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初登校
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俺は丑三つ時くらいにようやく脳内の羊達と夢の世界へと落ちて行き、お花畑で羊の放牧をしているビジョンを主観で見ていた。
何でかジンギスカンが食べたくなってきたな、なんて考えていたところで股間に激痛を感じて目が覚める。
「ぃっ……」
俺が思わず顔を顰めていると、部屋の出入り口付近に立った翡翠が振り返って真顔で軽く会釈した。
「すみません、オニイサンを起こさないよう、そうっとお兄さんを跨いだつもりが、テントに足をぶつけてしまったみたいですね」
てめえ。
「テント言うな」
俺は恨めしく翡翠を睨み、上体を起こす。
「年々足が上がらなくなってきて困ります」
翡翠はずれ落ちた襟首を持ち上げ、大あくびを手で隠す。
「お前は年寄りか。良く眠れたようで安心したよ」
しかも翡翠には無造作ヘアともとれる素敵な寝癖までついている。
「割とどこでも寝られるみたいです。お兄さんはまだ寝てて下さい。今から朝ごはんを作りますから」
「パン焼くだけだから別にいいよ」
それよりもう少し翡翠と同じ部屋でまどろんでいたい。
「じゃあ、私がパンを焼きます」
そう言うと翡翠は取り付く島も無く部屋を出て行った。
昔からそうだ、翡翠は全然俺の言うことをきかない。人のお話が聞けないのは今も昔も変わらないようだ。
暫く二度寝した後、俺がリビングに出るとパンが焼ける香ばしい匂いとコーヒーの薫りが鼻孔を擽った。
「あ、オニイサン、出来ましたー!」
キッチンから制服にエプロン姿の翡翠が顔を出し、パタパタと慌ただしくパンが乗った皿にサラダを盛り付けている。
なんか、いいな。
制服にエプロンというのも勿論萌えるが、まるで新婚夫婦になった気分だ。そう言えば、前世でもこうして毎朝翡翠と顔を合わせていたんだよな。その頃は俺が調教師だったから、朝は俺が用意していたんだけど、思えば尊い日々だった。
顔を洗った後、翡翠と、翡翠が用意してくれた朝ご飯を食べ、二人で洗い物をして、身支度を終えたのち、二人して同じ玄関の扉から出る。何気ない日常のように思えて、俺はそんな事にすら感動していた。
そこから駅まで二人で並んで歩き、満員電車に雪崩れ込むと、慣れない翡翠があれよあれよと流されて隅に追いやられ、俺はやれやれと人混みを掻き分け、壁に両手を着いて翡翠の盾となる。
こんな制服を着たお上りさん、痴漢のかっこうの餌食だ。
「大丈夫か?」
真上から翡翠を見下ろすと、彼女の旋毛がすぐそこに見えた。
下痢つぼ押して~
近い、というより、密着している。
……熱いな。
「凄いですね、びっくりしました。祭りですね」
翡翠は両肩を持ち上げ、少しでも小さくなろうとしていて可愛かった。
「毎朝だぞ」
俺は思わず笑いを漏らしていた。
「ひーっ」
翡翠はこめかみに汗を滲ませながらムンクみたいな顔をして尚も俺の笑いを誘う。
「春先なのに凄く熱い……」
翡翠が熱を逃がす様に吐息を吐くと、それが俺の首元を擽ってゾクゾクさせた。
翡翠の髪からいい匂いがする。俺と同じトニックシャンプーを使ったはずだが、翡翠特有のフェロモンでも混ざっているのだろうか、ちょっと甘い。
俺が我慢出来ずにスンスンと翡翠の首筋で彼女の匂いを堪能すると、それに気付いた翡翠が憤慨して今度は俺に背を向けて立った。
「何、してるんですかっ」
「良い匂いするなって」
「や、やめて下さい、そんな変態みたいな。汗かいてるんですから」
壁にへばりついてなけなしの抵抗を見せる翡翠を見ていると、もっと追い込んでいじめたくなる。
突如、電車が翡翠側に傾いて揺れ、俺は人混みに押されて後ろから彼女にぶつかりそうになる。
そして気付く。
あー、これ、バックからやってるみたいだ。
いっそ気付かなければこの生殺し地獄に落とされずに済んだものを……
俺はこんな所で発情する訳にもいかず、両腕に力を込めて翡翠に触れるか否かのところで下車までギリギリ持ち堪えた。
「オニイサン、なんかゲッソリしてますね。それも毎朝ですか?」
これが、電車を降りた時の翡翠の感想だ。
「これから毎朝、だろうな」
以後、俺は両腕に乳酸が溜まる毎朝を送る。
高校へ着くと、緊張する翡翠を職員室へと送り届け、俺は自分のクラスの自分の席に座った。
前の席に横掛に座っていた日野が俺の顔を見るなりニヤニヤと話し掛けてくる。
「おお、セキレイ、今日は彼女と登校したんだな。窓から見てたよ」
「は?彼女?違うし」
日野はここから、俺と登校する翡翠を見て瑠璃と勘違いしたのだろう。
「え、じゃあ誰だよ?お前、浮気でもしてんのか?」
「誰でもいいだろ、幽霊だよ、幽霊」
俺は面倒になり、適当な事を言って机に頬杖を着いた。
あれを妹と言ったら、彼女がいない日野は絶対『紹介して!』と言い出すに違いない。
「マジか、俺、遂に霊能力者になっちゃったか~」
単純な奴。
でもほんと、瑠璃とちゃんと別れないと、それこそ面倒な事になる。もう何度も瑠璃に別れを告げて却下されてきたが、そろそろ決着をつけよう。
