【R18】ユートピア

プロローグ

僕はかつて、あの世を見たことがある。



あれは、僕が高校生の頃だった。

好きな画家の展示を見た帰り、いつもより浮かれていて、よく左右も確認しないまま青信号を渡ったら、信号無視の車にはねられた。

ぼんやりとした視界には、真っ赤に染まった道路が映っていた。
今までのことが走馬灯のように浮かんできて、生まれて初めて、死が差し迫ったものとして感じられた。
フィクションではあんなにドラマチックな死は、想像よりも遥かに淡々としていて静かなものなんだなと、不思議なような寂しいような気持ちがした。

次に覚えているのは、美しい泉と虹がある光景だった。
僕は直感的に、ここは天国なんだと確信した。
その世界は、僕が生きている世界とは違ってあまりにも美しくて、ずっとここに居たいと思った。

意識が戻った時、周囲の人達は喜んでくれたけど、僕は残念な気持ちになった。

あの世界にあのまま居たかった。
どうして僕は、この世界に戻ってしまったのかと。

僕は死にたいわけではない。
僕は世間的には恵まれている方だから。

僕の父親は大企業の社長で、金銭的に恵まれて生きてきた。
僕は教育の機会に恵まれてきたし、幼い頃から質の高い芸術に囲まれて過ごしてきた。
これは、家が裕福だったからこそだ。

それでも僕は憂鬱だった。
僕の家庭はお金こそあれど、家族関係は明らかに歪だったから。

だから、僕はこんな灰色の世界から抜け出して、あの死の狭間で見た美しい世界に戻りたいと思った。
あの世界こそが本来僕がいるべき世界で、今いる世界は間違いなんだって。




あの日見た美しい世界は、永遠の理想郷として、今も頭の中に残り続けている。

学生時代には、仲の良い友人が出来る度に、その世界の話をした。
僕の話を聞いた友人達は、僕が語る世界を、単なる臨死体験をした人間の幻覚だと、諭すように言ってきた。
そのうちに僕は、この話を誰かにするのをやめた。

けれど、探し続けたその世界は、ある時、僕の目の前に再び姿を現した。

それは、とある無名の画家が描いた「ユートピア」という作品だった。

僕は感動のあまり、その場でその絵を、提示されていた額の何十倍もの金額で買い取った。
そして、その画家とパトロン契約を結ぶことに決めた。

それが彼女との出会いだった。