Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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5章 忘れられた国

43話 オリハルコンの剣

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「少なからず戦闘も起こることでしょう。しかし、かと言って、無造作に人員を連れ歩くことも出来ません。とりあえず、まあ、今回のことは俺達に任せてください。皆さんはここで村を守っていてくださいな」

 男の言葉は非難をもって迎えられた。当然である。奪還対象の男はこの村の長。この村の住民が救出せずしては面目が立たない。だがサミュエルとしては、マルケンと名乗る男の意図も理解できた。

 足手纏いなのだ、非戦闘員は。

 剣もろくに握ることが出来ず、ましてや体術に精通している訳でもない。捕縛されれば立派な人質に成り得る。そのような人物を、かの本拠地で連れ歩くなど自殺行為だ。

「……賛成」

 口した途端、アランが瞠目する。この男は襲撃時、ナビ子と共に果敢にも飛び掛かって来た。無論それは難なく制圧されたのだが、その気概には、非戦闘員への侮蔑を改めざるを得なかった。

 だがその程度だ。意志など、力の元には無力だ。力を持たぬ者に先はない。

「理解して頂けましたか」

 マルケンは、ほんの少し安堵した様子を見せる。反感ばかりを得ていた中で唯一の賛成者が現れたのである。

 単純。しかしこれも演技であろうか。サミュエルは未だクマの腹を探らずにはいられなかった。

「ただ、この村に護衛を置いてほしい。その条件なら、僕が国まで案内する」

「なるほど、分かりました。そうしよう、それが最善だ。すぐ呼び寄せよう。一日は掛かってしまうけど……まあ、うちの連中には頑張ってもらおう。そうと決まれば早速出発だ。ジビナガシープは乗れるね?」

 呆気ない程に目まぐるしく話が進んでいく。

 マルケンの護衛として付いて来た一人が、サミュエルへ向けて剣を投げ渡した。鞘から引き抜いてみると、波の入り乱れる特徴的な身が現れた。

 オリハルコン製の剣――最高の素材を使用した、秀逸品質の剣である。

 全ての戦闘職が憧れる、伝説とも称すべき武器。戦場に身を置いて来たサミュエルも、実際に目にするのは初めてだった。進んでキャラバン隊を組み、遠征を繰り返すだけはある。サミュエルは思わず息を飲んだ。

「おい、オレ達を置いて行くってことで話が進んでるけど、オレはまだ認めてねぇからな」

「守るのも大変なんだ」

 マルケンは困ったような表情を見せる。しかしその奥は、明らかにうんざりとしていた。

 ここの住民は、村長と同じく案外頑固である。不器用とも言えるだろう。そのような人物が簡単に折れるとは、サミュエルには到底思えなかった。例え自分達の勝手が、どれだけの人に迷惑を掛けるとしても。

「……実家で、狩りをしてました。弓、使えます。それでも駄目ですか」

「駄目です」

 おずおずと申し上げるクローイを跳ね退け、マルケンは立ち上がる。しかしクローイは食い下がる。

「人間も獣も同じ……人間の方が、同じ種族である分思考も読み易い。射抜き易いと……そう思っています」

「同族ゆえの同情、その為に気後れする。その可能性は考えられないか。一人の躊躇が、その他大勢を危険に晒すことにも繋がるんだ」

「村長さんを奪った……もう、あんなのを人間とは思いません。獣、獣……獰猛な獣。絶対に迷わない。あんなの畜生だ。吊るして血を抜いてさばいて、鍋にして食べてやる」

 懇願しているとは思えない程、彼女の目には炎が宿っていた。彼女は殺人願望がある、そう説明されても十分に納得できる気概だ。平生のなよなよとした様子は全く感じられない。

 思わず絶句するサミュエルを余所に、彼女の目は次第に落ち着きを取り戻していく。

「それに、イアン君を迎えにいかないとです。彼、ふわふわのパンが食べたいそうで……。今、ルシンダちゃんやナビ子ちゃんと協力して、平焼きパンを立体的に焼く研究をしてるんです。その成果を、イアン君に食べさせてあげたい……」

「彼が、ポリさんを拉致したと聞いてるけど?」

「でも、それでも、やっぱりイアン君は仲間です。この村の大切な。きっと村長さんだって、そう言うに決まってます。だからどうか……私も連れて行ってください!」

 だが、そのような姿を見せられてもなお、マルケンは決して首を縦に振らなかった。

 彼としては、クローイを連れ歩くメリットがない。むしろデメリットばかりが目に付く。サミュエルとは、心の底から賛同を示すことは出来なかった。

「村長、俺が面倒を見る。それでも……駄目かな」

 マルケンの仲間がそう申し出て、ようやく男の顔色が変わった。

 仏頂面を溶かしたのは、シリルと名乗った男だ。捕縛されていた時のサミュエルを監視していた、すかした顔の男。それはちらりとクローイを見遣ると、戸惑うような言い淀むような、あるいは照れ臭そうな仕草を見せる。

「狩りをしていた、は嘘じゃないと思う。身体つき、しっかりしてるし」

 その男は正直に進言する。しかし、それに対する反応は非情なものだった。まずルシンダの目が軽蔑を孕み、マルケンが口笛を吹く。シリルと共にやって来た女性の村人は噴き出していた。

「ほーう? アンタ、うちのクローイをそういう目で見てたのね」

 突然ルシンダが額に青筋を浮かべたことに驚いたのか、シリルは数歩後退する。その顔は赤い。懸命に手を振り、狼狽する。

「ち、ちがっ……誤解です! そういうのじゃ……ただ、あの――」

「うん、確かにでかい」

「黙ってくれないか、アレクシア! 話がこじれる!」

 ひゃはは、と奇妙な笑声と共に女性が腹を抱える。

 前線に立ち、争う戦士達。彼等が受け入れつつある。そのような様子を目にしてか、マルケンも考えを改めたらしい。彼は心底愉快そうに笑うと、

「シリルが責任を持って面倒を見るなら、まあ、いいだろう。他の人は流石に連れて行けないけど」

 クローイの表情がパッと明るくなる。彼女の顔は自然と、自らに救いの手を差し伸べたシリルへと向かうが、男は視線を外したまま腕を組んでいた。

「よろしくお願いします。どうか村長を……クローイさんとサミュエルくんを、よろしくお願いします」

 ナビ子が深々と頭を下げる。それに倣ってか、ルシンダやクローイも腰を折った。ただ一人アランは、

「確かにクローイ、しっかりしてるのになぁ」

 なぜシリルが怒られたのか、それを未だ理解できずにいるようだった。
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