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5章 忘れられた国
42話 戦争ってこと?
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「話は聞きました。あれで終わりではなかったとは」
救援依頼を出した翌日、ジビナガシープを駆ってやって来たのは男だった。
サミュエルが村を襲撃した時、たまたま近くを通り掛かったキャラバンの長、マルケン巡査部長。奇抜な名を冠した彼は、積み荷もそこそこに、護衛を二人付けただけの身軽さで馳せ参じたようだ。
「AIを甘く見ていたな……うーん、悔しい」
「私も予想外です、村人があのような行動に出るなど。事件が解決し次第、運営にも報告します」
「……あー、そっか。そうですか……」
応じるマルケンは入り組んだ表情を浮かべていた。どこか歯切れが悪い。ナビ子の言う「報告」に賛同していないようにも見える。
「で、どうするの」
投げ掛けるのはルシンダだ。その横顔は凛としていながらも、どこか焦り苛立っていた。事件の発覚後、すぐにでも彼女は動こうとしていた。しかしルシンダの思惑とは裏腹に、村長とイアン両人の失踪から丸一日を、結果的には無下にしている。
その苛立ちを、マルケンも感じ取ったのだろう。参ったと言わんばかりに髪を掻いた。
「昨日の時点で、ポリさんまで十キロ程――でしたっけ、ナビ子ちゃん」
「はい。現在はそこから殆ど離れていない位置に止まっています」
「昨日から動いてないということは、そこが相手の本拠地であれ仮拠点であれ、『プレイヤー』もしくは捕虜を、一時的に保管しておく場所に違いないでしょう。となると、護衛もいる筈――」
「植民地座標と村長さんの反応、二つの地点は合致します。おそらく村長さんは、本拠地の中に囚われているかと」
「……なぜナビ子達は情報を小出しにしたがるのかな?」
マルケンは額に手を当てる。
「しかし……そうか、本拠地か。それは厄介だな。百番台ってことは、大分やり込んでますよね? 俺のところで八千番台だった気が」
背を丸め、その男は考え込む。クマのようだ。サミュエルの腹がクウと鳴った。
「最近のログイン状況とかって、どうなってますか?」
「アクセス権はありません」
「そうですか。……ああでも、命令が出てるってことは、ログインはしているんだろうな。マジか、怖いなぁ」
頭を掻き、マルケンは身体を揺らす。しばらく彼は考え込んでいたが、
「……まあ、本拠地を訪ねるにしても、この村を無人には出来ません。何かあった場合の連絡手段、抗戦力それも必要でしょう。今後、再び『初心者狩り』が行われる可能性があるならば」
「それはほぼないと思う。少なくとも、僕の国は」
サミュエルが口を挟む。
「僕達の目的は『プレイヤー』だ。それがいなくなった村になんか興味ない」
「……そういえば、どうして『プレイヤー』って分かったんだ?」
「『プレイヤー』には攻撃が通らないって、そう言われた。だから、あの腑抜けた男が村長だって分かった」
「入植十日以内の『プレイヤー』はシステムの保護下に置く――これを逆手に取ったのかぁ」
頷き、詠嘆する。想定の範囲外だった、そう言わんばかりの反応である。
「ただ、なぜ一一七番植民地の『プレイヤー』がそれを知っているのか、それだけが謎なのです」
神妙とした表情でナビ子が語る。
「襲撃を受けない限り、『プレイヤー』はそれを知りません。保護期間内にあるという事実すら把握していない者も多く存在します。我々ナビ子には、伝達の義務はありませんから」
「Wikiから情報を仕入れた可能性もあるけど……ああ、いや。書いてないな。保護期間とはあるけど、無敵状態までは書いてないな。けど、察しのいい人や情報網の太い人なら気付くか」
理解し得ない次元の会話に飽きてきたのか、ルシンダは、戸惑うクローイと共に平焼きパンの生地を練り始めていた。珍しくアランも、それを手伝っている。
それを横目にマルケンは、
「まあとにかく、一一七番植民地の座標を、うちのナビ子に送ってください。部隊の派遣は許可してあります。現地集合という形にはなりますが、ないよりはマシでしょう」
「御支援、感謝致します」
頭を下げるナビ子の一方、クローイがはっとした様子で面を上げる。その顔は、先程までの戸惑いをすっかり掻き消していた。これから何が起こるのか、確信を得たらしい。
「戦争……ってこと?」
そう、これは戦争なのだ。一一七番植民地と、この村・マルケン巡査部長連合軍、二派閥による争いだ。
どちらを選んだとしても、行き着く先は同じである。村長を失えば村が滅び、奪還の道を進めば望まぬ損失が発生する。一縷の望みを掴むか、動かずして待つか。与えられた選択肢は、至極単純なものである。
マルケン巡査部長は精悍とした目を細め、口角を緩める。サミュエルの目には、それがひどく胡散臭げに見えた。