俺があれこれ別れの算段をつけていると、いつの間にかホームルームは終わり、隣のクラスがやけにガヤガヤと賑わっている事に気付く。何事かと思っていると、これまたいつの間にか教室から出ていた日野が飛んで戻って来た。
「セキレイ!!」
興奮状態にあった日野は俺の机に力強く両手を着いてゼーゼー言っている。
「ん?」
「隣のクラスにすっごいかわいい子が編入してきてて大騒ぎだったよ!」
翡翠の事か。隣のクラスになったんだな。
翡翠は前世で風斗(王)の後妻を務めた逸材だ、注目を浴びるのは当然と言えば当然だろう。元調教師の俺としても鼻が高い、が、凄い心配だ。変な虫でも付いたらと思うといてもたってもいられない。
「……」
「セキレイ、すっごく怖い顔してるけど大丈夫?」
いつだって寡黙なポーカーフェイスのこの俺が、知らず知らず険しい顔をしていたらしい。日野がドン引きしていた。
「モウマンタイだ」
「え、モウマン、え?」
何も問題無い。
翡翠の事は俺が全力で守る。
「あっ、噂をすれば」
日野が声をあげて教室の出入り口を指差し、俺がその先に目をやると、翡翠が挙動不審な動きでこちらに手を振っていた。
「オニイサン!」
目が合うと、翡翠は小走りで一直線にこっちに向かって来た。
「オニイサン、ジャージがまだ届いてないので貸して下さい。次、体育なんです」
「えっ、オニイサンて、お前ら知り合いなん?!」
日野がキョロキョロと俺と翡翠を何度も見直す。
「あっ、オニイサンの御学友の方でしたか」
『御学友』なんて、明治時代からタイムスリップでもして来たのか?
翡翠は学校でもエセ敬語を使ってるのか。
いや、それはこの際どうでもいい。今大事なのはそんな事じゃあない。
「俺、日野。クラス違うけどよろしく~って、おい」
日野が翡翠に向けて伸ばした手を代わりに俺が握ってやった。
「ゾワッとしたわ」
日野は速攻で俺から自分の手を引ったくり、己の両肩を抱いて文字通りゾワッとしている。
「俺の彼女に触らないでね」
日野みたいな軽い男にはこれくらいの嘘は言ってやらないと翡翠に手を出しかねない。
「は?彼女?いやいやいや、いやいやいやいや、だってあんた──」
日野が言いたい事は分かる、が、翡翠の前で明確に言わせる訳にはいかない。
絶対に負けられない戦いが、そこにはある。
「瑠璃がどう思っているかは知らないが、あいつには前から言ってあっただろ?別に問題無い」
──とでも言っておかないと、とんでもない二股野郎だと思われる。
「あのぅ……えぇと……凄いどうでもいいんですけど、つべこべ仰ってないでとっとと貸して下さい」
翡翠はポカンと口を開けていたかと思うと、まるですし○んまいのポーズをするようるに両手を広げた。
「乱暴だな。ほら」
そう言って俺が机の脇に掛けていたジャージの袋を翡翠に渡すと、彼女はそれを奪い取るように持って走った。
「こら、人から物を貰う時はバグッて取るもんじゃない」
俺はつい調教師の血が騒いでそう叫んでいた。
まったくあいつは、まるで野生児だな。行儀がなってない。現世でも調教し直さないとならないようだ。
「恋人同士って言うより親子だろ」
「そんなはずはない。ラブラブだったろ」
「や、ジャージ強奪されただけじゃん」
「あれがあれの愛情表現なんだよ」
「バグッて取っていくのが?」
「あれがあれのやり方だ」
「彼女の事、あれ、って呼んでくれるなよ……」
日野は呆れて口元を引きつらせている。
「数秒しか見てないけど、彼女、すげー変わってんね。どうやって知り合ったの?」
どうって、めんどくせーな。
「昨日──」
「昨日?」
「なんか来た」
「え、なん?」
日野が困惑するのも無理は無い。
「なんか来て、こう、あれだよ、あれ」
そもそもが嘘なので何とも形容し難い。
めんどくせーな。
「何が来て、どれだよ、どれ!告白でもされたの?」
「別に告白はされてない。朝にはそう
なってた」
俺は飽き飽きしながら机に頬杖を着いて窓の外を眺めた。
「お、おま、最低だな」
「合意だよ」
別に自分が周りからいかに悪く言われようと、翡翠に悪い虫がつかないのであれば全然良かった。
聞き耳をたてていた周りはざわついていたが……
「セキレイ!」
喧騒の中、今度はジャージ姿の瑠璃が俺の所へ飛び込んで来た。
「次から次へとせわしないな」
俺は朝から頭が痛くなりそうだった。
なんとなく用件は分かる。
「なんで昨日、電話に出てくれなかったの!?」
やっぱり。
瑠璃はえらい剣幕で捲し立ててくる。
「や、それが──」
「電源も切ってたでしょ!」
「だから──」
「浮気でもしてる訳!?」
「いや、そもそも──」
「もう知らない!ちょっと頭冷やしなさいよ!」
瑠璃は矢継ぎ早に畳み掛け、本鈴が鳴る直前に足音も大きく教室を飛び出して行った。
「いや~お前、ほんと最低だな。あーあ、こりゃ距離を置かれたな」
日野から軽蔑の眼差しを浴びせられたが、そもそも俺に、瑠璃と付き合っている感覚は無い。
「だから、俺は何度も別れを告げてるのに、向こうは未だに付き合ってる感覚でいるってだけなんだって」
もう、何がなんだか解らなくなってきた。
それから授業が始まり、俺は古文の朗読を聞きながら相変わらず窓の外のグラウンドを眺めていた。そこでは隣のクラスが男女混合でソフトボールをやっていて、俺は翡翠がどのポジションにつくのか目で探っていた。
あ、あのどんくさそうな奴が翡翠だな。ショートか、大丈夫か?
