マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第一章

第4話 極刑の次はシンプルに死ぬってどういうことだ

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 これがドッキリだったらどんなに良かったか。
 急に誘拐されて、牢屋に入れられて。鎖付けて裁判所っぽいところに連れて来られたと思ったら、「お前には殺しの嫌疑がかかっている」って。

 それだけでも十分ついていけないのに、さらには吸血鬼。
 しかもお芝居とかじゃないくて、少なくとも目の前にいる青い頭の誘拐犯だけは人間じゃないかもしれないと思うしかなくて。

「――じゃあ、改めて質問。お嬢さん、三日前に吸血鬼に会った?」

 当の誘拐犯は、呑気な声で私に問いかける。
 なんなんだ、こいつ。元はと言えばこの男のせいで私はここにいて、こんな大変な思いをしているのに。その原因となったこの男はさっきからずっとへらっとしていて腹が立つ。

 でも私はその文句を今言う気にはなれなかった。ここにいるのが誘拐犯だけならいい。だけど周りにはたくさんの人がいる。
 人目を気にするという以上に、さっきまでの彼らの怒声が頭の中に残っていた。友達同士でふざけ合うような怒り方じゃなくて、本気で怒っている声。ここでちゃんと答えないとその怒りが自分に向きそうで怖かった。

「吸血鬼かは分からない、けど……」

 誘拐犯に問われた三日前のことを思い出す。
 こんなこと言っていいんだろうか。あれだけ怒っていた人たちの前で、この先は言っていいんだろうか。
 自分の身に起きたことが異常すぎて、言っていいことと悪いことの違いが分からなくなる。だって私が今から言おうとしていることは、ふざけているのかって言われてもおかしくないことで。でも言わないと、きっと私にとって不利になりそうで。
 周りの気配を探りながら、恐る恐るあの夜の出来事を言葉にしていく。

「男に、首を――」

 噛まれた――どうにかそう言おうとしたのに、誘拐犯の手がこちらに伸びてくるのが分かって思わず口を噤んだ。その手は私の髪を払って、かと思えば急に顔を近づけて来て。綺麗なサファイアの瞳いっぱいに、私の顔が映った。

「ああ、確かに――」

 息がかかりそうなくらい近くで、誘拐犯が言う。

「――傷跡がある」

 その言葉とともに、ツ……と冷たい指で首筋を撫でられた。

「ッ何するの!?」

 思わず叫ぶと、顔を離した誘拐犯が「そのくらい大声で言わないと周りに聞こえないよ」と意地悪く笑った。
 ああなるほど、そういうこと。私に大声を出させるためにわざとやったと。そう気付いたらなんだか余計に腹が立ってくる。思惑通りに動くのは癪なのに、私はそれまでの不安とか怖さとかを忘れて大きく息を吸っていた。

「男に首を噛まれた! 吸血鬼かは知らないけど黒い煙になって消えた!」

 苛立ちを込めて力いっぱい叫ぶ。すると私が言った後の場内はしんと静まり返った。
 あれ、やっぱりこれ言っちゃいけないやつだった?

「だそうっすよ、裁判長殿。これで事前に報告していた内容の裏付けが取れたっすよね?」

 そう笑いながら誘拐犯が裁判長に繋ぐ。っていうか裁判長、やっぱり裁判長だったのか。

「場所は?」

 裁判長は私の方を向いていた。ということは質問されているのは私か。

「えっ、と……うちの近くなんですけど、薄暗い路地裏みたいなところで……」

 こんな説明でいいのかな。もっと地名とかちゃんと言ったほうがいい気がする。
 そう思って裁判長を見上げたけれど、彼女の口から出てきたのは次の質問だった。

「事前に許可を与えたか?」
「許可?」
「その男は、お前に血を飲んでいいか聞いたか?」
「いえ、ないです! 本当急に近くにいて、逃げようと思った時にはもう噛まれてて……」

 言いながら、あの時のことを思い出して身体がぶるっと震えた。
 あんなに怖かったのに許可なんてするわけない。事前に聞かれていたとしても、不審者だと思ってやっぱりすぐに逃げていただろう。
 私が恐怖を思い出して俯いていると、突然頭にぽんぽんと優しい感触が降ってきた。驚いて顔を上げれば、誘拐犯が「だいじょーぶよ」と笑っている。不覚にも気持ちが少し楽になってしまったけれど、この人誘拐犯なんだよな。

