7 / 62
1章 手探り村長、産声を上げる
7話 妖怪1足りない
しおりを挟む
朝日が昇り、小鳥が囀る。草枕の末に迎えた二日目の朝は、清々しい程の快晴だった。身体を伸ばし、肩を回す。未だ夢の中にいる二人の住民と一人のガイドを横目に、俺はある物を発見する。
「《木の作業台》……」
暗い中、二人目の住民であるクローイが完成させた仕事場である。『木工師』としての真価を発揮する為に必要とする道具がとうとう揃ったのだ。
天板のサイズは、人間の上半身を優に乗せられるくらいだ。縦幅一メートル、横幅一・五メートル程だろうか。机の上には浅底の箱や工具立てが、不格好の様相ながら放り出されている。
テンプレートを貼り付けた無機質で代わり映えしない作業台とは、かなり様子が異なる。きっとクローイのオリジナルなのだろう。
「ふあ……あれ、村長さん……?」
むくりとクローイが起き上がる。髪に付いた葉を振って、ぼうっとこちらを見つめている。朝に弱いのだろうか、しばらく放心の様子だったが、突然その顔がカッと赤く染まった。
「ほあっ、す、すみません! わ、私、『木工師』を志願してたのに、こういうの未経験で……ヘタクソな物を……」
「いやいや、上手だと思いますよ。ささくれもないですし、よく磨かれている。細部まで丁寧に作り込んでますね。――と言っても、俺も素人なんですけど」
オリジナルと思しき箱を撫でる。するとクローイは肩を竦めて、
「あ、ありがとうございます……」
畏縮しているかと思いきや、彼女の口元は綻んでいた。単に緊張か、あるいは恥ずかしがっているだけらしい。誰しも褒められると嬉しいものだ。
これから何を任せようか。『木工師』の制作リストを思い出しながら思案を巡らせていると、視線を感じた。その方に目を遣ると、にやつく二人が映り込んだ。双方とも頬杖を付き、妙に楽しそうな様子でこちらを眺めている。
起きているならば一言掛けてくれればよいのに。俺は二人へと向き直って、
「おはようございます、二人共」
「おはよー、村長サン?」
粘ついた笑みを隠さないアランは、身体を横たえたまま伸びをする。そして跳ねるように起き上がった。次いでナビ子も起床する。
「あーあ、何か邪魔しちゃったみたいで。気にしなくてもよかったんですよ、村長さん」
「邪魔って何ですか」
俺は肩を降ろす。気を取り直して、
「早速ですけど、今日の作業について――」
「おいおい、村長さん。ちょっと焦り過ぎじゃないか? 飯食おうぜ、飯」
「飯を食いながらでいいので相談しましょう。早く基盤を整えたいんです」
決意を伝えると、アランとナビ子は顔を見合わせる。茶化されるかと思いきや、ナビ子は鮮やかな笑顔を浮かべて、
「そうですね! せっかく『木工師』を迎えましたし、今日から本格的に村づくりを開始しましょう!」
■ ■
食事を終えた後、俺達はまず素材集めに向かった。
昨日集めた《木材》も、《木の作業台》や箱、《焚き火》に消費した為、半数にまで減っている。これだけでは住居を構えようにも心許ない。
そこで俺は例の如く、伐採の指示を出す。道すがら見付けた《レッドベリーの繁み》や《キノコ群》への採取指示も忘れなかった。
昨日仕掛けた畑はというと、ようやく芽が出始めた程度で、収穫にはまだまだ長い時間を要する。
ベリーとキノコは腹持ちがよくなく、食糧として効率がよいとは決して言えないが、農作物が望めない以上、それに頼るより他なかった。不安は尽きない。
「そうだ、ナビ子さん。次の入植者受け入れ条件はいくつになってますか?」
「はい。資材量が五十、食糧量が二十五となっています」
「今回で資材……《木材》は多分クリアできますよね。じゃあ問題は食糧か。流石に採取だけで集めるのは難しいかな」
「昨日採取した繁みにも、もしかしたら木の実が復活しているかもしれません。そちらも確認してみましょう!」
「それなら望みはあるかな。――よし。今日中にもう一人住民を迎えられるように、頑張りましょう」
アランとクローイの手によって木々は薙ぎ倒され、《レッドベリーの繁み》は再び緑一色となる。《キノコ群》も未成熟の物を残して収穫され尽くした。
資材ノルマは今回の伐採で達成される。それは確実である。しかし食糧ノルマにおいて、あまりにも切実な問題が発生した。
「妖怪一足りない!」
そう、足りなかったのである。それも、たった一つだけ。世間によく言う「妖怪一足りない」が、とうとうこのゲームにまで魔の手を伸ばして来た。
「ご飯! 何か食えそうなものはないか!」
「この辺りの食材は採り尽くしました……」
服を器代わりにしたクローイが、おずおずと報告する。アランも肩を竦めて同意していた。
「また働くのか……」
「足を伸ばせば食べ物が見付かるかもしれませんが……いかが致しますか、村長さん」
俺は考える。数百メートル程北上した先には、この森よりもずっと広大な森林が設置されている。そこならば今以上の食糧も望めるだろう。だが俺は迷っていた。
暗闇の中、たった一つの火を囲み、身を寄せ合う孤独感。心細さを助長する寒気と緊張。昨晩の光景、それがどうしても引っ掛かったのだ。
「村長さん?」
黙りこくった俺を心配したのか、ナビ子が覗き込んでくる。長らく悩んだ末、俺は結論を出した。
「家を作りましょう」
「《木の作業台》……」
暗い中、二人目の住民であるクローイが完成させた仕事場である。『木工師』としての真価を発揮する為に必要とする道具がとうとう揃ったのだ。
天板のサイズは、人間の上半身を優に乗せられるくらいだ。縦幅一メートル、横幅一・五メートル程だろうか。机の上には浅底の箱や工具立てが、不格好の様相ながら放り出されている。
テンプレートを貼り付けた無機質で代わり映えしない作業台とは、かなり様子が異なる。きっとクローイのオリジナルなのだろう。
「ふあ……あれ、村長さん……?」
