、その──」
父がバツが悪そうに目を泳がせたのを氷朱鷺は見逃さなかった。
「酒とギャンブルのせいで?それに飲んで暴力を振るったりとか──」
「違うっ!それにあれは投資だ!」
「だったら女か」
「っ!!」
合点がいった様に氷朱鷺が手を打つと、父は顔を真っ赤にして息を詰めた。
ご明答。
「やっぱり。金は酒とギャンブルと女に消えたんでしょう?人様の事を言えた立場じゃないですよね?」
「うるさい!とにかく早急に金が必要なんだよ!」
なりふり構っていられなくなった父は右手を差し出しながら私に迫る。
タイプは違えど氷朱鷺の父親と重なるものがあるなあ。
「……お父さん、孫娘の事はテレビか何かで耳に入ってますよね?」
今は金の話なんかしたくない。それを父親なら少しでも察してくれればいいのに。家族なら、血が繋がっているなら嘘でも『大変だったな』とか『大丈夫か?』の一言くらい言ってくれても罰は当たらないんじゃないだろうか?
なのに父は──
「お前はとんだ親不孝者だよ、せっかくの王家の血を引く子供を台無しにしてこんな若い男と……流れた子供もそいつの子供だったんじゃないかっ!?」
あんまりじゃないか。
あんまりだ。娘としての私も悲しいけれど、自分の孫の事をそんな風に言うなんてあんまりじゃないか。なんで家族なのに家族を思いやれないのか、死んでいったあの子がかわいそうだ。
この人にはきっと何を言っても、何を期待しても無駄なんだ。
自分の中で何かが壊れた気がした。そしてふと先刻の、氷朱鷺に轢かれた彼の父親の事を思い出した。
「エデン、エデンが望むならこいつも撥ねてやろうか?」
見かねた氷朱鷺が私と父親の間に割って入ってきたが、私は彼の服の裾を引っ張って自分が前へ出る。
「いや、いいよ、氷朱鷺。お父さん、これまで本当にすみませんでした。全て私が悪かったんです」
そうして私は父に頭を下げた。
「は?」
父は私の突然の謝罪に呆気にとられている。
「家が破綻したのも、ミクやお母さんが出て行ったのも、お父さんに愛人が出来たのも、全て私のせいです」
「何を──」
「私は愛情もお金も、毒は無いのに毒になるって知らなかったんです。そのせいで家族がバラバラになった」
父から金をせびられるのも、欲しかった言葉を貰えなかったのも、全ては私が招いた結果だ。私はずっと愛とお金という名の毒を家族に注ぎ続けてきたのだ。
そろそろ決着をつける時がきた。
「お父さん、お金はもう渡しません」
「はぁっ!?」
当然、父は納得がいく筈もなく驚愕した。
「エデン、お前、何言ってるんだ、金が無かったら俺は野垂れ死ぬんだぞ!?お前、長女で、育てて貰った恩もあるくせに親の面倒をみないって言うのかっ!?お前────────────」
私は父から罵詈雑言、沢山非難されたけれど、後半はまるで耳に入らなくて凄くどうでも良かった。
「お父さん、お父さんは亡くなった孫娘をこれっぽっちも悼んだりしなかったじゃないですか。気がかりだったのは孫娘の死によってその後の王家の財産が自分の所まで流れてくるのかどうか、そんなくだらない事だけ。だったら私もお父さんが野垂れ死んだって悲しむ必要なんかないじゃないですか」
こんな風に父を罵倒したところでただ虚しいだけかと思っていたけれど、長年胸にあったとっかかりが解けていくようで悪い気はしなかった。
そうか、家族だからって無理して愛する事はないんだ。家族が間違っていたらちゃんとそれを正していいんだ。血が繋がっているからといって見放してはいけないなんて事はないんだ。人として軽蔑してもいいんだ。嫌なら背負わなくていいんだ。
死ねばいいのに──
──なんて、そこまでは思わないけれど、ここで家族関係に終止符を打つ覚悟は出来た。
「さようなら、お父さん。私はもう王家に籍がありますから貴方の娘じゃないです」
そこからまた父におびただしい量の暴言を吐かれたけれど、氷朱鷺が彼を追い払ってくれてその場はなんとか収まった。
「エデン、よく頑張ったね」
父の姿が見えなくなったと同時に真正面から氷朱鷺に抱き締められた。
「なんで……子供扱いなの」
父と対談している間は至極冷静でいられたのに、こうして氷朱鷺から頭をポンポンされると張り詰めていた糸が切れたみたいに泣きそうになる。
嫌だな、鼻の奥がツーンとして顎が震える。
「別に子供扱いしてないよ。同士みたいな気持ちではあるけど」
『同士』確かにそうかも。私達は似たもの同士ではある。多分、今、この世で互いを理解出来るのは互いしかいないだろう。いくら夫の春臣といえど、私達にしか傷は舐め合えなかった。
それでも立場上、氷朱鷺に寄りかかる訳にはいかない。意地もあった。
