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3章 村人は単なるNPCに過ぎないのか?
21話 掛かる重圧
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彼等の罪は許されるべきではない。この意見は、マルケン派遣隊と一致している。しかし一プレイヤーとして責任を感じない訳でもないのだ。
仮に俺がアランに、どこかの村を襲撃するよう命令したら、まず動かないだろう。抵抗し、間違っている、理由は何かと問うだろう。殴られることもあるかもしれない。
しかしクローイはどうだろうか。意見は口にするが、何せ圧力に弱い彼女だ。責めるように指令を続ければ、きっと動き始める。
村人に抵抗する力はあるが、その実を生らせるかどうかは各々の裁量に掛かっている。それ程までに「村長」の言葉は重く、「プレイヤー」とは危ういのだ。
「意見は分かれているけど、どうするね」
アマンダがこちらを見降ろす。俺が黙り込んでいると、彼女は耐えかねたようにガシガシと頭を掻いて、
「正直、アタシもネル――そこの黒髪おっぱいに賛成だ。一度汚れた奴は、なかなか真っ新にならない。仲間にしようにも、相当苦労するだろう。人手は欲しいかもしれないけど、今はああいうのには手を出さないのが吉だよ」
ま、判断は任せるがね。そう言って彼女は肩を揺らした。
俺は暴れ出したい気分だった。考えれば考える程頭がこんがらがる。身体に絡まる網の中で、永遠ともがいているかのようだ。
「……ちょっと考えます」
■ ■
資材置き場として使用している一角に、それは座り込んでいた。
四肢を結ばれ、互いに離れた位置に座する襲撃者二人は、俺の来訪に気付くなりサッと視線を逸らした。示し合わせたかのようである。少し傷つく。
「おう、どうした」
襲撃者の元には先客がいた。アラン――少年二人の前に座り込み、大人気なく圧を掛けている。
なぜそんな所に。なぜ至近距離で観察しているんだ。疑問は残るが、俺はアランの横へ腰を降ろそうとする。
「あまり近付かない方がいいですよ」
声を掛けて来たのは、遠巻きにこちらを眺めていた青年だった。
マルケン派遣部隊三人目の青年――外見こそ優男ながら、その目は鷹のように鋭い男だ。俺の身体に矢を貫通させて、敵を無力化させた張本人でもある。
「彼等、まだ逃げることを諦めてないみたいですから」
「そうですか……」
俺は改めて二人を見遣る。鎧以外の武装はすっかり解かれていた。
両方とも男、まだ若い。少年と称しても差し支えない年齢だ。そうだと言うのに片方――おそらく最初に火矢を放とうとした少年は片目が潰れていた。
俺よりも若い。それなのに戦場へ出て、一生の傷を負っている。自分の無力さと無情を嘆かずにはいられなかった。
「何だよ、そんなに僕等が惨めか」
その隻眼が、じろりとこちらを見上げる。
「いや、そういうつもりじゃ……」
「僕は生まれてこの方、ずっと戦場にいた。我が国の為、王の為に死ねるなら本望! 情けなど無用! 殺せ!」
衝撃、それが俺の中を駆け巡る。肺が軋んで、何も言えなくなっていた。
「ちょっと黙ってろ、お前」
アランが隻眼の青年を小突く。するとそれは歯を剥き出しにして、ガチリと噛みつこうとした。
「……二人は、どうしてここに?」
沈黙が降りる。答えるつもりはないか――そう諦めた矢先、両目の揃った少年が唇を動かす。
「王が、『プレイヤー』が欲しいんだって。だから小さい村を見つけて連れて来いって」
「おいっ!」
「――そう言って、おれ達をムシャシュギョーの旅に出したんだ」
隻眼の制止を聞き入れることなく、少年は言い切る。
夢の中を漂うようにぽやりとしている。先刻の悪意に濡れた瞳は、すっかり消え去っていた。
「……ここ、すごく温かいね。なんでだろ。国とは全然違うや」
「なっ、何を罰当たりな! まるで祖国が冷たいと――」
