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聖女の旅立ち

9.鈴の音

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馬車付きの部屋で過ごすようになって三日目。
今日中には子爵領地に着くという日の午後、
カインさんが箱を二つ持ってきてテーブルの上に置いた。
三十センチ四方くらいの白い箱が二つ。

「これは何?」

「開けてみていいよ。」

美里と一つずつ手に取って開けてみると、中には初めて見る物が入っていた。
赤い筒のようなものの先端から、赤い紐に鈴がつけられたものが何本も出ている。
筒を持って振ると、鈴がシャララと綺麗な音を出す。
一つの紐には等間隔で五個の鈴が付けられている。
紐の本数を数えるとニ十本あるようだ。朱塗りの筒に百個の鈴。
なんとなく神社の鳥居をイメージさせるけれど、楽器だろうか。


「カイン、これ何?」

「楽器とか?」

美里もよくわからないようで首をかしげている。
シャラシャラ振って鳴らしてみるけれど、何に使うものなんだろう。

「これに神力を込めて鳴らすと、瘴気が消える。」

「え?これが?」

「この楽器みたいなのにそんな力があるの?」

そんなにすごいものだったのかと思い、手にしていたものを見つめる。
神力を込めていないからか、シャラシャラ鳴らしてもよくわからない。
これだけ鈴がついていたら重くなりそうだけど、あまり重さは感じない。
筒の太さは手で持つのにちょうどいい。
じっくり見てみたけど、そんなにすごいものには見えない。

「いや、それはただ音が鳴るだけのもの。」

「ん?」

カインさんに説明されているうちにキリルがお茶を淹れて戻ってきた。
ミルクティーを受け取りながら、キリルに質問をする。

「この楽器みたいなので瘴気を消せるんでしょう?
 すごいものなんじゃないの?」

「これで瘴気を消せるけど、本当は音が出るなら何でもいいんだ。
 最初の頃は聖女様が歌って消していたそうなんだけど、
 人前で歌うのが恥ずかしいって聖女様もいて。
 そのためにこうして音のなるものを用意することになった。」

「歌ぁ?」

「人前っていうか、隊員たちがいるところでだよね?
 …それは嫌だなぁ。」

カラオケでもないのに、人前で一人で歌えって言われるのはキツイなぁ。
しかも向こうの世界の歌なんて誰も知らないんじゃないの?
うん、この楽器みたいなのに変わってくれて良かった。

「向こうに行ったらまずは隊員たちが瘴気の発生場所を確認に行く。
 確認出来たら俺たちも向かう。
 手をつないで神力を流すから、その力を込めて鈴を鳴らして。」

「わかった。」

「ついに瘴気との対決か…。大丈夫かな。」

めずらしく弱気になっている美里にカインさんが大丈夫だと頭を撫でる。
最初の頃とは違って、美里もカインさんとふれているのが当たり前になっている。
いちゃついているようにしか見えないけど、
それを言ったら私たちも美里にはそう見えているのかもしれない。

「ユウリも心配?」

ぼんやりしていたのが不安そうに見えたのかキリルが覗き込んでくる。
気が付いた時には顔が近くにあって、心臓がドキドキする。
慣れているはずだけど、急に近距離にいられると動揺してしまう。

「だ、大丈夫だよ。ちょっと緊張はしているけど。」

「そう?何かあれば言ってほしい。
 不安な気持ちをそのまま持っているのは良くない。
 神力が安定しなくなってしまうから。」

「そうなんだ。わかった。
 何かあればすぐに言うからね。」


落ち着くように自分に言い聞かせながら、
少しぬるくなってしまったミルクティを飲む。


今は何も考えずに聖女としての仕事をしなきゃいけないのだから。

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