Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

文字の大きさ
19 / 62
3章 村人は単なるNPCに過ぎないのか?

19話 みんな丸太は持ったな!

しおりを挟む
 初心者狩り。

 真っ先に浮かんだのは、その言葉である。

 ゲーム開始直後の初心者を圧倒的装備品質やプレイ技術、もしくはその両方を以って叩き潰す行為――俺の村に明らかな敵意を見せる二人は、そうと断定せざるを得なかった。

 俺は走る。だが間に合う筈もなく、火矢は襲撃者の手から離れた。惚れ惚れする程の弧を描き、小屋の傍へ着弾する。

 幸いにも朝露が残っていたのか、延焼は緩やかだった。それどころか無に等しい。しかし安堵も束の間、刺客はさらなる追撃を加えようとする。

 俺は雄叫びと共に、弓を持つ鎧へタックルをした。

「うっ!?」

 ぐらりと、その人が揺れる。しかし俺程度の足腰で倒すことは叶わず、もう一人の仲間によって引き剥がされる。

「邪魔しないでよ、も~」

 放り出され、尻餅をつく。そんな俺を嘲笑うかのように、改めて次の火矢が番《つが》えられた。

 次こそは小屋に当たる。そうすれば、全ての努力が灰となる。ここ数日の努力を、村人皆の働きを無に還したくない。その一心でくすんだ手甲にしがみ付いた。

「……しつこいな」

 くいと、弓を持ったそれが顎を動かす。すると片方が、再度俺を掴んで引き摺り倒した。

「へへ、悪く思わないでよね」

 腕程もある剣が振り下ろされる。肩口から胸を通過し、脇腹へ。その動線が、やけにはっきりと感じられた。

「……は?」

 剣を持った鎧が、怪訝そうにこちらを見降ろす。そしてもう一度、同じ道を通るように得物を振った。

 熱はなく、痛みもなく、ただただ冷たい。

「あ、これプレイヤーだ」

「運がいいな」

 襲撃者の言葉は少なかった。万一に備え、情報は洩らさないというスタンスなのだろう。黙々と俺の四肢を捕らえようとするものだから、かなり不気味だ。

 抵抗を続けていると、鎧の向こうから走って来る姿が見えた。アランとナビ子――片やクワを、片や丸太を携えて、猛々しくも接近する。

 襲撃と俺のミスに気付いたのだろう。ありがたい、そう思うと同時にヒヤリとしたものだ。距離を詰める仲間から意識を逸らすべく、俺も抵抗を続けたが、

「おい」

「ああ」

 弓矢を持っていた男がくるりと身をひるがえし、ナイフを抜き放つ。一瞬の躊躇いを見せるアランの一方、ナビ子は背丈以上もある丸太を鎧に向けていだ。

 目の前を丸太が通過する経験は、おそらく殆どの人がしたことないだろう。端的に言うとチビる。ナビ子は敵に回すべきではない。俺は裏写りする程強く心に刻んだ。

「あなた方の所属する一一七番植民地と管理者の処罰を、運営に求めます。入植十日以内の拠点への侵攻。そして先程のやり取りから、常習性があると判断しました。よって十分処罰の対象に成り得ます」

「報告するならすればいい」

 丸太を避け、襲撃者の一人は地面を蹴る。鎧を着込んでいるとは思えない程の身軽さでナビ子に接近すると、

「国になんて帰れないだろうがな」

 ヒュとナイフを突き出した。丸太を持つナビ子は平生よりもずっと鈍い。息を飲む間もない。無防備なその肩へ、白銀の刃が吸い込まれた。

「ナビ子!」

 アランが攻撃を開始する。しかし相手は歴戦の戦士。『農民』のアランでは起死回生の一手とはならず、早々にさばかれ鎮圧された。

 腕を捻り上げられ、アランは呻く。それをいとも容易く地面へ押し付けたナイフの人は鉄仮面を上げた。

「これだけか?」

「ぽいね。人影なし。あーあ、可哀想に」

 プレイヤーである俺に刃が通じなくても、このゲーム世界に誕生し、生を重ねて来たアランやナビ子――ナビ子は住民とし難い点があるが――は当然傷付く。多分、死にもするだろう。

 いや、仮に生きていたとしても、このまま捕縛されて売買に掛けられるような事態になるならば一層のこと――。

「さっさと終わらせる。ロープ」

「はいはい」

 斜め掛けのバッグから縄が引き摺り出される。少なくとも指の太さはある。手製なのか、節々に繊維が飛び出ていた。

「へへ、じっとしててね」

 ぐいと手足を縛られる。食い込む縄が、まるでヤスリのように感じられた。向こうではアランが今まさに拘束されようとしている。悪態を吐く大の大人に構う様子なく、小柄な鎧は一層きつくロープを引き上げる。

「ねー、それ、どうする?」

 俺の傍にいる男が口を開く。それ、とは確認するまでもなくナビ子のことである。ただ一人、捕縛を逃れているナビ子は、肘を立て、懸命にもがいていた。

「……ナビ子とかって奴だろう。いらない」

「どこにでもいるもんね。報告されても面倒だし、始末しちゃうか~」

 その時だった。

 風切りの音と共に鎧が仰け反る。俺を拘束していたその人から、鍋状の頭装備が吹き飛ぶ。

 現れたのは少年だ。年端もいかない童顔。それが襲撃者だった。

 少年はよろりと足を躍らせる。かぶとを弾き飛ばす衝撃に見舞われたのだ、直立していられる筈がなく、どうと倒れ込んだ。

「チッ、ここは囮か」

 アランを押さえ付けていた鎧は、ナイフを手に立ち上がる。

 彼の向かう先には三頭の動物がいた。顔は縦に長く、背骨から地面にかけて流れ落ちる毛は、丁寧に切り揃えられている。キャラバンの中で見かけた、運送用の動物だった。

「くそっ、撤退するぞ!」

 一歩足を引く男の傍を、再び矢が通り過ぎる。呼び掛けられた少年はピクリともしなかった。

 動物に騎乗するのは射手三人だ。それが交互に絶え間なく襲撃者を狙っている。一本、また一本と風切りの音を立てて地面へと突き刺さる。

 だが襲撃者は、それで諦める程潔くはなかった。捕縛が完了している俺を掴んで、盾にし始めたのである。

 それは無謀な判断だった。剣が俺を通過したように、矢もまた俺を傷付けないだろう。村長だから、プレイヤーだから、この世の住民ではないから。だから盾には成り得ない。しかし、物理的な盾に成り得なくとも、抑止になる恐れはある。現に一人が口元を引きつらせていた。

 それを横目に一人が弦を引く。容赦ない。爛々と、刃物のような瞳がこちらを見据える。それは俺ごと敵を撃ち抜かんとする覚悟の目だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」 ***  魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。  王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。  しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。  解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。  ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。  しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。  スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。  何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……? 「今日は野菜の苗植えをします」 「おー!」 「めぇー!!」  友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。  そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。  子育て成長、お仕事ストーリー。  ここに爆誕!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた! 「この力があれば、家族を、この村を救える!」 俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。 「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」 孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。 二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。 優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...