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101.王族の庭
結局、クララがいつ石打ちの刑になったのかは教えてもらえなかったけれど、
どこか落ち着かなかった王宮内の雰囲気がいつものようになり、
次第に結婚式前の緊張感で引き締まっていった。
結婚式では皇帝陛下と正妃様の前でマティアス様と署名し、
その後はお披露目の夜会となる。
貴族たちを招待する準備も終わり、
あとは侍女たちに身体を磨かれながら当日を待つだけとなった。
結婚式の前日、マティアス様に突然散歩に誘われる。
「王族だけが入れる庭があるんだ。リンネアを連れて行きたい」
「まぁ、いいのですか?まだ正式には王族ではありませんが」
「いや、大丈夫。許可は取ってあるから」
許可が出ているのなら問題はない。
ここのところ準備が慌ただしくてマティアス様とゆっくり話す時間はなかった。
その庭は東宮でも本宮でもなく、王宮の敷地の一番奥にあるという。
そこまで馬車で移動すると聞いて、不思議に思う。
散歩に誘われたのは、二人きりになりたいからだと思ったけれど、
そこに行かなければならない理由があるのかも?
王宮の奥に着くと、周りに人の気配はなかった。
近衛騎士が二人、門の前に立っている。
マティアス様と私だけが門の中に入る。
ここだけは護衛も側近もついてくることはできないらしい。
久しぶりにマティアス様と手をつないで歩く。
王族しか入れないのに手入れとかはどうしているのか、
綺麗に刈られている芝生の上を歩く。
「綺麗な場所ですね。なんだか落ち着きます」
「そうか……喜んでくれたのならよかった」
「どうしてここに連れてきたのですか?
うれしいですが、今日でなくても良かったですよね?
何か理由があるのでは?」
「……ああ。これから女神に会わせる」
「え?」
女神に会わせるって聞こえたけれど、聞き間違い?
「以前、話しただろう。帝国の王族の秘術は女神から授かったものだと」
「……はい」
「実際にはそこに女神はいないのかもしれないけれど、
女神が眠っていると言われている場所がある。
俺は皇太子に認められた時に一度行っている」
「そこに私も連れて行ってくださるのですか?」
「ああ。皇太子妃になる時に一度、王妃になる時に一度。
女神に挨拶しに行くことになっている。
これは皇帝、正妃になる者しか知らないことだ」
「もしかして、これが本当の結婚式なのですか?」
「そうだ。明日、署名するのは戸籍の形式的なものだ。
女神に挨拶をすることで皇太子妃として認められることになる」
そう言われると急に緊張してきた。
「悪いな……人が周りにいる時に話すことはできなくて」
「いえ、そういう事情なら仕方ありません」
結婚式の準備中ということもあり、完全に二人きりになるのは難しい。
お兄様やカルラにも聞かせられないというのなら、
ここに来る前に私に説明するのは無理だっただろう。
「あそこの中に泉があるんだ。
少しうす暗いからしっかり捕まっていて」
「はい」
王族の庭は広く、示された場所は小さな森のように見える。
うっそうと茂る木の下はうす暗く、マティアス様にしがみつくようにして歩く。
しばらくすると、そこだけぽっかり穴が開いたように光が差し込んでいた。
その下には透き通った泉があった。
きらきらと光が揺らいでいるのが見える。生き物はいないようだ。
「ここに女神が眠っている」
「とても美しい場所ですね」
女神の気配はわからないけれど、
こんな美しい場所なら女神が眠っていると言われても納得する。
「女神よ、妻となるものを連れてきた。エルドレド国のリンネアだ。
俺の妻として、帝国の王太子妃として認めてほしい」
マティアス様の低くてよく通る声が響く。
だが、それに返事はない。
それでもマティアス様は気にしていないようだった。
「リンネア、俺はリンネアがエルドレドで苦労していたのを知っている。
だから、少しだけ迷ったんだ。
これから苦労するとわかっている皇太子妃にしてしまっていいのかと」
「そんなこと」
「きっとリンネアに苦労させてしまう。頼ることもあるだろう。
俺がすることはナタニエルと何が違うのかと」
「それは違います!」
「リンネア?」
まさかマティアス様がそんなことを考えていたなんて。
「マティアス様はナタニエル様とはまったく違います。
それに……私はマティアス様のためなら苦労してもいいと思っているんです。
前にマティアス様が逃げたいのなら一緒に逃げると言いました。
マティアス様が皇帝になるというのなら、私はその隣にいます」
「情けないことを言ってしまって悪い。
何が起きても、俺はリンネアを手放した入りはできないのにな」
「謝らないでください。それが私の望みですから。
私はマティアス様の助けになりたいのです。
リンネアがいてくれてよかった、そう思ってくれたらうれしいのです」
ゆっくりと抱き寄せられる。
その手が少しだけ震えているのに気づいた。
どれだけ重荷を背負っているのかはわからない。
その少しでも一緒に背負えたならいいと思う。
「ありがとう……リンネア。俺と結婚してほしい」
「ええ、もちろんです」
そっと唇が重なった瞬間、目を閉じていたけれど、
祝福するような光が私たちを優しく包んでくれた気がした。
どこか落ち着かなかった王宮内の雰囲気がいつものようになり、
次第に結婚式前の緊張感で引き締まっていった。
結婚式では皇帝陛下と正妃様の前でマティアス様と署名し、
その後はお披露目の夜会となる。
貴族たちを招待する準備も終わり、
あとは侍女たちに身体を磨かれながら当日を待つだけとなった。
結婚式の前日、マティアス様に突然散歩に誘われる。
「王族だけが入れる庭があるんだ。リンネアを連れて行きたい」
「まぁ、いいのですか?まだ正式には王族ではありませんが」
「いや、大丈夫。許可は取ってあるから」
許可が出ているのなら問題はない。
ここのところ準備が慌ただしくてマティアス様とゆっくり話す時間はなかった。
その庭は東宮でも本宮でもなく、王宮の敷地の一番奥にあるという。
そこまで馬車で移動すると聞いて、不思議に思う。
散歩に誘われたのは、二人きりになりたいからだと思ったけれど、
そこに行かなければならない理由があるのかも?