ジャージを引きずりながらボールを追っかける翡翠を見ていて、思わず笑いがこみ上げてくる。
あぁ、もう、ほら、裾裾っ、踏む踏む。危なっかしいな。あっ!ほら、ゴロ……トンネルかよ。
面白いな。見ていて飽きない。ずっと見ていられる。ジャージがダボダボだから体型が目立たなくて良い。
しかし翡翠が屈んでボールを取ると、彼女のそばにいた男子がそれとなく首を傾けて彼女の襟首から中を覗く仕草を見せ、俺は苛ついて貧乏揺すりが止まらなくなった。
くそムカつくな。
それでも俺が翡翠を観察していると、退屈そうに腕を組んだ翡翠と目が合った。
ドキッとした。
翡翠とは一晩一緒にいたのに、それでも俺は新鮮にドキッとしたのだ。
思春期のせいか?
ハズッ。
俺もまだまだ青いな。
俺は照れ隠しに他の生徒が投げたボールを目で追った。
早く一日が終わればいい。今日は何を食べようか、ニシンか、アボカドか、それとも何か珍しい食材を使って新たなレシピを開発するか、楽しみだな。帰りに翡翠とスーパーに寄ろう。その近くにあるたこ焼き屋でたこ焼きを買って、それをつまみに二人で映画でも観よう。ああ、今日が週末だったら二人で夜ふかし出来るのに、まだ火曜日だ。休みの日には翡翠を買い物に連れて行って、帰り道に海にでも行こうか、そうしたら翡翠も前世で俺とデートした記憶が蘇るかもしれな──あっ、危ねっ。
横目でチラッと翡翠の様子を窺った瞬間、翡翠に飛んできたボールが彼女のグローブをすり抜けてその肩に命中した。
おいおい、大丈夫か?
打球は何処か遠くへ転がっていき、翡翠は負傷した肩を押さえて屈んでいる。するとそこにいかにもチャラそうな茶髪で下げズボンの男子生徒が駆け寄り、翡翠の肩を抱いてフェードアウトして行く。
「……」
多分、あの男子生徒は翡翠を保健室に連れて行こうというのだろうが、そもそも翡翠は歩けるのに何故わざわざ負傷した肩を抱いて連れて行く必要があったのか、とても腹が立った。
悪い虫だ。
前世では翡翠を他の男にくれてやる為に調教していたが、俺はもう二度と、そばで指を咥えて見ているような事はしない。
あんな思いは二度とごめんだ。
なんであのチャラ男には翡翠に触れる権利があって、俺には無いんだ?
