1 王への献上品と、その調教師(ブリーダー)αp版

華山富士鷹

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その時は突然やってきた

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その時は突然やって来た。

翌朝、セキレイさんがアボカドサラダを作って持って来る事になっていて、私は朝から髪のセットに余念がなかった。
髪を一纏めにしてぐるぐるに巻いて髪留めで括ろうとして、ユリから貰った髪留めを王の寝室に忘れてきた事を思い出す。
「しまったー!大事な物なのに!」
私が髪を片手で押さえたまま途方に暮れていると、部屋のチャイムが鳴らされた。
私はセキレイさんがアボカドサラダを持って来てくれたのだと思い、そのままのスタイルでドタドタと玄関に走り込んで勢いよくドアを開ける。
「セキレ──」
ドアの向こうの光景があまりに予想に反していて、私は言葉を失った。
そこにいたのはセキレイさんではなく──

──王だった。

「あ……の……」
私は予想していなかっただけに、何と言っていいものやら、言葉に詰まる。
「おはよう。髪留め、私の寝室に忘れていっただろう?」
王は普段と変わらぬ穏やかな笑顔で手を上げた。
「え、ええ、丁度、今、気付いたんです。今、まさに」
私がぎこちない愛想笑いを浮かべると、王は『だろうね』とクスクスと口元に手を当てて笑う。
「私が髪を留めてあげるから、中に入れてくれるかな?」
「えっ!!」
私はつい驚きを声に出してしまい、王を困らせた。
「嫌?」
王は大人のくせに子犬みたいに純度の高い瞳で私を見つめる。
というか、献上品にこれを拒める権利はない。私は恐れ多くなって束ね上げた髪を下ろし、壁に背を張り付けて室内への道を確保した。
「い、いえ、めっそうもございません!どうぞ」
『ありがとう』とすれ違いざまに王から声をかけられ、私は、もしかしたらここでまた王に抱かれるのではないかと怖くなり、小刻みに手が震える。
それでも、ドアを閉めようと玄関から外に大きく踏み出すと、先の角にセキレイさんの背中を見つけた。
「セキ……」
「翡翠?」
私はセキレイさんに声をかけそうになったが、奥から王の呼ぶ声がして、彼の背中を見送る。

アボカドサラダ、届けに来てくれたんだ……

約束通り来てくれたセキレイさんに申し訳なかったけれど、献上品として生きると決めた以上、私は王を選ぶべきなのだ。
「すみません、今、行きます……すみません」
私はセキレイさんの背中に向けてそう言うと、ドアを閉めた。
「すみません、お待たせして」
私が室内へ戻ると、王がベッドに腰掛けていて、否応なしに意識してしまう。
ついこの間、私はこの人に抱かれたんだ……
王の唇や、綺麗な指先を見ると、体がそれを思い出して火照ってくる。
何気なく王が屈んでストレッチをすると、シャツの襟ぐりから彼の小綺麗な胸板が覗き、私はドキリとした。
この人は気まずくないのだろうか?
慣れているのかな?
「どうしたの?ほら、おいで」
そう言って王に笑いかけられ、手を差し出されたが、私は怖くて二の足を踏む。
「あの……」
またパニックになったらどうしよう、セキレイさんのサポートも無いのに、王を受け入れられるだろうか?
私が余計な心配をしていると、王は全てを察したのか『何もしないよ』と朗らかに笑った。
夜の王は不意打ちをしてきたが、昼の王は信頼していいような気がして、私は恐る恐るその手を取ってみる。
「そんなに怯えられると、ちょっとショックだよね」
「すみません、献上品のくせに男性不信でして」
「うん、それなのに私を受け入れてくれてありがとう。そしてすまなかったね」
私は王に誘われるまま彼に背を向けて床に座った。
「綺麗な髪だね、いつもセキレイが手入れをしてくれてたの?」
「はい、身の回りの事は殆どセキレイさんが何でもやってくれました。私の健康管理も、彼が……」
さっきアボカドサラダを持って来てくれたセキレイさんの背中、寂しそうだったな……
セキレイさんは私の体を心配して来てくれたのに、彼は調教師として王や私に気を遣ってそっと身を引いたのだ。
「我が兄ながら甲斐甲斐しいものだ。ちょっと妬けるけど、そのお陰で今の翡翠があるんだから、感謝しなくちゃだよね」
「そうですね、最初は怖い人かと思ったんですけど、本当はとても懐が深くて温かくて、優しい人です。子供じみたところもあるんですけど、そこがまた可愛いというか──」

