つないだ糸は切らないで

gacchi(がっち)

文字の大きさ
8 / 58

8.開けられたドア

しおりを挟む
どのくらい時間が過ぎたのだろうか。
額に冷たいものを置かれて目が覚めた。

「あ、起こしてしまいましたか」

「……なに、これ」

「熱があるようでしたので、冷やそうと思いまして」

どうやら額に置かれていたのは水につけてしぼった布だったようだ。
そんなにも熱があるんだろうか。
起き上がろうとしたら、めまいがしてまたすぐに横になる。

「疲れが出たのかもしれません」

「そうかも……?」

王太子の婚約者でなくなって、王宮から逃げて。
ずっと必死だったけれど、疲れているのは間違いない。

それから何度かダボさんと男たちがドアを開けようとしてたけれど、
私はそれを寝た状態で聞くだけだった。
日に日に熱が高くなって、だるくて起き上がれない。

五日も熱が下がらない状態が続き、
ランとレンもこれがただの疲れではないと思い始めていた。

「……何かの病気かもしれません」

「だいじょうぶよ……寝てたらよくなるわ」

「ですが……」

「今は誰にも助けを求められないもの。
 早く治してここから出ないと……」

王都から追手が来ているかもしれない状態で、
誰かに助けを求めるのは無理だ。

この国で助けを求めるとしたら、
お母様の実家でもあるオビーヌ侯爵家くらいだけど、
お母様が亡くなってから交流していない。

オビーヌ侯爵家は隣国と接している地域のため、
王都に屋敷を持っていない貴族家だった。
もう十年も会っていない母方の親族に頼ったとして、
助けてくれるかどうかもわからない。


私が倒れてから一週間。
ランがこの部屋を出ようと言い出した。

「いやよ」

「ですが!ダボさんは薬師です。
 診てもらえば治るかもしれません」

「それはどうかな……治るかどうかもわからないし、
 ランは嫁として連れて行かれてしまうわ」

「……それでも、お嬢様が助かるのなら」

「なによ、それじゃあ私が死にかけているみたいじゃない。
 熱が高くて起き上がれないだけで、死なないわよ」

「ですが……」

「命令よ。ドアを開けちゃだめ。
 ランを犠牲にする気はないの」

「……」

唇を噛んで黙り込んだランを、
説得してもらおうとレンを見たけれど、
レンも何も言わなかった。

嫌な雰囲気だな……。
このまま私の熱が下がらなかったら、
ランはドアを開けてしまいそうな気がする。

それだけはいや。
自分が助からなかったとしても、ランを犠牲にするのは嫌だった。

寝たままの状態で、なんとか左手を布団から出す。
魔力を流すと小指の糸がきらきらと光る。

シル兄様……どうしよう。
どうしたら、ここから三人で逃げられるんだろう。


争うような物音で目が覚めた。
ドアの前に置かれていた家具が消えていた。

出て行こうとしたランを、レンが力づくで止めようとしていた。

「……ラン、だめよ」

「お嬢様……許してください。
 どれだけ叱られてもかまいません!」

「ダメだって言ってんだろう!
 お前がそんなことしてもお嬢様は喜ばねぇよ!」

「でも、レン!このままじゃお嬢様が死んでしまうわ!」

「だけど!」

この騒ぎに気がついたのか、ドアの向こうでもバタバタと音がする。

「レン、ドアをふさいで」

「それが‼ランが全部収納に入れてしまって!」

「ラン、家具をだして……はやく」

「嫌です!」

頑なに拒否するランに出すように命じたけれど、
それでも家具を出そうとしない。

荒々しい足音がこちらに近づいてくる。
……もう間に合わない。

起き上がってなんとかしたいのに、何もできない。
バン!と大きな音がしてドアがあく。

もうだめだと思い、目を閉じたら、
ふわりと懐かしい匂いがした。

「……アンリ。大丈夫か?」

「……え?」

目を開けたら、黒髪の男性が私のそばに跪いて見下ろしていた。
切れ長の紫色の目。特徴的な泣き黒子。
……まさか。

「熱があるのか。おい、お前たち、とりあえずここから出るぞ」

「……あなた様はいったい」

「俺のことはアンリから聞いていないのか?
 シルヴァン・パジェスだ」

「あなた様が」

「とにかく、ここを出てオビーヌ侯爵領に向かうぞ」

「わかりました」

どうしてここにシル兄様がと聞こうとしたら、
抱き上げられて部屋から連れ出される。

ダボさんと男たちはどうしたのかと思えば、
集会場の外に糸でぐるぐる巻きにされて転がされていた。
身動きが取れないほど縛られているのか、騒いでいるが誰も助ける気はない。

シル兄様の魔力の糸ならば、数日間はこのままかもしれないけれど、
これで少しは反省したらいいと思う。

「こいつらに閉じ込められていたのか?」

「私とランを無理やり嫁にしようとしたから閉じこもっていたの」

「そうか。間に合って良かった」

私たちが乗ってきた馬車はどこかに売られてしまったのか見つからなかった。
シル兄様の馬車に乗せられると、広い座席に私は寝かされた。
私の頭はシル兄様のひざに乗せられている。

「オビーヌ侯爵領に着くまで、我慢してくれ」

「うん……大丈夫。どうしてシル兄様がここに?」

「……お前、十年ぶりに糸に魔力を流しただろう」

「あ、うん」

「それが王都から移動しているのがわかって、逃げ出したのだと思った。
 俺のところにくるのかと思えば、少し前から一つの場所から動かなくなった。
 何もない場所で留まっているのは、問題が起きたのかと思って迎えに来たんだ」

「そうだったんだ。ありがとう」

「礼はいい。これまで何があったんだ?」

「うん、あのね」

十年前、王都でシル兄様と別れてから今までのことを説明すると、
シル兄様は大きくため息をついた。

「そういうことだったのか。
 連絡も途絶えたし、糸に魔力も流していないようだったから、
 おかしいとは思っていたが何もできなかった」

「それは仕方ないよ。他国の王太子の婚約者だったし」

同じ国の貴族でもどうかと思うけれど、
他国ならなおさら手出しできない問題だっただろう。

「だが、今の話でわかった。
 アンリの熱は急に魔力を流したからだ」

「え?」

「十年も奪われていた魔力が身体を流れるようになったんだ。
 おそらくその熱は一か月は続くぞ」

「そんなに?」

「ああ。だが、病気ではないから死なない。
 苦しいとは思うが、成長期が来たと思うしかない」

「成長期……」

もしかして、魔力が足りなくて成長しきれていなかったのが、
急に成長しようとしていて発熱しているってこと?
なら、熱が下がる頃には大人になっているかもしれない。

うれしくてにやにやしていたけれど、
また熱のせいなのか目が開かなくなってくる。

昨日までとは違い、シル兄様の匂いに包まれて、
心から安心して眠りに落ちて行った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

私の婚約者と駆け落ちした妹の代わりに死神卿へ嫁ぎます

あねもね
恋愛
本日、パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して私の婚約者と駆け落ちした。だから私が代わりに冷酷無慈悲な死神卿と噂されるアレクシス・パストゥール様に嫁ぎましょう。――妹が連れ戻されるその時まで! ※一日複数話、投稿することがあります。 ※2022年2月13日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました

志熊みゅう
恋愛
 十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。  卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。  マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。  その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。  ――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。  彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。  断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!

処理中です...