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1.シル兄様とのお別れ
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オトニエル国の王都の門に着いた時はもう夜になっていた。
門は夕方で閉まるために、翌日まで野営をして待たなければならない。
外壁の周りには同じように門が開くのを待つ人たちがテントを張っていた。
一緒に旅をしてきた護衛たちがテントを張る中、
アンリエットは王都を囲む壁をじっと見上げていた。
王都に戻るのは一か月ぶりだが、あの時とは何もかもが変わってしまった。
「明日には王城に着くな」
後ろから声をかけられて振り向く。
護衛とテントを張っていたはずのシルヴァンが立っていた。
隣国ハーヤネンのパジェス辺境伯二男のシルヴァンは、
黒髪のすきまからのぞく切れ長の目と泣きぼくろが、
十五歳という年齢よりも年上に見える。
まだ八歳の私は背が高いシルヴァンの隣に立つと、
かなり見上げないと視線があわない。
宝石のような優しい紫の目に見守られるのも明日が最後になる。
「どうした?やっと戻ってきたんだぞ?
大変だった旅もこれで終わりだ。ようやく風呂に入れるな」
「シル兄様、私、戻るのが怖い」
「ん?怖い?」
「だって、王都に戻ってもお父様もお母様もいない。
王城で保護された後、誰に引き取られるのかもわからないんだよ?」
「……そっか、そうだよな」
「明日になればシル兄様ともお別れなんでしょう?
……戻りたくないな。兄様と一緒にパジェスに帰っちゃだめ?」
先月まで両親となんの不自由もなく暮らしていた王都。
だけど、その両親はもういない。
旅の間、私の兄になってくれたシルヴァンともお別れになる。
さみしくて、そんなことは許されないのにお願いしてしまう。
「……連れて帰ってやりたいけれど、アンリはオトニエルの貴族だ。
俺が勝手に連れて帰るわけにはいかない」
「そうだよね。大丈夫、わかってる。
貴族として生まれて来たからには、責任を果たさなくちゃいけないんだって。
お父様も言っていたもの。逃げたら怒られるわよね」
だめなのはわかっていたけれど、シル兄様に甘えたくなってしまった。
明日からは他人に戻るのに、それが悲しくて。
「アンリ。左手を出して」
「左手?」
シル兄様に左手を差し出すと、シル兄様の指先から糸が飛び出してくる。
その糸は私の小指に絡まり、すぅっと消えていく。
きらきらした糸……透明だけど金色に光っている。
「糸が見えるか?」
「うん、見えるよ。すごく綺麗。この糸はなに?」
「これはパジェス家に伝わる魔力の糸だ」
「魔力の糸?」
「そうだ。この糸はつないだら、どちらかが切りたいと思うまでつながっている」
「ずっと?兄様とつながっているの?」
「ああ。アンリが幸せになって、俺のことはもう必要ないと思ったら切ればいい」
私が幸せになったら、シル兄様とのつながりも消えてしまうものなのか。
貴族令嬢としてどこかに嫁いだらシル兄様のことも忘れなければいけないのかな。
さみしいと思ってしまったのがわかったのか、シル兄様に頭をなでられる。
「だけど、もし頑張ってもダメだったら、逃げ出したくなったなら俺を思い出せ。
どこにいたとしても、きっと守ってやるから」
「シル兄様」
「約束だ。この糸がつながっている間はずっと家族でいる。
離れていてもアンリの幸せを願っているよ」
「うん。私、頑張るから」
明日から一人になると思っていたけれど、一人じゃない。
指先に魔力を込めたら、シル兄様の糸が浮き上がる。
糸の先はシル兄様の小指につながっていた。
きらきらと光る糸の輪。
これがあるなら、明日からも頑張れる。
その時は本当にそう思っていた。
門は夕方で閉まるために、翌日まで野営をして待たなければならない。
外壁の周りには同じように門が開くのを待つ人たちがテントを張っていた。
一緒に旅をしてきた護衛たちがテントを張る中、
アンリエットは王都を囲む壁をじっと見上げていた。
王都に戻るのは一か月ぶりだが、あの時とは何もかもが変わってしまった。
「明日には王城に着くな」
後ろから声をかけられて振り向く。
護衛とテントを張っていたはずのシルヴァンが立っていた。
隣国ハーヤネンのパジェス辺境伯二男のシルヴァンは、
黒髪のすきまからのぞく切れ長の目と泣きぼくろが、
十五歳という年齢よりも年上に見える。
まだ八歳の私は背が高いシルヴァンの隣に立つと、
かなり見上げないと視線があわない。
宝石のような優しい紫の目に見守られるのも明日が最後になる。
「どうした?やっと戻ってきたんだぞ?
大変だった旅もこれで終わりだ。ようやく風呂に入れるな」
「シル兄様、私、戻るのが怖い」
「ん?怖い?」
「だって、王都に戻ってもお父様もお母様もいない。
王城で保護された後、誰に引き取られるのかもわからないんだよ?」
「……そっか、そうだよな」
「明日になればシル兄様ともお別れなんでしょう?
……戻りたくないな。兄様と一緒にパジェスに帰っちゃだめ?」
先月まで両親となんの不自由もなく暮らしていた王都。
だけど、その両親はもういない。
旅の間、私の兄になってくれたシルヴァンともお別れになる。
さみしくて、そんなことは許されないのにお願いしてしまう。
「……連れて帰ってやりたいけれど、アンリはオトニエルの貴族だ。
俺が勝手に連れて帰るわけにはいかない」
「そうだよね。大丈夫、わかってる。
貴族として生まれて来たからには、責任を果たさなくちゃいけないんだって。
お父様も言っていたもの。逃げたら怒られるわよね」
だめなのはわかっていたけれど、シル兄様に甘えたくなってしまった。
明日からは他人に戻るのに、それが悲しくて。
「アンリ。左手を出して」
「左手?」
シル兄様に左手を差し出すと、シル兄様の指先から糸が飛び出してくる。
その糸は私の小指に絡まり、すぅっと消えていく。
きらきらした糸……透明だけど金色に光っている。
「糸が見えるか?」
「うん、見えるよ。すごく綺麗。この糸はなに?」
「これはパジェス家に伝わる魔力の糸だ」
「魔力の糸?」
「そうだ。この糸はつないだら、どちらかが切りたいと思うまでつながっている」
「ずっと?兄様とつながっているの?」
「ああ。アンリが幸せになって、俺のことはもう必要ないと思ったら切ればいい」
私が幸せになったら、シル兄様とのつながりも消えてしまうものなのか。
貴族令嬢としてどこかに嫁いだらシル兄様のことも忘れなければいけないのかな。
さみしいと思ってしまったのがわかったのか、シル兄様に頭をなでられる。
「だけど、もし頑張ってもダメだったら、逃げ出したくなったなら俺を思い出せ。
どこにいたとしても、きっと守ってやるから」
「シル兄様」
「約束だ。この糸がつながっている間はずっと家族でいる。
離れていてもアンリの幸せを願っているよ」
「うん。私、頑張るから」
明日から一人になると思っていたけれど、一人じゃない。
指先に魔力を込めたら、シル兄様の糸が浮き上がる。
糸の先はシル兄様の小指につながっていた。
きらきらと光る糸の輪。
これがあるなら、明日からも頑張れる。
その時は本当にそう思っていた。
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