──大好きなんです。

「どうしたの?」
王は、変に言葉を区切った私を不思議に思い、後ろから覗き込むような仕草をする。
「あ……いえ、セキレイさんは面白い人だなって。それだけです。王様は、今日はどうしてここへ?」
私ははぐらかすように話題を変えた。
「ちょっと、翡翠と話をしたいと思ってね」
「お話ですか?」
「そうだよ、君とはちゃんと話しておかなければと思って」
もしかして、あの晩の事で何かお叱りを受けるのだろうか?
私は粗相を連発した。心当たりしかない。
私は王からどんなお叱りを受けるのか怖くなり、肩に力を入れてその時に備えた。
「そんなに身構えないで」
クスクスと王に笑われ、私は恥辱で耳を赤くした。
「別に翡翠を咎めに来た訳じゃないよ。あの晩だって君は一生懸命だったし、健気だった。申し分のないくらいとっても可愛かったよ」
そう言った王に指で耳をなぞられ、私は飛び上がる程驚嘆する。
「はは、本当に臆病だね。大丈夫、話をするだけだから」
「はい、すみません」
王に笑われ、私は小さくなって膝の上で拳を握り締めた。
「翡翠、私の事を変態だと思ってる?」
「はい……えっ!?」
藪から棒にいきなり突拍子もない事を聞かれ、私はつい本音を漏らしてしまう。
え!!違うんですかっ!?
「ええと、王様は変態というより、その、何と申していいのか難しいですが、多分、王として抑圧されたストレスを発散しているだけなんじゃないかなって私は思っています。だって、これだけの大国をその身一つでまとめあげているのですから、プレッシャーは計り知れないですし、実のところ、この国で一番人格を無視されるのは王様本人なのではないかと思います。連日の夜伽や、お妃様の捻出、ご世継ぎ問題など、本当は、それが王様の負担になっていたりもするんじゃないかなって……紅玉様が亡くなられた直後でもありますし、本当は辛かったりすると思うんです。すみません、生意気な事を言って」
仮に私が王だったら、王という重役に押し潰されていたかもしれない。
「いや、いいよ。夜伽は楽しんでやっているからいいんだ」
……ですよね!
「でもそれって、寂しさだったり、心の穴を埋めようとしてやっていたところもあるよ。紅玉が亡くなった直後は尚更ね」
王の声のトーンが低くなり、彼が寂しそうにしているのが背中から伝わってきた。
この人は孤独な人だ。
「私は思うんだよ、皆こうして私に気を遣ってくれるけれど、それらの忠誠心だったり、好意だったり、親切は、私が王だから当たり前になされるもので、もし私が王でなかったら、全然違っていたんじゃないのかなって。皆、私が王だから近寄って来ているだけで、本当に私を想ってくれている人なんて、実際は誰一人としていないんじゃないかなっていつも思うんだ」
王の声が弱々しく掠れたものになり、私はこの弱った王が可哀想になってきた。
「だから、夜伽でやって来た献上品に酷い事をして試すんですね」
王はただ、人並みに真実の愛を手に入れたかっただけなのだ。
王は王として富や権力等の全てを手に入れたかに見えて、実は、本当の愛を知らずに生きてきたのだと思う。例え献上品の中に、本当に王を愛する者がいたしても、権力が邪魔で王はそれが真実の愛なのか感じとる事も出来ない。
ある意味、王という職業は孤独で寂しいものなのかもしれない。
家臣にしたっていつなん時謀反を起こすともしれないのだ、王の心は常に猜疑心に苛まれ、休まる事はないだろう。それは不幸にいざならない。可哀想な人だ。
「ロープで拘束したり、鞭でいたぶったり、様々な道具を使って献上品を試して、それでも耐えた者のみを信用しようと思ってね。でも、途中からそれ自体が楽しくなっていたのも事実だよ。こうして私という歪んだ変態の出来上がりさ」
王は自嘲気味に笑ったが、私にはそれが痛々しく感じて後ろを振り返り、恐れ多くも彼の拳に両手で触れる。彼は驚いていたが、私をたしなめるでもなく、ただその動向を見守っていた。
「王様、正直に申しましょう、私が献上品を目指したのは調教師であるセキレイさんの為です。彼を幸せにしたくてずっと頑張ってきました。私は王様の事をまだよく知りませんし、愛してもいません。でも今初めて王様という人間を少しだけ知り、愛したいと思いました。生意気ですが、これが同情からくる感情だと解っています。でも私は、セキレイさんの事を差し引いても、王様のそばでお仕えして支えて差し上げたいと思ったのです」
私は王を見上げ、目を逸らさずに言ってのけた。
王が求めていたのは真実の愛だけど、私はまだ彼を愛してはいない。でもせめてこの人の前では正直でありたかった。私が処女でなかったという嘘の他に、嘘を重ねて彼を傷付けたくなかった。