「少なからず戦闘も起こることでしょう。しかし、かと言って、無造作に人員を連れ歩くことも出来ません。とりあえず、まあ、今回のことは俺達に任せてください。皆さんはここで村を守っていてくださいな」
救援依頼を出した翌日、ジビナガシープを駆ってやって来たのは男だった。
サミュエルが村を襲撃した時、たまたま近くを通り掛かったキャラバンの長、マルケン巡査部長。奇抜な名を冠した彼は、積み荷もそこそこに、護衛を二人付けただけの身軽さで馳せ参じたようだ。
「AIを甘く見ていたな……うーん、悔しい」
「私も予想外です、村人があのような行動に出るなど。事件が解決し次第、運営にも報告します」
「……あー、そっか。そうですか……」
応じるマルケンは入り組んだ表情を浮かべていた。どこか歯切れが悪い。ナビ子の言う「報告」に賛同していないようにも見える。
「で、どうするの」
投げ掛けるのはルシンダだ。その横顔は凛としていながらも、どこか焦り苛立っていた。事件の発覚後、すぐにでも彼女は動こうとしていた。しかしルシンダの思惑とは裏腹に、村長とイアン両人の失踪から丸一日を、結果的には無下にしている。
その苛立ちを、マルケンも感じ取ったのだろう。参ったと言わんばかりに髪を掻いた。
「昨日の時点で、ポリさんまで十キロ程――でしたっけ、ナビ子ちゃん」
「はい。現在はそこから殆ど離れていない位置に止まっています」
「昨日から動いてないということは、そこが相手の本拠地であれ仮拠点であれ、『プレイヤー』もしくは捕虜を、一時的に保管しておく場所に違いないでしょう。となると、護衛もいる筈――」
「植民地座標と村長さんの反応、二つの地点は合致します。おそらく村長さんは、本拠地の中に囚われているかと」
「……なぜナビ子達は情報を小出しにしたがるのかな?」
マルケンは額に手を当てる。
「しかし……そうか、本拠地か。それは厄介だな。百番台ってことは、大分やり込んでますよね? 俺のところで八千番台だった気が」
背を丸め、その男は考え込む。クマのようだ。サミュエルの腹がクウと鳴った。
「最近のログイン状況とかって、どうなってますか?」
「アクセス権はありません」
「そうですか。……ああでも、命令が出てるってことは、ログインはしているんだろうな。マジか、怖いなぁ」
頭を掻き、マルケンは身体を揺らす。しばらく彼は考え込んでいたが、
「……まあ、本拠地を訪ねるにしても、この村を無人には出来ません。何かあった場合の連絡手段、抗戦力それも必要でしょう。今後、再び『初心者狩り』が行われる可能性があるならば」
「それはほぼないと思う。少なくとも、僕の国は」
サミュエルが口を挟む。
「僕達の目的は『プレイヤー』だ。それがいなくなった村になんか興味ない」
「……そういえば、どうして『プレイヤー』って分かったんだ?」
「『プレイヤー』には攻撃が通らないって、そう言われた。だから、あの腑抜けた男が村長だって分かった」
「入植十日以内の『プレイヤー』はシステムの保護下に置く――これを逆手に取ったのかぁ」
頷き、詠嘆する。想定の範囲外だった、そう言わんばかりの反応である。
「ただ、なぜ一一七番植民地の『プレイヤー』がそれを知っているのか、それだけが謎なのです」
神妙とした表情でナビ子が語る。
「襲撃を受けない限り、『プレイヤー』はそれを知りません。保護期間内にあるという事実すら把握していない者も多く存在します。我々ナビ子には、伝達の義務はありませんから」
「Wikiから情報を仕入れた可能性もあるけど……ああ、いや。書いてないな。保護期間とはあるけど、無敵状態までは書いてないな。けど、察しのいい人や情報網の太い人なら気付くか」
理解し得ない次元の会話に飽きてきたのか、ルシンダは、戸惑うクローイと共に平焼きパンの生地を練り始めていた。珍しくアランも、それを手伝っている。
それを横目にマルケンは、
「まあとにかく、一一七番植民地の座標を、うちのナビ子に送ってください。部隊の派遣は許可してあります。現地集合という形にはなりますが、ないよりはマシでしょう」
「御支援、感謝致します」
頭を下げるナビ子の一方、クローイがはっとした様子で面を上げる。その顔は、先程までの戸惑いをすっかり掻き消していた。これから何が起こるのか、確信を得たらしい。
「戦争……ってこと?」
そう、これは戦争なのだ。一一七番植民地と、この村・マルケン巡査部長連合軍、二派閥による争いだ。
どちらを選んだとしても、行き着く先は同じである。村長を失えば村が滅び、奪還の道を進めば望まぬ損失が発生する。一縷の望みを掴むか、動かずして待つか。与えられた選択肢は、至極単純なものである。
マルケン巡査部長は精悍とした目を細め、口角を緩める。サミュエルの目には、それがひどく胡散臭げに見えた。
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