Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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5章 忘れられた国

53話 忘れられた国

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 引き下ろされるフード。現れたのは、目を疑う姿だった。

 髪は短く、つい先程まで結っていたかのように歪である。押し殺すような声とは裏腹に、その瞳は活発。しかし粗雑とした顔つきではなく、人形のような精巧さを持ち合わせている。

「ナビ子ちゃん……?」

 王の顔は、村にいるナビ子と全く同じだった。双子と紹介されても違和感はない。それどころか、同一人物である。寸分の狂いもない、鏡に映したように。

「ポリさんと同じ趣味の人が、ここの村長だったようですね」

 王、もといナビ子がさっとフードを被り直す。しかし手遅れである。ら弁解することは不可能に近かった。

「な、ナビ子ちゃんは村にいる筈ですよ、村長さん! ここと村は結構離れてるし、ジビナガシープだって近くには――」

 結構、とクローイは口にするが、村のナビ子曰く、一一七番植民地ここと向こうは十キロメートルの距離だと言う。決して歩けない距離ではない。

 しかも、国の周辺では突入までの数時間を調査に当てている為、仕込みは十分可能だ。

「……違う」

 村長が呟く。

「同じB型だけど、うちのナビ子じゃない。多分……胸のサイズが、ちょっと……」

「どこで判断してるんですか!」

 クローイも王も、軽蔑した様子である。対する村長は、すっかり王に視線を奪われていた。その目は、道行くキャラバンを狙う少年のようである。

「あの時の……俺を呼びに来たナビ子さんですよね。王が呼んでるって。なんで王様の真似なんて」

「王様の真似と言うより、振りでしょう。おそらく村長は――」

 視線が王へと注がれる。彼女はフードを握り締めて、唇を結んでいた。先程までの余裕ぶった表情はない。じっと村長を睨みつけている。

 サミュエルの中の「王」像、それがみるみるうちに崩れていく。落胆するサミュエルの視界に、チラリと小さな輝きが映った。朽葉色の袖の中、ランプの光を反射するそれは、紛れもなく――。

 ヒュと風を裂く。

 咄嗟に腕を出すと、そこに銀のナイフが突き刺さった。鈍い痛み。思わず怯む。その隙に王が距離を詰める。サミュエルを押し退け、王の手は村長を渇望する。

 まだ諦めていない。諦めきれないのだ。

 マルケンが肩を、クローイが腕を押さえ込もうとする。それでも王は歩みを止めない。身体を引き摺るように、這いずるように前進する。

 だが、どれだけの意志と決意を秘めていようとも、所詮は非戦闘員――振り解くには至らず失速し、やがて壊れた機械人形のように身体を震わせるだけとなった。

「どうか、どうか……見逃してください……」

 か細い声が、王の唇から零れる。支えがなければ、今にでも崩れ落ちてしまいそうだ。

「このままでは民が……全てが衰え、消え失せてしまいます。私はただ、この村を救いたい……ただそれだけなのです……」

「だとしても、許されることではないな。自国の民を守りたい、大いに結構。しかし、だからと言って免罪符にはならない。たかが『ナビ子』、それが『プレイヤー』を害し、それどころか独断で村の運営を行うなんて――」

「なら、どうすればよかったのです! このまま村が滅ぶのを見届けろと、そう仰りたいのですか!」

「そうだ」

 きっぱりとマルケンは言う。王の目が零れんばかりに見開かれた。

「ナビ子の使命はナビゲーション。それ以上でも、それ以下でもない。プレイヤーが村を放棄すれば、そこで役目は終わる。そうでしょう?」

 視線が村長へと向けられる。男の表情は読み取れなかった。

 村長は沈黙する。じっと何かを考え込んでいたが、やがて緩慢と面を上げた。

「ナビ子さん、言ってましたよね。この村を直したい、再建したい。だから俺に、家や施設の設計図を描いてほしいって。……ちゃんと、改めて教えてください。今この村がどのような状況にあるのか」

 対話。この男は、それを何よりも大事にする。

 毎晩行われる定例会議。進捗等の情報共有。必要以上に村人を気に掛け、時に不要なことで頭を悩ませる。彼にとって会話は、権威よりもずっと大事なのだ。愚かしい程に。

 王は唇を結ぶ。長くだんまりを決め込んでいたが、彼女は意を決したように頭を振ると、

「……マルケン巡査部長様、貴方の推測は合っています。王――本来の王であった、この村の運営者、プレイヤーは、長期間ログインしていません。この国は放棄された村。時が流れ続ける世界で、時を止めた村。忘れられた国なのです」

 王はすっかり抗う意志を失っていた。萎れた様子で物を語る。その姿は哀れとしか言いようがなかった。

「この村の行く末は廃墟。それもやがて朽ち果て、野に還るでしょう。努力も思い出も、全部なかったことにして」

「何か方法はないんですか。この村――国と村人と、ナビ子さんを救う方法は」

 村長の手に力が籠る。

「ナビ子達が、村長に代わって村を運営する権利を持たされているってことは、何か意味があると思うんです。俺の設定の件も、結局そうでしたし」

「ああ、例のバグ。……バグに意味を求めても、仕方ない気がしますけどねぇ」

 応じるマルケンの声は冷淡だ。設定にバグ、サミュエルには到底理解し得ない話である。しかし彼が、マルケンが呆れる程真摯に向き合っていることは確かだ。

 その姿勢に感化されたのか、王の唇がゆっくりと動いた。

「……ないことは、ありません」

 しかし。

 そう呟く顔に影が降りる。気が進むものではないようだ。出来ることならば避けたい、そのような手段であることは容易に推測できる。

「常に時が流れ続けるMMOサーバー、それゆえの特徴があります。一定期間、プレイヤーのログインが認められなかった村は、プレイヤーの所有権を失う――つまり、NPC村と同等の存在になるのです」

「そ、それと何の関係が……?」

 戸惑う村長。対してマルケンは合点がいった様子で口を挟む。

「NPC村はね、略奪とか交易を行う他に占有も出来るんですよ。一定の手順を踏めば、自分のものに出来る。……そういうことでしょう」

「自分のものに……」

 村長の声は堅かった。

 これだけ大きな国を手に入れるとなれば、村づくりも大いに発展する。

 村長も人間だ、欲はある。しかしなぜか、サミュエルはそれに前向きにはなれなかった。
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