そんなもの、不公平過ぎる。
自分の、兄という立場が恨めしくて仕方がなかった。
俺は仮病を使ってダッシュで保健室へと向かった。
当然、保健室には保健医が居て、あの男子生徒が翡翠にどうこうしていた訳ではなく、ただきっかけを求めて翡翠をここまで送り届けたのだろうが、そんな小さな火種すら俺は許せなかった。俺は密着する二人の間に割って入り、さっさと例の男子生徒を帰す。
「ハイハイ、ご苦労さま」
男子生徒は訳も分からず不本意なまま俺によって保健室から追い出された。
「オニイサン、どうしたんですか?」
当然、翡翠は突如湧いて出た兄に驚きを隠せない。
「学校では──いや、これから俺の事はセキレイさんて呼べよ」
兄という肩書きでは翡翠を守れないと思った。
「は?」
「いいから。ほら、座って肩を見せてみろ」
俺は翡翠を半ば強引に革のベンチに座らせ、ジャージの上を脱がしにかかる。
「ちょちょちょちょちょ、オニ……セキレイさん!」
「いいからいいから」
──と言って俺がグイグイ翡翠のジャージをたくし上げようとすると、いきなり背後から首の後ろをチョップされた。
「イテッ」
手を止めて振り返ると、そこに腕を組んだ保健医のおばさんが修羅の顔で仁王立ちしていた。
「女の子の服を無理矢理脱がすなんて何事よ!?」
「…………あぁ、大丈夫です。俺、双子の兄なんで」
前言撤回。双子の兄を笠に着て公式に妹の服を脱がせるの術──は通用しなかった。
「妹さんが嫌がってるから駄目!血を分けた家族の方が気まずい時だってあるでしょ」
今度は俺の方が保健室から追い出された。
「……」
早く放課後になればいい。
翡翠に会えない時間は長い。おかしな話、転生した翡翠と出会う前よりも時間を長く感じた。しかしその分、期待で胸が膨らむ。
やべ、ワクワクが止まらん。
授業中なのに、気を抜いたらスキップしてしまいそうだ。
落ち着け、落ち着こう、浮かれ過ぎだ。俺は童貞か。
翡翠と再会するまではまるで屍のように毎日を過ごしていたのに、愛の力は凄い。
そして放課後、俺は隣のクラスから翡翠が出て来るなりその手を引いて学校を出た。瑠璃に遭遇したら話がややこしくなるからだ。
「兄妹で手を繋いで下校とか、後ろ指指されますよ?」
暫く歩いた後、翡翠が急に立ち止まって俺に掴まれていた腕を引き抜く。
結構がっちり掴んでいたのに、こいつ、前世より力が強くなってるな。
「はたから見たら兄妹に見えないだろ。ましてや双子なんて。俺ら全然似てないんだから」
「それでも年頃の兄妹が手を繋ぐって異常ですよ」
翡翠は顔を赤くして掴まれていた手首を揉んでいる。
こいつ、さてはその兄妹の俺相手に意識してないか?
悪い気はしない。寧ろ良い傾向だ。
「兄妹だって思わなければいいだろう?俺は始めからそんな風に思ってない」
「えっ、そんな、それじゃただの異性じゃないですか。ただの兄妹じゃなくて、双子の兄妹ですよ?そんなのは……」
翡翠は何かを怖がる様に身を縮めて狼狽えていた。そんな姿を見ると男は押したくなるのだ。
「お前は頭が硬いな。逆にそれが萌えるんじゃないか。なんで世の中に妹萌えのエロ動画が存在していて、結構根強い人気があるのか考えた事ないか?」
「無いですけど、そういうの見てるんですか?」
「見てる」
俺が真顔で断言すると、翡翠は軽蔑した目でこちらを蔑んだ。
「変態ですね」
「差別するか?」
「します。全力で」
「じゃあもう見ない」
「……何の話ですか?」
「ええと、つまり、あまり、兄妹だからどうとか、双子だからどうとか深く考え過ぎなんだよ」
あれ、自分でも何を言っているか見失ってきたぞ。
「秩序を守る為には大事な事ですよ」
「お前、頭で釘が打てるだろ」
「……さっきからオニイサンは何が言いたいんですか?いきなりオニイサンて呼ぶなと言ったり、私を彼女だと言ったり、腕を掴んできたり、私とどんな関係でいたいんですか?」
「そんなもの──」
恋人同士に決まってるだろ、なんて、今のこの状況で言ったらその場でフラれる。
「……さてはオニイサン、童貞を拗らせて、妹の私と疑似恋愛がしたいとお思いなんでは──」
「ハ?」
誰が童貞だ。
思わず突っ込みそうになったが、翡翠が、全ての点と点が繋がったような合点のいく顔をしたので俺は口をつぐむ。例え疑似でも、これは翡翠に近付く口実になる、そう思ったからだ。
俺は狡い男だ。
「お、おう」
童貞というのが不本意ではあるが……
「オニイサン……とんだDT野郎ですね」
翡翠は不敵に微笑むとビシッと俺の鼻先に人差し指を指す。
ちょっとウケてもうてるやん。
「いや、ほんと、とんだDT野郎ですよ」
なんで二回も蔑んだ?
なんかムカつくな。
「それなら仕方がないですね、DTに免じて許してあげます」
「DT、DT言うな」
「プライバシーに配慮してイニシャルトークにしているんですよ」
「ああ、そう」
どうだか、単に『DT』て言いたいだけだろ。
「そんなに俺が童貞に見えんの?」
なんかプライドがズタズタだ。
ちょっとテンションが下がった。
「違うんですか?」
え、翡翠には俺がどんな風に見えてんの?