 私が複雑な感情を抱いていると、裁判長はゆっくりと頷いた。

「この娘の話が事実ならば、従属種の男は外界で一般人に襲いかかったことになる。許可のない吸血は勿論、申請なく外界に行くことは許されていない。本来であれば他者の従属種を殺すことは極刑に値するが、先に法を犯していたのは死んだ従属種の方だ」

 ああ、なんだか自分に都合の良いことを言ってくれている気がするのに、「極刑」の二文字が頭から離れなくてよく考えられない。
 だって極刑って、極刑でしょ? 死刑ってことじゃないの?
 確かに人殺しは悪いことだけど、日本でも一人殺しただけではよほど悪質でない限り死刑にはならなかった気がする。それなのに自分で相手を傷つけた自覚もない私が死刑並のことをしたと言われてもなんだか納得いかない。

 それは私だけでなく、周りの人たちも同じだったようだ。納得いかない理由は違うみたいだけど。

「しかし何故シュシ持ちが外界にいるのです!? 自らの子が裁判に召喚されているのに、親が姿を現さないということはよほどの事情があるはずだ!」

 そう叫んでいるのはさっき質問していた男だ。シュシ持ちっていうのが相変わらず何かは分からないけれど、親っていうのは何だろう。私の両親のこと……ではない気がする。

「静粛に。娘よ、自分がシュシ持ちということは知っているか?」
「えっ? えっと、あの……そのシュシ持ちっていうのが何かっていうのもよく分かってないんですが……」
「まあ、そうだろうな」

 いや知ってたのかよ。意地が悪いぞ、裁判長。
 そして話を振ったからには説明してくれると思ったのに、裁判長、私の方を向いていた顔を前に戻す。方向的には大体一緒だけど、さっきからこの向きの時は私には話しかけない。ということは私に説明してくれないということだ。何故。

「聞いたとおり、この娘には自らがシュシ持ちである自覚がない。吸血鬼の存在すら知らなかったのであれば、この娘が意図的に自分の血を飲ませたということは有り得ない――よってクラトスの従属種の死に関して、この娘、神納木こうのきほたるは無罪とする」

 ……無罪? ってことは勝訴? っていうか裁判長、私の名前知ってたんですね。
 本当だったら無罪と言われて喜ぶべきなんだろうけれど、事情がよく把握できていないから実感が湧かない。
 そもそももっとちゃんと証拠とか検証しなくていいのかと思ったものの、それを言い出したら無罪が取り消される可能性がある。シュシ持ちっていうのが本当に謎なままだけれど、きっとこの流れは私にとっていい方向なのだろうと思って黙っておくことにした。
 なんとなく隣にいる誘拐犯を見てみれば、にこっと満足そうな笑みを返される。えっと、それはどういう感情?

 そしてやっぱり、私の判決に場内はざわついていた。だってそうだろう、さっきの男の人の質問に、裁判長は結局のところ答えていないのだ。静粛にって言って黙らせて、自分のしたい話をしただけ。やだ裁判長、ジャイアンなの?

 と思っていたら、「この娘の処遇だが――」と裁判長が言葉を続けた。

「先程質問があったとおり、この娘はシュシ持ちとして登録がない。この場に親がいないのはそのためだ。そして登録のないシュシ持ちは処分される決まりがある」

 あ、ちゃんと質問には答えるんだ。じゃなくてまたなんか不穏な言葉が聞こえたぞ、裁判長。

「……えっと、処分ってなんですか?」

 私が尋ねた相手は裁判長ではない。誘拐犯だ。
 流石にこんな不穏な言葉が自分に向けられたのに、それを言った相手に聞けるほど私は図太くはない。

「処分って言ったら処分だよ。まあ死ぬってこと」
「死ぬって……!」

 極刑の次はシンプルに死ぬってどういうことだ。
 私が動揺しているのは分かっているはずなのに、誘拐犯は「まあまあ、おとなしくしてなさい」だなんてのんびりと構えている。
 いやだから、アンタのせいで私はこんなことになってるんだけど! それを落ち着けとか、そもそもそんな適当そうな態度で言われるとか、なんかもうイライラなのかなんなのか分からない感情がぶわっとなるんですが!

