Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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3章 村人は単なるNPCに過ぎないのか?

18話 火矢

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 開拓五日目。

 今日は《石材》を確保する日である。クローイの《木のコンテナ・大》作成を待つ間、俺はアランの畑作業を見ながら、新たな家の設計図を描いていた。

 ここでの生活も板に付いてきて、ナビ子に頼ることも少なくなった。彼女自身は少し退屈そうだが、村長として、プレイヤーとして自立することも大事だと思う。いつまでも彼女に頼っていては、俺らしい街作りは叶わない。

「ふー、腰に来るなぁ」

 クワを手に、アランが腰を捻る。

 畑を耕す際、彼はやけに気合を入れて中腰になる。そのくらい力を入れないと、木製のクワ如きでは耕せないのかもしれない。

 『農民』の転職アイテムは《木のクワ》であるとは言え、それをずっと使い続ける必要もないのだ。道具をアップグレードすれば、作業も格段に楽になるだろう。

 『石工師』のレシピに石製のクワなどはあっただろうか。かつて見たレシピを思い出しながら、俺はルシンダとナビ子の英断を改めて噛み締めた。

「わっ、とと……」

 驚愕の声が聞こえる。慌てて振り向くと、そこには箱を抱えたクローイの姿があった。小屋の戸を開いた彼女はよろよろと体勢を崩しながら、足元を覗き込もうとしている。

 小屋の入口には階段が設置されている。草原の上に直接床材を置いたから、その分地上と床に差が生まれてしまった。今後は面倒でも、床は地面と同じ高さに置いた方がよさそうだ。

 俺はクローイから《木のコンテナ・大》を受け取って、一先ずの対策を「やることリスト」に刻んだ。

「すみません、村長さん。ありがとうございます……」

「これ、俺が現場まで運びますよ。……ところで、ナビ子さんとルシンダさんは?」

「それがですね、あの……」

 クローイは背後を一瞥する。後ろ手に扉を締め、彼女は落ち着かなそうに首を縮めた。

「ルシンダさんの服がですね、全部綺麗なものばかりで……汚せないとナビ子さんが悲鳴を上げて」

 入植してからというもの、ルシンダは常に煌びやかな衣装をまとっていた。

 絞ったウエストにくるぶしまで隠すスカート、足元は高いヒール。労働をしに来たとは到底思えない格好である。

 そのような状態でほこりまみれること必至の採掘に向かわせるなど、男の俺でも引き留める。

「着替えは?」

「全部あの調子で……」

 妙なところで問題が発生したものだ。俺は頭を掻いた。

「……価値が低そうなのを着てもらって、その上から《ワラ》を巻き付けるとか」

「ダサすぎ! 却下!」

 部屋の声から凛とした声が聞こえて来る。案の定であった。

 俺の服を貸そうにも、俺にはそもそも「着替え」の概念がない。また、この村では縫製の技術を確立させていない為、こしらえるのも不可能だ。可能な手は住民同士で衣服の貸し借りをするか、こちらが折れるかの二つである。

「だいたい、こっちは捨てる気で着て来たのに。気にする必要なんてないのよ?」

「こんな綺麗なのを捨てるだなんて……!」

 ナビ子が悲鳴を上げる。なるほど、この調子では着替えが進まない訳だ。耐えかねた俺は窓越しに声を掛ける。

「心配というか、申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけど」

「なぜ!」

「とりあえず、ルシンダさんの言い分は理解しましたので、汚れていい服を……あまり高価じゃない服を着てください」

「その言い方は裁縫師に失礼じゃない? ……ま、いいわ。すぐ行く」

 それきり会話は途絶えたが、小屋からは時折ナビ子の悲鳴が響いてくる。ルシンダが身に着けんとしているものが、ナビ子の目にはさぞ豪華に見えるのだろう。

 恐ろしい限りだ。

「なんだ、まだ出掛けてなかったのか」

 クワを担いだアランが歩み寄って来る。彼の奥には三面の畑――どうやら耕作を完了させたらしい。

「ルシンダさんの着替え待ちです」

「はー、女子の着替えは長いって聞くけど、個体差があるんだなぁ」

「一人一人違う人間ですし」

 同じ型にめられたら苦労はしない。

「楽しいですよ、こういう時間も」

 そう言うと、アランは目を丸める。度肝を抜かれたと、そう言わんばかりの顔だった。

「何だ、お前」

「ええ……」

 その反応は予想外だった。軽蔑されたかと思いきや、一拍置いて、彼はニッと口角を上げる。

「穴を掘る時はな、あまり掘り過ぎないよう気を付けろよ。崩落してきたら一溜りもないからな」

「大丈夫ですよ。作業台といくつかツールを作る分を取って来るだけですから」

「そうか。気を付けろよ」

「アランさんも」

 しばらく雑談をしていると、ルシンダの用意が済んだらしい。

 小屋から出て来た彼女は、変わらず裾の長いワンピースを纏っていたが、その装飾は殆どない。首元にレースが縫い付けられているだけである。先日の格好よりは、たとえ汚れても心的ダメージは低そうだ。

「それじゃあ、行きましょうか。――アランさん、ナビ子さん。留守番、お願いします」


   ■    ■


 このゲームの世界は不思議でいっぱいだ。作業に必要なツールはどこからか出て来るし、素人でも容易に資材を確保することが出来る。

 コツ、コツと硬い音の鳴る山肌で、俺はぼうっと採掘を続ける二人の背中を眺めていた。クローイは黙々と、ルシンダは愚痴を言いながらもテキパキとツルハシを振り続ける。

 目標としていた『石工師』の作業台――《石の作業台》や、各種転職アイテムの作成分の《石材》は、もうそろそろ集まりつつある。クローイが用意してくれた《木のコンテナ・大》の半分も埋まっていないが、今回はこれたけで十分そうだ。

「もう大丈夫そうかな」

「終わり、ですか?」

「持って帰るのが大変だし、今回はこれだけで終わりにしましょう」

 そう言うと、ルシンダはツルハシを放り出して身体を伸ばす。

 たかが十数個。二十にも満たない数だが、初めて経験する採掘は堪えたらしい。

 朝からこれでは、今後の作業に支障が出かねない。採掘を仕事とする役職や、役職持ちでない人間もいずれ確保したいところだ。

「あら?」

 ふとルシンダが麓を覗き込む。

「ねえ、村長。誰か村に向かってるわよ?」

 彼女の言う通り、眼下に広がる草原には、二つの人間が歩いている。

 きっと先日のキャラバンと、同じような目的で訪問したのだろう。そう悠然と構えていたが、俺の目は容赦なく「異様」を捉えた。

 武装をしている。硬そうな鎧を纏い、腰には剣。片方はそれに加えて弓矢も携えている。先に訪れたキャラバンとは比較にならない程、武装らしい武装だ。

 旅人ならば、そのような格好をしていても不思議はない。RPGのキャラクターだって魔物と戦うべく武装はしているし、抜き身のまま上下にフリフリして街中を闊歩する様すら目にする。だが訪問者は、どこか剣呑とした気配を湛えていた。

「……俺、ちょっと様子を見て来ます。二人はここにいてください」

「分かったわ」

 こういう時は飲み込みが早い。狼狽えるクローイの肩を抱いて、ルシンダは頷いた。それを見届けた俺は斜面を降り始める。

 視界に入るのは、火の灯った矢を番える旅人だった。
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