むくりとクローイが起き上がる。髪に付いた葉を振って、ぼうっとこちらを見つめている。朝に弱いのだろうか、しばらく放心の様子だったが、突然その顔がカッと赤く染まった。
「ほあっ、す、すみません! わ、私、『木工師』を志願してたのに、こういうの未経験で……ヘタクソな物を……」
「いやいや、上手だと思いますよ。ささくれもないですし、よく磨かれている。細部まで丁寧に作り込んでますね。――と言っても、俺も素人なんですけど」
オリジナルと思しき箱を撫でる。するとクローイは肩を竦めて、
「あ、ありがとうございます……」
畏縮しているかと思いきや、彼女の口元は綻んでいた。単に緊張か、あるいは恥ずかしがっているだけらしい。誰しも褒められると嬉しいものだ。
これから何を任せようか。『木工師』の制作リストを思い出しながら思案を巡らせていると、視線を感じた。その方に目を遣ると、にやつく二人が映り込んだ。双方とも頬杖を付き、妙に楽しそうな様子でこちらを眺めている。
起きているならば一言掛けてくれればよいのに。俺は二人へと向き直って、
「おはようございます、二人共」
「おはよー、村長サン?」
粘ついた笑みを隠さないアランは、身体を横たえたまま伸びをする。そして跳ねるように起き上がった。次いでナビ子も起床する。
「あーあ、何か邪魔しちゃったみたいで。気にしなくてもよかったんですよ、村長さん」
「邪魔って何ですか」
俺は肩を降ろす。気を取り直して、
「早速ですけど、今日の作業について――」
「おいおい、村長さん。ちょっと焦り過ぎじゃないか? 飯食おうぜ、飯」
「飯を食いながらでいいので相談しましょう。早く基盤を整えたいんです」
決意を伝えると、アランとナビ子は顔を見合わせる。茶化されるかと思いきや、ナビ子は鮮やかな笑顔を浮かべて、
「そうですね! せっかく『木工師』を迎えましたし、今日から本格的に村づくりを開始しましょう!」
■ ■
食事を終えた後、俺達はまず素材集めに向かった。
昨日集めた《木材》も、《木の作業台》や箱、《焚き火》に消費した為、半数にまで減っている。これだけでは住居を構えようにも心許ない。
そこで俺は例の如く、伐採の指示を出す。道すがら見付けた《レッドベリーの繁み》や《キノコ群》への採取指示も忘れなかった。
昨日仕掛けた畑はというと、ようやく芽が出始めた程度で、収穫にはまだまだ長い時間を要する。
ベリーとキノコは腹持ちがよくなく、食糧として効率がよいとは決して言えないが、農作物が望めない以上、それに頼るより他なかった。不安は尽きない。
「そうだ、ナビ子さん。次の入植者受け入れ条件はいくつになってますか?」
「はい。資材量が五十、食糧量が二十五となっています」
「今回で資材……《木材》は多分クリアできますよね。じゃあ問題は食糧か。流石に採取だけで集めるのは難しいかな」
「昨日採取した繁みにも、もしかしたら木の実が復活しているかもしれません。そちらも確認してみましょう!」
「それなら望みはあるかな。――よし。今日中にもう一人住民を迎えられるように、頑張りましょう」
アランとクローイの手によって木々は薙ぎ倒され、《レッドベリーの繁み》は再び緑一色となる。《キノコ群》も未成熟の物を残して収穫され尽くした。
資材ノルマは今回の伐採で達成される。それは確実である。しかし食糧ノルマにおいて、あまりにも切実な問題が発生した。
「妖怪一足りない!」
そう、足りなかったのである。それも、たった一つだけ。世間によく言う「妖怪一足りない」が、とうとうこのゲームにまで魔の手を伸ばして来た。
「ご飯! 何か食えそうなものはないか!」
「この辺りの食材は採り尽くしました……」
服を器代わりにしたクローイが、おずおずと報告する。アランも肩を竦めて同意していた。
「また働くのか……」
「足を伸ばせば食べ物が見付かるかもしれませんが……いかが致しますか、村長さん」
俺は考える。数百メートル程北上した先には、この森よりもずっと広大な森林が設置されている。そこならば今以上の食糧も望めるだろう。だが俺は迷っていた。
暗闇の中、たった一つの火を囲み、身を寄せ合う孤独感。心細さを助長する寒気と緊張。昨晩の光景、それがどうしても引っ掛かったのだ。
「村長さん?」
黙りこくった俺を心配したのか、ナビ子が覗き込んでくる。長らく悩んだ末、俺は結論を出した。
「家を作りましょう」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる
邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。
オッサンにだって、未来がある。
底辺から這い上がる冒険譚?!
辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。
しかし現実は厳しかった。
十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。
そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。
黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた!
「この力があれば、家族を、この村を救える!」
俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。
「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」
孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。
二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。
優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる