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第二章
第5話 私が吸血鬼になるって……どういうこと?
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やっと鎖から解放された首を、右に左にゆっくりと動かす。
用意された洋服は意外にも普通のワンピースで安心したものの、新品っぽい下着はちょっと胸のあたりがすっかすかで悲しくなった。
ずっと着ていたパジャマを丁寧に畳んで、薄暗い光を放つ窓を開ける。そのままテラスに足を踏み出すと、ぼんやりとした青い光が私を包んだ。
「……変なの」
真っ暗なのに、辺りが青い。でも青空とは全く違っていて、夜に月が青い光を放っているイメージ。
青い光を放つ月ってなんだ。有り得ないだろう。
とは思うものの、実際にそうとしか表現できないのだから仕方がない。事前に聞いてはいたが、ここ――ノクステルナは私がいた場所とは違うのだ。
違うというのは多分文字通り世界が違う。
ノクステルナには吸血鬼だけが住んでいて、彼らは私の住む世界を外界と呼ぶ。これを聞いた時は便宜的に呼び分けているだけかと思ったけれど、この空を見たらああ違うんだって納得せざるを得ない。
月が青くて、太陽が赤い常夜の世界――誘拐犯の説明を何かの比喩かと考えていたけれど、そういうのじゃなかったんだ。
「着替え終わったー?」
「うっわ、なんでそこから!?」
テラスの上から誘拐犯がぶら下がるようにして現れる。ちなみに屋根はない。
想定外の登場にぎょっとしてよく見てみると、逆さになった誘拐犯の足元が煙っぽくなっているのが分かった。この煙はあれだ、三日前に見たやつ。吸血鬼だという男が死んだ時に見たものだから大丈夫なのか一瞬心配になったものの、誘拐犯はけろっとしているので問題ないのだろう。
となれば、問題は一つだけ。
「なんでドアから入ってこないの!? これ着替え中だったら覗きじゃん!」
「ドアとか面倒臭いじゃん」
……おおう。ドアが面倒臭いって斬新。
「それより服のサイズとか大丈夫そ? 見た感じ胸元余ってるけど」
「見るな! え、ていうか服アンタが用意したの?」
「どう答えてほしい?」
「……何も答えなくていい」
私がそっぽを向くと、誘拐犯は「若いっていいなァ」と笑う。いや、アンタだって若いじゃん。そう言おうと思ったけれど、なんか変なこと言われそうだからやめておいた。
「一応もう一回言っとくけど、勝手にそのへんうろつくなよ? まだ処分されないって決まったわけじゃないし、それ以上に誰かに殺されても文句は言えないし」
上下の向きを戻しながら誘拐犯が私に念を押す。コツンと床に付いた足からはもう煙は出ていない。
私は裁判での決定どおり、私にシュシを与えた人の特定までこの誘拐犯に保護されている状態なのだ。
でもこの、殺されてもおかしくないってのがよく分からない。吸血鬼ってそんな物騒な発想しかできないのかと思って聞いてみると、誘拐犯は意外な答えを返してきた。
「ま、今もまだ戦争中だしな」
「戦争中?」
「そ、千年続く戦争。一応停戦中ではあるけど、まァ冷戦って感じ?」
戦争。平成から変わって令和の日本を生きる私にとっては、凄く遠い言葉。しかもさっき外から見た限りではそんな感じは全然しなかったからピンとこない。
「戦争って、誰と誰が?」
「吸血鬼同士。赤軍と青軍に分かれててね、五百年前に中立を宣言した奴らでこの中央機関――ノストノクスを作ってる。つっても表向き中立って奴らも多いんだけどさ。クラトス様もそう」
「クラトスって、さっきの……」
「そ。お嬢さんが襲われたのは正直完全な事故じゃなくて、多分あの人の企みに巻き込まれたんだと思うよ」
その言葉で、私はさっきの裁判を思い出した。
§ § §
裁判長に言われて被告人台に上ったクラトスは、ゆっくりと顔を覆っていた布を外した。