「本件はこの娘にシュシを与えたのが誰か調べる必要がある。その調査には時間を要するため、その間この娘の身柄は執行官に預けるものとする」
「……え?」

 すぐには殺されない?
 よく分からなくて執行官である誘拐犯を見れば、「そういうこと」と笑みを返された。なるほど、だからおとなしくしとけって言ったのね。

 けれど周りはそれに納得がいかないらしい。皆口々に怒声を発し、中には「有り得ない!」とか「今すぐ処分しろ!」だなんて乱暴な野次も飛んでいる。さっきまでは言葉が分からなかったのに聞き取れるってことは、私が日本語しか分からないことに配慮してくれているんだろう。うう、その配慮いらない。こんなこと言われるなら分からないままの方がまだ良かった。
 だってさ、今まで普通に生きてきたのにこんな急に他人から悪意を向けられることある? 自分が何かしたならともかく、シュシ持ちとかいう自覚のいないことに関して言われてもどうしたらいいか分からない。

 それなのに遠回しに殺せって意味の言葉を大勢に言われるの、凄くずっしり来る。悪いことはしていないのに、自分の存在そのものが悪いんじゃないかとか、そんなふうに考えて視界がどんどん涙で滲んでいった。その時だった。

「黙れよ。全員食い殺すぞ」

 低い声が喧騒を切り裂いた。
 すると水を打ったように場内が静まり返る。裁判長が静かにするように言った時と違って、その場の空気が緊張で張り詰めているのが分かった。
 恐る恐る声のした方を見てみれば、誘拐犯が静かに周りを睨みつけていた。その目はさっきまでの綺麗な青ではなくて、誘拐される時に見た、怪しい紫色で。

「――やりすぎだぞ、ノエ」

 聞いたことのない男の人の声が、張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。

「それではまるで、お前がその娘に肩入れしているように見える」

 声は裁判長の隣から聞こえてきた。他の聴衆とは明らかに違う位置は、彼が裁判を執り行う一人だということを示している。と言っても、この裁判が始まってからは裁判長しか仕事してなさそうだけれど。

「そりゃそうっすよ、たった今裁判長殿からこのお嬢さんのこと預けられましたし」
「ならば威圧するな。そのやり方ではお前だけでなく、ラミアもその娘を守っていると解釈されても否定できないぞ」
「そのへん俺はちゃんと気を付けてますよ、

 クラトス――その名前は何回も聞いたから覚えている。私の血を飲んで死んでしまったというあの男の関係者だ。クラトスの従属種という呼び方がどういう関係性を示すのか分からないけれど、多分クラトスという人があの男の保護者とか上司とか、そんな関係なのだろう。

「だいぶ含みがあるな」
「いやァ? でもこの裁判にはもう一つ訴状が残ってますよ。あ、今空けますね」

 何をする、と抗議する間はなかった。「今空けますね」という言葉と同時に、誘拐犯は私をひょいっと軽々持ち上げたのだ。
 なるほど、空けるって私のいた場所のことか。って納得している場合ではなくて、私の置かれている状況が大変におかしい。
 だってこれ、お姫様だっこっていうやつじゃないか。こういうのって彼氏とかにやってもらうんじゃないの? それなのに誘拐犯は彼氏じゃなくて誘拐犯だし、そもそも今はきゃっきゃうふふする空気じゃないし。なんだったらめちゃくちゃ空気が悪い。もう冷や汗出そう。

 その空気の悪さの原因は考えるまでもなかった。クラトスと呼ばれた人は「餓鬼が生意気なことを」だなんて明らかに悪態吐いてるし。誘拐犯は相変わらずへらっとしていて目の色も元に戻っていたけれど、なんか嫌な凄みがあるし。
 そんな空気を破ったのは、我らが裁判長だった。

「執行官、慎め。順番が変わってしまったが――クラトス、被告人台へ」

 やっぱ嘘。裁判長、更に空気を悪くした。
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