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首輪
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スミレと初めて体を重ねてからというもの、俺は奴と会うたびに色んな攻め方で犯された。
そう、性行というより、犯されたという表現が適切だと思う。基本的にスミレは攻めの一手で、俺を快楽に溺れさせて楽しんでいる。仮に俺が何かしてあげる時は、必ず命令を受けて無理な事をやらされる時だけ。因みにその命に背くと、辱めという罰を受ける。そんな時、俺はスミレが二重人格なんじゃないかと心配になるのだ。普段はお堅くて品行方正なスミレが、どうしてここまで残酷になれるのか、理解し難い。
でも、そんなスミレの事が好きで仕方ないのだから、俺も大概だ。スミレの家に行く時は、扇情的な色っぽい格好をする事が多いし。
そんなこんなで今日もスミレの部屋に遊びに来ているのだが……
「レイさん、今度の連休、何処か温泉にでも旅行に行きませんか?」
情事の後、スミレが俺に腕枕しながらいきなりそんな事を切り出した。
「り、旅行……?」
俺はドキッとして歯切れが悪くなる。
「はい。レイさんにはいつも無理をさせているので、温泉でゆっくり体を癒やしてもらおうかなって」
……泊まりなら、温泉でもヤル気だろ。
しかし俺はそんな事よりもエビフライの時間制限の方が気掛かりだった。
「え~っと、その日は多分仕事だから」
俺は自身の口に人差し指を当ててすっとぼけるも、スミレの追及の手は緩まない。
「じゃあ、レイさんの都合のいい日に合わせます」
「でも、なかなか不規則な仕事だから……近所の銭湯とかは?」
俺だってスミレと温泉旅行したいが、3時間弱でなんとかなる所なんて、それくらいのもんだ。
「銭湯って、2人で行く意味あります?俺はレイさんと内風呂でゆっくりしたいんです」
「そうだね。私もそうしたいんだけど、仕事がね……」
俺がチラッと壁の掛け時計を確認し、ベッド下にある脱ぎ捨てた衣服に手を伸ばすと、それを阻む様に下敷きになったスミレの手が俺の二の腕を引き止める。
「……今日はもう遅いから、泊まっていって下さい」
そう言って強く二の腕を掴んできたスミレの目がマジ過ぎて、俺は彼に疑惑の目を向けられているのではないかと気が気ではなかった。
試されてる?
まさかな……
「いや、電車もまだ全然あるし、お家の人に悪いから帰るね」
本当はすぐ隣に住んでるけどね。
「お家の人は数日留守にするんで大丈夫です。だから旅行に行けない分、今夜は一緒にいてくれませんか?」
スミレの奴、俺の良心の呵責を逆手に取ったな。
「こ、これから仕事があるから」
俺は構わずに床からパンツを拾い上げた。
早くこの場から立ち去らなければ、針のむしろじゃないか。
「仕事ってなんの?」
「えっ、なんのって……や、夜勤?」
レイの職業まで設定してなかったー!
スミレの奴、今日はやけに追い込んでくるな。
「答えになってませんよ。まさか、夜の仕事とかしてるんじゃないですよね?それなら尚更帰したくない」
「夜の仕事?」
「キャバクラとか……まさか風俗──」
「ないない!ハケン?的な?だから色んな事をやるし、休みも時間も不規則なんだって」
俺は自身の顔の前で大きく手を振って大袈裟に否定した。
こう言っておくのが一番無難だろう。
「レイさんてあまり自分の事を話さないし、電話もしてくれないから不安です」
スミレは諦めたのか、頭の後ろで両腕を組み、不満そうな顔をした。
話さないんじゃなくて、話せないんだよ。電話だって、レイの時はいいけど、弥生の時なら声でバレるし。
「つまんない話だよ。それに電話は嫌いだから」
「つまらないかどうかを決めるのは俺ですけどね」
ため息混じりに話すあたり、スミレは今、拗ねている。
ベッドでは暴君なくせに、そんなところは子供だなぁ。かわいい。
「いいの。気にしないで。私がスミレを好きな事に変わりはないし、スミレが心配するような事は何もないから」
俺はその場を強引に収め、起き上がって服を着込んでいく。
「……そうそう、レイさん、レイさんに贈り物があるんです」
「贈り物?」
俺はスミレに背を向けたまま生返事を返した。
時間も時間だから早く帰らなきゃ。
俺が仕上げにニーハイを履き終わったタイミングで後ろから首に何か鉄の様な冷たい物を装着された。
ガチッ
「ん?」
今、鍵でも締めるような金属音がしたぞ。
なんだこれ、と俺は首に装着されたそれに触れてみる。
首にジャストサイズ過ぎてよく見えないが、触れた感じ、バンクルみたいな、シルバーの……首輪?
