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10 未来
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――…………
――……
――どんどん記憶が薄まっていく。
写真を見返せば、夏生の顔を思い出せるけれど。
何も見ずに思い出そうとすると顔に靄がかかりひどく曖昧だ。
大切な記憶のはずなのに、時と共に薄れていくのはなぜだろう。
何故、夏生に関するすべてを覚えておけないのだろうか。
心の奥に仕舞ったはずの大切な思い出たちが、勝手にどこかへ流れていく。
夏生と一緒に過ごした期間は2年に満たず、長い目で見ればほんの一瞬に過ぎない。
夏生と過ごした青春は、
コンビニや駄菓子屋で万引きしたり、
神社からお賽銭を盗んだり、
虫や猫を殺したり、
そんなことばかりで、決して綺麗な思い出ではなかった。
悪いことばかりをして遊んで、楽しい思い出なんかない。
そう、夏生と過ごしたって、俺はちっとも楽しくなかった。
だけど初めて会ったあの日、俺が夏生に魅かれたのは事実だ。
美少年と、真っ赤な血。殺戮。
そこには何処か耽美的な美しさがあって、俺は血の化粧を纏った夏生に目を奪われた。
俺は大人になり、今年で28にもなるが、夏生ほど美しい人間はまだ見たことがない。
きっとこれからも、美という観点で俺の中の夏生を越す人物は現れないだろう。
夏生は死んで、人間の身体を手放し、更に完全な美を手に入れた。
人間である限り、醜い部分はどうしても出て来てしまうから。
だから美を追求するのなら、人間の身体なんてさっさと手放してしまったほうがいいのだ。
人でない存在になり、記憶と紙の中だけのものになった夏生。
俺はそんな夏生を、世界一美しいと思う。
だけど、夏生が今も生きていればどんな大人になっていたかは気になる。
きっと、中性的なまま成長して、大人の魅力が加わり、とんでもない美人になったに違いない。
性格は…… もしかしたらあのままかもしれないし、
大人になれば、落ち着いたかもしれない。
どちらの可能性もあり得たが、今となっては可能性は全て閉ざされた。
俺はもう大人なのに、夏生は子供のまま。
――ああ、夏生。
俺は、こんなに大人になってしまったよ。
中途半端だった声はすっかり低くなり、背も伸びて身体も男らしくなった。
夏生がなりたくないと言った、大人になってしまった。
これからもどんどん年を取って、老いていくんだろう。
その過程で、夏生という存在は完全に思い出になる。
きっといつか、思い出しもしなくなってしまう。
寂しいけれど、その寂しさにもいつかきっと慣れてしまう。
40くらいにでもなってしまえば、ああそんな子も居たなあって。
そんな風に時々思い出す、子供のころのおともだち。
夏生はどんどんそんな風になっていく。
今でさえ既に、そうなりかけている。
時間はどんどん進んでいくんだ。夏生だけを置き去りにして。
たった一人、夏生だけを置いていく。
アイツだけが、少年時代に取り残されたまま。
俺は今、父親の経営する会社で働いている。
父親の手伝いをして、それなりに良い給料を貰っている。
結婚して妻も居て、彼女の腹の中には子供も居る。
そんな風に、ごく普通で平凡な幸せの中に居る。
非日常に憧れて夏生と友達になった俺が、こんな在り来たりな生活をしてるなんて笑えるだろ?
星彩館学園は、今も変わらずそこにあるよ。
だけど、夏生が好きだったあの帽子は完全に廃止されてしまった。
身に着けていれば一目見て星彩館の生徒だと分かる、あの学帽はもうない。
そうやって、世界はどんどん更新されて新しくなっていくんだ。
俺の結婚相手は、とても穏やかな人で夏生とは正反対だ。
顔は決して美形ではなくて、優しい人。
そういうところも、夏生と全然違うけど、俺は妻を愛している。
生まれてくる子供が男か女かはまだ分からないけど、
男だったとしても星彩館には通わせたくないな。
あそこは設備は良いけど、校則が厳しくて勉強のレベルも高くて大変だった。
勉強に付いていくのに必死で、趣味や好きなことは全然できなかった。
子供にあんな窮屈な思いはさせたくないんだよ。
俺の親父は孫を星彩館に行かせる気でいるみたいだけれど。
なんにせよまだまだ先の話なのに、気が早くて笑っちゃうよな。
夏生とよく一緒に過ごした、神社……。
俺がギンを殺した、あの神社。
血肉で汚れた醜い思い出ばかりが詰まった神社。
楽しかった思い出は何も思い出せず、猫を殺したことばかりが脳裏に過ぎる。
ギンを刺した感触が、まだ手に残っている気がしてしまう。
この神社には、何故か足が向いてしまう。
勝手に此処へ、来てしまう。
必死に罪を、忘れないようにしているのだろうか。
だけど、もう、この神社へ来るのも今日で最後にしようと思うんだ。
いつまでも夏生と一緒に居てやるわけにはいかない。
俺はもう、父親になるのだから、けじめを付けなければ。
罪を犯した俺が父親なんて、やっぱりいけないかな。
此処へ来ると、俺は自分が幸せになってはいけないという気になってしまうんだ。
俺がギンや夏生を殺したのだから、ずっと罪に囚われているべきだ、と。
だけどそうやってうじうじしていても、ギンも夏生も帰って来ない。
死者は生き返りはしないし、幽霊も天国も信じてない。
だから俺は、夏生に囚われずに生きていこうと思うんだ。
だから、もう此処へは来ない。
でも命日に墓参りは行ってやるから安心しろ。
――さようなら、永久の美少年。
