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19 忠言か讒言か 〜夫の不在〜
しおりを挟む夜も更けて、そろそろ豊穣祭が終わろうとする時間。
ヘルムーズを厄介ごとの後始末に連れ去ったテーフェンが、アーナルヤの元にやってきた。
社交に見切りをつけて壁際に据え付けられたソファに座るアーナルヤに対し、その場に膝をついて頭を下げるテーフェンは、顔色といい表情といい、何もかもがすぐれない様子である。
「夫人、申し訳御座いませんが、件の話し合いが少々難航しておりまして……」
「そうですの。お互いに譲れない何かがお有りなのね。遅くまでお勤めご苦労様です。それでは、わたくしは部屋に戻っております。と、主人に伝言をお願いしてもよろしくて?」
アーナルヤのにこやかな返答に、安堵からかほっと息を吐き、幾分血色を戻したテーフェンが、「是」を口にして一礼するとその場を去っていく。
アーナルヤもごく自然に見えるよう会場内を移動して、誰かに呼び止められることもなく、するりと王族専用回廊に出た。
王族としての役割も、侯爵夫人の仕事も終えたアーナルヤは、王女時代の部屋へと足を向ける。
何事もなく部屋に入って着衣を脱ぎ、そのまま湯に浸かったアーナルヤは息を長く吐き出した。
凝り固まった体がじわじわと解けていくような感覚に、そのまま身を委ねる。
侍女たちに甲斐甲斐しく世話をされ、軽食と薄めたハーブ酒が用意された居室に戻って寛ぎ始めた頃、控えめなノックが聞こえた。
「姫さま。五位女官が急ぎお伝えしたいことがあると」
「通して」
「お目通り下さいまして、有り難う御座います、殿下……いえ、侯爵夫人」
その女官の口上に何か引っ掛かるものを感じたが、話を続けるように無言で頷く。
「今より半刻ほど前のことで御座います。外殿と行政官府を繋ぐ回廊の出入り口付近で、侯爵閣下と何処ぞのご婦人が何やら口論なさっておられました」
「あらそう」
「そして、その直後に、なんと言いますか、えー、ご婦人と侯爵閣下が抱き合うような形になられたので御座います」
「「「なんですって……!?」」」
その場に居る侍女たちから思わずといった様子の声が漏れたが、アーナルヤは軽く手を上げて黙らせた。
そして、目の前の怪しげな女官にその掌を返して続きを促す。
「それから、閣下がなにごとかお話しになり、ご婦人を抱きかかえてその場を後にされたのです」
「へぇ……」
「わ、私は偶々!本当に偶然!第二王子殿下の御用で通りかかっただけなのですが、目にしたやり取りを不審に思いまして、後を追いました。そして、閣下がご婦人を碧海間付き休憩室の一つへとお連れしたところまで確認したので、いち早く夫人のお耳に入れなくてはと……」
「ふうん?」
飽くまでも偶然を強調しながら、不愉快な報告を誇らしげに語る女官を前にして、気怠げな様子で肘掛けに凭れたアーナルヤからもれ出た吐息のような一言は、気不味い沈黙を齎した。
「……で?其方、その不快な話をわたくしに告げて、望むものは何かしら?」
「いえ、滅相も御座いません。何かを望んでいるのではなく!王女殿下のご夫君が不貞など、醜聞で御座いますので!」
沈黙に疲れたように嘆息したアーナルヤが女官に問うと、弾かれたように女官が顔を上げ、目に見えて分かるほど狼狽しながら声を荒げる。
「分かったわ。ではハニヤ。そこの女官が告げた碧海間の休憩室とやらに同行して、確認してきて。裏からね?」
「畏まりました」
二人を見送るアーナルヤの手は、ギリギリと音が鳴りそうなほどに肘掛けを握りしめていた。
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