「なにこれ?」
「首輪」
やっぱり。俺は犬か。
スミレが後ろから手鏡を翳し、俺がそれを覗き込むと、何の模様も飾りもないシンプルな首輪(チョーカー?)のような物がはめられていた。
「俺はレイさんの誕生日すら知らないから、今日を誕生日って事にしたんです」
なんか棘のある発言だな。
そう言えば、以前、ヤッてる最中に誕生日を聞かれた事があったが(そんな時に聞くな)ちゃんと答えなかったもんな(答えさせてもらえなかった)
「別にいいのに」
それでも、俺は初めて恋人からもらうプレゼントに感無量だった。
スミレが俺の事を考えて選んでくれた物なんだ、なんか使うのが勿体無いな。この大きさの銀製品なんて、高校生にしてみたら高かっただろう。スミレの事は、何を考えているかわからなかったが、人知れずこんな物を用意してくれるなんて、俺って本当にスミレから想われてるんだな。
「内側にメッセージと、レイさんの名前と、俺の電話番号を彫ってあります」
「なんでスミレの電話番号が?」
「迷子になったら俺に連絡がくるように」
だから、俺は犬か!
「犬じゃないんだから、迷子になんてならないよ」
俺が苦笑いすると、スミレは真剣な眼差しで俺を自分の方に向けた。
「それでも、心配だし、俺の物だって証にしたい」
「うん……私はスミレの物だよ。ありがとう、大切にするね」
互いに見つめ合い、どちらからともなくキスを交わす。
ああ、凄く幸せだ。
このまま時間が止まればいいのに。
俺は薄目で掛け時計を確認し、落胆した。
帰らなきゃ。
カボチャの馬車のお出迎えだ。
俺はぎりぎりで自室に戻り、脱げなくなる前に急いでレディース服を脱ぎ捨て、スミレから貰った首輪に手を掛ける。
そう言えば、首輪の内側にメッセージを彫ってあるとか言ってたけど、何て書いてあるのか聞くの忘れたな、なんて思いながら俺は首輪を引っ張った。
「ん?」
外れない。
俺はおかしいなと思い、継ぎ目らしき所を引っ張ったり、押したり、捻ったりしてみたが、うんともすんとも外れない。
「え?え?」
あと数秒で男に戻るというのに、このままだとレイサイズの首輪が弥生の首に食い込むのではないだろうか?
俺は焦って思い付く限りの方法を試してみたが、全くもって外れない。
そうこうしているうちに俺の変身は解け、弥生の姿に戻ったが、不幸中の幸いか、首の太さはさほど変わらず、窒息するという事はなかった。
「良かった……」
俺は安堵の息を漏らしたが、すぐに大事な事に気が付く。
これが外れないと、俺がレイだってスミレにバレるんじゃないか?
「や、ヤベー、浮かれてる場合じゃなかった!」
俺は首がもげる勢いで首輪を引っ張ったが、やはりびくともしない。それどころか首に赤い炎症が出来た。
「どうしよう……取れない」
正体がバレたら、きっと俺はスミレから幻滅される。
そりゃそうだよな、女とヤッてたはずが、実は男だったなんて、トラウマ級のショックだ。
「ワイヤーとか切るカッターで切断すればいいんだろうけど……」
スミレがせっかく買ってくれたのに、そんな事は命に代えてもしたくない。
「そうだ」
俺は脱ぎ捨てたコートのポケットからスマホを取り出し、レイを装ってスミレにメールした。
『今日はプレゼントどうもありがとう。因みにこの首輪ってどうやって外すの?』
それから間をおかずに彼から返信が来る。
『なんで外すの?』
「ええっ!?」
外さない前提でくれたのか?
