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第一章 アレクシス攻略
愛すべき弟とその婚約者(クリスティアン視点)・2
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「アレク、勝負の日取りは三日後で問題ないよね?」
夕食後はアレクシスと直接会話ができる貴重な時間だ。
食事を終えて、退席しようとするアレクシスの肩に手を置き、僕は話しかける。
「兄上……。ああ、はい。三日後で問題ありません」
やけにうつろな表情で、アレクシスは肯定した。
心ここにあらずといった様子だ。とても勝負を挑んできた相手の姿とは思えない。
「おや。ひどく疲れているようだね。なにかあったのかい?」
「どうもこうも、ルシールのやつが……」
「? ルシール嬢がどうかしたのかな?」
「あ! いえ、あの……なんでもありません!」
アレクシスはハッとして、口をつむぐ。
どうやら僕に知られてはならないことのようだ。気になるけれど、無理に秘密を暴こうとすれば、アレクシスに嫌われてしまう。
自制心を総動員して僕は微笑むと、逃げるように退散していくアレクシスの後ろ姿を見送った。
「……ルシール嬢、か」
僕は、先日会ったばかりのルシール・ギルグッドを思い出す。
長い黒髪に琥珀色の瞳を持つ美しい少女。一見普通の貴族令嬢のようだったが、なぜか初対面で、人を虫でも見るかのような表情で見つめてきた変わった女性だ。
好意でも敵意でもなく、気持ち悪さを感じているような対応をされるのは初めての経験で、妙に印象に残っている。
そういえば、今回の勝負もルシールからの提案ではなかっただろうか。
なんだか面白そうなことをしている予感が、僕の脳裏をよぎる。
早速コンラッドに調べるよう言っておこうと心に決め、僕も食堂を後にした。
***
僕の側近であり、諜報を担当しているコンラッドは優秀だった。就寝前には、一連の流れが報告された。
どうも今回の勝負は、卑屈になっているアレクシスを見かねて、ルシールが提案したものらしい。それも自分の婚約者を王位に押し上げたいなどの理由でなく、純粋にアレクシスを心配した心から出たものだそうだ。自分の利を優先するのが当たり前の貴族としては、かなり珍しい。
しかもアレクシスを言葉でなぐさめるのではなく、勉強を通じて、僕に勝利させようとしているのだ。いったいどんな生活をすれば、そんな貴族令嬢が生まれるのだろうか。
「最近ルシール嬢が城に出入りしているのは、そういった理由だったんだね」
「はい。アレクシス様は現在、婚約者であるルシール様と、勉強合宿をされているようです」
聞き慣れない単語に、僕は首を傾げる。
「勉強はわかるけれど……合宿とはなんだい? 聞いたことがないな」
「曖昧な点も多いのですが、どうやら訓練の形式の一種のようですね」
コンラッドが珍しく歯切れの悪い言い方をする。ルシールの言葉には耳慣れないものが多くて、把握が難しいそうだ。
「あとは侍女からの報告ですが、アレクシス様が夜な夜な独り言を唱えているそうです」
「独り言? どんなものかな」
「サンサンワキュウや、ナナニジューシといったものだそうです。ところどころ数字らしきものが混ざっているので、勉強の一環ではないかと思うのですが……」
まるで呪文のような単語の羅列から、僕はある推測を立てた。
「ああ、おそらくかけ算ではないかな」
「かけ算?」
「三と三をかけると九になるだろう。七と二をかければ十四だ。おそらく暗記して、計算の速度を上げるための訓練だと思うよ」
「……なるほど。そのような訓練方法があるのですね」
真面目な顔をして、コンラッドがうなずいている。けれど、そんな訓練方法は僕も聞いたことがない。同じく城で育ったアレクシスやその侍従も同様だろう。
おそらくルシールからの入れ知恵だとは思うが、だとしたら彼女はいったいどこでそんな勉強法を知ったのか。興味は尽きない。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
それを目撃したコンラッドは、嫌そうに顔をしかめた。
「殿下がそのようにお笑いになると、気味が悪いですね」
「気味が悪いとはなんだい。僕だって十歳の子どもだよ。笑うことぐらいある」
「……そういえばそうでした。殿下はとても大人びていらっしゃるので、つい失念していたようです」
お前のどこが十歳の子どもだ、と遠回しに皮肉を言うコンラッドを無視して、僕は三日後の勝負に思いを馳せる。
およそ常人らしい発想をしないルシールと、どこまでも純粋に吸収するアレクシス。
二人はいったいどんな勝負を挑んでくるのだろう。まるで予想がつかない未来に、僕の心は弾んでいく。
