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第二章 カイ攻略
司法取引
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「司法取引? なんだそれは」
「罪に問われた者が、他者の犯罪を密告するなどして捜査に協力することで、罪を軽減する制度です。そういったものは、ありませんか?」
私の提案に、アレクシスが腕を組む。
しばらく考え込んでいた様子だったが、やがて首を横に振った。
「……ある。だが、無理だ」
「どうしてです?」
「記憶が残らないからだ」
アレクシスが説明を続ける。
「不和の呪いというのは、誰にでも簡単にかけられるものではない。いくつか条件があるんだ。呪いのかけ方を知っているのは最低条件として――まず、術者が闇属性を持っていること。術をかける相手が精神的に弱っていること。そして、術をかける相手の体に直接触れること。それも幾度もだ」
「幾度も?」
「俺も詳しくはないが、二、三日では済まないはずだ。数十日から数ヶ月必要だと聞いている。弱い毒を使って、ゆっくり殺すようなものだと思えばいい」
なるほど。弱い毒というのは、わかりやすい。
ただ記憶が残らないとなると、毒というよりは、幻覚を見せるタイプのドラッグの方が近いかもしれないな。
「何日もそばにいて、直接体に触れられるって……つまり、かなり親しい相手じゃないとかけられないんじゃないですか?」
「そうだ。だが、呪いをかけられた者はほぼ死ぬし、仮に生き残ったとしても術者に関する記憶は残らない。……犯人は身近にいるはずなのに、誰かわからない。そうして疑い合って、不和を呼ぶ。この術が、不和の呪いと呼ばれている理由だ」
しかし、聞けば聞くほど恐ろしい術だ。
たしかに術をかけるまでに手間はかかるが、一度発動してしまえば術者の記憶は消え、証拠は隠滅できる。しかも自分がその場にいなくても、呪いの感染によって、勝手に殺し合ってくれるのだ。無差別に攻撃を仕掛けたいときには、これ以上の術はない。
だが、これで司法取引も使えなくなってしまった。
他にブラッドを救う方法はないものだろうか……。
「あの……」
ふと、ブラッドが声を出す。
「オレ、覚えているかもしれません」
「なに!?」
「す、すべてではないんですが……一部だけ」
アレクシスの大声にのけぞったブラッドだったが、おずおずと話を続ける。
「今日、控室でルシール様とぶつかったとき、一瞬妙に頭がハッキリしたんです。その後すぐにまた、頭にもやがかかったようになってしまったんですが……」
「ルシールにぶつかった?」
そう言われて、私は思い出した。
「あ、はい。そうです。ぶつかった瞬間、静電気……えっと、バチッと痛みが走ったので、覚えてます」
「アンタ、いつの間にそんなこと……いや、待て。バチッとだと?」
なにか閃くことがあったらしい。
アレクシスが独り言のようにポツリとつぶやく。
「……もしかして、光属性持ちがぶつかったことで、術の一部が解けたのかもしれないな」
「そんなことあるんですか?」
「さあな。ただ、アンタが不和の呪いの攻撃を防いだときと似ていると思っただけだ。そもそも光属性は少ないし、オレも不和の呪いを実際に見るのは初めてだ。すべてを知っているわけじゃない」
肩をすくめて、アレクシスが本題に戻る。
「まあ、それはいい。問題はブラッドがなにを覚えているかだ。それ次第で、お前の刑が変わるぞ」
ブラッドは深刻な表情で答える。
「……術者に関してはほぼなにも。おそらく、男だということぐらいしか」
「男か……。なにもわからないよりはマシかもしれないが……」
「ですが、オレを騙した貴族の名は覚えています」
アレクシスの眼光が鋭く光る。
一段階、声を低くして、ブラッドに問う。
「誰だ。その貴族は」
「あの……この場では……」
そう言って、ブラッドが不安そうに、ある方向へ視線を向ける。
私の気のせいかもしれないが、視線の先にいるのはカイのように見えた。もしかして、カイには知られたくないような相手なのだろうか。
