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33.ライオネル様の屋敷
こんな格好で、こんな時間に来て、事情を説明しないわけにはいかない。
ため息をついたら、リーナが部屋に戻ってくる。
冷たい水で絞った布を頬にあてられ、少しだけピリッと痛む。
お母様の指輪で傷ついたのかもしれない。
「ジュリア様、失礼いたします。……染みますか?」
「ん……大丈夫。ありがとう」
「疲れているだろうから、このまま寝かせてあげたいところだけど、
場合によっては早く対処しないといけないこともある。
何があったのか聞かせてもらえるだろうか」
「うん……実は」
ここ最近のアンディの行動から説明し始めると、
ライオネル様の眉間のしわが深くなる。
……子どものことなのに、寛容になれない自分が恥ずかしくなる。
もっとうまく宥められていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
アンディはまだ幼い子どもなのだから。
「……もう我慢できなくなってしまって、
追い返してしまったの」
「それはそうだよ。子どものいたずらだとしてもひどい」
「……アンディを追い返したら、次は両親を連れてきて。
お父様もお母様も……アンディの言うことを聞きなさいって。
二人とも……アンディがこの家を継ぐのだからって」
私が悪いのかもと思い始めていたところだったからか、
ライオネル様に肯定されて思った以上にほっとする。
気が緩んだのか、耐えきれなくて涙がこぼれてきた。
私が嫡子だから、アンディは戸籍にすら入っていないのだから、
そう思って我慢してきたのに、お父様たちはそうじゃなかった。
まさか、夜中に追い出されるほど嫌われていたなんて。
「言うことを聞かないなら出て行けって。
お父様に外に放り出されたの……」
「この格好で?」
「出されたときは夜着姿だったわ。
もう寝るところだったから。
毛布はリーナが持ってきてくれたの」
「リーナが……よくやった。ジュリアを助けてくれてありがとう」
「いいえ、私はジュリア様の侍女ですから」
なんてこともないように言ってにっこり笑うリーナだけど、
このままだとリーナも辞めさせられてしまうかもしれない。
「ライオネル様……お願い。
リーナとヨゼフを助けてほしいの。
二人は私を助けてくれたから、お父様から罰せられるかもしれない」
「わかった。大丈夫だよ。
侯爵家を辞めさせられたとしても、ここで雇おう。
ジュリア付きの侍女と執事としてね」
「え?私付き?」
「悪いけど、このままじゃジュリアを帰せない。
落ち着くまではここにいてもらうよ。
夜着姿で追い出すって、どういうことだと思うの?」
夜着姿で、あのままリーナとヨゼフが助けてくれなかったら。
門番がいるから、敷地内に誰かが入ってくることはない。
だけど、寒さに耐えきれず、私が外に助けを求めに行ったとしたら。
……こんな恰好で令嬢が外に出たとしたら、
どんな目にあったとしても本人が悪いことになってしまう。
たとえ、無事だったとしても傷物と見られるのは間違いない。
「侯爵は君を嫡子としてふさわしくない状態にしたかったんだろう。
誘拐されるか、傷物にされるか。
最悪、殺されてもおかしくないというのに……」
「……そんな」
そこまで私はいらなかったの?
否定したかったけれど、この状況がそれを許さなかった。
私……死んでもいいと思われていたんだ。
「ジュリアはここで匿う。
それに、先に手を打っておかないと」
「手を打つ?」
「ジュリアが遊びに行って何日も帰って来ない、
品行が悪いと言って学園に退学届けを出されるとか、
行方不明になったと戸籍から抜くように届け出するとか、
侯爵がする前にそんな届け出を受理されないようにしておかないと」
「そんなことできるの?」
「俺ならできるよ。
……とりあえず、事情はだいたいわかった。
後は明日にしようか……さすがにこの格好でそばにいるのはちょっとね」
「え……あ、そうだった」
くるまってた毛布がゆるんで、胸のあたりまで落ちていた。
夜着姿がちらりと見えていて、慌てて毛布をかきいだく。
「うん、俺は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んで?
あぁ、この部屋は侍女の待機部屋もついているから使ってくれ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
私を見ないようにして、ライオネル様が手を振って出ていく。
それを見送ると、リーナがうれしそうに笑う。
「良かったですね!ジュリア様!