そこから現れたのは、四十歳くらいのちょいワル風な格好良いおじさん。名前のとおり外国人っぽい顔立ちで、この顔でさっきから完璧な日本語を話していたのかと思うとちょっぴり混乱する。
「罪状は、従属種の監督責任放棄。従属種の人間に対する許可のない吸血は重罪、さらに外界に行くための正式な申請をした形跡もない」
裁判長がゆっくりと罪状を読み上げる。
私の時よりもだいぶ何の罪に問われているか分かる気がするのは、吸血鬼の存在を信じるかどうかって話が必要ないからなんだろう。
「さらにクラトス、お前はこのノストノクスに名を連ねる上に序列最上位でもある。その責任はより重いと判断し、これより一月の間、会員としてのすべての権利を停止する」
場内がまたどよめく。処分の内容がよく分からなくて誘拐犯に尋ねようとしたら、ずっとお姫様だっこされっぱなしだったことに気付いて慌てて降りた。クラトスの裁判が始まってすぐに脇に移動していたから目立っていないとは思うけれど、ずっとこの体勢だったとかめちゃくちゃ恥ずかしい。
「――この決定に異議があれば申し出よ。しかしその代わり、その異議の正当性を確かめるためお前の身辺をより詳しく調査する必要がある」
裁判長がそう言うと、クラトスは深く頭を下げた。
§ § §
後で誘拐犯が教えてくれたところによると、あの頭を下げるという行為は異議を申し立てず処分を受け入れるという意味があるらしい。
ってことは私もしなきゃいけなかったんじゃないか? 保護はともかく、無罪をちゃんと受け入れてないと取られていたらどうしよう。
「そのへんは大丈夫、全部予定どおりだから」
「予定どおり?」
意味が分からなくて誘拐犯に尋ねると、彼はいたずらの成功した子供のような顔で笑った。
「あの裁判、もともと俺と裁判長の間で全部流れが決まってたんだよ」
なんだって?
なんかとんでもないことを言われた気がする。そう思って詰め寄れば、誘拐犯は自慢するように語った。
「ほたるが無罪になることも、俺が保護することも、クラトス様の権限を一時的に停止することも、ぜーんぶ最初から予定どおり。ま、俺と裁判長以外は知らなかったけどな」
どさくさに紛れて名前を呼ばれたけれども。そこはもうどうでもいい。確か裁判長も知っていたから、誘拐犯が知っていたっておかしくはないだろう。
そんなことよりも。
つまり何だ、あの裁判は八百長のようなものだったということか? 私が混乱したことも周りの怒声や誘拐犯とクラトスとのやり取りに怯えたことも、全部無駄だったと?
「まさか事前のやり取りって……」
頭の中に誘拐犯の言葉が浮かぶ。
『これで事前に報告していた内容の裏付けが取れたっすよね?』
もしかしてこれか。これがこのシナリオのことだったのか。
私が思い切り顔を顰めて誘拐犯を見れば、「お、よく覚えてたな」と褒められる。いやいらんわ、やめろ。
「そういうの先に言ってくれない!?」
「言ったら色々バレるだろうが」
「不正ですか? 不正がバレたらいけないんですか?」
「不正じゃねーよ。さっき言ったろ? お嬢さんが巻き込まれたのは完全な事故じゃないって」
そういえば、と誘拐犯の言葉にぴたと動きを止める。
「クラトス様は外界で何かしようとしてたかもしれないんだよ。あの処分を素直に受け入れたのもそうだ、多分下手に調べられたら困ることでもあったんだろうよ」
「……そうかもしれないけど、それは私と関係あるの?」
確かに誘拐犯の言うことも一理ある。今が冷戦中で、クラトスが完全な中立派じゃないなら尚更だ。
でも、それと私にどんな関係があるのか分からない。私があの従属種だとかいう男と関わってしまったことが事故じゃないならなんなんだ。
「巻き込まれたこと自体は事故。ただ問題は、ほたるがシュシ持ちだってこと」
「またそれ。なんなの、そのシュシ持ちって」
私が聞けば、「あれ、言ってなかった?」と誘拐犯が目を丸める。聞いてないよ!
「シュシがハツガしたらお嬢さんも吸血鬼になるんだよ」
「……は?」
シュシ、ハツガ。漢字変換したら種子と発芽?
