つないだ糸は切らないで

gacchi(がっち)

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18.カトリーヌ様

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パジェス侯爵家に来てから三日後、ようやく一人で座れるまで回復してきた。
だが、まだ立つことも難しく、シル兄様に抱きかかえられて移動する。
その後ろをランとレン、シル兄様の側近のキールがついてくる。

温室に着くと、シル兄様はソファに私を座らせ、
ランがお茶を淹れてくれる。

レンは護衛として役目を果たそうとしているのか、
入り口付近に立ったまま中に入ってこようとしない。

頑張ろうとしてくれているのはわかるけど、少し気負い過ぎかな。

「レン、そんなに気を張ってなくても大丈夫よ」

「ですが……」

「そうだな、ここは屋敷の外にも護衛がいる。
 急に襲ってくるようなことはないから安心していい。
 そんなにずっと気を張っているといざという時に動けないぞ」

「は、はい」

シル兄様に言われても気が抜けないのか、
部屋に入ってきても外を警戒しているように見える。

「ああ、もういいからそこに座れ」

「え?」

「ランとキールもそこに座って、三人でお茶を飲んで話でもしとけ」

「ええ?」

私たちが座っているソファから少し離れた場所にテーブルがあった。
シル兄様はそこに三人座るように指示をする。

「俺とアンリに仕えているお前たちはこれから一緒にいることが多くなる。
 とっさの時に連携できるように普段から会話できるようになっておけ」

「はい……わかりました」

「まぁ、そう緊張しなくても大丈夫だよ。
 パジェス家は規律ゆるいほうだし、シルヴァン様は無茶言わないから」

「はい」

キールが先に座り、レンに手招きしている。
レンも先輩になるキールに素直に従って座る。

薄茶色の髪を一つに結んだキールは緑色のたれ目で、
真面目で穏やかな感じがする。
側近ではあるが、パジェス侯爵家の分家出身の貴族だ。
もうすぐ三十歳になるキールが二人に指示を出すことになるだろう。

「それにしても遅いな。
 すぐにカトリーヌ嬢が怒鳴り込んでくるかと思ったんだが」

「シルヴァン様、おそらくウダール侯爵は、
 王宮に本当かどうか問い合わせているのではないですか?」

「ああ、そうかもしれないな」

シル兄様の疑問にキールが答える。
ウダール侯爵家のカトリーヌ様という方は、
わがままで有名な令嬢らしい。

「カトリーヌ様は何歳なの?」

「二十五歳。俺と学園で一緒だったんだ」

「学園で?仲良かったの?」

「いや、全然。俺は嫡子じゃなかったからね。
 まったく話しかけられることもなかったよ」

学園で同じ学年だったし、同じ侯爵家ということは、
教室も一緒だったと思うのに話しかけられることもなかったとは。
シル兄様自身には興味がなかったってことなのかな。

「二十五歳……婚約者もいないってことよね?」

「侯爵家以上の家でなければ嫁ぎたくないと言って、
 今まで婚約もしていなかったんだよ」

「でも、侯爵家以上の嫡子で年齢がちょうどいい相手となると、
 そう多くはない気がするけど」

たいていの貴族は学園を卒業する前に婚約する。
ハーヤネン国の学園も二十歳で卒業するはず。
卒業して五年も婚約できなかったのなら、
普通はあきらめて伯爵家で探すのではないだろうか。

「この国は王子が一人しかいない。
 その王子が王太子となっているんだが、
 王太子と王太子妃の間に子が生まれなければ側妃を娶ることになる、
 それを狙っていたようだ」

「王太子と王太子妃の間にお子は?」

「王女が一人だけ。
 それもあって、陛下が第一王女を王族に残すことに決めたんだ」

「もしかして側妃を娶らせないためにとか?」

「その通り。今の王太子妃は筆頭公爵家の出身だ。
 王太子と相思相愛なこともあって、側妃を娶って関係を悪化させたくないんだよ」

「それでオディロン様が王族入りするのね」

なぜ第一王女の婿を王族入りしてまで王族に残すのかと思っていたけれど、
政治的な事情があるようだ。
パジェス侯爵家もハーヤネン国では上位の貴族家だ。
もし第一王女が王子を生んだとしても、国としては問題ない。

「まぁ、そのせいでカトリーヌ嬢が狙っていた側妃の話は無くなり、
 パジェス侯爵家以外の嫡子も結婚している。
 ここを逃したら後がないと必死になっているんだろう」

「それは必死になっていそうね」

「王宮に問い合わせをしているのであれば、
 明日か明後日にはこちらに来るだろう」

「明日か明後日か……」

その予想通り、カトリーヌ様が来たのは次の日の午後だった。

最初から私も一緒に対応するのかと思ったら、
シル兄様は一人で会うと言う。

「俺一人でなんとかできるならそれが一番だから」

「でも、せっかく私がいるのに」

「うん、ダメそうだったら頼るから、隣の部屋で待ってて?」

「……わかったわ」

笑顔で待っててと言われると、無理は言えない。
ランとレンと一緒に応接室の隣で待つことする。

シル兄様はキールを連れて応接室へ入っていった。
ドアを開けたままだから、隣の部屋まで声が聞こえてくる。

「カトリーヌ嬢、久しぶりだな。今日は何の用だ」

「あら、何の用だなんて決まっているでしょう。
 私がパジェス侯爵家に嫁いであげるって言っているのに、
 どうして断るのか文句を言いに来たのよ」

「どうして文句を言われなきゃいけないんだ?」

「あなた、高位貴族を継ぐ覚悟が足りないんじゃないの?
 他国の貴族でもない者を婚約者にするなんてありえないわ!
 今すぐ婚約を解消しなさい」

どうやら私が貴族ではなく、お祖父様の孫という身分なのが気に入らないらしい。
高位貴族ならばしっかりとした家の令嬢を娶れと言いたいのかな。




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