ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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結婚のお相手は

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パクパクとテンポよく林檎を口の中に放り込む。

そして、最後のひと切れを彼に勧めるが『要らない。』と、首を振られてしまった。

なので、遠慮なく最後のひと切れを食す。

どれを食べてもやはり、あの林檎の甘酸っぱさが口に広がる。

では、何故さっきの林檎は味がなかったのだろうか。

不思議に思っていると、男は地面に何やら文字を書き出した。

「……だ、れ、と?」

―誰と?

男は小さく頷いた。

一瞬何のことを聞かれているのか分からなかったが、結婚について話したことを思い出す。

つまり、男は誰と結婚するのか?と、問いたいらしい。

「…あぁ、私の兄さんとよ。」

***

1週間前のこと……。

「私の可愛い可愛いチェルシー、おはよう。今日もチャーミングだね。」
「おはよう、兄さん。今日も頭の中はお花畑ね。」
「お花畑といえば、最近2人でピクニックに行ってないね。近いうち、一緒に行こうか。」
「いいわね。そこで採取したスズランの根を料理して兄さんにご馳走するわ。」
「私の勘違いではなかったら、確かスズランの根には毒があったと思うんだ。」

いつもと同じ平和な朝食中に兄は何気ないことを聞いてくる。

「チェルシー、君は何歳だい?」
「二十歳よ。」
「そうだよね、わかっていたよ。」
(わかっているなら聞かなければいいのに。)
「そろそろ、結婚を考えないとね。」
「兄さん、とっくの昔に考えなくてはならないことよ。」

この国の貴族の娘達は、16歳になれば、結婚するのが普通だ。
私は20歳。
見事にいきおくれである。

一応こんな私にも縁談の話はあった。
しかし、この目の前で呑気にスープを飲んでいる兄に全て白紙にされてしまったのだ。
まだ早いとか、相応しくないとか、断り続けて早4年、縁談の話はぱったり無くなった。

「チェルシーも女の子、やっぱりお嫁さんには憧れるよね。」
「え、別に。」
「でね、いい事を閃いたんだ。」
「もはや嫌な予感しかしない。」
「チェルシー、私と結婚しよう。」
「………………………………は?」

私の目の前には、いつも以上にキラキラと目を輝かせる兄が居た。

「ごめんなさい、聞き間違えたみたい。」
「結婚しよう!」
「謹んでお断りします。」
「チェルシー、焦らしかい?そういうのも嫌いじゃないよ。」
「……ご馳走様。」
「チェルシー!待っておくれ、真面目なお話をするから!」

席を外そうと腰をあげたが、兄の必死さに仕方がなく腰をおろす。

「ありがとう、チェルシー。」

心から安堵し、笑みを浮かべる兄に私は何も言えなくなる。

「別に。」
「ふふふ、チェルシーは優しぃな。さて、本題を話そうか。チェルシー、私と結婚してくれないか?」

内容は変わらないが、さっきとは違い真剣さが伝わってくる。

ちなみに、この国で兄妹同士の結婚は珍しくない。

「…悪いけど、兄さんと結婚するなんて考えられないわ。」
「じゃぁ、チェルシーは相手がどんな人なのか分からない所に嫁ぎたいと思う?」
「…思わないけど、結婚して徐々に知っていくものじゃないのかしら。」
「そうだね。でも、その人が酷い男だってこともありえる。そんなリスクを犯すのかい?」
「皆、そうやっているわ。」
「チェルシ ーはそれを回避出来る。」
「……。」
「私と結婚すればいつもと同じ日常が永遠に続く。変化が苦手なチェルシーには一番いい選択だと思うよ。」

優雅に私に微笑みかける兄。
そんな兄に背筋が凍る。
それは、つまり永遠に私をここに閉じ込めるということだ。

だが、私は表情も乏しければ、感情も乏しい。

今更この兄に逆らおうとは思わない。

私はひとつ溜め息をつき、兄を見た。

「結婚しましょう、兄さん。」

脳内に泣いている少年がチラついた。
これは誰だろうか。

***

「えっ?」

何故か私は今、男に担がれている。

「えっ?」

意外と男は身長が高いらしい。地面が遠い。ではなくて、こんな新発見なんていらない。

何故私は男に担がれているのだ。

「下ろしなさい。」

私の言葉を無視し、真っ直ぐ進む男。
私が抵抗したってどうにもならないことは、男の腕が物語っている。
細身に見えて、しっかりとした筋肉を衣服越しに感じられた。

「……どこ行くのよ。」

男は答えない。
いや、答えられないのだろう。

ずんずんと進んでいく男にため息をついた。








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