悪役推し令嬢はこじらせ男子を攻略したい

福北ヒトデ

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第二章 カイ攻略

騎士の誓い

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 剣術大会の二日前、側近退任の是非を決めるため、アレクシスはカイを自室へ招集した。

 この場にいるのは、当事者としてアレクシスとカイ、側近代表としてヴィンセント、情報提供者のクリスティアン王子、そして調査隊代表として私の五人だけである。

 やってきたカイは、以前見たときよりも落ち着いていたが、それでも目の下にはひどい隈がべったりとこびりついている。
 その上の瞳だけが、覚悟を決めたように、鈍い炎を揺らめかせていた。

 アレクシスは、カイが正面に立つのを確認して、カイに問いかける。

「カイ、今一度聞く。お前は俺の側近を辞めたいと言ったな。今でも気持ちは変わらないか」
「はい。覚悟はできてます」
「始めに言っておくぞ。俺は王族のために働く気のない者を、側近として扱う気はない」
「はい」

 カイの言葉に迷いはない。
 その様子に、アレクシスがわかるかわからないか程度、かすかに眉をひそめる。

 カイのたたずまいは、まるで死刑を待つ罪人のようだった。
 あまりにも痛々しい姿に、私の胸の中で、ちくりと痛みが走る。

 けれど、このままでいいはずがない。
 私がアレクシスを一瞥すると、アレクシスは咳払いして、うなずいた。

「だがルシールから、お前を側近から外す前に、確認したいことがあるそうだ。そうだな、ルシール」
「はい、アレクシス王子」

 アレクシスに呼ばれ、私は一歩前に出る。このやりとりは、あらかじめ決められていた。
 私はカイの斜め前に立つと、とっとと本題に入ることにする。

「単刀直入に聞きます。カイ、あなたはブラッドから剣術大会でわざと負けるように頼まれましたね」
「な!?」
「あなたはブラッドの願いを聞き、負けを約束した。そして大会が終わった際には、すべての罪を自分が被って、学院を退学するつもりだった。だから迷惑をかける前に、アレクシス王子の側近を辞めたい。そうですね?」
「……っ、それは」

 隠していたはずのことを次々と言い当てられ、カイが目を大きく見開いたあと、視線をさまよわせる。
 どうすればうまく誤魔化すことができるか、必死に考えているのだろう。
 だが、咄嗟にうまい言い訳が思い浮かぶほど、カイは口達者ではない。

 私は小さくため息をついた。

「……ブラッドから口止めされているようですね」
「ち、違う! おれが勝手に……っ」

 カイは慌てて否定しようとするが、その様子を見れば、カイがブラッドを庇っていることは誰の目にも明らかだった。
 カイの方も、言い訳すればしようとするほど墓穴を掘ってしまうことに気づき、余計になにも言えなくなってしまう。

「まあ、いいです。その様子を見れば、だいたいの答え合わせはできました」
「そんな……ま、待ってくれ!」

 カイが私を引き留める。

「か、仮に……ブラッドがおれに負けるよう頼んだとして、どうしておれがそれを受け入れるんです? おれが負けなきゃいけない理由なんて、なにも……」

 やはり、そう来たか。
 カイがわざと負ける理由、それがずっとわからなかった。

 カイの性格からして、たとえ八百長を持ちかけられても、まずはブラッドを説得しようとするはずだ。正義感の強いカイが、不正をしようとしている友人を止めようとしないはずがない。

 けれど、その理由はクリスティアンからの情報で、すべて明らかになった。
 これ以上、引き延ばしても仕方がない。
 私はカイにハッキリと告げる。

「ブラッドの母親は、重い病気にかかっているそうですね。それも何年もかけて治療を受けないと、完治させることができないほどの病気に」
「どうしてそれを!?」
「あなたは王族の情報収集力を甘く見すぎです」

 本当はクリスティアン王子が調べてくれたので、どうやって知ったのか私も知らないのだが、そこは問題ではない。

「ブラッドは母親に治療を受けさせるため、どうしても剣術大会を優勝したかった。『もし大会で優勝できるほどの実力者なら自分の下で働け。その代わりに母親を医者に診せてやる』と、ある親切な貴族からの申し出があったそうですね」

 私は尋ねるが、カイの答えはない。
 けれど、その驚愕に満ちた表情がすべてを物語る。

「あなたとブラッドは、母親の病気の治療のために、剣術大会で不正を行おうとしていたんです。違いますか」
「…………」
「カイ、もう一度聞きます。あなたは本当に側近を辞めたいですか? 自分がすべての罪を被りさえすれば、それでいいと本気で思っているんですか?」

