悪役推し令嬢はこじらせ男子を攻略したい

福北ヒトデ

文字の大きさ
10 / 63
第一章 アレクシス攻略

愛すべき弟とその婚約者(クリスティアン視点)・2

しおりを挟む
「アレク、勝負の日取りは三日後で問題ないよね?」

 夕食後はアレクシスと直接会話ができる貴重な時間だ。
 食事を終えて、退席しようとするアレクシスの肩に手を置き、僕は話しかける。

「兄上……。ああ、はい。三日後で問題ありません」

 やけにうつろな表情で、アレクシスは肯定した。
 心ここにあらずといった様子だ。とても勝負を挑んできた相手の姿とは思えない。

「おや。ひどく疲れているようだね。なにかあったのかい?」
「どうもこうも、ルシールのやつが……」
「? ルシール嬢がどうかしたのかな?」
「あ! いえ、あの……なんでもありません!」

 アレクシスはハッとして、口をつむぐ。
 どうやら僕に知られてはならないことのようだ。気になるけれど、無理に秘密を暴こうとすれば、アレクシスに嫌われてしまう。
 自制心を総動員して僕は微笑むと、逃げるように退散していくアレクシスの後ろ姿を見送った。

「……ルシール嬢、か」

 僕は、先日会ったばかりのルシール・ギルグッドを思い出す。
 長い黒髪に琥珀色の瞳を持つ美しい少女。一見普通の貴族令嬢のようだったが、なぜか初対面で、人を虫でも見るかのような表情で見つめてきた変わった女性だ。
 好意でも敵意でもなく、気持ち悪さを感じているような対応をされるのは初めての経験で、妙に印象に残っている。

 そういえば、今回の勝負もルシールからの提案ではなかっただろうか。
 なんだか面白そうなことをしている予感が、僕の脳裏をよぎる。
 早速コンラッドに調べるよう言っておこうと心に決め、僕も食堂を後にした。

***

 僕の側近であり、諜報を担当しているコンラッドは優秀だった。就寝前には、一連の流れが報告された。

 どうも今回の勝負は、卑屈になっているアレクシスを見かねて、ルシールが提案したものらしい。それも自分の婚約者を王位に押し上げたいなどの理由でなく、純粋にアレクシスを心配した心から出たものだそうだ。自分の利を優先するのが当たり前の貴族としては、かなり珍しい。
 しかもアレクシスを言葉でなぐさめるのではなく、勉強を通じて、僕に勝利させようとしているのだ。いったいどんな生活をすれば、そんな貴族令嬢が生まれるのだろうか。

「最近ルシール嬢が城に出入りしているのは、そういった理由だったんだね」
「はい。アレクシス様は現在、婚約者であるルシール様と、勉強合宿をされているようです」

 聞き慣れない単語に、僕は首を傾げる。

「勉強はわかるけれど……合宿とはなんだい? 聞いたことがないな」
「曖昧な点も多いのですが、どうやら訓練の形式の一種のようですね」

 コンラッドが珍しく歯切れの悪い言い方をする。ルシールの言葉には耳慣れないものが多くて、把握が難しいそうだ。

「あとは侍女からの報告ですが、アレクシス様が夜な夜な独り言を唱えているそうです」
「独り言? どんなものかな」
「サンサンワキュウや、ナナニジューシといったものだそうです。ところどころ数字らしきものが混ざっているので、勉強の一環ではないかと思うのですが……」

 まるで呪文のような単語の羅列から、僕はある推測を立てた。

「ああ、おそらくかけ算ではないかな」
「かけ算?」
「三と三をかけると九になるだろう。七と二をかければ十四だ。おそらく暗記して、計算の速度を上げるための訓練だと思うよ」
「……なるほど。そのような訓練方法があるのですね」

 真面目な顔をして、コンラッドがうなずいている。けれど、そんな訓練方法は僕も聞いたことがない。同じく城で育ったアレクシスやその侍従も同様だろう。
 おそらくルシールからの入れ知恵だとは思うが、だとしたら彼女はいったいどこでそんな勉強法を知ったのか。興味は尽きない。

「ふふっ」

 思わず笑みがこぼれる。
 それを目撃したコンラッドは、嫌そうに顔をしかめた。

「殿下がそのようにお笑いになると、気味が悪いですね」
「気味が悪いとはなんだい。僕だって十歳の子どもだよ。笑うことぐらいある」
「……そういえばそうでした。殿下はとても大人びていらっしゃるので、つい失念していたようです」

 お前のどこが十歳の子どもだ、と遠回しに皮肉を言うコンラッドを無視して、僕は三日後の勝負に思いを馳せる。

 およそ常人らしい発想をしないルシールと、どこまでも純粋に吸収するアレクシス。
 二人はいったいどんな勝負を挑んでくるのだろう。まるで予想がつかない未来に、僕の心は弾んでいく。

「ああ、早く勝負してみたいな。こんなに約束の日が待ち遠しいのは初めてだよ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...