「人妻にベタベタ馴れ馴れしくしないで」
私は涙が出る前に氷朱鷺を突き飛ばした。
「人妻かあ」
残念そうに言うけど、こいつは一国の王の妻に手を出す事の重大さを理解していない。
「帰ろう」
「うん」
翌朝、特に氷朱鷺の父親の件は騒がれずニュースにもなっていなかったようだが、逆にあんな轢き逃げ事件が全く公にならなかったのは何かしらの圧力があったと考えられた。
病院までの送迎中、氷朱鷺からは何の報告も無かったし。
いつも通り。全てはいつも通りだったが、一つだけ、昨夜の性サービスは氷朱鷺の方から免除された。勿論、私は大いにホッとしたけれど、氷朱鷺は多分、父親と同じに思われるのが嫌だったんだと思う。それもまた今更なのだけれど。どうでもいい。
それから何も無い夜を何日も過ごし、それでも私は春臣の見舞いに行かせてもらっていて、未だ意識が戻らぬものの自発呼吸が出来るまでに回復した彼から生命維持装置が外され、車椅子での外出が許可された。当然、病院の敷地内の公園までだけど、意識の無い春臣にとっては大冒険の様に感じられる。
「何事も脳への刺激だ。病室だけじゃ代わり映えしないから外へ色々感じに行こう」
こうして私は春臣を車椅子の背凭れに縛り付け✕(括り付け◯)院外へ出ると公園の遊具が並んだ脇にある木陰のベンチに腰掛ける。
「貴方にはちょっと肌寒いかも」
車椅子を押して汗ばんだ私には心地の良い風も、涼しい顔をして寝ている春臣には少し肌寒かったかもしれないと、私は春臣に着せた上着の前合わせを閉じ、膝掛けを胸の当たりまで上げてやる。
「木漏れ日が気持ち良いですね」
勿論、返答は無いが、私は春臣のキャップを周囲の様子が見えやすい様に調整した。
目は閉じてるんだけどね。
それでも新緑の青臭い匂いとか、風で葉っぱ同士が擦れてカサカサ鳴る小気味良い音とか、頬を撫でる程良く冷たい風だったりとかを彼に体感させる事が出来て、ヒーヒー言いながら公園の砂地を車椅子を押してここまで来れて良かったと思った。
「なんか、こんな穏やかな夫婦水入らずも良いですね」
病室に居ると度々沢田さんがやって来て2人の間を邪魔されるのだ。8割は業務と関係の無い、単なる私へのやっかみで、春臣を独占しようとするもの。それでよく担当医から注意を受けていたが春臣の容体が回復するにつれてそれも酷くなってきていた。
因みに春臣の回復を悟られぬよう氷朱鷺が迎えに来た際にはあらかじめ私は病院の玄関でそれを待ち、氷朱鷺には春臣どころか担当医にすら会わせないよう配慮している。しかしいくら担当医を口止めしていたとしてもいつかはバレる。何とか春臣の意識が戻るまで秘密は固持したい。その為にも春臣には早く元気になってほしい。
「それに私も、貴方からの返答が無くて寂しいですし。変ですよね、今まで生きるのに必死でずっと他人に興味が無くて、しかもかりそめに婚姻関係を結んだ貴方の考えてる事が知りたいなんて、色々あって自分自身てやつを切り離して生きてきた筈なのに、私も人間だったんですね」
そう言えば──
「ちゃんと伝えてましたっけ?」
私は貴方が好きだって事を──
「目覚めたら教えてあげます」
そうして暫く2人で平和な日中を過ごし、小腹が空いたところで鰻の蒲焼きの香ばしい匂いが鼻腔を擽ってきた。
「そうそう、公園の裏手に鰻屋さんがあるんですよ。入った事は無いですけど、病院に来る度に高そうな鰻屋さんだなってずっと見てたんです。ちょこっとだけ見に行きましょう!」
鰻の蒲焼きの匂いが良い刺激になるかと思い、私は公園裏の薄暗い林から鰻屋の脇まで春臣の乗った車椅子をヒーヒー言いながら押した。
「はぁはぁはぁ……砂地からの芝生は車椅子がめり込んでほんとにハードですね」
芝生が少し荒れたのは後で修正しよう。
「あぁ、でも、ここってちょうど鰻屋さんの排気ダクトのとこだから蒲焼きの匂いがダイレクトにきますね」
フェンスを挟んだ鰻屋の排気ダクトからは時々煙が排出され甘辛ダレの食を唆る香りが私の鼻から胃までを刺激する。
「お腹すきましたね。早く一緒に鰻が食べれるまでになりたいですね」
そうして暫し美味しそうな香りを堪能し『ちょっと貧乏くさかったかな』なんて笑いながらその場を離れようとした時、鰻屋の戸が開く音がして店の影から客の男が電話をしながら出て来た。
「ヤバい、変な所を見られる」
私はその客の男に気付かれぬよう車椅子のハンドルを握り静かにそれを押そうとしてはたと気付く。
「え?」
あの人──
杉山さんじゃない?
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