Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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1章 手探り村長、産声を上げる

8話 そうだ、家を作ろう

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「家を作りましょう」

「家、ですか」

 クローイは反芻する。現状の建材は《木材》か、その加工品となる。つまり『木工師』であるクローイの出番なのだ。彼女が承認しなければ、俺も推し進めることは出来ない。

「どう、ですかね」

 そう尋ねると、彼女は視線を落とす。嫌そう――というよりは、思案している顔だった。

「村長さん、設計図……描いて頂けませんか。私達はそれに基づいて建築をしますので」

「設計図? いいけど……俺、書いたことないですよ?」

 お任せください、そう溌剌とした声が憂慮を引き裂く。ファイルを片手にナビ子がキリリと、たわわに実る胸を張っていた。

「設計図の作成には二つ方法があります。一つ目に、村長さんが自ら手掛けること。もう一つにテンプレートを使用することです」

「へえ、テンプレもあるんだ」

「ちなみに、これがそのカタログになります」

 差し出されたファイルを捲《めく》り、俺は唸る。そこにあったのは眩暈がする程にオシャレな家ばかりだった。石材や金属など、現状では扱い得ない資材を用いるテンプレートが大半を占め、到底手を出せそうにない。テンプレートの用いた建築は初心者向けではないのだろうか、俺はげんなりとしていた。

「初心者に優しくないですね」

「この欄にあるのは、他プレイヤー様が作った家の設計図です。このゲームでは自分が作った建物の設計図を公開する機能があるのですよ!」

「公式のテンプレを見せてください……」

「お気に召しませんでしたか。無限の可能性に思いを馳せてほしかったのですが」

 現在においては扱えない建材が多く存在することは分かった。そして所謂「建築勢」――建築に全力を費やすプレイヤーがいることも理解した。どこにでもいるものだ、そういう人は。

「俺達が使える建材……木材系だけを使った家はありますか?」

「はい、こちらのページに」

 手袋に包まれた指がページを示す。そこには写真が三つ掲載されていた。上段にはログハウス調の大きな家。中段にはおよそ三十畳の三角屋根の家。下段には最も必要材料の少ない、十畳程の小屋がある。

 上段と中段は、あまりにも使用資材量が多い。今のうちに建てておけば後々楽できるかもしれないが、何もかもが不足している現在では流石に手を出し難い。だが下段を選ぼうにも問題がある。

「六畳に三人が寝るのは、流石に狭いですよね」

「夜の間、村長さんも室内で待機するとなると――そうですね、六畳は狭いかもしれません」

 となると、必然的に俺が設計図を描くしかないのだ。俺は諦めて、ナビ子から筆記用具を受け取った。

「オレ達は《木材》を集めておくから、何かあったら呼んでくれや」

 俺は思わず絶句する。

 あれだけ嫌がっていた仕事に積極性を見せるだなんて、彼らしくない。昨日今日と口にしたキノコに当たったのではなかろうか。

 俺の視線を読み取ったのだろう、アランは不快そうに唇を曲げた。

「オレだって嫌なんだよ、野宿。虫多いし」

 夜の間、しきりに地面を気にしていたのはそれが理由であるらしい。いくらこの世界の出身であっても、虫を苦手とする者もいるのだろう。後でクローイに虫型の小物でも作ってもらおうかと思案しつつ、俺は設計図に着手した。

 家を建てる場所は畑の北側と決めた。それは畑に降り注ぐ日光を遮らない為であり、また、室内から作物の様子を確認できるようにする為でもある。

 建設予定地を眺めながら、俺は頭の中でブロックを積み上げる。

 いずれ設置予定の《ワラ敷きベッド》は、横幅一メートルを要する。それを最低でも四つ――次の入植者の為に、一つ余分に設置する予定だ――と、ベッドの昇降に足る距離。これが一辺の幅に必要である。ベッドを一列に並べることを前提とすると、最低でも七メートルは確保しておきたい。

 それと、可能ならば、クローイ作の《木の作業台》も室内に設置しておきたい。

 雨に濡れると気分が悪いし、何よりも夜間、作業を継続してもらうようなことがあれば、野外に設置しておくのは危険と判断した。作業中の彼女は台から離れられないのだ。

 これらの条件を元に考えると、第一案として七メートルと五メートルそれぞれの長さを辺に確保する案。第二案として、ベッドを二列に設置することで一辺を短くする案がある。こちらは一辺を五メートルとして、およそ正方形に床を確保する。

「二つ目の方が、必要な材料は少ないんだよな。でも、かなり狭くなりそう」

 どちらを取るべきか。俺は思考を巡らせた。

「ナビ子さんはどっちがいいと思います?」

「うーん、そうですねぇ」

 ナビ子は唸る。

 村長の補佐を仕事とする彼女は、アランやクローイを追従せず、俺の傍に控えていた。筆を走らせる度にもどかしげに唇を動かす彼女だ、いつ痺れを切らすかと期待していたのだが、ついぞ俺が話を振るまで口を開くことはなかった。

 あくまで彼女はナビゲーション。干渉し過ぎるのはよくないと、そう設計されているのだろう。

「私は一つ目の方が好きです。一見広く見えますし、今後増加する入植者の為にベッドを置くスペースは確保しておいた方がよいかと」

「なるほど、確かに」

「材料の方は、窓を多く取るとか、屋根の形を工夫することで融通が効きます。今日中に全て完成する――とまでは保障出来ませんが、床と壁を完成させるだけでも夜の過ごし方が違って来ると思いますよ」

「そうですね。じゃあ床はこっちにします」

 俺は第一案に丸を付ける。次いで俺は、外装や屋根の設計に移った。

「ナビ子さん、積極的に意見してくれると、俺も助かるので……」

「承知しました。では、まずこの辺りに壁を作ってですね」

「玄関入ってすぐベッドがあるとアレですからね」

 ナビ子の指が示すまま、俺は床の上に線を引く。およそ部屋の中央、横に割るように壁を設置する。

「で、ここにベッドを置くんです」

「ふむふむ。一つだけベッドを設置して様子を見るんですね」

「それから、この辺りに机と椅子を置いて、広い窓を確保して」

「ほうほう。部屋が明るくなりそう」

 俺はひたすらペンを走らせる。

「あと、看板も忘れないでくださいね!」

「看板? 何か書くんですか?」

「えっとですね。N、A、B……」

 形のよい唇が紡ぐアルファベット。それを追って文字を記していくと、ナビ子は得意げに髪を跳ねさせた。

「ここが私の部屋です」

「……うん?」

 意見って、違う。そういう意味じゃない。ピッと線を引いて、ナビ子の案を却下した。

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