つないだ糸は切らないで

gacchi(がっち)

文字の大きさ
14 / 58

14.助けられなかった十年(シルヴァン)

しおりを挟む
馬車の中でアンリの身体はどんどん熱くなっていて、
意識がないのかぐったりしている。

「あの……本当にアンリエット様は大丈夫なのでしょうか」

「ああ、心配だろうからオビーヌ侯爵領に着いたら医者を呼ぶが、
 魔力のせいで間違いないと思う。
 こんな小さな身体に急激に魔力を流したら馴染むのには時間がかかる」

「そうですか……」

心配なのか、ランという侍女が泣きそうな顔をしている。
レンという護衛も同じように心配なのだろう。
耐えようとしているせいで顔がひきつっているのがわかる。

俺がそばに居れなかった間、ランとレンがいてくれてよかった。

あの時、どうして素直に引いてしまったのか。
アンリが俺に会いたくないなんて言うわけないのに、
王太子の婚約者になったと聞かされて納得してしまった。

アンリは貴族としての責任を果たすのだと。
糸に魔力を流さないのは、その証拠なんだと思っていた。

まさか魔力を奪われていたとは……。


オビーヌ侯爵領に着いて、すぐにパジェス侯爵家の別邸に向かう。
他国ではあるが、オビーヌ侯爵領とパジェス侯爵領は、
ずっと昔から協力関係にある。

銀細工のオビーヌ侯爵領と金細工のパジェス侯爵領。
もとの金属が同じものだとは他の貴族家の者は知らない。

二つの領の鉱山から出る金属を合金することで、
装飾品として加工できるようにするのだが、
その比率と混ぜる時の魔力が違うことで色の変化が生まれる。

どちらの鉱山から出る金属も必要だからこそ、
オビーヌ侯爵領とパジェス侯爵領は国を越えた関係を築いてきた。

この別邸はオビーヌ侯爵領に買い付けに来るときに使う屋敷だ。
そのため、必要な時以外はオビーヌ侯爵家に管理を任せている。

いつもなら侍女も連れてくるのだが、
今回はアンリに何かあったのかもしれないと思い、
まともに準備をすることもなく出てきてしまった。

とりあえず、ここに着いたことをオビーヌ侯爵に知らせなくてはいけない。
近くに控えていた俺の側近キールに命じる。

「キール、オビーヌ侯爵に連絡をしてくれ。
 アンリを保護したことと、侍女を貸してほしいと」

「わかりました」

別邸の俺の部屋へとアンリを連れて行く。
寝台に寝かせようとしたら、アンリは俺の服をつかんで離さなかった。

「大丈夫だ。離れるのが不安なら手をつなぐよ」

アンリの手にふれて、そう言うと安心したのかようやく手を離す。
熱で苦しそうだ。せめて冷たいものでも額に置けば楽になるか……

ランとレンはアンリから離れる気がないのか、
部屋の中に入ってきて壁際で控えている。

「ラン、レン、お前たちも休んで来い。
 そこの扉を開ければ使用人の控室になっている」

「ですが」

「アンリエット様を一人にするわけには」

「安心していい。俺が見ている。
 アンリを一人にすることはないよ。
 それに、後からきちんと話を聞きたい。
 そのためにも一度しっかり身体を休めてほしい」

「わ、わかりました」

「アンリエット様をよろしくお願いいたします」

アンリが俺の話をしてくれていたからか、案外あっさりと託された。

侍女も護衛もいなくなった部屋で俺とアンリだけにする意味は、
王宮で働いていたならよくわかっているだろうに。

冷やした布を額にあてて様子を見ていると、
悪い夢でも見ているのかアンリがうなされ始めた。

「……いや。もう、……たい」

「アンリ?」

「……父様、お母様。どうして……」

ああ、あの時のことを夢で見ているのか。
パジェス侯爵領の鉱山に視察に行ったまま、帰らなかった両親を思い出して。
……助けられなかった後悔や苦しさが、喉の奥にかたまりのように感じる。

俺がもう少し早く気がついていたら、助けられたかもしれないのに。
アンリは俺のことを一度も責めなかった。

「……シルにい……」

俺の名前が出て、どきりとする。
責めたいのなら責めてくれ。
お前にはその権利がある。

覚悟を決めた俺に聞こえたのは、か細いけれど悲痛な叫びだった。

「……たすけて。シル……にぃさま……たすけて」

「助けて?」

「いや……もう……こんなところいたく……ない。シル兄様のところに……」

……ああ、俺は本当に馬鹿だ。
どうしてアンリを助けに行かなかったんだ。
王家の嘘を信じて、あきらめかけて。

もう二度とアンリを離したりはしない。
たとえ、夢の中であっても、助け出してみせる。

アンリの手を握って、耳元に呼びかける。

「アンリ、俺はここだ。助けにきた」

「シル……にいさま……」

「そうだ。俺だよ、アンリ。もう大丈夫だ。
 ここは王宮じゃない。出られたんだ」

「……うん」

声が聞こえて安心したのか、寝息が聞こえる。
涙のあとを拭って、頬に張り付いた髪をよける。

それからアンリがうなされるたびに、手をつないで呼びかけた。
俺はここにいる、もう大丈夫だ。
本当は十年前に言うべきだった言葉を伝えて、
少しでもアンリの心が楽になるようにと。

