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第二章 カイ攻略

剣術大会・1

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 剣術大会当日、会場には大勢の観客が集まっていた。

 普段は訓練場として使われているグラウンドを囲むように、円状に観客席が設けられている。観客の多くは学院の生徒と教師だが、中にはチラホラと現役騎士の姿も見える。
 それもそのはずで、剣術大会の優勝者には副賞として、近衛騎士団入団の推薦枠が与えられるからだ。
 その推薦枠を使うも使わないも優勝者の自由ではあるが、騎士見習いである学生たちのほとんどにとって、近衛騎士は高給取りであり、栄誉ある憧れの職業だ。優勝者の九割は卒業後、そのまま近衛騎士になるという。
 つまり現役騎士にとっては、将来の同僚や部下の実力を見に来ているのだ。

 また同じような理由で、王や王族が観戦することもよくあるらしい。
 今回はアレクシスとクリスティアンが在学中で、自動的に観戦参加が決まっているため、国王や王妃の観戦はなくなったそうだ。

アレクシスとクリスティアンは、用意された王族用の客席に座っていた。その末席に、アレクシスの婚約者ということで、私の席も一応用意されている。

「な、なんだか緊張しますね。アレクシス王子」

 私は横にいるアレクシスに声をかけると、アレクシスは呆れたように返す。

「もう緊張しているのか、アンタは。試合が始まるまで、かなり時間があるぞ」
「いえ、時間の問題とかではなく……こうやって王族の席に座るというのは、初めての経験なので」

 学院入学前の私は、アレクシスの婚約者とはいえ幼すぎるということで、ギルグッド侯爵家の者として、上級貴族用の席が設けられるのが普通だった。
 そのため公の場で王族予備軍として扱われるのは、実は今回が初めてなのだ。

 私の言葉にアレクシスは吹き出すと、目尻を細めて笑う。

「それは慣れるしかないな」

 余裕綽々の様子のアレクシスに、私は頬を膨らませる。

しばらくそうやって雑談をしていたが、アレクシスはだんだん、この待機時間に飽きてきたようだ。
しばし退屈そうに足を揺らしていたが、ふとなにか思い立ったのか、横にいるクリスティアンに声をかけた。

「兄上、少し席を外します。カイに声をかけてきますね」
「うん、わかった。行っておいで」

 どうやら側近であるカイに、激励を送るらしい。私もついて行きたいと言うと、アレクシスは「まあ、構わないが」と苦笑しながら許可をくれた。

***

 私たちが出場選手たちの控室に着くと、アレクシスの来訪に気づいたカイが、目を輝かせて近づいてきた。

「アレクシス様!」
「カイ、調子はどうだ」
「はい。問題ないです」

 元気にカイが答える。
 アレクシスは満足そうにうなずくと、カイの肩に手を置いた。

「ブラッドの処遇はお前の働き次第だ。全力を尽くせよ」
「……はい!」

 二日前、アレクシスはブラッドを救うための作戦を、カイに伝えていた。
 そして同時に、カイにいくつか条件を出した。
 ブラッドの母を医者に診せるには、かなりの金額が動くため、アレクシスにはそれ相応の建前が必要だったのだ。

 その建前として選ばれたのが、ブラッドがアレクシスの護衛騎士として生涯忠誠を誓うこと。その代わりに、給与の前払いとして母親の治療費を出すというものだった。
 要するに、敵の作戦をそのままパクったのである。

 だが、アレクシスもなんの理由もなく、ブラッドを雇うわけにはいかないらしい。
 そのためブラッドにある程度の実力を診せてもらう必要があった。最低でも、この剣術大会で決勝進出するぐらいは欲しいそうだ。

 カイが言うには、ブラッドにはそのくらいの実力はあるので問題ないとのことだが、万が一決勝前に敗退した場合は、破談になるとカイに伝えてある。

 また、カイ自身がブラッドを護衛騎士に推薦すること、ブラッドが護衛騎士入りに反対した場合は、カイが責任を持って説得することも条件に含まれている。

「任せてください。あいつのためにも、絶対にやり遂げます」
「ああ」

 カイの宣言に、アレクシスは満足そうにうなずいている。
 二人は自分たちの作戦がうまくいくと、ほぼ確信しているようだった。

 そのとき私の右肩に、バチッと静電気がはじけたような痛みが走る。
 どうやら通りすがりの選手と肩が当たってしまったらしい。咄嗟に私は頭を下げる。

「あ、すみませ……」

 だが謝罪の途中で、私は言葉を失ってしまった。
 ぶつかった相手の容姿が、カイに聞いていたブラッドのものと同じだったからだ。

「……ブラッド?」

 ブラッドと視線が合う。
 ブラッドの瞳は、つい先日までのカイと同じように、隈だらけで落ちくぼんでいた。まともに睡眠も取れていないであろうことが、伝わってくる。

「…………」

 ブラッドは不思議そうに、私を見ていた。会ったこともないはずなのに、私が自分の名前を知っていたからだろう。
 だが、その表情は長くは続かなかった。
 わずか数秒で、ブラッドは亡霊のような無気力で暗い表情になり、私を押しのける。そのまま無言で、よろよろと歩き去ってしまった。

 あの様子では、ブラッドの精神はもう限界に違いない。
 早く解決しなければと、私は心に誓った。
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