アレクシスは、ブラッドの意図を理解したようだ。
「俺にだけ耳打ちすればいい。あとで証言を変えられても困る」
「わかりました」
アレクシスは、ひざをついているブラッドの口元に耳を寄せた。
ブラッドの周囲にいる護衛たちが、万が一に備えて剣を構える。
ブラッドが小声で貴族の名を伝えると、アレクシスは表情をほとんど変えずに、「そうか……」とだけつぶやいた。
「よくやった。これなら死罪は免れるだろう。オレもなるべく軽い罪になるように、父上にお願いする」
「……感謝します」
ブラッドが、深く頭を下げる。
どうやら、司法取引は成立するようだ。
私は胸をなで下ろし、深く息を吐く。
「……っく」
その時、私の背後から、うめき声のような声が聞こえてきた。
つい気になって振り返ると、予想外の光景にぎょっとする。
「カ、カイ……泣いてませんか?」
カイの両目から、涙がボロボロとこぼれ落ちていたのだ。
十代前半の子どもとはいえ、貴族の子が涙を見せることはほぼないので、なぜか見ている私の方がうろたえてしまう。
「だって……嬉しくて……」
カイは服の裾で、何度も涙をぬぐいながら、必死に訴える。
「アレクシス様、ルシール様。二人は、おれだけじゃなく、ブラッドも救ってくれた……。絶対、この恩は忘れない。なにか、お礼をさせてください」
カイが真剣な様子でひざまずいて、私たちに問う。
私はカイを見た後、アレクシスを見た。
アレクシスも突然の懇願に戸惑ったようで、私と視線が合うと、苦笑いを見せる。
「……俺はたいしたことはしていない。側近として、しっかり働いてくれればそれでいい」
「私も、それでいいです」
「でもそれじゃ、おれの気持ちが……」
どうやら、カイは意地でも譲る気はないようだ。
こういうタイプは一度言い出したら、引くことはないだろう。
私は逆に、カイの要求を受けることにした。
カイは優秀な騎士だ。味方でいてくれるというのなら、それに越したことはない。
「それなら、私たちが困ったとき助けてください。それならお互い様でしょう?」
「……はい! わかりました!」
私はカイと微笑み合う。
事件が一段落してほっとする中、遠くから騎士や学院の教師たちがやってくる姿が見えた。
「罪に問われた者が、他者の犯罪を密告するなどして捜査に協力することで、罪を軽減する制度です。そういったものは、ありませんか?」
私の提案に、アレクシスが腕を組む。
しばらく考え込んでいた様子だったが、やがて首を横に振った。
「……ある。だが、無理だ」
「どうしてです?」
「記憶が残らないからだ」
アレクシスが説明を続ける。
「不和の呪いというのは、誰にでも簡単にかけられるものではない。いくつか条件があるんだ。呪いのかけ方を知っているのは最低条件として――まず、術者が闇属性を持っていること。術をかける相手が精神的に弱っていること。そして、術をかける相手の体に直接触れること。それも幾度もだ」
「幾度も?」
「俺も詳しくはないが、二、三日では済まないはずだ。数十日から数ヶ月必要だと聞いている。弱い毒を使って、ゆっくり殺すようなものだと思えばいい」
なるほど。弱い毒というのは、わかりやすい。
ただ記憶が残らないとなると、毒というよりは、幻覚を見せるタイプのドラッグの方が近いかもしれないな。
「何日もそばにいて、直接体に触れられるって……つまり、かなり親しい相手じゃないとかけられないんじゃないですか?」
「そうだ。だが、呪いをかけられた者はほぼ死ぬし、仮に生き残ったとしても術者に関する記憶は残らない。……犯人は身近にいるはずなのに、誰かわからない。そうして疑い合って、不和を呼ぶ。この術が、不和の呪いと呼ばれている理由だ」
しかし、聞けば聞くほど恐ろしい術だ。
たしかに術をかけるまでに手間はかかるが、一度発動してしまえば術者の記憶は消え、証拠は隠滅できる。しかも自分がその場にいなくても、呪いの感染によって、勝手に殺し合ってくれるのだ。無差別に攻撃を仕掛けたいときには、これ以上の術はない。
だが、これで司法取引も使えなくなってしまった。