この優しくて繊細な彼を支えてあげたかった。

「王様、こんな献上品、嫌ですよね?」
私も自嘲気味に笑って見せた。
そうだ、こんな事を言われて喜ぶ人なんかいない。私はきっと選ばれない。でも彼に取り入って、傷付けてまで正室になろうとは思わない。これで選ばれなくても、私は納得だ。寧ろ正直に話せてスッキリしている。
「翡翠は正直者だね。きっと今の言葉に嘘はないんだろうね。私は、翡翠に愛されていないと言われてショックだったけど」
王はちょっと拗ねて恨めしそうに口を尖らせた。
「すみません」
結局王を傷付けてしまい、私が反省して頭を下げると、王は『冗談だよ』と笑いかけてくれた。
「髪、留めてあげるから、前を向いて」
グイと王に肩を持って前を向かされ、私は姿勢を正して彼の手を待つ。
「そうそう、翡翠にお願いがあるんだけど」
王が私の頭を優しく撫でながら世間話でもするかのように切り出した。
私が、心地いいなとうっとりしていると、それは突然やって来る。

「翡翠、私の事を愛してくれないかな?」

そうして王に差し出されたのは髪留めではなく『金の指輪』だった。
「え?」
私が腰を抜かして王を振り返ると、彼は後ろから私にしなだれかかり、しがみつくように抱きついてきた。

「翡翠、私のお嫁さんになって」

王から囁かれた言葉は、献上品の合格発表という事務的なものというより、普通に男が想い人に対してするようなプロポーズのようだった。
およ、お嫁さんて、私が正室にっ!?
側室にでもなれればいいと思っていたが、よもや本当に正室になれるなんて、夢みたい過ぎて嘘みたいだ。
「わた、私でいいんですか?!」
私はずっと正室を目指してきたくせに、いざ王直々にプロポーズをされるとしり込みしてしまう。
私、紅玉様のような立派な妃になれるのかな?
喜びよりも不安の方が先に立ったが、王に両手をしっかりと握られ、少しだけ安心する事が出来た。
この人は私を支えてくれるし、私もこの人を支えてあげたい。彼を本当に愛せるかなんて今は解らないけれど、それでもこの人を愛したいと思った。
だから私は一世一代の覚悟を決めて言った。

「私で良ければ風斗さんのお嫁さんにして下さい」

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