征服欲の塊じゃないか。
俺はしばし頭を捻り、それからスラスラとメールを打つ。
『内側のメッセージが見たくて』
『ああ、それは後日直接教えてあげます』
「後日じゃ駄目なんだよーーーっ!!」
俺ははやる気持ちを抑えきれず、スマホ画面を叩きながら文字を打った。
『今すぐ見たい』
「ナウッ!!ナウッ!!」
『すいません、それは外せません』
「ファッ!?」
無情にも、俺の希望は跡形も無く打ち砕かれる。
『外せないって?鍵でも掛かってるの?』
『いえ、とめ金のところが返しになっていて、一度嵌めると外れなくなるんです。すいません、レイさん。もう、大人しく俺の所有物として生きるしかないですね(^^)』
「なっ!?」
絶句。
俺はあまりの絶望に、機種変して間もないスマホを落とすかと思った。
「珍しく顔文字を使ったと思ったら、何が(^^)だよ!」
俺は生まれて初めてスミレに殺意を覚える。
「これだからイケメンは、謝ればなんでも許されると思うなよ。こんなの、最初から確信犯じゃないか」
グダグダ言いつつも、結局はスミレを許してしまうのだから、惚れた弱みってのはマジ恐ろしい。
俺は取り敢えずマッパに首輪のまま、砂山に事の顛末を電話で伝えた。
「──て事なんだけど、俺はどうしたらいい?」
『おお、一生スミレの家畜として生きろ』
「てめ、おもて出ろ」
電話口から砂山の楽しそうな声がして、俺は自分のスマホを握り潰すかと思った。
『あ、俺?俺、今、外にいるよ。てかさ、ふつーによ?これから一生制服の下にタートルネック着てけばいいじゃん?』
「俺に、猛暑もタートルネックを着ろと?死ぬわ。それに制服は一生着るもんじゃない」
『大丈夫、大丈夫、首のとこのだけ切り取って装着して、冷え症のフリでもしとけば大丈夫だって』
「冷え症にも程があるだろ」
『あ、夏は水染み込ませて使う冷却バンダナみたいの巻いとけよ』
「高校生が制服にそんなの巻いてたら浮くわ」
俺は首輪が取れないイライラと、純粋に砂山へのイライラで知らず知らず貧乏揺すりしていた。
『あ、そう。まあ、取り敢えずは当分タートルネックで暮らして、後は暑くなってから考えようぜ』
「お前って、ほんと適度な?」
『おう、因みにブレザーにタートルネックってクソだせーよな?』
プフフと電話の向こうから砂山の笑い声が漏れてきて、俺は奴に相談した事を悔いる。
「お前、登校した時絶対腹抱えて笑うだろ?」
人をからかう事に長けている砂山なら、絶対にそうするだろう。
『笑う』
ほらな。
『冗談だって。今、想像でかなりウケてワンクッションおいたから、当日はそこまでウケない自信ある』
「なんかムカつくな」
『え、なんでー?』
砂山の脳天気な声が耳につく。
こいつ、絶対解ってて聞いてるよな。
「そういうとこ」
『アハッ、今度、相談に乗ったお礼にまたレイちゃんに会わせてよ』
「嫌だよ」
『ね、ね、先っぽだけ、ね?』
「何の話だよ!?」
気付けば、俺はスマホ相手に怒鳴り散らしていた。
『ケチだな。せっかく友達がセクシー女優になったってのに。これを利用しない手はないだろ?』
「セクシー女優にはなってねーよ。たく、お前は友達を変な目で見るな」
『んで、スミレにはヤらせたのか?』
「ヤら……まあ、ボチボチ」
俺はさっきまでの勢いを削がれ、乙女の恥じらいをみせる。
ヤッたヤラないの話は友達同士で盛り上がるものだが、ついさっきまでスミレに抱かれていたせいか、凄く生々しい。
『え、マジで!?どうだった?スミレのデカイ?どういうプレイすんの?完全ノーマルでしょ?あいつ正常位以外知ってんの?あんな仏頂面でクン○とかすんの?終始無言?早漏?遅漏?顔色ひとつ変えずにイッてそうだけど?結論として良かった?』
砂山から矢継ぎ早に質問攻めにあい、俺の頭はパンクした。
「どうでもいいだろ!スミレを馬鹿にすんな。俺は凄く満足してるんだから。因みにスミレの名誉の為に言っておくが、あいつは絶対に早漏じゃないからな」
