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20.貴族としての教育
しおりを挟む「それで、アンリエットには会わせた。満足だろう?」
「いいえ、アンリエットとやらに聞くわ。
あなたパジェス侯爵家に嫁いで、夫人としてやっていける自信はあるの?」
「ええ、ありますけど?」
「嘘よ!やっていけるわけないじゃない。学園も通っていないのに」
「いえ、通いましたよ。オトニエル国の学園に三年ほど」
「は?あなた平民でしょう?」
「今は平民ですけど、産まれはルメール侯爵家です。
ついでに言うと、王太子妃教育も済ませていますので、
侯爵家の夫人になっても問題はないと思いますよ?」
「……は?」
シル兄様たちはそこまで言わなくていいと止めてくれたけれど、
遅かれ早かれ私がここにいることは知られてしまうはずだ。
それでもルメール侯爵家の籍を抜け、平民になって、
他国にいる私を王家がどうこうできるわけでもない。
このまま私が平民だと思われていたら、
カトリーヌ様は絶対に納得しないだろうし、
元の身分を明かして早く帰ってもらった方がいい。
「そういうことだから、納得してくれただろう?」
「どういうことなの?王太子妃教育って嘘でしょう?」
「嘘じゃない。アンリエットはオトニエル国の王太子の婚約者だった。
俺と婚約するために王太子との婚約は解消してもらった」
「はぁ?そんなことできるわけ」
「俺との婚約話はもう十年も前からだった。
王太子との婚約は解消される前提で結ばれていたんだ。
役目が終わったから、アンリエットは返してもらったんだ」
「ずっと前から相手が決まってるって話が本当だったとでも言うの!?」
「そうだ」
平民のヴァネッサがカトリーヌ様に言ったことも利用して、
シル兄様と私の婚約は十年前から決まっていたことで、
王太子との婚約は解消前提のものだったことにした。
だが、カトリーヌ様はどうしても納得したくないのか、
唇をぎゅっと結んで怒りに耐えるように震えている。
あきらめたくないのはわかるけど、
シル兄様は絶対にカトリーヌ様は嫌だって言うんだよね。
長身で胸が大きくて美人だけど、性格がダメだって。
「そうだわ。この前来た時の平民。
あの者が私にした無礼を謝ってちょうだい」
「謝れ?俺に?」
「そうよ。パジェス侯爵家の使用人がしたことは、
あなたが責任をとるべきでしょう!」
「いや、その者はうちの使用人ではない」
「は?」
「勝手に屋敷に入り込んできた、ただの子どもだ」
「何を嘘ついているの?」
「嘘じゃない。調べてもいい」
これは本当のことらしい。
ヴァネッサは金細工の職人頭の孫娘で、
パジェス侯爵家の使用人ではないそうだ。
職人頭の孫娘ということで使用人たちとも仲が良かったため、
屋敷に遊びに来るのを大目に見ていたらしい。
それがあんなことをしでかしたので、
屋敷に入れた門番や護衛たちも処罰を受けることになった。
「だとしてもあなたの責任でしょう?」
「いや、カトリーヌ嬢も勝手に屋敷に入ってきていただろう?
そこで勝手に屋敷に入ってきていた平民ともめたとしても、
パジェス侯爵家には何にも関係のない話だ」
「そんな!」
「うちが招待したのなら責任があるだろうが。
屋敷に入って良い許可なんて出してないからな。
むしろ、勝手に入っていたことを咎めてもいいんぞ?」
「……っ」
「俺は婚約が決まったばかりで忙しんだ。
早く出て行ってくれ」
「後悔するわよ!」
「しないよ」
カトリーヌ様は怒りで顔を真っ赤にしたまま出て行った。
最後に肩でぶつかられそうになったけれど、
シル兄様が避けてくれたのでカトリーヌ様が転びそうになっていた。
それも恥ずかしかったのか、どたどたと足音を立てて屋敷から出て行った。
「あれで礼儀作法だ高位貴族の責任だと言っているのだから。
学園時代からあんな感じで誰にも相手にされていなかったが、
二十五歳になっても変わっていないんだな」
「昔からあんな胸丸出しのドレスを着ていたの?」
「胸丸出しって言うな。途中で笑いそうになっただろう」
「だって。夜会でもないのにあんな服着て」
「父親の指示かもしれないな。
さすがに母親はあんなドレスを用意しないだろう」
「じゃあ、やっぱりわざと着てきたんだ」
男の人は胸があれば魅了されると思っているんだ。
シル兄様もやっぱり少しは気になったのかな。
こっそりと見上げたら、額同士でこつんとされる。
「痛いよ」
「アンリが変なことを考えているからだ。
俺はあんなドレス着た痴女なんてごめんだからな」
「痴女……」
「アンリだって言ってただろう。夫人ですか?って。
あんなドレスを着て夜会に出たら、
そういう相手になりますって言っているようなものだ。
夫人だって、淑女なら着ない。
少なくともうちの母上はそういうのは嫌う」
「お義母様は着ないでしょうね」
慎み深いパジェス侯爵夫人が着るとは思えない。
それにあんなドレスを着なくても、
たくさんの男性が寄ってきて大変だと思う。
私たちがそんな風にカトリーヌ様のドレスについて話していると、
壁際で控えていたキールもうなずいている。
「シルヴァン様、アンリエット様、
きっとあれはカトリーヌ様の最後の手段だったのでしょう」
「最後の手段、ね。これであきらめてくれるといいが」
「婚約したことが公表されればあきらめるしかないでしょう。
おそらくオディロン様の婚約と同時に公表されるのではないでしょうか」
「まぁ、そうだろうな」
今はオディロン様を王族入りさせるかどうか議会で議論がされている。
それが決まり次第、第一王女との正式な婚約になる。
それがいつになるのかわからないのが問題だそうだけど。
「また来ても追い返せばいいのでしょう?
シル兄様は私が守るわ!」
「くくく。そうだな。アンリに守ってもらうか」
「ふふ。頼もしいですね」
なぜかシル兄様だけでなくキールにまで笑われてしまったけれど、
近づいてくる令嬢を蹴散らすのが私の役目だもの。
いつか、シル兄様の本当の婚約者が現れるまでは。
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