ピエロと伯爵令嬢

白湯子

文字の大きさ
14 / 30

美女再び

しおりを挟む



「おや?」
「―あ、」

目が合った女性に目を見張る。
そこには誰もが羨む美貌と身体を持ったあの時の美女が居た。

何故、ここに?
いや、まずはあの時の失態を謝らなくては。

「あの時はすみまs、」
「コーヒーミルクちゃん!!」
「うぐっ…。」

気付けば、私の顔は美女のたわわな胸に潰されていた。
その強さと勢いに息が詰まる。

「会いたいと思っていた子に会えるなんて…!夢のようだ…っ。」

息を呑んだ私の身体は硬直したように固まった。
そんな私なんてお構いなしに美女は抱きしめる腕の力を強める。

「ぶつかったあの時から私は貴女のホワイティーアッシュ色の髪に釘付けだったんだ。あぁ、なんて綺麗な髪なんだろうってね。きっと食べたら美味しいに違いない。あぁ、いい匂いがする。食べたい。きっとコーヒーミルクのような味がするはずさ。」

く、る、し、い…っ!!

息苦しさに背中を叩くが、美女は熱を上げてゆく。

「こんな無粋な場所じゃなくて、私の部屋に行こう。きっと楽しいよ。」

蠱惑的な笑みを浮かべる美女。

あ、死ぬ…。

あまりに強い抱擁に意識を手放そうとした瞬間、私の腕は何者かに捉えられた。
強い力で美女から引き離され、私の身体は何か硬いものに包まれた。

「…ピエロ、邪魔しないでくれるかい?」

美女が私を睨む。いや、私ではなく私の頭を睨んでいるようだ。
顔を上げれば、そこにはあの男がいた。
相変わらず悪趣味な仮面を付けているため、表情は見えない。

「大切そうに抱きしめちゃって…。それは、私の役目だ。コーヒーミルクちゃんを返しなさいな。」

怒りを孕んだ声音で静かに男を諭す。お顔が整っている方が怒ると迫力が増すものだ。
私の顔は表情筋が死んでいるため相変わらず無表情だが、内心怯えている。

男は私を離さず、抱きしめる力を強くした。
何故かその事に私の心臓は小さく跳ねる。
…何だ、これは。

「きゃっ!?」
「……え。」

その光景に唖然とする。
あろうことか、男は美女を蹴り部屋から追い出した。
そして、素早く鍵をかける。

「おい、ピエロ!開けろ!!女を蹴るなんて、何て野蛮な奴!コーヒーミルクちゃん、そんな下衆で腹黒男やめときなさいな!」

どんどんと美女の扉を叩く。
男は美女の声なんてお構いなしに、机に食べ物を並べていく。

「ねぇ、いいの?」

私の言葉も無視らしい。
扉を叩く音は鳴り止まない。
ここで私が何とかしなければ、このまま平行線だ。

「あ、あの、貴女のお名前は?」

扉の向こうにいる美女に問いかけるの、扉を叩く音はなりやんだ。

「あぁ、コーヒーミルクちゃん!少しは私に興味持ってくれた!?」
「はい。」

背後から何やら冷気を感じるが、気のせいだと思いたい。

「私はフェデリカ。フェディって呼んで?」
「わかりました、フェディさん。私はチェルシーです。」
「あぁ、何て可愛らし名前なんだ。貴女にぴったりだよ!さ、ここから出ておいで。あの時のお礼がしたい。」
「あ、はい。」

私も何かお礼をしたい。
鍵を開けようと手を伸ばすが、その手は男に捕まった。
『何なの』といったふうに男を睨めば、男は私の前に髪を突き出してきた。

『行かないで。お願い。』

何故、下から言うのだろう。
ここで、命令口調で言ってくれれば私は反抗する気が起きる。
しかし、このようにお願いされてしまえば断れない…。

(まったく…。)

私はため息をつき、扉の向こうにいるフェディに声をかける。

「フェディさん、ごめんなさい。今日は歩き疲れてしまって…、お礼は日を改めてでもいいですか?」

一応、嘘はついていない。
私は確かに疲れている。

「そうなの?…疲れているなら仕方が無い。ゆっくり休んでね、チェルシーちゃん。」
「すみません…、ありがとうございます。」

騙すのはやはり良心が痛む。

フェディさんの気配は遠のいていった。

「…やっぱり、悪かったわよね…。」

私の言葉に男はペンを走らせた。

『そんなことないよ。チェルシー、あいつには気を付けて。』
「どうして?いい人じゃない。」
『…あいつの恋愛対象は女の子なんだ。食べられてしまうよ。』
「……。」

初めて貞操の危機を感じた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

処理中です...