そしてミル貝だ。
『アハッ、分かった分かった。お前がどれだけスミレを好きかって事は分かった。でもさー弥生』
途中から砂山の声がマジになった気がした。
「なんだよ?」
『スミレの方はどうなんだ?』
「どうって?」
『スミレは本当にお前の事が好きなのかなって』
「そりゃ、始めは姉川レイ推しの延長でレイと付き合ってくれてたかもしれないけど、今はそんなの関係ないって確信してる」
『違う違う、俺はお前の事を言ってるんだよ』
「俺?」
『お前はスミレの事が好きだけど、スミレが好きなのは弥生じゃなくてレイだろ?』
スミレが好きなのは弥生じゃなくてレイ。その言葉が俺の肩に重くのし掛かった。
あれ……俺はてっきり、スミレと付き合って、繋がれて本当に幸せだと思っていたけど、違う。スミレと付き合ってるのは俺じゃない、レイだ。スミレの方は、俺(弥生)と付き合っているつもりなんかはなからない。
胸がザワザワする。
そして砂山は容赦なくとどめの一言を放った。
『弥生、いくらお前がスミレの事を好きでも、スミレが見ているのはレイであって、弥生じゃない。お前とレイは別物だろ?お前はそれでいいのか?』
そうだ、俺は弥生で、レイじゃない。スミレはそんなレイを好きになった訳で、俺の事なんか歯牙にもかけてない。スミレと繋がれて、両想いになれて浮かれていたけど、本当は俺独りだけ置いてけぼりだったんだ。
その時、途方もない孤独が俺を襲った。
『スミレは、もしレイの正体がお前だって知った時、それでも一緒にいてくれるのか?』
……くれないだろう。
騙していた事もそうだが、スミレは男の俺を軽蔑するはずだ。
「でも……バレたら全てが終わる」
スミレと友達ですらいられなくなる。
『だからって、自分を殺して生きてて辛くならない訳がない。レイでいられるのなんてせいぜい3時間だけのまやかしなんだから、あまりのめり込まない方がいいんじゃないのか?俺はお前から事情を聞いた時からずっとその事が心配だったんだ』
砂山がこうもズケズケと厳しく言うのは、友達として本当に俺を想っていてくれてるからだと思う。でも、俺ももう引き返せないところまで来ているのだ。この秘密は墓場まで持って逝くと決めている。
「心配かけてごめん。本当はさ、スミレに姉川レイみたいな彼女を作ってあげたいって祈ったのが始まりで、そこに俺の心はなかったんだ。それが、気付いたら俺の方がスミレを好きになってた。自分がレイのつもりで、姉川レイの身代わりでもいいからって自身を納得させてここまできたんだ。だから、身勝手かもしれないけど、弥生を殺すのもいとわないよ」
そうだ、たとえスミレが俺(弥生)を見ていなくても、片時でも恋人同士でいられるのならば、俺は自我を封印しよう。
『……そっか。ならさ、逆に開き直ってレイはレイとして生きて、お前は弥生として彼女を作ればいいじゃん』
「彼女?」
そんなの、考えた事もなかった。
「浮気にならないの?」
別に俺は彼女なんて欲しくなかったが、想像したらスミレに対して後ろめたい気持ちになった。
『レイと弥生は別物だろ?そもそもスミレはレイしか見てないんだから、弥生は弥生で彼女を作ったってバチは当たらないよ』
『誰か紹介してやろうか?』と砂山に気を遣われたが、俺は曖昧な返事でうやむやなままに電話を切った。
「彼女か……でも俺は、たった3時間、レイとしてしかスミレに愛されなくても、充分に幸せだ」
──と、自分に言い聞かせた。
そう、性行というより、犯されたという表現が適切だと思う。基本的にスミレは攻めの一手で、俺を快楽に溺れさせて楽しんでいる。仮に俺が何かしてあげる時は、必ず命令を受けて無理な事をやらされる時だけ。因みにその命に背くと、辱めという罰を受ける。そんな時、俺はスミレが二重人格なんじゃないかと心配になるのだ。普段はお堅くて品行方正なスミレが、どうしてここまで残酷になれるのか、理解し難い。