「いやいや童貞よ、とんでもない玄人童貞よ」
しかしここで設定を間違えたら後々動きにくくなりそうだ。
俺は奥歯を噛み締め屈辱に耐えた。
「レベチですね」
嬉しくねーよ。
「……少しだけ俺に夢見させてよ」
そう言って俺が手を伸ばすと、翡翠はモジモジしながらも仕方なさそうにその手を掴んだ。
まやかしだが、少しだけ前に進めた気がする。
何でかジンギスカンが食べたくなってきたな、なんて考えていたところで股間に激痛を感じて目が覚める。
「ぃっ……」
俺が思わず顔を顰めていると、部屋の出入り口付近に立った翡翠が振り返って真顔で軽く会釈した。
「すみません、オニイサンを起こさないよう、そうっとお兄さんを跨いだつもりが、テントに足をぶつけてしまったみたいですね」
てめえ。
「テント言うな」
俺は恨めしく翡翠を睨み、上体を起こす。
「年々足が上がらなくなってきて困ります」
翡翠はずれ落ちた襟首を持ち上げ、大あくびを手で隠す。
「お前は年寄りか。良く眠れたようで安心したよ」
しかも翡翠には無造作ヘアともとれる素敵な寝癖までついている。
「割とどこでも寝られるみたいです。お兄さんはまだ寝てて下さい。今から朝ごはんを作りますから」
「パン焼くだけだから別にいいよ」
それよりもう少し翡翠と同じ部屋でまどろんでいたい。
「じゃあ、私がパンを焼きます」
そう言うと翡翠は取り付く島も無く部屋を出て行った。
昔からそうだ、翡翠は全然俺の言うことをきかない。人のお話が聞けないのは今も昔も変わらないようだ。
暫く二度寝した後、俺がリビングに出るとパンが焼ける香ばしい匂いとコーヒーの薫りが鼻孔を擽った。
「あ、オニイサン、出来ましたー!」
キッチンから制服にエプロン姿の翡翠が顔を出し、パタパタと慌ただしくパンが乗った皿にサラダを盛り付けている。
なんか、いいな。
制服にエプロンというのも勿論萌えるが、まるで新婚夫婦になった気分だ。そう言えば、前世でもこうして毎朝翡翠と顔を合わせていたんだよな。その頃は俺が調教師だったから、朝は俺が用意していたんだけど、思えば尊い日々だった。
顔を洗った後、翡翠と、翡翠が用意してくれた朝ご飯を食べ、二人で洗い物をして、身支度を終えたのち、二人して同じ玄関の扉から出る。何気ない日常のように思えて、俺はそんな事にすら感動していた。
そこから駅まで二人で並んで歩き、満員電車に雪崩れ込むと、慣れない翡翠があれよあれよと流されて隅に追いやられ、俺はやれやれと人混みを掻き分け、壁に両手を着いて翡翠の盾となる。
こんな制服を着たお上りさん、痴漢のかっこうの餌食だ。
「大丈夫か?」
真上から翡翠を見下ろすと、彼女の旋毛がすぐそこに見えた。
下痢つぼ押して~
近い、というより、密着している。
……熱いな。
「凄いですね、びっくりしました。祭りですね」
翡翠は両肩を持ち上げ、少しでも小さくなろうとしていて可愛かった。
「毎朝だぞ」
俺は思わず笑いを漏らしていた。
「ひーっ」
翡翠はこめかみに汗を滲ませながらムンクみたいな顔をして尚も俺の笑いを誘う。
「春先なのに凄く熱い……」
翡翠が熱を逃がす様に吐息を吐くと、それが俺の首元を擽ってゾクゾクさせた。
翡翠の髪からいい匂いがする。俺と同じトニックシャンプーを使ったはずだが、翡翠特有のフェロモンでも混ざっているのだろうか、ちょっと甘い。
俺が我慢出来ずにスンスンと翡翠の首筋で彼女の匂いを堪能すると、それに気付いた翡翠が憤慨して今度は俺に背を向けて立った。
「何、してるんですかっ」
「良い匂いするなって」
「や、やめて下さい、そんな変態みたいな。汗かいてるんですから」
壁にへばりついてなけなしの抵抗を見せる翡翠を見ていると、もっと追い込んでいじめたくなる。
突如、電車が翡翠側に傾いて揺れ、俺は人混みに押されて後ろから彼女にぶつかりそうになる。
そして気付く。
あー、これ、バックからやってるみたいだ。
いっそ気付かなければこの生殺し地獄に落とされずに済んだものを……
俺はこんな所で発情する訳にもいかず、両腕に力を込めて翡翠に触れるか否かのところで下車までギリギリ持ち堪えた。
「オニイサン、なんかゲッソリしてますね。それも毎朝ですか?」
これが、電車を降りた時の翡翠の感想だ。
「これから毎朝、だろうな」
以後、俺は両腕に乳酸が溜まる毎朝を送る。
高校へ着くと、緊張する翡翠を職員室へと送り届け、俺は自分のクラスの自分の席に座った。
前の席に横掛に座っていた日野が俺の顔を見るなりニヤニヤと話し掛けてくる。
「おお、セキレイ、今日は彼女と登校したんだな。窓から見てたよ」
「は?彼女?違うし」
日野はここから、俺と登校する翡翠を見て瑠璃と勘違いしたのだろう。
「え、じゃあ誰だよ?お前、浮気でもしてんのか?」
「誰でもいいだろ、幽霊だよ、幽霊」
俺は面倒になり、適当な事を言って机に頬杖を着いた。
あれを妹と言ったら、彼女がいない日野は絶対『紹介して!』と言い出すに違いない。
「マジか、俺、遂に霊能力者になっちゃったか~」
単純な奴。
でもほんと、瑠璃とちゃんと別れないと、それこそ面倒な事になる。もう何度も瑠璃に別れを告げて却下されてきたが、そろそろ決着をつけよう。
