Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

文字の大きさ
2 / 62
1章 手探り村長、産声を上げる

2話 ニート襲来

しおりを挟む
 他愛ない会話に興じていると、遠くから馬車がやって来た。いや、馬車と呼ぶには少々みすぼらしい。馬車は馬車でも、対人に特化した物ではなく、荷を運ぶ為に形成された車――帆馬車とするのが最適であろう。

 舗装されていない道を、車輪が無理矢理突き進む。車体はこれでもかと揺れ、さながら地震体験装置に乗せられた水入りコップのようだった。

「一人目の住民がいらっしゃったようですよ!」

 俺達の前で帆馬車は止まる。馬はいななき、大層な身なりの御者がそれを宥める。

 完全に停止した車だったが、いつまで経っても、その荷台から入植者が降りて来ることはなかった。

 まさか落としたのではなかろうか。そんな予感すら芽生え始めた頃、ようやく帆の中から声が聞こえた。

「助けてくれ……」

 無骨の手が荷台の淵を掴む。ぬっと這うように現れたのは血の気の失せた顔だった。

 その男は荷台から顔を出すなり、胃の中の物を吐き出した。モザイクこそ掛かって見えるものの、流石に目の前で嘔吐されると気分が悪い。俺は情けないことに、ナビ子に助けを求めることしか出来なかった。

「いらっしゃいませ、アラン様。ようこそ、新しい地へ! 住民一同、歓迎致します!」

 あからさまな定型文を口にして、ナビ子は腰を折る。対する男――アランは口元を拭って、「おう」と手を挙げる。その声は掠れ、今にも息絶えてしまいそうだった。

「さあ、ポリプロピレンニキ様。早速この方に仕事を与えましょう。まずは《木材》の入手など、いかがでしょう?」

「おいおい、まっ……うぷ……待てよ。書類、見たろ?」

 生まれたての小鹿のような足取りで、アランはようやく地面を踏み付けた。背丈は俺よりも高い。百八十センチメートルはあるかもしれない。軽くウェーブの掛かった茶髪を後頭部にまとめ、その下では虚ろな垂れ目が瞬いている。

 鍛冶でも任せたら似合いそうだ。空想を巡らせる俺を嘲笑うかの如く、その男は、

「『ニート』志望なんで。よろしく」

 そんなことを言い放った。

「ニート?」

「『ニート』とは、資材集めにも内政にも参加しない役職のことです」

「役職なんですか、それ」

 最も働かなくてはならない初めての入植者がこれか。俺は「やり直し」を視野に入れた。

「でもでも! でもですね、ポリプロピレンニキ様!」

 まるで思考を読んだかのように、ナビ子は俺の前で手を振る。

「『ニート』を志望していても、他の職に就かせることは出来ますし、それに『ニート』の上級職には有益なものもあってですね! 晩成型の職業になっていて……だから、絶望するにはまだ早いですよ!」

「うん、そうだよな……そうだよな。よし、分かった」

 そう頷くと、近くから抗議の声が上がる。余程働きたくないらしい。アランは俺の肩を掴んで、大きく揺らした。

「勘弁してくれよ! 働きたくないんだって!」

「そんなこと言われても……このままじゃ餓死するらしいですし」

「お前がやりゃァいいじゃん!」

「俺もやりますから。そもそも、どうしてここに志願したんです? ゲーム発売からしばらく経ってますし、もっと発展した村とか他にあった筈ですけど」

 少々メタい発言だったか。若干後悔しつつ男の回答を待っていると、彼は顔を歪めた後、どしりと座り込んだ。

「とにかく! オレは働かねぇからな! 歩けなくなるくらい脛齧りまくってやる!」

「ナビ子さん。彼、何の役職に就けますか?」

「聞け!」

 いつの間にやら、彼を運んで来た馬車は消えていた。問答の最中に、あるべき場所に帰ったのかもしれない。

 これでアランは、実家へ戻る為には歩くしかなくなった訳だ。それは逃走防止に繋がると同時に、口説き落とせなければ枷を背負うという危険も孕んでいる。

 開拓初日の村に送り込むべき人材ではない。俺は運営の采配を疑わざるを得なかった。

「アラン様は現在、『農民』『戦士』『石工師』『木工師』『ニート』のいずれかの職業に就くことが出来ます。こちらの《スターターパック》に転職に必要なアイテムが揃っているので、御活用ください」

 俺の手に大きな麻袋が渡る。中にはハンマーやミノ、クワ、木刀。さらに、「こむぎ」や「ニンジン」と書かれた小袋まで入っている。

 「シミュレーションゲーム」と謳われるだけあって、種やツール素材を自力で集めるような「サバイバル感」は少なく設定してあるようだ。少なくとも序盤においては。

「『戦士』はまだ必要ないし、『ニート』は論外」

「えっ、論外なんですか?」

「初見で冒険したくないですし。『石工師』……石もまだ扱う予定はないし、『農民』か『木工師』のどっちかかなぁ。この二つはどういう役職なんですか?」

「『農民』は畑を耕し、作物を育て、食糧を生産します。『木工師』は《木材》を加工して、家具や一部の転職アイテムを作成することが出来ます」

 『木工師』は捨て難い職業だ。今後家や施設の建築を行うとなると、《木材》の加工も必要になってくるだろう。しかし今は採用するべき時ではない。何せ加工する為の《木材》がなく、仕事にならないのだから。

「じゃあ『農民』かな。とにかく今は基盤を整えないと」

「よい判断だと思います。では、こちらで手続きを」

 結構面倒臭いな。「転職」ボタン一つで済むとばかり思い込んでいたが、実際はサインまで必要とするらしい。俺はナビ子からバインダーを受け取って、書類に文字を書き加えた。


 以下の者を『農民』とする。
 アラン
 ――承認、ポリプロピレンニキ


「はいっ、おめでとうございます! これでアラン様は、晴れて『農民』となりました!」

「はあっ!? おい、ふざけんな!」

 すっかり回復したアランが掴み掛かって来る。余程働きたくないのだろう。しかしよく考えてみれば、まさか開拓すら始まっていない植民地に送られるとは、彼とて想定外であったろう。彼もまた被害者なのかもしれない。人が増えたら、彼の願望を叶えてやろう。

 密かに決めつつ男を宥めていると、ナビ子が一つ手を叩いた。まだチュートリアルは終わらない。

「では、! 早速アラン様に畑を耕してもらいましょう!」

「嫌だぁああああああ!!」


入植者番号一
 名前・アラン
 性別・男
 希望役職・ニート
 特性・世話焼き
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放勇者の土壌改良は万物進化の神スキル!女神に溺愛され悪役令嬢と最強国家を築く

黒崎隼人
ファンタジー
勇者として召喚されたリオンに与えられたのは、外れスキル【土壌改良】。役立たずの烙印を押され、王国から追放されてしまう。時を同じくして、根も葉もない罪で断罪された「悪役令嬢」イザベラもまた、全てを失った。 しかし、辺境の地で死にかけたリオンは知る。自身のスキルが、実は物質の構造を根源から組み替え、万物を進化させる神の御業【万物改良】であったことを! 石ころを最高純度の魔石に、ただのクワを伝説級の戦斧に、荒れ地を豊かな楽園に――。 これは、理不尽に全てを奪われた男が、同じ傷を持つ気高き元悪役令嬢と出会い、過保護な女神様に見守られながら、無自覚に世界を改良し、自分たちだけの理想郷を創り上げ、やがて世界を救うに至る、壮大な逆転成り上がりファンタジー!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

処理中です...