まあそれは置いとくとしよう。それよりも。
「私が吸血鬼になるって……どういうこと?」
これだ。なんでそんなことになるのか分からない。
「吸血鬼ってのは、真祖以外は元々皆人間なんだよ」
「真祖?」
「最初の吸血鬼。ま、そこは置いとけ」
「……はあ」
誘拐犯の説明によると、吸血鬼に種子を与えられた人間を種子持ちと呼び、この種子が発芽した人間が吸血鬼となるらしい。ちなみに種子を与えた吸血鬼を親、与えられた人間を子と表現するようだ。
やっと謎の種子持ちの意味が分かったけれど、種子と発芽って言われるとなんか植物みたいで嫌だな。
「じゃあ、私も発芽したら吸血鬼になっちゃうの……?」
「さっきからそう言ってるだろ。つってもまあ、すぐにじゃない。発芽させられるのはほたるに種子を与えた吸血鬼か、他の吸血鬼がなんか色々するしかないらしいからな」
「色々って何」
「知らん。俺そんな偉くないし、親以外が発芽させることも基本有り得ないし」
「……おおう」
知らんで済ませるのか。突っ込みたくなったけれど、そういえば誘拐犯は面倒臭がりだったと思い出してやめた。なのでここは彼のノリの合わせてみる。
「誰が私にそんな面倒なものくれたの?」
「だからそれを調べましょうってのが、今の期間な。つっても該当者は見つからないと思うけど」
「じゃあ無駄じゃん」
「様式美だよ」
やめてくれ、そんな迷惑な様式美。誘拐犯が言うには私に種子を与えたのが誰か分かるまで、私は家に帰ることができないらしい。なので私にとってその誰かが判明することが必須なのだけれど、該当者が見つからないってことはいつまでも帰れないってことじゃないの?
そんな私の不満が顔に出ていたのか、誘拐犯は「そんな睨むなよ」と肩を竦めた。
「睨むよ。だって私は家に帰りたいの! 急に誘拐されたんだからお母さんだって心配してるし! それなのによく分からない事情で引き止められて、しかもそれが無駄になるかもしれないって言われたら睨むで済んでるだけありがたく思ってよ!」
「誰が無駄になるって言ったよ」
「言ったじゃん!」
「様式美ってな。でも無駄とは言ってないだろ? 該当者が見つからないってのが答えだ」
「……はあ」
なんだかもう、よく分からない。該当者が見つからなかったらそこでお手上げなんじゃないのか。
もやもやする私の一方で、誘拐犯は涼しい顔をしている。それどころか余裕そうに微笑んでいるわけだけれど、そんな無駄に良い顔で微笑まれたってこのもやもやはどうにもならないからな。
「ま、どっちにしろ結果が出るまで待てってな。それまでほたるの安全は俺が確保してやるし、クラトス様の処分が公になれば他の奴らも慎重になる。だからほたるはこの期間でできるだけ多くのことを理解しろ」
「……待って? 帰る前提ならそれ必要なくない?」
「案外賢いじゃん。安心しろよ、保険だから。帰れる場合はほたるの吸血鬼に関する記憶は綺麗さっぱり消してやる。でもそうじゃなかったら、ほたるは自分の身を守るために知識を身に着けなきゃいけない」
なんだろう、どこから突っ込んでいいか分からない。
保険はまあいいとして。記憶消せるとかやばくない? もしかしてそのお陰で一般社会には吸血鬼はファンタジーとしか認識されてないのかな。自分の身を守れるようにっていうのも気になるけれど、誘拐犯から守らなきゃいけないんじゃないか、これ。
「……とりあえず帰れる時はここにいた記憶がないってことだよね?」
「そうね」
「お母さんになんて説明すればいいの……? っていうかしばらく帰れないんだったら連絡しておきたいんだけど」
「ほたるの母さんの記憶も書き換えるからそのへんはへーき。連絡はまあ、十代後半の娘が一ヶ月帰らないくらい別にいらないんじゃね?」
「いるに決まってるでしょ!」
どういう感覚をしてるんだ、誘拐犯は。どこの国の人か知らないけれど、今時どこの国でも未成年の子供が急にいなくなったら大抵事件になるわ。
私が睨みつけると、誘拐犯は「面倒な時代だなー」と言って溜息を吐いた。
用意された洋服は意外にも普通のワンピースで安心したものの、新品っぽい下着はちょっと胸のあたりがすっかすかで悲しくなった。
ずっと着ていたパジャマを丁寧に畳んで、薄暗い光を放つ窓を開ける。そのままテラスに足を踏み出すと、ぼんやりとした青い光が私を包んだ。
「……変なの」
真っ暗なのに、辺りが青い。でも青空とは全く違っていて、夜に月が青い光を放っているイメージ。
青い光を放つ月ってなんだ。有り得ないだろう。
とは思うものの、実際にそうとしか表現できないのだから仕方がない。事前に聞いてはいたが、ここ――ノクステルナは私がいた場所とは違うのだ。
違うというのは多分文字通り世界が違う。
ノクステルナには吸血鬼だけが住んでいて、彼らは私の住む世界を外界と呼ぶ。これを聞いた時は便宜的に呼び分けているだけかと思ったけれど、この空を見たらああ違うんだって納得せざるを得ない。
月が青くて、太陽が赤い常夜の世界――誘拐犯の説明を何かの比喩かと考えていたけれど、そういうのじゃなかったんだ。
「着替え終わったー?」
「うっわ、なんでそこから!?」
テラスの上から誘拐犯がぶら下がるようにして現れる。ちなみに屋根はない。
想定外の登場にぎょっとしてよく見てみると、逆さになった誘拐犯の足元が煙っぽくなっているのが分かった。この煙はあれだ、三日前に見たやつ。吸血鬼だという男が死んだ時に見たものだから大丈夫なのか一瞬心配になったものの、誘拐犯はけろっとしているので問題ないのだろう。
となれば、問題は一つだけ。
「なんでドアから入ってこないの!? これ着替え中だったら覗きじゃん!」
「ドアとか面倒臭いじゃん」
……おおう。ドアが面倒臭いって斬新。
「それより服のサイズとか大丈夫そ? 見た感じ胸元余ってるけど」
「見るな! え、ていうか服アンタが用意したの?」
「どう答えてほしい?」
「……何も答えなくていい」
私がそっぽを向くと、誘拐犯は「若いっていいなァ」と笑う。いや、アンタだって若いじゃん。そう言おうと思ったけれど、なんか変なこと言われそうだからやめておいた。
「一応もう一回言っとくけど、勝手にそのへんうろつくなよ? まだ処分されないって決まったわけじゃないし、それ以上に誰かに殺されても文句は言えないし」
上下の向きを戻しながら誘拐犯が私に念を押す。コツンと床に付いた足からはもう煙は出ていない。
私は裁判での決定どおり、私にシュシを与えた人の特定までこの誘拐犯に保護されている状態なのだ。
でもこの、殺されてもおかしくないってのがよく分からない。吸血鬼ってそんな物騒な発想しかできないのかと思って聞いてみると、誘拐犯は意外な答えを返してきた。
「ま、今もまだ戦争中だしな」
「戦争中?」
「そ、千年続く戦争。一応停戦中ではあるけど、まァ冷戦って感じ?」
戦争。平成から変わって令和の日本を生きる私にとっては、凄く遠い言葉。しかもさっき外から見た限りではそんな感じは全然しなかったからピンとこない。
「戦争って、誰と誰が?」
「吸血鬼同士。赤軍と青軍に分かれててね、五百年前に中立を宣言した奴らでこの中央機関――ノストノクスを作ってる。つっても表向き中立って奴らも多いんだけどさ。クラトス様もそう」
「クラトスって、さっきの……」
「そ。お嬢さんが襲われたのは正直完全な事故じゃなくて、多分あの人の企みに巻き込まれたんだと思うよ」
その言葉で、私はさっきの裁判を思い出した。
§ § §
裁判長に言われて被告人台に上ったクラトスは、ゆっくりと顔を覆っていた布を外した。
そこから現れたのは、四十歳くらいのちょいワル風な格好良いおじさん。名前のとおり外国人っぽい顔立ちで、この顔でさっきから完璧な日本語を話していたのかと思うとちょっぴり混乱する。
「罪状は、従属種の監督責任放棄。従属種の人間に対する許可のない吸血は重罪、さらに外界に行くための正式な申請をした形跡もない」
裁判長がゆっくりと罪状を読み上げる。
私の時よりもだいぶ何の罪に問われているか分かる気がするのは、吸血鬼の存在を信じるかどうかって話が必要ないからなんだろう。
「さらにクラトス、お前はこのノストノクスに名を連ねる上に序列最上位でもある。その責任はより重いと判断し、これより一月の間、会員としてのすべての権利を停止する」
場内がまたどよめく。処分の内容がよく分からなくて誘拐犯に尋ねようとしたら、ずっとお姫様だっこされっぱなしだったことに気付いて慌てて降りた。クラトスの裁判が始まってすぐに脇に移動していたから目立っていないとは思うけれど、ずっとこの体勢だったとかめちゃくちゃ恥ずかしい。
「――この決定に異議があれば申し出よ。しかしその代わり、その異議の正当性を確かめるためお前の身辺をより詳しく調査する必要がある」
裁判長がそう言うと、クラトスは深く頭を下げた。
§ § §
後で誘拐犯が教えてくれたところによると、あの頭を下げるという行為は異議を申し立てず処分を受け入れるという意味があるらしい。
ってことは私もしなきゃいけなかったんじゃないか? 保護はともかく、無罪をちゃんと受け入れてないと取られていたらどうしよう。
「そのへんは大丈夫、全部予定どおりだから」
「予定どおり?」
意味が分からなくて誘拐犯に尋ねると、彼はいたずらの成功した子供のような顔で笑った。
「あの裁判、もともと俺と裁判長の間で全部流れが決まってたんだよ」
なんだって?
なんかとんでもないことを言われた気がする。そう思って詰め寄れば、誘拐犯は自慢するように語った。
「ほたるが無罪になることも、俺が保護することも、クラトス様の権限を一時的に停止することも、ぜーんぶ最初から予定どおり。ま、俺と裁判長以外は知らなかったけどな」
どさくさに紛れて名前を呼ばれたけれども。そこはもうどうでもいい。確か裁判長も知っていたから、誘拐犯が知っていたっておかしくはないだろう。
そんなことよりも。
つまり何だ、あの裁判は八百長のようなものだったということか? 私が混乱したことも周りの怒声や誘拐犯とクラトスとのやり取りに怯えたことも、全部無駄だったと?
「まさか事前のやり取りって……」
頭の中に誘拐犯の言葉が浮かぶ。
『これで事前に報告していた内容の裏付けが取れたっすよね?』
もしかしてこれか。これがこのシナリオのことだったのか。
私が思い切り顔を顰めて誘拐犯を見れば、「お、よく覚えてたな」と褒められる。いやいらんわ、やめろ。
「そういうの先に言ってくれない!?」
「言ったら色々バレるだろうが」
「不正ですか? 不正がバレたらいけないんですか?」
「不正じゃねーよ。さっき言ったろ? お嬢さんが巻き込まれたのは完全な事故じゃないって」
そういえば、と誘拐犯の言葉にぴたと動きを止める。
「クラトス様は外界で何かしようとしてたかもしれないんだよ。あの処分を素直に受け入れたのもそうだ、多分下手に調べられたら困ることでもあったんだろうよ」
「……そうかもしれないけど、それは私と関係あるの?」
確かに誘拐犯の言うことも一理ある。今が冷戦中で、クラトスが完全な中立派じゃないなら尚更だ。
でも、それと私にどんな関係があるのか分からない。私があの従属種だとかいう男と関わってしまったことが事故じゃないならなんなんだ。
「巻き込まれたこと自体は事故。ただ問題は、ほたるがシュシ持ちだってこと」
「またそれ。なんなの、そのシュシ持ちって」
私が聞けば、「あれ、言ってなかった?」と誘拐犯が目を丸める。聞いてないよ!
「シュシがハツガしたらお嬢さんも吸血鬼になるんだよ」
「……は?」
シュシ、ハツガ。漢字変換したら種子と発芽?
