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令嬢の告白
しおりを挟む……男は私の膝を手当してくれた。
「ありがとう、慣れているのね。」
そう言うと、男は恥ずかしそうに頬をかき、私の隣に腰をおろすのであった。
サーカス団の団員は明後日の本番まで自由行動らしく、買い物を楽しむ者も居れば、彼のように小さなショーを催す者も居る。
基本的自由で緩い所らしい。
「あ、林檎。」
私はまだ相棒を返してもらってないのだ。
男は大げさに慌てて懐から小さな相棒を取り出した。
「貴方も一緒に食べましょう?1回落としてしまったけど、そんなに傷んでないわ。」
流石に地面に落ちてしまえば、少しは傷がつく。
それでも、相棒は美味しそうだ。
男は懐からナイフを出し(何でも入る懐ねぇ。)器用に林檎を剥いていく。
そして、あっという間に薔薇の形に並べた林檎が出来上がった。
その見栄えは文句なしの作品だ。
「相変わらず器用ね。いただきます。」
ひと切れ口に運べば、林檎の自然の甘酸っぱさが舌の上に広 がる。
「美味しい。」
つい、もうひと切れ口に入れる。
伯爵令嬢としては少々はしたないが、ここには無害なピエロしか居ない。
気を張らなくて良いのだ。
兄が見たら1からマナーを手取り足取り指導されそうである。
……背筋に嫌な汗が流れた。
(大丈夫、ここに兄さんは居ないのよ。)
「ほら、貴方も食べて。美味しいわよ。」
気分を変えるため、男に話を振る。
男は何故か悩むような仕草をした。
「どうしたの?林檎嫌い?」
ぶんぶんと左右に頭を振る男。
嫌いではないらしい。
では、何なのか。
男の顔を見る。
……あ。
「……もしかして、仮面を付けているから食べられないの?」
男はひとつ、コクりと頷いた。
男が付けている仮面は顔全体を覆っており、仮面を取らなければ林檎を食べられないのだ。
仮面を取って食べればいいもの、それは男のプライドが許さないらしい。
昔、男の仮面を剥ぎ取ってしまおうとした時、男が全力で逃げ、池に落ちたのはまだ記憶に新しい。
「目を閉じるわ。これで、食べられるわよ。薄目で見るなんて卑怯なことはしないから安心して。」
そう言って私は目を閉じた。
この時点で薄目にしたい衝動を抑える。
男の戸惑った気配を感じたが、それは一瞬のことだ。
仮面を取るような音がした。
きっと目の前には素顔を晒した男が居るのであろう。
今日で最後だから見てしまおうか、そんな誘惑が私を誘う。
ポンポンと肩を叩かれる。
目を開けていいという合図だ。
私はすぐに目を開け、男を見る。
やはりそこにはいつもと同じ、笑ってるくせに涙を流しているピエロが居た。
そして、男が持っている林檎を見れば半分に減っていることに驚く。
(あの一瞬でよく半分食べられたわね。)
素顔が見えなかったのは残念だが、逆にそれで良かったのかもしれない。
彼と会うのは、今日で最後。
決心が鈍ってしまう。
「あのね、」
林檎をひと切れつかむ。
「私、結婚するの。」
口に運んだ林檎は、何故か味がなかった。
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