Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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6話 ようこそ、Goワールドへ!

61話 皆さんと一緒に

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「俺って結構、貧弱体質だったんですね……」

 朝食の席でまず話題に上ったのは、脱稃だっぷ作業における俺の失態だった。

 すっかり火の弱まった《焚き火》を囲み、各々|《平焼きパン》を頬張る。見馴れた食事の風景。その中で、いち早く食事を終えたサミュエル――俺の作業を見守り、最後には肩代わりしてくれた少年が短く息を吐く。

「アンタ向きじゃないのかもね」

「やっと手伝えると思ったのに」

 俺は今なお、この村における殻潰しである。

 生産性のある仕事はほぼ不可能に近く、出来ることと言えば設計図の描出や運搬くらいだ。後者においては村人も可能である為、俺が存在する意義は、実質設計図のみである。

 一一七番植民地が『村長』を欲した理由と同じように。

「随分嬉しそうじゃない、クローイ」

「え?」

 ルシンダに指摘され、彼女は目を丸くする。緩んだ口元、垂れる眉。その顔は、どこからどう見ても俺に共感しているとは思えなかった。

 クローイの手に、ジャムの付着した唇が隠れる。しばらくの間、視線を辺りに彷徨わせていたが、

「……村長さん、仕事できないのが嬉しくて」

 観念したように呟いた。

「その発言はちょっと傷つきます」

「ええっ! そ、そんなつもりじゃ――」

 クローイは明らかに狼狽していた。

「そ、村長さんにとっては納得のいかない結果かもしれないですけど……でも、私は嬉しいんです。だって私達、御役御免にならないんですよ。まだここで、村長さんと一緒に開拓を続けられる」

 御役御免。それは、一度たりとも考えたことのない話であった。

 この地――何もない、どこまでも続く平野に入植してから早十六日。国から派遣される者、捕虜となり村へ加入した者、経緯は違えど俺の村には総勢五名、ナビ子も含めると六名の、心強い『村人』達を迎えた。

 この先も、彼等と共に開拓の歴史を紡いでいく――それが当然と思っていた。そう思って止まなかった。今もその気持ちは変わらない。

「もしかして、『村長』が仕事できないのは……」

 自分一人で完結させない。村人と協力して村を発展させる。その為に『村長』と『村人』、双方に欠点を作り、噛み合うよう構想した。

 このゲームは、そういうゲームなのだ。『プレイヤー』が『村長』となり、『村人』を率いて自分だけの村を作る。それが何よりの基盤である。

「たとえ俺が作業できるようになったとしても、皆さんと一緒に開拓を続けるつもりでしたよ」

 御役御免、そうされると危惧していたクローイもまた、大切な歯車の一つである。

 クローイは、アランとほぼ同時期――最初期に入植してきた女性だ。希望通りの『木工師』に着任し、建築の現場で大いに活躍してくれた。彼女がいなければ小屋を作ることは勿論、道具類を揃えることも不可能であった。

 村人との交流の面でも、彼女は緩衝材としてよく機能してくれた。

 俺が入植間もない時期のルシンダに強く当たってしまった時や、カップランドへ拉致――俺的には訪問していた際にも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

 普段はオドオドと頼りない様子でありながら、いざとなれば確固たる意志をもって聳《そび》える。

 彼女がいなければ、きっとこの村は、ここまで円滑に事を運ぶことが出来なかったであろう。少なくとも、『石工師』の女性と、こうして仲良く《焚き火》を囲むことも叶わなかった。

「……で、そこの二人は、何でそんなに嫌そうなんですかね」

 御役御免を免れたところで安堵する人もいれば、そうでない人もいるのである。全くもって雰囲気ぶち壊しの、空気読めない希望役職『ニート』の面々は、不貞腐れたように揃って唇を曲げていた。

「いや、だって、なぁ? ここでの労働が終われば帰れる訳だし」

「開拓事業完遂の報酬金も貰えますし」

「つまり、国の金で飯が食える」

「最高ですわ!」

 恍惚と、二人は語る。

 働かずに飯を食う、その魅力は俺も理解しているつもりだ。だが、それとこれとは話が別である。

「絶対二人は帰しませんから」

「鬼畜!」

「そういう差別はよくないと思うぜ、村長」

 非難を一身に受けつつ、俺はちらりとナビ子に視線を遣る。

 三枚目の《平焼きパン》を今まさに平らげようとしている彼女は、俺の視線に気付くと、ニコリと太陽のような笑みを浮かべた。

「村人の送還権限は、村長さんに一任されています」

「チイッ、政府の犬め!」

 ルシンダの声は、世の恨みを全て練り込んだかのようだった。

 思い返せば、彼女は政争の末この地にやって来たのだったか。やはり彼女と「国」との間には、浅からぬ因縁があるのだろう。

 俺は、彼女の言う「政府」――レオタロン公国の命の下、開拓事業を行っているという設定だから、ルシンダにしてみれば、俺もまた「政府の犬」だ。ナビ子同様、なじられて相応の立場である。

 これはただのたわむれ事だ。ルシンダも本気ではないだろうが、牙を剥かれるとどうしても戸惑う。

 だが一方のナビ子はまるで臆することなく、ピンと人差し指を立てて、

「逆に言えば、村長さんに帰ってくれと思わせられるような言動を行えば、国へ戻れるのです。まだまだチャンスはありますよ!」

「あの、ナビ子さん。あまりそれを推奨しないでください」

「あはは~、冗談ですよ。当たり前じゃないですか」

「冗談じゃなかったら驚きですよ」

 最も信頼すべき少女に扇動されては、何を信じてよいのか分からなくなる。疑心暗鬼の中で開発を行う程マゾヒストではない。

「この村の人は、何やかんやでいい人ばかりですからね。途中で投げ出すことなんて、きっとしないですよね」

 この村の構成員は、文句を垂れつつも、与えられた仕事はしっかり熟してくれる人ばかりだ。俺が困っていれば手を差し伸べ、時に叱咤と激励を送る。

 『村長』と『村人』という役職上の高低はあるものの、それは事実、形骸に留まっている。俺が村人に、村人が俺に、どちらから意見を申し立てても、俺は決して傲慢に語ることはしないつもりだし、村人達も媚びる真似はしない。

 もともと俺は、先輩だとか後輩だとか、時間的前後を由来とした身分の差を重視しない人間だ。幾年か前に引退した部活動でも、敬語を使われるのがむず痒くて仕方なかったくらいだ。むしろ疑問すら覚える。

 あくまで対等に。同じ開拓者として平等に。俺が心掛けてきたのは、そういう体制だ。

「そういや、この村この村って呼んでるけどよ」

 ふと、気抜けしたようにアランが口を開く。

「村の名前、何て言うんだ?」

 入植十六日目。これが議題に上がったのは初めてのことであった。
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