でも、そんなスミレの事が好きで仕方ないのだから、俺も大概だ。スミレの家に行く時は、扇情的な色っぽい格好をする事が多いし。
そんなこんなで今日もスミレの部屋に遊びに来ているのだが……
「レイさん、今度の連休、何処か温泉にでも旅行に行きませんか?」
情事の後、スミレが俺に腕枕しながらいきなりそんな事を切り出した。
「り、旅行……?」
俺はドキッとして歯切れが悪くなる。
「はい。レイさんにはいつも無理をさせているので、温泉でゆっくり体を癒やしてもらおうかなって」
……泊まりなら、温泉でもヤル気だろ。
しかし俺はそんな事よりもエビフライの時間制限の方が気掛かりだった。
「え~っと、その日は多分仕事だから」
俺は自身の口に人差し指を当ててすっとぼけるも、スミレの追及の手は緩まない。
「じゃあ、レイさんの都合のいい日に合わせます」
「でも、なかなか不規則な仕事だから……近所の銭湯とかは?」
俺だってスミレと温泉旅行したいが、3時間弱でなんとかなる所なんて、それくらいのもんだ。
「銭湯って、2人で行く意味あります?俺はレイさんと内風呂でゆっくりしたいんです」
「そうだね。私もそうしたいんだけど、仕事がね……」
俺がチラッと壁の掛け時計を確認し、ベッド下にある脱ぎ捨てた衣服に手を伸ばすと、それを阻む様に下敷きになったスミレの手が俺の二の腕を引き止める。
「……今日はもう遅いから、泊まっていって下さい」
そう言って強く二の腕を掴んできたスミレの目がマジ過ぎて、俺は彼に疑惑の目を向けられているのではないかと気が気ではなかった。
試されてる?
まさかな……
「いや、電車もまだ全然あるし、お家の人に悪いから帰るね」
本当はすぐ隣に住んでるけどね。
「お家の人は数日留守にするんで大丈夫です。だから旅行に行けない分、今夜は一緒にいてくれませんか?」
スミレの奴、俺の良心の呵責を逆手に取ったな。
「こ、これから仕事があるから」
俺は構わずに床からパンツを拾い上げた。
早くこの場から立ち去らなければ、針のむしろじゃないか。
「仕事ってなんの?」
「えっ、なんのって……や、夜勤?」
レイの職業まで設定してなかったー!
スミレの奴、今日はやけに追い込んでくるな。
「答えになってませんよ。まさか、夜の仕事とかしてるんじゃないですよね?それなら尚更帰したくない」
「夜の仕事?」
「キャバクラとか……まさか風俗──」
「ないない!ハケン?的な?だから色んな事をやるし、休みも時間も不規則なんだって」
俺は自身の顔の前で大きく手を振って大袈裟に否定した。
こう言っておくのが一番無難だろう。
「レイさんてあまり自分の事を話さないし、電話もしてくれないから不安です」
スミレは諦めたのか、頭の後ろで両腕を組み、不満そうな顔をした。
話さないんじゃなくて、話せないんだよ。電話だって、レイの時はいいけど、弥生の時なら声でバレるし。
「つまんない話だよ。それに電話は嫌いだから」
「つまらないかどうかを決めるのは俺ですけどね」
ため息混じりに話すあたり、スミレは今、拗ねている。
ベッドでは暴君なくせに、そんなところは子供だなぁ。かわいい。
「いいの。気にしないで。私がスミレを好きな事に変わりはないし、スミレが心配するような事は何もないから」
俺はその場を強引に収め、起き上がって服を着込んでいく。
「……そうそう、レイさん、レイさんに贈り物があるんです」
「贈り物?」
俺はスミレに背を向けたまま生返事を返した。
時間も時間だから早く帰らなきゃ。
俺が仕上げにニーハイを履き終わったタイミングで後ろから首に何か鉄の様な冷たい物を装着された。
ガチッ
「ん?」
今、鍵でも締めるような金属音がしたぞ。
なんだこれ、と俺は首に装着されたそれに触れてみる。
首にジャストサイズ過ぎてよく見えないが、触れた感じ、バンクルみたいな、シルバーの……首輪?