まさかヨゼフさんがライオネル様の屋敷を知っていたなんて!」
「あ、そうよね。どうして知っていたのかしら」
安心したら、どっと疲れが来て、身体が重く感じた。
ふかふかの寝台に横になったら、あっという間に眠りに落ちた。
日の光を感じて、起きた時、
昨夜はそこまで考える余裕がなかったからか、
この部屋がいやに整っているのに気がついた。
この部屋はどう見ても、女主人の部屋だわ。
ライオネル様の屋敷にある女主人用の部屋……。
私なんかが使っていいんだろうか。
ぼんやり考えていると、私が起きたのに気がついたリーナが入ってくる。
手には顔を洗う用のお湯が入った桶。
いつものように世話をされるとは思っていなくて、少し驚く。
「屋敷が変わると大変じゃないの?」
「それが、待機部屋が侯爵家と同じ設備なんですよ」
「そうなの?」
「はい!なので、まったく困りませんでした」
「そう」
身支度を整え終わる頃、ドアをノックされてライオネル様が入ってくる。
「おはよう、ジュリア。一緒に朝食をとろうと思って。
食欲はある?体調は問題ない?」
「ええ、大丈夫よ。すごくよく眠れたの」
「それならよかった」
本当に、久しぶりに夢も見ずにぐっすり眠れた。
自分の家なのに、ずっと安心できなかったんだと気づく。
ここには私を傷つける人はいない。
ようやく息ができるような気がして、ゆっくり深呼吸した。
ため息をついたら、リーナが部屋に戻ってくる。
冷たい水で絞った布を頬にあてられ、少しだけピリッと痛む。
お母様の指輪で傷ついたのかもしれない。
「ジュリア様、失礼いたします。……染みますか?」
「ん……大丈夫。ありがとう」
「疲れているだろうから、このまま寝かせてあげたいところだけど、
場合によっては早く対処しないといけないこともある。
何があったのか聞かせてもらえるだろうか」
「うん……実は」
ここ最近のアンディの行動から説明し始めると、
ライオネル様の眉間のしわが深くなる。
……子どものことなのに、寛容になれない自分が恥ずかしくなる。
もっとうまく宥められていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
アンディはまだ幼い子どもなのだから。
「……もう我慢できなくなってしまって、
追い返してしまったの」
「それはそうだよ。子どものいたずらだとしてもひどい」
「……アンディを追い返したら、次は両親を連れてきて。
お父様もお母様も……アンディの言うことを聞きなさいって。
二人とも……アンディがこの家を継ぐのだからって」
私が悪いのかもと思い始めていたところだったからか、
ライオネル様に肯定されて思った以上にほっとする。
気が緩んだのか、耐えきれなくて涙がこぼれてきた。
私が嫡子だから、アンディは戸籍にすら入っていないのだから、
そう思って我慢してきたのに、お父様たちはそうじゃなかった。
まさか、夜中に追い出されるほど嫌われていたなんて。
「言うことを聞かないなら出て行けって。
お父様に外に放り出されたの……」
「この格好で?」
「出されたときは夜着姿だったわ。
もう寝るところだったから。
毛布はリーナが持ってきてくれたの」
「リーナが……よくやった。ジュリアを助けてくれてありがとう」
「いいえ、私はジュリア様の侍女ですから」
なんてこともないように言ってにっこり笑うリーナだけど、
このままだとリーナも辞めさせられてしまうかもしれない。
「ライオネル様……お願い。
リーナとヨゼフを助けてほしいの。
二人は私を助けてくれたから、お父様から罰せられるかもしれない」
「わかった。大丈夫だよ。
侯爵家を辞めさせられたとしても、ここで雇おう。
ジュリア付きの侍女と執事としてね」
「え?私付き?」
「悪いけど、このままじゃジュリアを帰せない。
落ち着くまではここにいてもらうよ。
夜着姿で追い出すって、どういうことだと思うの?」
夜着姿で、あのままリーナとヨゼフが助けてくれなかったら。
門番がいるから、敷地内に誰かが入ってくることはない。
だけど、寒さに耐えきれず、私が外に助けを求めに行ったとしたら。
……こんな恰好で令嬢が外に出たとしたら、
どんな目にあったとしても本人が悪いことになってしまう。
たとえ、無事だったとしても傷物と見られるのは間違いない。
「侯爵は君を嫡子としてふさわしくない状態にしたかったんだろう。
誘拐されるか、傷物にされるか。
最悪、殺されてもおかしくないというのに……」
「……そんな」
そこまで私はいらなかったの?
否定したかったけれど、この状況がそれを許さなかった。
私……死んでもいいと思われていたんだ。
「ジュリアはここで匿う。
それに、先に手を打っておかないと」
「手を打つ?」
「ジュリアが遊びに行って何日も帰って来ない、
品行が悪いと言って学園に退学届けを出されるとか、
行方不明になったと戸籍から抜くように届け出するとか、
侯爵がする前にそんな届け出を受理されないようにしておかないと」
「そんなことできるの?」
「俺ならできるよ。
……とりあえず、事情はだいたいわかった。
後は明日にしようか……さすがにこの格好でそばにいるのはちょっとね」
「え……あ、そうだった」
くるまってた毛布がゆるんで、胸のあたりまで落ちていた。
夜着姿がちらりと見えていて、慌てて毛布をかきいだく。
「うん、俺は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んで?
あぁ、この部屋は侍女の待機部屋もついているから使ってくれ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
私を見ないようにして、ライオネル様が手を振って出ていく。
それを見送ると、リーナがうれしそうに笑う。
「良かったですね!ジュリア様!
まさかヨゼフさんがライオネル様の屋敷を知っていたなんて!」
「あ、そうよね。どうして知っていたのかしら」
安心したら、どっと疲れが来て、身体が重く感じた。
ふかふかの寝台に横になったら、あっという間に眠りに落ちた。
日の光を感じて、起きた時、
昨夜はそこまで考える余裕がなかったからか、
この部屋がいやに整っているのに気がついた。
この部屋はどう見ても、女主人の部屋だわ。
ライオネル様の屋敷にある女主人用の部屋……。
私なんかが使っていいんだろうか。
ぼんやり考えていると、私が起きたのに気がついたリーナが入ってくる。
手には顔を洗う用のお湯が入った桶。
いつものように世話をされるとは思っていなくて、少し驚く。
「屋敷が変わると大変じゃないの?」
「それが、待機部屋が侯爵家と同じ設備なんですよ」
「そうなの?」
「はい!なので、まったく困りませんでした」
「そう」
身支度を整え終わる頃、ドアをノックされてライオネル様が入ってくる。
「おはよう、ジュリア。一緒に朝食をとろうと思って。
食欲はある?体調は問題ない?」
「ええ、大丈夫よ。すごくよく眠れたの」
「それならよかった」
本当に、久しぶりに夢も見ずにぐっすり眠れた。
自分の家なのに、ずっと安心できなかったんだと気づく。
ここには私を傷つける人はいない。
ようやく息ができるような気がして、ゆっくり深呼吸した。
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