ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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就寝のお時間

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時間が経つにつれて私の焦りは募ってゆく。

何と言えばこの鎖を外してくれるのだろうか。
その答えは浮かばずズルズルと居座り、とうとう就寝するだけになってしまった。
流石に寝るときは外してくれるのだろうと思っていたら、そんな私の考えは覆された。

「ちょっと待って。」

どうしたの?と言いたげに首を傾げる男。

「一緒に寝るつもり?」

そうなのだ。
男は何故か手錠を外さずに一緒にベッドへと寝ようとしたのだ。
嫁入り前に何とはしたない!

『うん。ベッド一つしかないし。』

平然として紙を見せてくる男の神経が信じられない。

「…私、床で寝るから。」
『女の子を床で寝かせるわけにいかないよ。』
「じゃあ、貴方が床で寝なさいよ。」
『手が繋がっているから別々じゃ眠れないよ。』
「だったらこれを外しなさい。」
『やだ。』

駄目だ。拉致があかない。
こんなことしている間にも時間は過ぎ去ってゆく。
このままでは朝になってしまう。

脳裏に私が不在であることに気付いた兄の姿が過ぎり、手先が冷たくなった。

『チェルシーは僕と一緒に寝るの嫌?』
「嫌よ。」
『即答、酷い、泣く、泣いちゃう。』

男はしくしくと泣く仕草をする。
大袈裟にやるので観劇しているようだ。

「止めなさい。みっともない。」

それでも男は泣き続ける。(演技)
少々面倒くさいと思ってしまった。
さて、どうしたものか。ため息をつくと、男は顔を上げ何やら文字を書き出した。

『面倒くさいって思ったでしょ。』
「………ソンナコトナイワヨ。」
『嘘。酷いよ、チェルシー。僕は傷ついた!』
「面倒くさい…。」
『本音が出た!やっぱり思っていたんだ!酷い!』

酷い酷いと訴えてくる男に嫌気が差す。
そんな私の心境が伝わってしまったらしく、『酷い』と書かれた紙が増量した。
ベッドに腰掛けている私と男の周りは紙だらけになり、足元は紙で埋め尽くされてしまった。

あぁ、何て面倒くさい男…!

「紙の無駄、資源の無駄。もう止めなさい。」

私は男の頭を軽く叩く。
すると男の手は止まった。
ホッとするのもつかの間、再びペンを走らせ、新しい紙を見せてくる。

『じゃあ、一緒に寝てくれる?』

何故そこに話が戻る。
いや、最初からこれが目的だったのだろう。
抗議しようかと思ったが、この男に何を言っても無駄だということを悟った。

「…わかったわよ。」

ため息混じりでそう答えると、私の右手は男に引っ張られた。
男が鎖を引いたのだ。
無防備だった私は抵抗する暇なく男の腕の中に捕らえられてしまった。
鼻が男の胸に勢い良くぶつかってしまい、鼻が地味に痛い。

「え、ちょ、何。うわっ」

男の腕の中から逃れようともがいていると、男はあろう事かそのまま横になった。

「…。」

私は男の抱き枕のようになっている。
身動き1つ出来ないほど抱きしめられており、少々苦しい。

「苦しいわ。離して。」

少し抱きしめている腕の力を緩めてくれたが、離す気は無いらしく動けないことには変わりない。

「寝るの?」

1つこくりと頷く男。

「…おやすみなさい。」

こくり。

最後男が頷くのが堺に、私と男の間には完全なる闇が訪れた。
何も聞こえない、見えない。
…こんなにも静かだったのか。
少し驚いた。

トクン、トクン

静寂の中に1つ音が聞こえる。
男の心臓の音だ。
何故かもっと聞きたくて男の胸に顔をすり寄せた。
男が少し身じろぐが、気にせず心臓の音に耳を傾ける。

トクン、トクン…

(落ち着く…。)

初めて心臓の音が落ち着くものだと知った。
これは、この男のだからなのだろうか。今の私には分からない。
いや、分からなくても良いではないか。
どうせ今日で最後なのだ。
知らなくていい。
知ってはダメだ。

(…まるで子守唄のようね。)

私はそっと目を閉じた。


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