次の日、先触れとほぼ同時にオビーヌ侯爵夫妻が訪ねてきた。
おそらくそれが限界だったのだろう。
俺もその気持ちがわかるから、何も言わずに部屋に迎え入れた。

「アンリエット!なんてこと!」

「シルヴァン、アンリエットは大丈夫なのか!?」

「おそらく魔力が急激に流れ込んだせいだと思いますが、
 侯爵家の医者を連れて来てもらえますか?」

「わかった。すぐに手配しよう。
 それで、アンリエットに何があったんだ」

「その説明は俺からではなく、
 アンリエットのそばに居た者たちから話を聞きましょう。
 ラン、レン、お二人に話をしてくれ」

 「「はい!」」

あらためてランとレンから詳しく話を聞いて、腹が立って仕方ない。
まだ八歳のアンリに目をつけて魔力を奪うなど、宰相がすることではない。
王家の許可があったのかどうかはわからないが、
これは他国からも非難されるほどのことだ。

孫娘に何があったのかを知ったオビーヌ侯爵夫妻も、
怒りで身体が震えているのがわかる。

「王都にいるうちの者たちを全員戻す。
 商会で取り扱っている銀細工もすべて回収させる」

「当然ですわ!もう二度とルメール侯爵とは取引させません!」

「オビーヌ侯爵領の者たちを引き揚げさせるのであれば、
 王宮や王都で変化があったか探って来させてくれませんか?」

「ああ、結界のことか」

「それもありますが、追手がいるかどうかもお願いします」

「わかった。調べさせよう」

十日後、戻ってきたオビーヌ侯爵領の者たちから話を聞いて、
ランとレンはそばに置いておくのはまずいと判断した。
二人は嫌がっていたが、アンリエットのためだと言うと、
納得してパジェス侯爵領へ向かった。

アンリエットは回復次第パジェス侯爵領に連れて帰ると、
父上と母上への手紙をランとレンに託した。

それから二週間が過ぎて、ようやくアンリエットが目を覚ました。
それまでも何度か目を開けて話すこともあったのだが、
夢うつつの状態でまったく覚えていなかった。

自分で起き上がろうとしているのを見て、
魔力による熱がおさまったのだと思った。
医者の見立てでは、もう少し時間がかかるかもしれないと言っていたが、
目を覚ましたのであればオビーヌ侯爵夫妻には連絡しておこう。

久しぶりに湯あみをしたいというアンリを浴室に連れて行き、
侍女二人に任せて部屋に戻ったら、キールが待ち構えていた。

「シルヴァン様、今のうちに食事をしてください。
 このままではシルヴァン様が先に倒れますよ」

「わかった。食べるよ」

アンリが寝ている間、いつうなされるかわらない。
うなされたらすぐにでも安心させたくて、ずっとそばに居た。

そのせいで食事も睡眠もままならず、
キールには怒られてばかりだ。

用意された料理を食べていると、浴室から叫び声が聞こえた。

「なんで胸はたいして大きくなってないの!?」

「ぶぶっ!!!」

「シルヴァン様!?大丈夫ですか!?」

食べていたものが気管に入ってしまって咳き込む。
今の、アンリの声だよな。

寝ていた間に成長したことを驚くだろうとは思っていたけど、
胸か……気にしていたんだな。

食事を終えて待っていると、侍女に呼ばれる。
湯あみを終えたアンリは頬が上気していて、
もうすでに眠いのか目が半分になっていた。

俺が抱き上げると安心してもたれかかってくる。
その顔が少し不貞腐れているのが可愛すぎて、
何も心配しなくていいのになと思う。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ
恋愛
「すまない、シビル。お前が目覚めるとは思わなかったんだ」 あのあと私は、一命を取り留めてから3週間寝ていたらしいのよ。 で、起きたらびっくり。妹のマーシアが私の婚約者と結婚してたの。 そんな話ある? 「我がフォレット家はもう結婚しかないんだ。わかってくれ、シビル」 たしかにうちは没落間近の田舎貴族よ。 あなたもウェイン伯爵令嬢だって打ち明けたら微妙な顔したわよね? でも、だからって、国のために頑張った私を死んだ事にして結婚する? 「君の妹と、君の婚約者がね」 「そう。薄情でしょう?」 「ああ、由々しき事態だ。私になにをしてほしい?」 「ソーンダイク伯領を落として欲しいの」 イヴォン伯爵令息モーリス・ヨーク。 あのとき私が助けてあげたその命、ぜひ私のために燃やしてちょうだい。 ==================== (他「エブリスタ」様に投稿)

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...