 私の質問にカイはうつむき、沈黙を重ねる。

 どれほど時間がたっただろうか。
 震えて消え入りそうな声が、「……って」とだけ聞こえる。

 私が耳を澄ますと、次の瞬間カイが怒りに身を任せて、大声で激高した。

「だって、どうしようもないじゃないか!」

 一度吐き出した想いは止まらない。
 カイは相手が王族や上級貴族であることも気にせず、荒い言葉でこれまでずっと秘めてきた本音を語り出した。

「おれ……おれだって、他に道があればそうしてた! けど、おれは知ってる。ブラッドが女手一つで育ててきた母親を、誰より大切にしているんだ。そのために必死に剣の腕を磨いて、いつか近衛騎士になるんだって。その稼いだ金で、母さんを治してやるんだって……ずっと、ずっと……!」

 そこまで叫んだカイは、急に涙ぐむ。

「でも、おばさんはもう……おれたちが大きくなるまで、保たないって聞いて……」

 最後の方は、かすれて聞き取れないほど、小さな声になっていった。
 うつむくカイに、私たちがどう声をかけたものかと迷っていると、カイはきつく拳を握りながら、言葉をしぼり出す。

「不正が悪いことぐらい、おれだってわかってる。……でも、他にどうすればよかったんだ? うちは生きていくのがやっとの貧乏男爵の身だ。金もない、医者の伝手だってない! 見殺しにしろって言うのか!? 今にも死にそうな人の前で『金がないんだ。仕方ない』なんて、言えるわけがないだろう!」

 悲痛な叫びだった。
 この数日間、カイはずっと悩み続けていたのだろう。
 誰に頼ることもなく、たった一人で、すべての罪を抱えて。

「おれが……おれさえ我慢すれば、全部うまくいくんだ……。だから、もう終わりに……」
「カイ!」

 突然、ヴィンセントが叫んだ。
 その声に顔を上げたカイが、咄嗟に剣を握る。

 キン! と金属同士がこすれ合う音が聞こえた。
 突如斬りかかったアレクシスの剣を、カイが受け止めたのだ。

「……止めたか。ここ数日訓練をさぼっても、腕は落ちていないようだな」

 アレクシスは呆れと安心の混ざった奇妙な声色でそう言うと、カイに剣を止められたことをまるで不思議に思っていない様子で、ごく自然に剣を収める。

 反対に、突如襲われたカイの方は、目を白黒させていた。

「あの……アレクシス、様……?」

 咄嗟に攻撃を防いだのが、正解なのか、不正解なのか。
 そもそもなんのために襲われたのかもわからないカイが、不思議そうにアレクシスの名を呼ぶ。

 だが、アレクシスの方は深く説明するつもりはないらしい。
 わずかに乱れた衣服を直すと、カイの真正面に立ち、冷たく宣言する。

「カイ、俺は王族だ。俺の金も側近も、国の財産になる。側近ですらないブラッドのために、一度ならまだしも、何年も医者に診せてやることはできない」
「……わかって、ます」

 悔しそうにカイがうなずく。
 きっとそれがわかっていたから、カイはアレクシスに相談しなかったのだろう。

「だがカイ、お前は俺の側近だ。俺には、俺の側近を守る義務がある」
「……え?」
「妙な話だとは思わなかったか? 突然現れた親切な貴族が、騎士見習い一人のために、家が数軒建つほどの金を出す? そんな都合のいい話が、そう簡単に転がっていると思うのか?」

 カイが驚愕に、わなわなと震えている。

「……じゃ、じゃあ、その貴族はなんのために?」
「狙いはお前だ、カイ。お前はいずれ優秀な騎士になる。だが、お前は正義感が強く忠義者だ。金や取引で引き抜くことができない。だからわざとお前に罪を着せて、俺から引き離そうとした。その貴族はすべてわかった上で、ブラッドをけしかけたんだよ。おそらく、ブラッドが約束を守ったとしても、その貴族は医者に診せる気などなかっただろうな」

 アレクシスの後ろで、クリスティアンが深くうなずいていた。
 クリスティアンから親切な貴族の話が出たとき、私たちは当然その行動には裏があると踏んだ。
 そして、アレクシスたちと何時間も話し合って、その結論を導き出したのだ。

「カイ。俺は正直、俺の側近に手を出そうとしたその貴族にムカついている。だから、ブラッドの母を救うことが結果的にお前を救うことになるのなら、俺は手を貸してもいいと思っている」

 アレクシスの言葉に、信じられないとカイが目を見開く。

 それでも、その言葉はカイがずっと求めていた言葉だったのだろう。
 すがるように、アレクシスに声をかける。

「本当、ですか……?」
「ああ。だがそのためには、お前にやってもらわなければならないことがある。……俺は、俺のために働かない側近は必要ない。成し遂げる気はあるか、カイ」

 アレクシスの言葉は、最初にカイに投げかけた言葉とほぼ同じだった。
 だが、その意味はまるで違う。

 自分の目の前に差し出された手が、この窮地を脱するための救いの手だと気づいたカイの瞳に、光が宿っていく。

 カイはひざまずいた。
 騎士の誓いと呼ばれる最上級の敬礼をアレクシスに向けると、力強く宣言する。

「……はい、やります! 教えてください、アレクシス様!」
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