夏生と過ごした時間は、決して楽しくなんかなかったけれども、
君は確かに、俺の友達でした。
――……
――どんどん記憶が薄まっていく。
写真を見返せば、夏生の顔を思い出せるけれど。
何も見ずに思い出そうとすると顔に靄がかかりひどく曖昧だ。
大切な記憶のはずなのに、時と共に薄れていくのはなぜだろう。
何故、夏生に関するすべてを覚えておけないのだろうか。
心の奥に仕舞ったはずの大切な思い出たちが、勝手にどこかへ流れていく。
夏生と一緒に過ごした期間は2年に満たず、長い目で見ればほんの一瞬に過ぎない。
夏生と過ごした青春は、
コンビニや駄菓子屋で万引きしたり、
神社からお賽銭を盗んだり、
虫や猫を殺したり、
そんなことばかりで、決して綺麗な思い出ではなかった。
悪いことばかりをして遊んで、楽しい思い出なんかない。
そう、夏生と過ごしたって、俺はちっとも楽しくなかった。
だけど初めて会ったあの日、俺が夏生に魅かれたのは事実だ。
美少年と、真っ赤な血。殺戮。
そこには何処か耽美的な美しさがあって、俺は血の化粧を纏った夏生に目を奪われた。
俺は大人になり、今年で28にもなるが、夏生ほど美しい人間はまだ見たことがない。
きっとこれからも、美という観点で俺の中の夏生を越す人物は現れないだろう。
夏生は死んで、人間の身体を手放し、更に完全な美を手に入れた。
人間である限り、醜い部分はどうしても出て来てしまうから。
だから美を追求するのなら、人間の身体なんてさっさと手放してしまったほうがいいのだ。
人でない存在になり、記憶と紙の中だけのものになった夏生。
俺はそんな夏生を、世界一美しいと思う。
だけど、夏生が今も生きていればどんな大人になっていたかは気になる。
きっと、中性的なまま成長して、大人の魅力が加わり、とんでもない美人になったに違いない。
性格は…… もしかしたらあのままかもしれないし、
大人になれば、落ち着いたかもしれない。
どちらの可能性もあり得たが、今となっては可能性は全て閉ざされた。
俺はもう大人なのに、夏生は子供のまま。
――ああ、夏生。
俺は、こんなに大人になってしまったよ。
中途半端だった声はすっかり低くなり、背も伸びて身体も男らしくなった。
夏生がなりたくないと言った、大人になってしまった。
これからもどんどん年を取って、老いていくんだろう。
その過程で、夏生という存在は完全に思い出になる。
きっといつか、思い出しもしなくなってしまう。
寂しいけれど、その寂しさにもいつかきっと慣れてしまう。
40くらいにでもなってしまえば、ああそんな子も居たなあって。
そんな風に時々思い出す、子供のころのおともだち。
夏生はどんどんそんな風になっていく。
今でさえ既に、そうなりかけている。
時間はどんどん進んでいくんだ。夏生だけを置き去りにして。
たった一人、夏生だけを置いていく。
アイツだけが、少年時代に取り残されたまま。
俺は今、父親の経営する会社で働いている。
父親の手伝いをして、それなりに良い給料を貰っている。
結婚して妻も居て、彼女の腹の中には子供も居る。
そんな風に、ごく普通で平凡な幸せの中に居る。
非日常に憧れて夏生と友達になった俺が、こんな在り来たりな生活をしてるなんて笑えるだろ?
星彩館学園は、今も変わらずそこにあるよ。
だけど、夏生が好きだったあの帽子は完全に廃止されてしまった。
身に着けていれば一目見て星彩館の生徒だと分かる、あの学帽はもうない。
そうやって、世界はどんどん更新されて新しくなっていくんだ。
俺の結婚相手は、とても穏やかな人で夏生とは正反対だ。
顔は決して美形ではなくて、優しい人。
そういうところも、夏生と全然違うけど、俺は妻を愛している。
生まれてくる子供が男か女かはまだ分からないけど、
男だったとしても星彩館には通わせたくないな。
あそこは設備は良いけど、校則が厳しくて勉強のレベルも高くて大変だった。
勉強に付いていくのに必死で、趣味や好きなことは全然できなかった。
子供にあんな窮屈な思いはさせたくないんだよ。
俺の親父は孫を星彩館に行かせる気でいるみたいだけれど。
なんにせよまだまだ先の話なのに、気が早くて笑っちゃうよな。
夏生とよく一緒に過ごした、神社……。
俺がギンを殺した、あの神社。
血肉で汚れた醜い思い出ばかりが詰まった神社。
楽しかった思い出は何も思い出せず、猫を殺したことばかりが脳裏に過ぎる。
ギンを刺した感触が、まだ手に残っている気がしてしまう。
この神社には、何故か足が向いてしまう。
勝手に此処へ、来てしまう。
必死に罪を、忘れないようにしているのだろうか。
だけど、もう、この神社へ来るのも今日で最後にしようと思うんだ。
いつまでも夏生と一緒に居てやるわけにはいかない。
俺はもう、父親になるのだから、けじめを付けなければ。
罪を犯した俺が父親なんて、やっぱりいけないかな。
此処へ来ると、俺は自分が幸せになってはいけないという気になってしまうんだ。
俺がギンや夏生を殺したのだから、ずっと罪に囚われているべきだ、と。
だけどそうやってうじうじしていても、ギンも夏生も帰って来ない。
死者は生き返りはしないし、幽霊も天国も信じてない。
だから俺は、夏生に囚われずに生きていこうと思うんだ。
だから、もう此処へは来ない。
でも命日に墓参りは行ってやるから安心しろ。
――さようなら、永久の美少年。
夏生と過ごした時間は、決して楽しくなんかなかったけれども、
君は確かに、俺の友達でした。
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