他にブラッドを救う方法はないものだろうか……。
「あの……」
ふと、ブラッドが声を出す。
「オレ、覚えているかもしれません」
「なに!?」
「す、すべてではないんですが……一部だけ」
アレクシスの大声にのけぞったブラッドだったが、おずおずと話を続ける。
「今日、控室でルシール様とぶつかったとき、一瞬妙に頭がハッキリしたんです。その後すぐにまた、頭にもやがかかったようになってしまったんですが……」
「ルシールにぶつかった?」
そう言われて、私は思い出した。
「あ、はい。そうです。ぶつかった瞬間、静電気……えっと、バチッと痛みが走ったので、覚えてます」
「アンタ、いつの間にそんなこと……いや、待て。バチッとだと?」
なにか閃くことがあったらしい。
アレクシスが独り言のようにポツリとつぶやく。
「……もしかして、光属性持ちがぶつかったことで、術の一部が解けたのかもしれないな」
「そんなことあるんですか?」
「さあな。ただ、アンタが不和の呪いの攻撃を防いだときと似ていると思っただけだ。そもそも光属性は少ないし、オレも不和の呪いを実際に見るのは初めてだ。すべてを知っているわけじゃない」
肩をすくめて、アレクシスが本題に戻る。
「まあ、それはいい。問題はブラッドがなにを覚えているかだ。それ次第で、お前の刑が変わるぞ」
ブラッドは深刻な表情で答える。
「……術者に関してはほぼなにも。おそらく、男だということぐらいしか」
「男か……。なにもわからないよりはマシかもしれないが……」
「ですが、オレを騙した貴族の名は覚えています」
アレクシスの眼光が鋭く光る。
一段階、声を低くして、ブラッドに問う。
「誰だ。その貴族は」
「あの……この場では……」
そう言って、ブラッドが不安そうに、ある方向へ視線を向ける。
私の気のせいかもしれないが、視線の先にいるのはカイのように見えた。もしかして、カイには知られたくないような相手なのだろうか。
アレクシスは、ブラッドの意図を理解したようだ。
「俺にだけ耳打ちすればいい。あとで証言を変えられても困る」
「わかりました」
アレクシスは、ひざをついているブラッドの口元に耳を寄せた。
ブラッドの周囲にいる護衛たちが、万が一に備えて剣を構える。
ブラッドが小声で貴族の名を伝えると、アレクシスは表情をほとんど変えずに、「そうか……」とだけつぶやいた。
「よくやった。これなら死罪は免れるだろう。オレもなるべく軽い罪になるように、父上にお願いする」
「……感謝します」
ブラッドが、深く頭を下げる。
どうやら、司法取引は成立するようだ。
私は胸をなで下ろし、深く息を吐く。
「……っく」
その時、私の背後から、うめき声のような声が聞こえてきた。
つい気になって振り返ると、予想外の光景にぎょっとする。
「カ、カイ……泣いてませんか?」
カイの両目から、涙がボロボロとこぼれ落ちていたのだ。
十代前半の子どもとはいえ、貴族の子が涙を見せることはほぼないので、なぜか見ている私の方がうろたえてしまう。
「だって……嬉しくて……」
カイは服の裾で、何度も涙をぬぐいながら、必死に訴える。
「アレクシス様、ルシール様。二人は、おれだけじゃなく、ブラッドも救ってくれた……。絶対、この恩は忘れない。なにか、お礼をさせてください」
カイが真剣な様子でひざまずいて、私たちに問う。
私はカイを見た後、アレクシスを見た。
アレクシスも突然の懇願に戸惑ったようで、私と視線が合うと、苦笑いを見せる。
「……俺はたいしたことはしていない。側近として、しっかり働いてくれればそれでいい」
「私も、それでいいです」
「でもそれじゃ、おれの気持ちが……」
どうやら、カイは意地でも譲る気はないようだ。
こういうタイプは一度言い出したら、引くことはないだろう。
私は逆に、カイの要求を受けることにした。
カイは優秀な騎士だ。味方でいてくれるというのなら、それに越したことはない。
「それなら、私たちが困ったとき助けてください。それならお互い様でしょう?」
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