悪役推し令嬢はこじらせ男子を攻略したい

福北ヒトデ

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第二章 カイ攻略

断罪と贖罪

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「ステラ嬢!」

 突如、クリスティアンが叫び声を上げる。
 声のした方を見ると、クリスティアンの腕の中で、ステラが気を失っていた。

 クリスティアンは慌てて、ステラの脈をはかる。
 それから体中の様子を確認すると、静かに息を吐いた。

「……問題ない。おそらく浄化で魔力を使い切っただけだよ。あれほどの力だからね、無理もない」
「よかった……」

 私は安堵する。
 クリスティアンは、意識を失ったステラを両腕に抱えて立ち上がる。

「アレク、ルシール。僕はステラ嬢を安全な場所まで連れて行く。君たちは、ブラッドの様子を確認してきてくれるかい」
「わかりました、兄上」
「気をつけて。浄化によって不和の呪いは消えているはずだけど、敵がまだなにか仕掛けている可能性もある。決して油断しないように」
「はい」

 言い終わると、クリスティアンはステラを抱えて走り出す。
 私たちも護衛と共に、ブラッドがいる会場中央へ向かった。

***

 ステラの浄化によって、黒い煙が消え去ったおかげで、私たちは会場まで迷うことなくたどりつく。
 そこには剣を掴んだままのカイとブラッドが倒れていた。

「……ブラッドを拘束しろ」
「は!」

 アレクシスが部下に命令して、意識のないブラッドを縄で拘束する。クリスティアンが言ったように、また暴れたりする可能性があるからだ。
 今のところは、アレクシスの部下が触れても、ブラッドに暴れる様子はない。

 アレクシスがブラッドを見張っている間、私はカイに近寄り、意識を確認する。

「カイ。大丈夫ですか、カイ」
「う……ルシール、様?」

 うめきながら、カイがゆっくりと目を開く。
 やがて自分が意識を失っていたことに気づいたのか、カイはハッとして、勢いよく起き上がった。

「ブラッド! ブラッドを止めないと!」
「大丈夫です。ステラさんが浄化の力で、ブラッドを正気に戻してくれました。今、あなたの横にいます」
「あ……ステラが? え、縛られ……?」
「念のため拘束しましたが、危害は加えていません。気絶しているだけです」

 カイがまじまじとブラッドを見る。
 本当に気を失っているだけだとわかって、ホッとしたようだ。全身の力が抜けていくのが見える。

 しかし安心したのも、そこまでのようだ。
 カイは不安げに私を見つめて、問う。

「あの……ブラッドはこれから、どうなるんですか……?」
「それは……」

 私にもわからない、そう言おうとしたタイミングで、ブラッドが目を覚ます。

「う……」
「目覚めたか」

 アレクシスがブラッドを見下ろしながら、深刻な面持ちで尋ね始めた。

「ブラッド、これまでの記憶はあるか」
「あまり、よく……。カイと戦った辺りまでは、なんとなく覚えているんですが……」

 そこまで言って、ブラッドがハッとした。
 会場全体を見回せば、観客の姿はなく、あちこちに大きな傷跡が残っている。誰の目にも、なにか大きな事件があったのは明らかだった。

「もしかして……これをオレが?」
「そうだ」

 アレクシスがこれまでのいきさつを説明する。

 ブラッドはしばらく聞き入っていたが、母を救うと言った貴族に騙されていたと知ったとき、驚愕に目を見開き、すべてを悟ったようにつぶやいた。

「オレは……その貴族に操られていたんですね……」
「ああ。不和の呪いは、弱った者の心に巣くう。お前の、母を想う気持ちにつけ込まれたんだろう」
「そう、ですか……」

 そう言って、ブラッドがうなだれる。
 顔を下げたまま、言い訳一つせず、微動だにしない。
 
 その様子を見ていたカイが、アレクシスの前に座り込んで、祈るように両手を合わせた。

「あの、ブラッドは……大丈夫、ですよね? ブラッドはその悪い貴族に騙されただけなんだ。暴れたのは呪いのせいだし、試合の不正だってしなかった。罪には……ならない、でしょう?」
「…………」

 すがるようなカイの言葉に、アレクシスが悲しそうに目を閉じる。
 それだけで、答えはわかったも同然だった。

「……オレのミスだ」
「アレクシス様……?」
「初めからブラッドに打ち明けていれば、こんな大勢の前で暴れさせることにはならなかった。ブラッドの暴走は、会場にいた全員が目撃している。被害者も出ているし……もみ消しは不可能だ。おそらく、よくて生涯牢獄行き……悪ければ、死罪になるだろう」
「そんな……!」
「ブラッド。せめてもの償いとして、お前の母はオレが責任を持って、完治まで医者に診せる。それだけは、約束する」
「……殿下のお心遣い、感謝します」

 ブラッドは「母が助かるのであれば、なにも言うことはありません」と、静かに首を横に振った。

 引き下がれないカイが叫ぶ。

「……アレクシス様! でしたら、おれにも罰をください!」
「カイ、お前、なにを……」
「ブラッドの罰を、おれに分けてください。どんな罰でも受けます!」

 ブラッドは信じられないといった表情で、カイに告げる。

「……カイ。オレはお前を裏切ったんだぞ? そんなことする必要はない」
「違う。ブラッドは親友だ。親友を守り切れなかった、おれにも責任がある」
「カイ……」

 ブラッドが、うるんだ瞳でカイを見る。
 だが、アレクシスは静かに首を横に振った。

「……お前たちの気持ちはわかるが、それは無理だ。他人の罪を分け与えることができる法はない」
「じゃあ、他に、他になにかありませんか……? なんでもいいんです……!」

 カイの必死な懇願に、私の胸が痛む。
 ブラッドは罪を犯したとはいえ、敵に騙され呪いを受けた末、死罪はあんまりだ。しかも実行役にされたブラッドを断罪したところで、敵の貴族はなに一つ痛まない。

 なにかないだろうか。情状酌量がきかなくても、せめて減刑できるような……。
 そう考えて、私の中にある単語がひらめいた。

 私はアレクシスの前に立つと、一つの提案をする。

「アレクシス王子、司法取引は使えませんか?」
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