俺があれこれ別れの算段をつけていると、いつの間にかホームルームは終わり、隣のクラスがやけにガヤガヤと賑わっている事に気付く。何事かと思っていると、これまたいつの間にか教室から出ていた日野が飛んで戻って来た。
「セキレイ!!」
興奮状態にあった日野は俺の机に力強く両手を着いてゼーゼー言っている。
「ん?」
「隣のクラスにすっごいかわいい子が編入してきてて大騒ぎだったよ!」
翡翠の事か。隣のクラスになったんだな。
翡翠は前世で風斗(王)の後妻を務めた逸材だ、注目を浴びるのは当然と言えば当然だろう。元調教師の俺としても鼻が高い、が、凄い心配だ。変な虫でも付いたらと思うといてもたってもいられない。
「……」
「セキレイ、すっごく怖い顔してるけど大丈夫?」
いつだって寡黙なポーカーフェイスのこの俺が、知らず知らず険しい顔をしていたらしい。日野がドン引きしていた。
「モウマンタイだ」
「え、モウマン、え?」
何も問題無い。
翡翠の事は俺が全力で守る。
「あっ、噂をすれば」
日野が声をあげて教室の出入り口を指差し、俺がその先に目をやると、翡翠が挙動不審な動きでこちらに手を振っていた。
「オニイサン!」
目が合うと、翡翠は小走りで一直線にこっちに向かって来た。
「オニイサン、ジャージがまだ届いてないので貸して下さい。次、体育なんです」
「えっ、オニイサンて、お前ら知り合いなん?!」
日野がキョロキョロと俺と翡翠を何度も見直す。
「あっ、オニイサンの御学友の方でしたか」
『御学友』なんて、明治時代からタイムスリップでもして来たのか?
翡翠は学校でもエセ敬語を使ってるのか。
いや、それはこの際どうでもいい。今大事なのはそんな事じゃあない。
「俺、日野。クラス違うけどよろしく~って、おい」
日野が翡翠に向けて伸ばした手を代わりに俺が握ってやった。
「ゾワッとしたわ」
日野は速攻で俺から自分の手を引ったくり、己の両肩を抱いて文字通りゾワッとしている。
「俺の彼女に触らないでね」
日野みたいな軽い男にはこれくらいの嘘は言ってやらないと翡翠に手を出しかねない。
「は?彼女?いやいやいや、いやいやいやいや、だってあんた──」
日野が言いたい事は分かる、が、翡翠の前で明確に言わせる訳にはいかない。
絶対に負けられない戦いが、そこにはある。
「瑠璃がどう思っているかは知らないが、あいつには前から言ってあっただろ?別に問題無い」
──とでも言っておかないと、とんでもない二股野郎だと思われる。
「あのぅ……えぇと……凄いどうでもいいんですけど、つべこべ仰ってないでとっとと貸して下さい」
翡翠はポカンと口を開けていたかと思うと、まるですし○んまいのポーズをするようるに両手を広げた。
「乱暴だな。ほら」
そう言って俺が机の脇に掛けていたジャージの袋を翡翠に渡すと、彼女はそれを奪い取るように持って走った。
「こら、人から物を貰う時はバグッて取るもんじゃない」
俺はつい調教師の血が騒いでそう叫んでいた。
まったくあいつは、まるで野生児だな。行儀がなってない。現世でも調教し直さないとならないようだ。
「恋人同士って言うより親子だろ」
「そんなはずはない。ラブラブだったろ」
「や、ジャージ強奪されただけじゃん」
「あれがあれの愛情表現なんだよ」
「バグッて取っていくのが?」
「あれがあれのやり方だ」
「彼女の事、あれ、って呼んでくれるなよ……」
日野は呆れて口元を引きつらせている。
「数秒しか見てないけど、彼女、すげー変わってんね。どうやって知り合ったの?」
どうって、めんどくせーな。
「昨日──」
「昨日?」
「なんか来た」
「え、なん?」
日野が困惑するのも無理は無い。
「なんか来て、こう、あれだよ、あれ」
そもそもが嘘なので何とも形容し難い。
めんどくせーな。
「何が来て、どれだよ、どれ!告白でもされたの?」
「別に告白はされてない。朝にはそう
なってた」
俺は飽き飽きしながら机に頬杖を着いて窓の外を眺めた。
「お、おま、最低だな」
「合意だよ」
別に自分が周りからいかに悪く言われようと、翡翠に悪い虫がつかないのであれば全然良かった。
聞き耳をたてていた周りはざわついていたが……
「セキレイ!」
喧騒の中、今度はジャージ姿の瑠璃が俺の所へ飛び込んで来た。
「次から次へとせわしないな」
俺は朝から頭が痛くなりそうだった。
なんとなく用件は分かる。
「なんで昨日、電話に出てくれなかったの!?」
やっぱり。
瑠璃はえらい剣幕で捲し立ててくる。
「や、それが──」
「電源も切ってたでしょ!」
「だから──」
「浮気でもしてる訳!?」
「いや、そもそも──」
「もう知らない!ちょっと頭冷やしなさいよ!」
瑠璃は矢継ぎ早に畳み掛け、本鈴が鳴る直前に足音も大きく教室を飛び出して行った。
「いや~お前、ほんと最低だな。あーあ、こりゃ距離を置かれたな」
日野から軽蔑の眼差しを浴びせられたが、そもそも俺に、瑠璃と付き合っている感覚は無い。
「だから、俺は何度も別れを告げてるのに、向こうは未だに付き合ってる感覚でいるってだけなんだって」
もう、何がなんだか解らなくなってきた。
それから授業が始まり、俺は古文の朗読を聞きながら相変わらず窓の外のグラウンドを眺めていた。そこでは隣のクラスが男女混合でソフトボールをやっていて、俺は翡翠がどのポジションにつくのか目で探っていた。
あ、あのどんくさそうな奴が翡翠だな。ショートか、大丈夫か?
