黒猫令嬢は毒舌魔術師の手の中で

gacchi(がっち)

文字の大きさ
29 / 37

29.変わる時

しおりを挟む
ジルベール様が私を連れて向かったのは、
ロジェロ侯爵家専用の控室だった。

中に入るとマリーナさんが笑顔で迎えてくれた。

「お疲れさまでした、ジルベール様、シャル様」

「ああ」

「マリーナさんは夜会に出なくてもいいの?」

「ええ。魔術師になった時点で家は関係ないと決めていますから」

「そうなんだ」

エレーナ様の従姉妹だというのはわかったけど、
結局マリーナさんの家名を知らない。
魔術師になる時に捨てたからとは聞いたけど。

マリーナさんが淹れてくれたお茶を飲んでほっとしたところで、
ドアが静かにノックされる。
マリーナさんが相手を確認して部屋の中に通した。

入ってきたのは金髪青目の王族服……え?この人って王太子?
さっき壇上で話していた人がジルベール様に笑いかける。

「あれでよかったか、ジルベール」

「ああ、お疲れ。お前が話したってことは、
 陛下は最後まで抵抗してたってことか?」

「いや、父上ではなく、母上だな。
 わかるだろう?エクトルの叔母なんだぞ。
 似たような教育を受けてきている」

「あの公爵家は本当に馬鹿だな。
 生まれたのが王子だけだったからよかったものの、
 王女が生まれていたらどうする気だったんだ?」

「さぁな。母上のことだからわかっていないんだろう」

ぽんぽんと繰り出される会話についていけない。
王太子とジルベール様、もしかして仲良し?

「ところでちゃんと紹介してくれよ。
 愛しの婚約者なんだろう?」

「お前に言わると腹が立つが……。
 シャル、王太子のエドモンドだ」

「エドモンドだよ。名前で呼んでかまわない。
 親友の婚約者だからね」

「シャルリーヌです……よろしくお願いいたします。
 あの、エドモンド様はジルベール様の親友なんですか?」

「そうだよ」

「………そうだ」

にっこり笑って答えてくれたエドモンド様と、
嫌そうに答えてくれるジルベール様。
そっか。本当に親友なんだ。

「さきほどはありがとうございました。
 ジルベール様との婚約を認めていただけてうれしかったです」

「うん、エクトルが迷惑をかけていたみたいだしね。
 お詫びもかねて。俺が認めたって言えば、
 婚約を認めないって誰も言えなくなるだろう」

「王妃は気に入らないようだったが。
 まぁ、叔母もシルヴィも王家の血筋じゃないってわかったんだ。
 これ以上押しつけてくるようなことはしないだろうな」

どうやら王妃はシルヴィ様をジルベール様の婚約者にと考えていたらしい。
王家の血筋だからというのが理由なら、その理由はなくなった。
ということは、王妃は知らなかったんだ。偽の王女だったってこと。
本当に一部の人間しか知らなかったことなのかな。

「陛下も王妃も黒の問題は関係ないと思ってたんだろうけど、
 もともと王家に魔力の多い令嬢ばかり嫁がせていたのが原因だからな。
 魔術師が減ってしまった理由もそうだし。
 このあたりで何とかしないと、この国に魔術師はいなくなってしまう」

「どうして魔術師が減ってしまう原因なんですか?」

「王家のものは魔術師にならない。
 高位貴族の令嬢も魔術師になるのは難しい。
 なのに、王家も高位貴族も魔力の多いものを嫁がせたがる。
 嫁がせた後は魔術師を辞めさせてしまう癖に。
 本来なら伯爵家以下に嫁がせて、子孫を魔術師にするべきなのに」

「あぁ、そういうことですか。
 じゃあ、王族や高位貴族の令嬢も魔術師になれば解決しますか?」

ささやかな疑問で聞いたのに、その場にいた全員にえ?って顔をされる。
何かまずいことでも聞いたかな。

「えっと……王族でも魔術師になればいいと思うんです。
 高位貴族の令嬢でもなりたいって方もいますよね。
 そうすれば人が少ないのは解決するんじゃないかって」

たしかエレーナ様も魔術師にあこがれていた。
侯爵家の令嬢だからダメだっていうなら、
それを変えてしまえばいいんじゃないのかな。

悩むような顔をしていたエドモンド様は、
同じように考え込んでいたジルベール様に問いかける。

「……そうだよな。
 あまりにも簡単すぎて、思いつかなかった。
 ダメだって言われているからダメなんだって。
 王家が決めたルールを変えれば済む話なんだよな。
 ジルベール、受け入れは可能か?」

「……王家がそれを許すのなら可能だ。
 お前がルールを変えれば、すぐにでも入って来そうなのが数名いるな」

「セドリックか。だが、いいのか?
 マリーナは嫌がるんじゃないのか?」

セドリック様って、第二王子だよね。
どうしてマリーナさんが嫌がるんだろう。

「私が嫌がっていたのは第二王子妃になることですから、
 セドが魔術師になることは拒みません」

「あいつが魔術師になったらマリーナにつきまとうと思うが」

「私は魔術院の塔をいただいていません。
 ジルベール様の屋敷で侍女をしていますので、
 つきまとうのは無理だと思います」

「それはそうか。ジルベールの許可なしに入るのは無理だな。
 では、ルールを変えてもかまわないな?」

マリーナさんがうなずいて、ジルベール様もうなずいた。
……マリーナさん、第二王子妃になってほしいって言われてたの?
知らない事実に驚いたけれど、それを聞けるような雰囲気じゃない。

「院長には俺が話をしておく。
 セドリックが入ってくれば上級魔術師が増える。
 院長は喜ぶだろう」

「わかった。あぁ、シャル嬢。
 俺は会場に戻るけれど、何かあれば遠慮なく言ってくれ。
 君のことはジルベールが守るだろうけど、
 王家も君のことを守りたいと思っているからね」

「ありがとうございます」

「多分、生まれてくる子は王女だと思う。
 生まれたら会ってやってくれ」

「はい!」

エドモンド様はにこやかな顔で部屋から出ていく。
生まれてくるのが王女ってことは、黒髪なのかな。
私と同じだけど、きっと同じようにはならない。
エドモンド様が、ジルベール様がそうさせないだろう。

よかったと思って笑っていたら、ジルベール様に頭をなでられる。
見上げたら何か複雑そうな顔をしている。

「どうかしました?」

「いや、俺もシャルが生まれてきた時から守りたかった」

「え?」

「もっと早くに出会えたら、シャルが傷つくことはなかった」

「ふふ。大丈夫です。ジルベール様が助けてくれましたから」

「そうか」

あの日、黒猫だった私を助けてくれたのはジルベール様だ。
黒だった私に手を差し伸べてくれた初めての人。
それが遅かったなんて思っていない。
私の心はちゃんとジルベール様に助けられている。

笑いあっていたら、また誰かが来たようだ。ノックする音が聞こえる。
マリーナさんが相手を確認に行って、険しい顔でジルベール様に報告する。

「来たのはアンクタン家です。
 どうしましょうか」

「え?お父様たち?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...