「だってホントじゃん。みんな笑わないし、眉間に皺寄ってばっかだし。畑も、こんな立派な家もない。いいなー、ここ」
そのような言葉を聞いてしまっては、もう処罰するとは言えなかった。たとえ自分の首を締める選択だとしても、情が脅迫のように縋って仕方ない。
「もう……もう嫌だ、どうしよ、心がつらい……」
「あ? 何だ、恋か?」
「そういう冗談はいらないです。えー、どうしよ。判断できない」
草原に身体を倒し、ごろごろと転がり始める。こうして駄々を捏ねるのは何年振りだろうか。羞恥はない、もはや自棄だった。
俺に理性が残っていなければ、のたうち回ると共に涙と絶叫を垂れ流していただろう。人前でよかった。いや、よくないけれど。
「二人を引き取るのって難しいですかね」
「……あー」
ナビ子が言うには少年達――捕虜を住民とするのは不可能ではない。むしろ「労働力の確保」という点では推奨される手段であろう。尤も序盤では捕獲も困難だが。
「いろいろ意見はあったんですけど、どうしても殺す気にはなれなくて。かと言って、このまま解放も……」
解放すれば、彼等は変わらず手柄を求めて彷徨い歩くことになるだろう。
成果を上げていないから、「国」へ帰ろうにも帰れない。このまま野垂れ死ぬか、それとも他の村を襲撃するか。
少年に与えられた選択肢は、たったそれだけである。
「俺、馬鹿なこと考えてるんですかね」
「知らねぇよ。……けど」
その先は幾ら待っても紡がれなかった。彼も思う所があるのだろう。何せアランは、少年達の力を体験した一人である。
小柄に細身、それなのに、そこそこ体幹のある大人の男を組み敷く。力、もしくは技術。恐れない筈がない。
「……あのなぁ、村長。可哀想じゃ飯食わせていけないぜ?」
「そうなんですよねぇ。困ったなぁ」
このゲームには住民増加のボーナスがない。資材や食糧は自分達で一から調達しなければならない。一気に住民が増えれば、その分楽も増えるが、反面食糧難に陥る可能性もある。
加えて相手は、俺達を殺そうとした人物だ。村に迎え入れたとして、他住民との摩擦は免れない。俺の一任で決定するのは不可能だ。
ああ、心がつらい。
仮に俺がアランに、どこかの村を襲撃するよう命令したら、まず動かないだろう。抵抗し、間違っている、理由は何かと問うだろう。殴られることもあるかもしれない。
しかしクローイはどうだろうか。意見は口にするが、何せ圧力に弱い彼女だ。責めるように指令を続ければ、きっと動き始める。
村人に抵抗する力はあるが、その実を生らせるかどうかは各々の裁量に掛かっている。それ程までに「村長」の言葉は重く、「プレイヤー」とは危ういのだ。
「意見は分かれているけど、どうするね」
アマンダがこちらを見降ろす。俺が黙り込んでいると、彼女は耐えかねたようにガシガシと頭を掻いて、
「正直、アタシもネル――そこの黒髪おっぱいに賛成だ。一度汚れた奴は、なかなか真っ新にならない。仲間にしようにも、相当苦労するだろう。人手は欲しいかもしれないけど、今はああいうのには手を出さないのが吉だよ」
ま、判断は任せるがね。そう言って彼女は肩を揺らした。
俺は暴れ出したい気分だった。考えれば考える程頭がこんがらがる。身体に絡まる網の中で、永遠ともがいているかのようだ。
「……ちょっと考えます」
■ ■
資材置き場として使用している一角に、それは座り込んでいた。
四肢を結ばれ、互いに離れた位置に座する襲撃者二人は、俺の来訪に気付くなりサッと視線を逸らした。示し合わせたかのようである。少し傷つく。
「おう、どうした」
襲撃者の元には先客がいた。アラン――少年二人の前に座り込み、大人気なく圧を掛けている。
なぜそんな所に。なぜ至近距離で観察しているんだ。疑問は残るが、俺はアランの横へ腰を降ろそうとする。
「あまり近付かない方がいいですよ」
声を掛けて来たのは、遠巻きにこちらを眺めていた青年だった。