ジャージを引きずりながらボールを追っかける翡翠を見ていて、思わず笑いがこみ上げてくる。
あぁ、もう、ほら、裾裾っ、踏む踏む。危なっかしいな。あっ!ほら、ゴロ……トンネルかよ。
面白いな。見ていて飽きない。ずっと見ていられる。ジャージがダボダボだから体型が目立たなくて良い。
しかし翡翠が屈んでボールを取ると、彼女のそばにいた男子がそれとなく首を傾けて彼女の襟首から中を覗く仕草を見せ、俺は苛ついて貧乏揺すりが止まらなくなった。
くそムカつくな。
それでも俺が翡翠を観察していると、退屈そうに腕を組んだ翡翠と目が合った。
ドキッとした。
翡翠とは一晩一緒にいたのに、それでも俺は新鮮にドキッとしたのだ。
思春期のせいか?
ハズッ。
俺もまだまだ青いな。
俺は照れ隠しに他の生徒が投げたボールを目で追った。
早く一日が終わればいい。今日は何を食べようか、ニシンか、アボカドか、それとも何か珍しい食材を使って新たなレシピを開発するか、楽しみだな。帰りに翡翠とスーパーに寄ろう。その近くにあるたこ焼き屋でたこ焼きを買って、それをつまみに二人で映画でも観よう。ああ、今日が週末だったら二人で夜ふかし出来るのに、まだ火曜日だ。休みの日には翡翠を買い物に連れて行って、帰り道に海にでも行こうか、そうしたら翡翠も前世で俺とデートした記憶が蘇るかもしれな──あっ、危ねっ。
横目でチラッと翡翠の様子を窺った瞬間、翡翠に飛んできたボールが彼女のグローブをすり抜けてその肩に命中した。
おいおい、大丈夫か?
打球は何処か遠くへ転がっていき、翡翠は負傷した肩を押さえて屈んでいる。するとそこにいかにもチャラそうな茶髪で下げズボンの男子生徒が駆け寄り、翡翠の肩を抱いてフェードアウトして行く。
「……」
多分、あの男子生徒は翡翠を保健室に連れて行こうというのだろうが、そもそも翡翠は歩けるのに何故わざわざ負傷した肩を抱いて連れて行く必要があったのか、とても腹が立った。
悪い虫だ。
前世では翡翠を他の男にくれてやる為に調教していたが、俺はもう二度と、そばで指を咥えて見ているような事はしない。
あんな思いは二度とごめんだ。
なんであのチャラ男には翡翠に触れる権利があって、俺には無いんだ?