「なにこれ?」
「首輪」
やっぱり。俺は犬か。
スミレが後ろから手鏡を翳し、俺がそれを覗き込むと、何の模様も飾りもないシンプルな首輪(チョーカー?)のような物がはめられていた。
「俺はレイさんの誕生日すら知らないから、今日を誕生日って事にしたんです」
なんか棘のある発言だな。
そう言えば、以前、ヤッてる最中に誕生日を聞かれた事があったが(そんな時に聞くな)ちゃんと答えなかったもんな(答えさせてもらえなかった)
「別にいいのに」
それでも、俺は初めて恋人からもらうプレゼントに感無量だった。
スミレが俺の事を考えて選んでくれた物なんだ、なんか使うのが勿体無いな。この大きさの銀製品なんて、高校生にしてみたら高かっただろう。スミレの事は、何を考えているかわからなかったが、人知れずこんな物を用意してくれるなんて、俺って本当にスミレから想われてるんだな。
「内側にメッセージと、レイさんの名前と、俺の電話番号を彫ってあります」
「なんでスミレの電話番号が?」
「迷子になったら俺に連絡がくるように」
だから、俺は犬か!
「犬じゃないんだから、迷子になんてならないよ」
俺が苦笑いすると、スミレは真剣な眼差しで俺を自分の方に向けた。
「それでも、心配だし、俺の物だって証にしたい」
「うん……私はスミレの物だよ。ありがとう、大切にするね」
互いに見つめ合い、どちらからともなくキスを交わす。
ああ、凄く幸せだ。
このまま時間が止まればいいのに。
俺は薄目で掛け時計を確認し、落胆した。
帰らなきゃ。
カボチャの馬車のお出迎えだ。
俺はぎりぎりで自室に戻り、脱げなくなる前に急いでレディース服を脱ぎ捨て、スミレから貰った首輪に手を掛ける。
そう言えば、首輪の内側にメッセージを彫ってあるとか言ってたけど、何て書いてあるのか聞くの忘れたな、なんて思いながら俺は首輪を引っ張った。
「ん?」
外れない。
俺はおかしいなと思い、継ぎ目らしき所を引っ張ったり、押したり、捻ったりしてみたが、うんともすんとも外れない。
「え?え?」
あと数秒で男に戻るというのに、このままだとレイサイズの首輪が弥生の首に食い込むのではないだろうか?
俺は焦って思い付く限りの方法を試してみたが、全くもって外れない。
そうこうしているうちに俺の変身は解け、弥生の姿に戻ったが、不幸中の幸いか、首の太さはさほど変わらず、窒息するという事はなかった。
「良かった……」
俺は安堵の息を漏らしたが、すぐに大事な事に気が付く。
これが外れないと、俺がレイだってスミレにバレるんじゃないか?
「や、ヤベー、浮かれてる場合じゃなかった!」
俺は首がもげる勢いで首輪を引っ張ったが、やはりびくともしない。それどころか首に赤い炎症が出来た。
「どうしよう……取れない」
正体がバレたら、きっと俺はスミレから幻滅される。
そりゃそうだよな、女とヤッてたはずが、実は男だったなんて、トラウマ級のショックだ。
「ワイヤーとか切るカッターで切断すればいいんだろうけど……」
スミレがせっかく買ってくれたのに、そんな事は命に代えてもしたくない。
「そうだ」
俺は脱ぎ捨てたコートのポケットからスマホを取り出し、レイを装ってスミレにメールした。
『今日はプレゼントどうもありがとう。因みにこの首輪ってどうやって外すの?』
それから間をおかずに彼から返信が来る。
『なんで外すの?』
「ええっ!?」
外さない前提でくれたのか?