王宮の奥に着くと、周りに人の気配はなかった。
近衛騎士が二人、門の前に立っている。
マティアス様と私だけが門の中に入る。
ここだけは護衛も側近もついてくることはできないらしい。
久しぶりにマティアス様と手をつないで歩く。
王族しか入れないのに手入れとかはどうしているのか、
綺麗に刈られている芝生の上を歩く。
「綺麗な場所ですね。なんだか落ち着きます」
「そうか……喜んでくれたのならよかった」
「どうしてここに連れてきたのですか?
うれしいですが、今日でなくても良かったですよね?
何か理由があるのでは?」
「……ああ。これから女神に会わせる」
「え?」
女神に会わせるって聞こえたけれど、聞き間違い?
「以前、話しただろう。帝国の王族の秘術は女神から授かったものだと」
「……はい」
「実際にはそこに女神はいないのかもしれないけれど、
女神が眠っていると言われている場所がある。
俺は皇太子に認められた時に一度行っている」
「そこに私も連れて行ってくださるのですか?」
「ああ。皇太子妃になる時に一度、王妃になる時に一度。
女神に挨拶しに行くことになっている。
これは皇帝、正妃になる者しか知らないことだ」
「もしかして、これが本当の結婚式なのですか?」
「そうだ。明日、署名するのは戸籍の形式的なものだ。
女神に挨拶をすることで皇太子妃として認められることになる」
そう言われると急に緊張してきた。
「悪いな……人が周りにいる時に話すことはできなくて」
「いえ、そういう事情なら仕方ありません」
結婚式の準備中ということもあり、完全に二人きりになるのは難しい。
お兄様やカルラにも聞かせられないというのなら、
ここに来る前に私に説明するのは無理だっただろう。
「あそこの中に泉があるんだ。
少しうす暗いからしっかり捕まっていて」
「はい」
王族の庭は広く、示された場所は小さな森のように見える。
うっそうと茂る木の下はうす暗く、マティアス様にしがみつくようにして歩く。
しばらくすると、そこだけぽっかり穴が開いたように光が差し込んでいた。
その下には透き通った泉があった。
きらきらと光が揺らいでいるのが見える。生き物はいないようだ。
「ここに女神が眠っている」
「とても美しい場所ですね」
女神の気配はわからないけれど、
こんな美しい場所なら女神が眠っていると言われても納得する。
「女神よ、妻となるものを連れてきた。エルドレド国のリンネアだ。
俺の妻として、帝国の王太子妃として認めてほしい」
マティアス様の低くてよく通る声が響く。
だが、それに返事はない。
それでもマティアス様は気にしていないようだった。
「リンネア、俺はリンネアがエルドレドで苦労していたのを知っている。
だから、少しだけ迷ったんだ。
これから苦労するとわかっている皇太子妃にしてしまっていいのかと」
「そんなこと」
「きっとリンネアに苦労させてしまう。頼ることもあるだろう。
俺がすることはナタニエルと何が違うのかと」
「それは違います!」
「リンネア?」
まさかマティアス様がそんなことを考えていたなんて。
「マティアス様はナタニエル様とはまったく違います。
それに……私はマティアス様のためなら苦労してもいいと思っているんです。
前にマティアス様が逃げたいのなら一緒に逃げると言いました。
マティアス様が皇帝になるというのなら、私はその隣にいます」
「情けないことを言ってしまって悪い。
何が起きても、俺はリンネアを手放した入りはできないのにな」
「謝らないでください。それが私の望みですから。
私はマティアス様の助けになりたいのです。
リンネアがいてくれてよかった、そう思ってくれたらうれしいのです」
ゆっくりと抱き寄せられる。
その手が少しだけ震えているのに気づいた。
どれだけ重荷を背負っているのかはわからない。
その少しでも一緒に背負えたならいいと思う。
「ありがとう……リンネア。俺と結婚してほしい」
「ええ、もちろんです」
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祝福するような光が私たちを優しく包んでくれた気がした。
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