マルケン派遣部隊三人目の青年――外見こそ優男ながら、その目は鷹のように鋭い男だ。俺の身体に矢を貫通させて、敵を無力化させた張本人でもある。
「彼等、まだ逃げることを諦めてないみたいですから」
「そうですか……」
俺は改めて二人を見遣る。鎧以外の武装はすっかり解かれていた。
両方とも男、まだ若い。少年と称しても差し支えない年齢だ。そうだと言うのに片方――おそらく最初に火矢を放とうとした少年は片目が潰れていた。
俺よりも若い。それなのに戦場へ出て、一生の傷を負っている。自分の無力さと無情を嘆かずにはいられなかった。
「何だよ、そんなに僕等が惨めか」
その隻眼が、じろりとこちらを見上げる。
「いや、そういうつもりじゃ……」
「僕は生まれてこの方、ずっと戦場にいた。我が国の為、王の為に死ねるなら本望! 情けなど無用! 殺せ!」
衝撃、それが俺の中を駆け巡る。肺が軋んで、何も言えなくなっていた。
「ちょっと黙ってろ、お前」
アランが隻眼の青年を小突く。するとそれは歯を剥き出しにして、ガチリと噛みつこうとした。
「……二人は、どうしてここに?」
沈黙が降りる。答えるつもりはないか――そう諦めた矢先、両目の揃った少年が唇を動かす。
「王が、『プレイヤー』が欲しいんだって。だから小さい村を見つけて連れて来いって」
「おいっ!」
「――そう言って、おれ達をムシャシュギョーの旅に出したんだ」
隻眼の制止を聞き入れることなく、少年は言い切る。
夢の中を漂うようにぽやりとしている。先刻の悪意に濡れた瞳は、すっかり消え去っていた。
「……ここ、すごく温かいね。なんでだろ。国とは全然違うや」
「なっ、何を罰当たりな! まるで祖国が冷たいと――」
「だってホントじゃん。みんな笑わないし、眉間に皺寄ってばっかだし。畑も、こんな立派な家もない。いいなー、ここ」
そのような言葉を聞いてしまっては、もう処罰するとは言えなかった。たとえ自分の首を締める選択だとしても、情が脅迫のように縋って仕方ない。
「もう……もう嫌だ、どうしよ、心がつらい……」
「あ? 何だ、恋か?」
「そういう冗談はいらないです。えー、どうしよ。判断できない」
草原に身体を倒し、ごろごろと転がり始める。こうして駄々を捏ねるのは何年振りだろうか。羞恥はない、もはや自棄だった。
俺に理性が残っていなければ、のたうち回ると共に涙と絶叫を垂れ流していただろう。人前でよかった。いや、よくないけれど。
「二人を引き取るのって難しいですかね」
「……あー」
ナビ子が言うには少年達――捕虜を住民とするのは不可能ではない。むしろ「労働力の確保」という点では推奨される手段であろう。尤も序盤では捕獲も困難だが。
「いろいろ意見はあったんですけど、どうしても殺す気にはなれなくて。かと言って、このまま解放も……」
解放すれば、彼等は変わらず手柄を求めて彷徨い歩くことになるだろう。
成果を上げていないから、「国」へ帰ろうにも帰れない。このまま野垂れ死ぬか、それとも他の村を襲撃するか。
少年に与えられた選択肢は、たったそれだけである。
「俺、馬鹿なこと考えてるんですかね」
「知らねぇよ。……けど」
その先は幾ら待っても紡がれなかった。彼も思う所があるのだろう。何せアランは、少年達の力を体験した一人である。
小柄に細身、それなのに、そこそこ体幹のある大人の男を組み敷く。力、もしくは技術。恐れない筈がない。
「……あのなぁ、村長。可哀想じゃ飯食わせていけないぜ?」
「そうなんですよねぇ。困ったなぁ」
このゲームには住民増加のボーナスがない。資材や食糧は自分達で一から調達しなければならない。一気に住民が増えれば、その分楽も増えるが、反面食糧難に陥る可能性もある。
加えて相手は、俺達を殺そうとした人物だ。村に迎え入れたとして、他住民との摩擦は免れない。俺の一任で決定するのは不可能だ。
ああ、心がつらい。
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