征服欲の塊じゃないか。
俺はしばし頭を捻り、それからスラスラとメールを打つ。
『内側のメッセージが見たくて』
『ああ、それは後日直接教えてあげます』
「後日じゃ駄目なんだよーーーっ!!」
俺ははやる気持ちを抑えきれず、スマホ画面を叩きながら文字を打った。
『今すぐ見たい』
「ナウッ!!ナウッ!!」
『すいません、それは外せません』
「ファッ!?」
無情にも、俺の希望は跡形も無く打ち砕かれる。
『外せないって?鍵でも掛かってるの?』
『いえ、とめ金のところが返しになっていて、一度嵌めると外れなくなるんです。すいません、レイさん。もう、大人しく俺の所有物として生きるしかないですね(^^)』
「なっ!?」
絶句。
俺はあまりの絶望に、機種変して間もないスマホを落とすかと思った。
「珍しく顔文字を使ったと思ったら、何が(^^)だよ!」
俺は生まれて初めてスミレに殺意を覚える。
「これだからイケメンは、謝ればなんでも許されると思うなよ。こんなの、最初から確信犯じゃないか」
グダグダ言いつつも、結局はスミレを許してしまうのだから、惚れた弱みってのはマジ恐ろしい。
俺は取り敢えずマッパに首輪のまま、砂山に事の顛末を電話で伝えた。
「──て事なんだけど、俺はどうしたらいい?」
『おお、一生スミレの家畜として生きろ』
「てめ、おもて出ろ」
電話口から砂山の楽しそうな声がして、俺は自分のスマホを握り潰すかと思った。
『あ、俺?俺、今、外にいるよ。てかさ、ふつーによ?これから一生制服の下にタートルネック着てけばいいじゃん?』
「俺に、猛暑もタートルネックを着ろと?死ぬわ。それに制服は一生着るもんじゃない」
『大丈夫、大丈夫、首のとこのだけ切り取って装着して、冷え症のフリでもしとけば大丈夫だって』
「冷え症にも程があるだろ」
『あ、夏は水染み込ませて使う冷却バンダナみたいの巻いとけよ』
「高校生が制服にそんなの巻いてたら浮くわ」
俺は首輪が取れないイライラと、純粋に砂山へのイライラで知らず知らず貧乏揺すりしていた。
『あ、そう。まあ、取り敢えずは当分タートルネックで暮らして、後は暑くなってから考えようぜ』
「お前って、ほんと適度な?」
『おう、因みにブレザーにタートルネックってクソだせーよな?』
プフフと電話の向こうから砂山の笑い声が漏れてきて、俺は奴に相談した事を悔いる。
「お前、登校した時絶対腹抱えて笑うだろ?」
人をからかう事に長けている砂山なら、絶対にそうするだろう。
『笑う』
ほらな。
『冗談だって。今、想像でかなりウケてワンクッションおいたから、当日はそこまでウケない自信ある』
「なんかムカつくな」
『え、なんでー?』
砂山の脳天気な声が耳につく。
こいつ、絶対解ってて聞いてるよな。
「そういうとこ」
『アハッ、今度、相談に乗ったお礼にまたレイちゃんに会わせてよ』
「嫌だよ」
『ね、ね、先っぽだけ、ね?』
「何の話だよ!?」
気付けば、俺はスマホ相手に怒鳴り散らしていた。
『ケチだな。せっかく友達がセクシー女優になったってのに。これを利用しない手はないだろ?』
「セクシー女優にはなってねーよ。たく、お前は友達を変な目で見るな」
『んで、スミレにはヤらせたのか?』
「ヤら……まあ、ボチボチ」
俺はさっきまでの勢いを削がれ、乙女の恥じらいをみせる。
ヤッたヤラないの話は友達同士で盛り上がるものだが、ついさっきまでスミレに抱かれていたせいか、凄く生々しい。
『え、マジで!?どうだった?スミレのデカイ?どういうプレイすんの?完全ノーマルでしょ?あいつ正常位以外知ってんの?あんな仏頂面でクン○とかすんの?終始無言?早漏?遅漏?顔色ひとつ変えずにイッてそうだけど?結論として良かった?』
砂山から矢継ぎ早に質問攻めにあい、俺の頭はパンクした。
