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29.エルドレドの問題
「……何かあったのでしょうか?」
おそるおそる聞いてみると、マティアス様は大きくため息をついた。
「……落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
「書簡はエルドレドの王太子からだった。
王太子妃になる予定だったリンネアを俺に奪われたのだから、
帝国にはその代わりを用意してほしい。できなくば返せと」
「……本当にそんなことを?」
「ああ」
あまりのことに言葉を失っていると、マティアス様が私のそばに来て手をとる。
「リンネアをこちらに来させたのはあちらなのに、後悔しているようだな。
まぁ、その気持ちはわかる」
「あの……我が国の王太子が大変失礼なことを……」
「ああ、謝らなくていい。リンネアは何も悪くない。
これまで王太子と王女の尻ぬぐいばかりで大変だっただろう。
……ずっと報告は受けていた」
「まぁ……」
アンジェラ様に監視はついているとは思っていたけれど、
ナタニエル様と私のことも報告されていたらしい。
「おそらく、王太子と王女は俺がリンネアを追い返すと考えていたんだろう。
あの王女の考えなら、俺のほうから謝って来るとでも思っていたのかな。
すまなかった、試験など必要ない。俺の妃になってくれ、とでも」
「……私も追い返される覚悟で来ました」
「リンネアが戻ってこないとわかって、ようやく事態に焦り始めたのだろう。
エルドレドの王家に嫁げるものは少ないはずだ」
「私の他に王太子妃になれる身分の令嬢となると……
バランド公爵家のジュリア様くらいですが、まだ五歳ですので」
「この書簡の内容から推測すると、その令嬢にも断られたのかもしれないな」
「……そうですか」
そうなると本当に王太子妃になれるものがいない。
高位貴族の令嬢がそもそもナタニエル様と同じ年代に少なかったことと、
もうすでに嫁いでいる者がほとんどだった。
私が王太子の婚約者に決まったことで、
他の高位貴族の嫡子が争うように高位貴族令嬢との婚約を決めていた。
その中には学園の卒業を待たずして結婚したものもいる。
もし私に何かあれば王家に奪われてしまうかもしれない、
そういう危機感があったのだと思う。
そして、それは現実になった。
「マティアス様、返事はどうするのですか?」
「そうだな。帝国に責任がないわけじゃない。
推薦されたとはいえ、リンネアを奪ったのは事実だからな。
エルドレドの王家に嫁ぐ気がないか、帝国の貴族令嬢に聞いてやってもいい」
「帝国から嫁いでくれるような令嬢はいるのでしょうか?」
「いなかったら、それはあきらめてもらうしかない。
こう言ってはリンネアに悪いが、
無理に嫁がせなくてはならないほど帝国にとって大事な国ではない」
「それはわかっております」
政略結婚をさせるほどエルドレドのは重要な国ではない。
農産物やお茶などの嗜好品は他の国でも代用できる。
エルドレドでなくてはいけないことなど何もない。
それなのに帝国貴族に結婚を命じるようなことがあれば、
不満の声が出てしまうことになる。
マティアス様がそのような判断をするはずがなかった。
「この書簡は国王が許可したものではないようだ。
正式なものでない以上、返事はしない。
もし、エルドレドに嫁いでもいいという令嬢がいれば紹介する。
それでいいだろうか?」
「はい、もちろんです。ありがとうございます」
それでもこうやって気遣いをしてくれるのがうれしい。
ナタニエル様の婚約者だった時にはこんな気持ちになることはなかった。
そう考えると、ますますマティアス様のために役に立たなくてはと思う。
王太子妃の教育は次の週から再開された。
社交用のドレスに着替えてマリアと部屋を出る。
どこで学ぶのだろうと思っていたら、
連れて行かれたのはマティアス様の執務室の隣にある応接室だった。
「ここでなの?」
「はい。座ってお待ちください。すぐにお呼びしてまいります」
「え?」
マリアは礼をすると部屋から出て行ったけれど、
お呼びしてと言った?
私に教えるのはマリアではない?
少しして、部屋に入ってきたのはマティアス様だった。
「え?マティアス様?」
「ああ、教えるのは俺だ」
「ええ?」
「これから教えることの一部は王族しか知らないことも含まれる。
王族ではないマリアではわからないんだ」
「そういえば、そうですね」
言われてみれば納得する。マリアは帝国の侯爵家の出身だと聞いている。
皇帝の正妃様の時の教育係の姪だと。
これから学ぶことは王族としての知識も入る。
知っているのは皇帝陛下と正妃様、二の宮様とマティアス様くらい。
「初日の今日はエルドレドのことについて学ぼうか」
「エルドレドですか?」
「ああ。属国にはそれぞれ問題がある。
その問題を解決できるのが帝国の王族だけだから属国になっている。
エルドレドの問題は知っているか?」
「エルドレドの問題……」
この大陸には魔素というものがある。
そのため生きる者は誰しも魔力を持っている。
魔素や魔力は生きる上で必要なものだけど、
時に多すぎる場合は害になることもある。
「地毒、ですよね?」
「そうだ。エルドレドは土の中に魔力が溜まり、
その結果農作物が汚染されてしまう。
だいたい三十年に一度くらいの頻度で起きる」
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