Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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2章 新たな交流は困惑と共に

11話 小さな収穫祭

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 入植四日目。

 植民地において初となる室内で朝を迎えた俺達は、形容し難い感覚に陥っていた。

 幸福でも不幸でもない、ただ無。虚無である。

 「家」という空間を手に入れたにも関わらず床で眠ったのだ。ベッドはなく、身体を支えるのは堅い床材。一昨日――床と二面の壁のみを設置した状態で迎えた夜と大して変わらない。

 士気は下がる一方である。一刻も早くベッドの材料となる《ワラ》を入手しなくては。

「ナビ子さん」

「はい?」

「《ワラ》ってどうやって手に入れるんですか?」

「脱穀済の《小麦》の茎、もしくは水辺に自生している《アシ》を乾燥させることで入手可能です」

 《小麦》ならば畑に植えてある。しかしアランが言うには、収穫にはまだ時間が必要らしい。いつ訪れるとも知れない収穫の時までベッドなし生活に耐えられるとは、到底思えなかった。特にアランが。

「村長さん、あの……」

 陽炎が立ち上るように、そうっとクローイが手を挙げた。

「今、《小麦》を育てているんですよね。それが育つまで、私、待てますから。だから、その……あまり遠出するのは、よくないんじゃないかって……」

「そろそろオレ、柔らかいベッドで寝たいな~」

「ひえっ、あ、う、すみません……アランさん……」

 どちらの言い分にも納得はできる。だが、俺としてはクローイに軍配が上がりつつあった。

 何せ今は食糧に乏しい。キノコ類は食い尽くし、手元に残ったのは腹の足しにならない《レッドベリー》のみ。
 そのような状態の拠点を放り出して、どこにあるのか、そもそも近場に存在しているのかも定かではない水辺と《アシ》を探しに行くのは、かなりリスクが高い。

 俺だけが探索に出て、他の住民にはいつも通りの生活を送ってもらう――というのも手だろうが、それにも食糧の問題が付いて回る。

 何を優先するべきか。思案を巡らせていると、柵の間から外を覗たアランがあっと声を挙げた。

「出来てるぞ!」

 そう言うなり、アランは家を飛び出す。彼の向かう先――それは畑だった。
 よく見れば、二面ある畑のうち片方、《ニンジンの種》を撒いた耕地に、鮮やかなオレンジ色が顔を見せている。

 彼が住民となってから四日。作業の合間を縫って世話をしていた畑が、ついに実りを見せたのである。

「こ、これどうしたらいいんだ? 掘ればいいのか?」

「引き抜けば簡単に取れますよ」

 ナビ子の助言を受けて、アランは揚々と収穫作業を始める。

 最初こそ嫌がっていた労働だが、どうやら彼は楽しみを見つけられたようだ。それに胸を撫で下ろしつつ、俺はクローイに指示を出す。

「クローイさん、コンテナの作成をお願いします。小さいやつ!」

 昨日のように、収穫物に虫が集るようなことがあっては、アランも気分が悪いだろう。応急処置として保管箱を作ってもらうことにした。

 大げさに反応したクローイは、早速《木の作業台》へと取り付く。そういえば、作業台を室内に移していなかった。クローイの作業が終わり次第移動させなければ。

 思案している間にもアランの作業は進む。

 数本の収穫を経て、もうコツを掴んだのだろう。一本、また一本と丁寧に引き抜き、畑の傍に積み上げて行く。その様子を眺めていると、ふとアランと目があった。彼は俺に気付くなり笑みを押し殺し、肩を竦める。

「楽しいとか、思ってないからな」

「はいはい。それで、何本収穫できますか?」

「三十三本だ」

「そんなにですか!?」

 これならば、食糧問題も一気に解決する。そして同時に、次の住民を迎える為の条件も、一つ達成した。残す課題は、使ってしまった《木材》の補充。

 俺は思わずガッツポーズをした。

「でもなぁ。オレ、ニンジン嫌いなんだわ」

 ごめん、母さん。俺、母さんの気持ちが分かったよ。


 ■   ■


 クローイが《木のコンテナ・小》を完成させると共に、《木材》の在庫が尽きたことが判明した。

 昨日の建築において大量の《木材》を消費したとは言え、こうも早々に尽きてしまうと心細い。

 村の基盤が整うのが先か、それとも近隣の樹木が消えるのが先か。今後は無駄遣いを極力避けることも、念頭に置かねばならない。先が思いやられるようだった。

 キリキリと痛みそうな胃を抱えつつ、俺は森林を進む。

 樹木に小枝を触れさせ、伐採の指示を出していると、木々の隙間を何かが通過して行くのが見えた。

「人……?」

 草原の上を、大勢が列を成して行進している。ざっと数えて三十人程。どれも品質の良さそうな服を纏い、装飾品や武具をぶら下げている。

 明らかに発展のレベルが違う。そのような彼等が向かう先には俺達の拠点――アランが農作業をし、クローイが休憩し、ナビ子がサボっている、貧弱な拠点が存在している。

「まさか、あれが噂に聞く初心者狩り……?」

 背筋が冷える。あの軍勢に攻め込まれたら一溜まりもない。戦闘職のいない村など、赤子の手を捻るよりも容易に潰すことが出来るだろう。

 俺は慌てて村へと駆け戻った。

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