「どうでもいいだろ!スミレを馬鹿にすんな。俺は凄く満足してるんだから。因みにスミレの名誉の為に言っておくが、あいつは絶対に早漏じゃないからな」
そしてミル貝だ。
『アハッ、分かった分かった。お前がどれだけスミレを好きかって事は分かった。でもさー弥生』
途中から砂山の声がマジになった気がした。
「なんだよ?」
『スミレの方はどうなんだ?』
「どうって?」
『スミレは本当にお前の事が好きなのかなって』
「そりゃ、始めは姉川レイ推しの延長でレイと付き合ってくれてたかもしれないけど、今はそんなの関係ないって確信してる」
『違う違う、俺はお前の事を言ってるんだよ』
「俺?」
『お前はスミレの事が好きだけど、スミレが好きなのは弥生じゃなくてレイだろ?』
スミレが好きなのは弥生じゃなくてレイ。その言葉が俺の肩に重くのし掛かった。
あれ……俺はてっきり、スミレと付き合って、繋がれて本当に幸せだと思っていたけど、違う。スミレと付き合ってるのは俺じゃない、レイだ。スミレの方は、俺(弥生)と付き合っているつもりなんかはなからない。
胸がザワザワする。
そして砂山は容赦なくとどめの一言を放った。
『弥生、いくらお前がスミレの事を好きでも、スミレが見ているのはレイであって、弥生じゃない。お前とレイは別物だろ?お前はそれでいいのか?』
そうだ、俺は弥生で、レイじゃない。スミレはそんなレイを好きになった訳で、俺の事なんか歯牙にもかけてない。スミレと繋がれて、両想いになれて浮かれていたけど、本当は俺独りだけ置いてけぼりだったんだ。
その時、途方もない孤独が俺を襲った。
『スミレは、もしレイの正体がお前だって知った時、それでも一緒にいてくれるのか?』
……くれないだろう。
騙していた事もそうだが、スミレは男の俺を軽蔑するはずだ。
「でも……バレたら全てが終わる」
スミレと友達ですらいられなくなる。
『だからって、自分を殺して生きてて辛くならない訳がない。レイでいられるのなんてせいぜい3時間だけのまやかしなんだから、あまりのめり込まない方がいいんじゃないのか?俺はお前から事情を聞いた時からずっとその事が心配だったんだ』
砂山がこうもズケズケと厳しく言うのは、友達として本当に俺を想っていてくれてるからだと思う。でも、俺ももう引き返せないところまで来ているのだ。この秘密は墓場まで持って逝くと決めている。
「心配かけてごめん。本当はさ、スミレに姉川レイみたいな彼女を作ってあげたいって祈ったのが始まりで、そこに俺の心はなかったんだ。それが、気付いたら俺の方がスミレを好きになってた。自分がレイのつもりで、姉川レイの身代わりでもいいからって自身を納得させてここまできたんだ。だから、身勝手かもしれないけど、弥生を殺すのもいとわないよ」
そうだ、たとえスミレが俺(弥生)を見ていなくても、片時でも恋人同士でいられるのならば、俺は自我を封印しよう。
『……そっか。ならさ、逆に開き直ってレイはレイとして生きて、お前は弥生として彼女を作ればいいじゃん』
「彼女?」
そんなの、考えた事もなかった。
「浮気にならないの?」
別に俺は彼女なんて欲しくなかったが、想像したらスミレに対して後ろめたい気持ちになった。
『レイと弥生は別物だろ?そもそもスミレはレイしか見てないんだから、弥生は弥生で彼女を作ったってバチは当たらないよ』
『誰か紹介してやろうか?』と砂山に気を遣われたが、俺は曖昧な返事でうやむやなままに電話を切った。
「彼女か……でも俺は、たった3時間、レイとしてしかスミレに愛されなくても、充分に幸せだ」
──と、自分に言い聞かせた。
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