そんなもの、不公平過ぎる。
自分の、兄という立場が恨めしくて仕方がなかった。
俺は仮病を使ってダッシュで保健室へと向かった。
当然、保健室には保健医が居て、あの男子生徒が翡翠にどうこうしていた訳ではなく、ただきっかけを求めて翡翠をここまで送り届けたのだろうが、そんな小さな火種すら俺は許せなかった。俺は密着する二人の間に割って入り、さっさと例の男子生徒を帰す。
「ハイハイ、ご苦労さま」
男子生徒は訳も分からず不本意なまま俺によって保健室から追い出された。
「オニイサン、どうしたんですか?」
当然、翡翠は突如湧いて出た兄に驚きを隠せない。
「学校では──いや、これから俺の事はセキレイさんて呼べよ」
兄という肩書きでは翡翠を守れないと思った。
「は?」
「いいから。ほら、座って肩を見せてみろ」
俺は翡翠を半ば強引に革のベンチに座らせ、ジャージの上を脱がしにかかる。
「ちょちょちょちょちょ、オニ……セキレイさん!」
「いいからいいから」
──と言って俺がグイグイ翡翠のジャージをたくし上げようとすると、いきなり背後から首の後ろをチョップされた。
「イテッ」
手を止めて振り返ると、そこに腕を組んだ保健医のおばさんが修羅の顔で仁王立ちしていた。
「女の子の服を無理矢理脱がすなんて何事よ!?」
「…………あぁ、大丈夫です。俺、双子の兄なんで」
前言撤回。双子の兄を笠に着て公式に妹の服を脱がせるの術──は通用しなかった。
「妹さんが嫌がってるから駄目!血を分けた家族の方が気まずい時だってあるでしょ」
今度は俺の方が保健室から追い出された。
「……」
早く放課後になればいい。
翡翠に会えない時間は長い。おかしな話、転生した翡翠と出会う前よりも時間を長く感じた。しかしその分、期待で胸が膨らむ。
やべ、ワクワクが止まらん。
授業中なのに、気を抜いたらスキップしてしまいそうだ。
落ち着け、落ち着こう、浮かれ過ぎだ。俺は童貞か。
翡翠と再会するまではまるで屍のように毎日を過ごしていたのに、愛の力は凄い。
そして放課後、俺は隣のクラスから翡翠が出て来るなりその手を引いて学校を出た。瑠璃に遭遇したら話がややこしくなるからだ。
「兄妹で手を繋いで下校とか、後ろ指指されますよ?」
暫く歩いた後、翡翠が急に立ち止まって俺に掴まれていた腕を引き抜く。
結構がっちり掴んでいたのに、こいつ、前世より力が強くなってるな。
「はたから見たら兄妹に見えないだろ。ましてや双子なんて。俺ら全然似てないんだから」
「それでも年頃の兄妹が手を繋ぐって異常ですよ」
翡翠は顔を赤くして掴まれていた手首を揉んでいる。
こいつ、さてはその兄妹の俺相手に意識してないか?
悪い気はしない。寧ろ良い傾向だ。
「兄妹だって思わなければいいだろう?俺は始めからそんな風に思ってない」
「えっ、そんな、それじゃただの異性じゃないですか。ただの兄妹じゃなくて、双子の兄妹ですよ?そんなのは……」
翡翠は何かを怖がる様に身を縮めて狼狽えていた。そんな姿を見ると男は押したくなるのだ。
「お前は頭が硬いな。逆にそれが萌えるんじゃないか。なんで世の中に妹萌えのエロ動画が存在していて、結構根強い人気があるのか考えた事ないか?」
「無いですけど、そういうの見てるんですか?」
「見てる」
俺が真顔で断言すると、翡翠は軽蔑した目でこちらを蔑んだ。
「変態ですね」
「差別するか?」
「します。全力で」
「じゃあもう見ない」
「……何の話ですか?」
「ええと、つまり、あまり、兄妹だからどうとか、双子だからどうとか深く考え過ぎなんだよ」
あれ、自分でも何を言っているか見失ってきたぞ。
「秩序を守る為には大事な事ですよ」
「お前、頭で釘が打てるだろ」
「……さっきからオニイサンは何が言いたいんですか?いきなりオニイサンて呼ぶなと言ったり、私を彼女だと言ったり、腕を掴んできたり、私とどんな関係でいたいんですか?」
「そんなもの──」
恋人同士に決まってるだろ、なんて、今のこの状況で言ったらその場でフラれる。
「……さてはオニイサン、童貞を拗らせて、妹の私と疑似恋愛がしたいとお思いなんでは──」
「ハ?」
誰が童貞だ。
思わず突っ込みそうになったが、翡翠が、全ての点と点が繋がったような合点のいく顔をしたので俺は口をつぐむ。例え疑似でも、これは翡翠に近付く口実になる、そう思ったからだ。
俺は狡い男だ。
「お、おう」
童貞というのが不本意ではあるが……
「オニイサン……とんだDT野郎ですね」
翡翠は不敵に微笑むとビシッと俺の鼻先に人差し指を指す。
ちょっとウケてもうてるやん。
「いや、ほんと、とんだDT野郎ですよ」
なんで二回も蔑んだ?
なんかムカつくな。
「それなら仕方がないですね、DTに免じて許してあげます」
「DT、DT言うな」
「プライバシーに配慮してイニシャルトークにしているんですよ」
「ああ、そう」
どうだか、単に『DT』て言いたいだけだろ。
「そんなに俺が童貞に見えんの?」
なんかプライドがズタズタだ。
ちょっとテンションが下がった。
「違うんですか?」
え、翡翠には俺がどんな風に見えてんの?
「いやいや童貞よ、とんでもない玄人童貞よ」
しかしここで設定を間違えたら後々動きにくくなりそうだ。
俺は奥歯を噛み締め屈辱に耐えた。
「レベチですね」
嬉しくねーよ。
「……少しだけ俺に夢見させてよ」
そう言って俺が手を伸ばすと、翡翠はモジモジしながらも仕方なさそうにその手を掴んだ。
まやかしだが、少しだけ前に進めた気がする。
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