まあそれは置いとくとしよう。それよりも。
「私が吸血鬼になるって……どういうこと?」
これだ。なんでそんなことになるのか分からない。
「吸血鬼ってのは、真祖以外は元々皆人間なんだよ」
「真祖?」
「最初の吸血鬼。ま、そこは置いとけ」
「……はあ」
誘拐犯の説明によると、吸血鬼に種子を与えられた人間を種子持ちと呼び、この種子が発芽した人間が吸血鬼となるらしい。ちなみに種子を与えた吸血鬼を親、与えられた人間を子と表現するようだ。
やっと謎の種子持ちの意味が分かったけれど、種子と発芽って言われるとなんか植物みたいで嫌だな。
「じゃあ、私も発芽したら吸血鬼になっちゃうの……?」
「さっきからそう言ってるだろ。つってもまあ、すぐにじゃない。発芽させられるのはほたるに種子を与えた吸血鬼か、他の吸血鬼がなんか色々するしかないらしいからな」
「色々って何」
「知らん。俺そんな偉くないし、親以外が発芽させることも基本有り得ないし」
「……おおう」
知らんで済ませるのか。突っ込みたくなったけれど、そういえば誘拐犯は面倒臭がりだったと思い出してやめた。なのでここは彼のノリの合わせてみる。
「誰が私にそんな面倒なものくれたの?」
「だからそれを調べましょうってのが、今の期間な。つっても該当者は見つからないと思うけど」
「じゃあ無駄じゃん」
「様式美だよ」
やめてくれ、そんな迷惑な様式美。誘拐犯が言うには私に種子を与えたのが誰か分かるまで、私は家に帰ることができないらしい。なので私にとってその誰かが判明することが必須なのだけれど、該当者が見つからないってことはいつまでも帰れないってことじゃないの?
そんな私の不満が顔に出ていたのか、誘拐犯は「そんな睨むなよ」と肩を竦めた。
「睨むよ。だって私は家に帰りたいの! 急に誘拐されたんだからお母さんだって心配してるし! それなのによく分からない事情で引き止められて、しかもそれが無駄になるかもしれないって言われたら睨むで済んでるだけありがたく思ってよ!」
「誰が無駄になるって言ったよ」
「言ったじゃん!」
「様式美ってな。でも無駄とは言ってないだろ? 該当者が見つからないってのが答えだ」
「……はあ」
なんだかもう、よく分からない。該当者が見つからなかったらそこでお手上げなんじゃないのか。
もやもやする私の一方で、誘拐犯は涼しい顔をしている。それどころか余裕そうに微笑んでいるわけだけれど、そんな無駄に良い顔で微笑まれたってこのもやもやはどうにもならないからな。
「ま、どっちにしろ結果が出るまで待てってな。それまでほたるの安全は俺が確保してやるし、クラトス様の処分が公になれば他の奴らも慎重になる。だからほたるはこの期間でできるだけ多くのことを理解しろ」
「……待って? 帰る前提ならそれ必要なくない?」
「案外賢いじゃん。安心しろよ、保険だから。帰れる場合はほたるの吸血鬼に関する記憶は綺麗さっぱり消してやる。でもそうじゃなかったら、ほたるは自分の身を守るために知識を身に着けなきゃいけない」
なんだろう、どこから突っ込んでいいか分からない。
保険はまあいいとして。記憶消せるとかやばくない? もしかしてそのお陰で一般社会には吸血鬼はファンタジーとしか認識されてないのかな。自分の身を守れるようにっていうのも気になるけれど、誘拐犯から守らなきゃいけないんじゃないか、これ。
「……とりあえず帰れる時はここにいた記憶がないってことだよね?」
「そうね」
「お母さんになんて説明すればいいの……? っていうかしばらく帰れないんだったら連絡しておきたいんだけど」
「ほたるの母さんの記憶も書き換えるからそのへんはへーき。連絡はまあ、十代後半の娘が一ヶ月帰らないくらい別にいらないんじゃね?」
「いるに決まってるでしょ!」
どういう感覚をしてるんだ、誘拐犯は。どこの国の人か知らないけれど、今時どこの国でも未成年の子供が急にいなくなったら大抵事件になるわ。
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