「ああ、早く勝負してみたいな。こんなに約束の日が待ち遠しいのは初めてだよ」
夕食後はアレクシスと直接会話ができる貴重な時間だ。
食事を終えて、退席しようとするアレクシスの肩に手を置き、僕は話しかける。
「兄上……。ああ、はい。三日後で問題ありません」
やけにうつろな表情で、アレクシスは肯定した。
心ここにあらずといった様子だ。とても勝負を挑んできた相手の姿とは思えない。
「おや。ひどく疲れているようだね。なにかあったのかい?」
「どうもこうも、ルシールのやつが……」
「? ルシール嬢がどうかしたのかな?」
「あ! いえ、あの……なんでもありません!」
アレクシスはハッとして、口をつむぐ。
どうやら僕に知られてはならないことのようだ。気になるけれど、無理に秘密を暴こうとすれば、アレクシスに嫌われてしまう。
自制心を総動員して僕は微笑むと、逃げるように退散していくアレクシスの後ろ姿を見送った。
「……ルシール嬢、か」
僕は、先日会ったばかりのルシール・ギルグッドを思い出す。
長い黒髪に琥珀色の瞳を持つ美しい少女。一見普通の貴族令嬢のようだったが、なぜか初対面で、人を虫でも見るかのような表情で見つめてきた変わった女性だ。
好意でも敵意でもなく、気持ち悪さを感じているような対応をされるのは初めての経験で、妙に印象に残っている。
そういえば、今回の勝負もルシールからの提案ではなかっただろうか。
なんだか面白そうなことをしている予感が、僕の脳裏をよぎる。
早速コンラッドに調べるよう言っておこうと心に決め、僕も食堂を後にした。
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僕の側近であり、諜報を担当しているコンラッドは優秀だった。就寝前には、一連の流れが報告された。
どうも今回の勝負は、卑屈になっているアレクシスを見かねて、ルシールが提案したものらしい。それも自分の婚約者を王位に押し上げたいなどの理由でなく、純粋にアレクシスを心配した心から出たものだそうだ。自分の利を優先するのが当たり前の貴族としては、かなり珍しい。
しかもアレクシスを言葉でなぐさめるのではなく、勉強を通じて、僕に勝利させようとしているのだ。いったいどんな生活をすれば、そんな貴族令嬢が生まれるのだろうか。
「最近ルシール嬢が城に出入りしているのは、そういった理由だったんだね」
「はい。アレクシス様は現在、婚約者であるルシール様と、勉強合宿をされているようです」
聞き慣れない単語に、僕は首を傾げる。
「勉強はわかるけれど……合宿とはなんだい? 聞いたことがないな」
「曖昧な点も多いのですが、どうやら訓練の形式の一種のようですね」
コンラッドが珍しく歯切れの悪い言い方をする。ルシールの言葉には耳慣れないものが多くて、把握が難しいそうだ。
「あとは侍女からの報告ですが、アレクシス様が夜な夜な独り言を唱えているそうです」
「独り言? どんなものかな」
「サンサンワキュウや、ナナニジューシといったものだそうです。ところどころ数字らしきものが混ざっているので、勉強の一環ではないかと思うのですが……」
まるで呪文のような単語の羅列から、僕はある推測を立てた。
「ああ、おそらくかけ算ではないかな」
「かけ算?」
「三と三をかけると九になるだろう。七と二をかければ十四だ。おそらく暗記して、計算の速度を上げるための訓練だと思うよ」
「……なるほど。そのような訓練方法があるのですね」
真面目な顔をして、コンラッドがうなずいている。けれど、そんな訓練方法は僕も聞いたことがない。同じく城で育ったアレクシスやその侍従も同様だろう。
おそらくルシールからの入れ知恵だとは思うが、だとしたら彼女はいったいどこでそんな勉強法を知ったのか。興味は尽きない。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
それを目撃したコンラッドは、嫌そうに顔をしかめた。
「殿下がそのようにお笑いになると、気味が悪いですね」
「気味が悪いとはなんだい。僕だって十歳の子どもだよ。笑うことぐらいある」
「……そういえばそうでした。殿下はとても大人びていらっしゃるので、つい失念していたようです」
お前のどこが十歳の子どもだ、と遠回しに皮肉を言うコンラッドを無視して、僕は三日後の勝負に思いを馳せる。
およそ常人らしい発想をしないルシールと、どこまでも純粋に吸収するアレクシス。
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「ああ、早く勝負してみたいな。こんなに約束の日が待ち遠しいのは初めてだよ」
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